テイマー空を飛ぶ。
メアリーさんの行方は……。
【メルド村・早朝――】
「メアリー様! ネスレの兄貴! ワイバーン、ワイバーンを見つけやしたぜ!」
息を切らせて広場に駆け込んできたのは、「逃げ出したワイバーンを探しに行け」とネスレに命令されていた手下の男だった。
「すみませんメアリー嬢、やっと見つけました」
「まあ、調整中の個体だったから仕方ないわよ。さあ捕まえに行きましょう!」
数日前、メルド村の大乱闘の最中、飼育していたワイバーンの一部が興奮して逃げ出してしまったのだ。
その失態を挽回すべく、メアリー一行は意気揚々と現地へ向かう事になったのだが――。
【漆黒の森・深部】
「……ねぇ、この場所って、境界線がすぐそこにある場所じゃない?」
「ええ。この開けた向こう側が、魔人族領になりやす」
もし敵の斥候と鉢合わせしたら、即戦闘になりかねない大変危険な地域だ。ワイバーンたちもそれを本能で知っているのか、追っ手を撒くためにここまで逃げて来たのだろう。
「ちょっと待って、あいつ……逃げ出したワイバーンじゃないわよ。――ファストワイバーンよ!」
案内された、魔人族領に程近い森の開けた場所。そこで羽を休めていたのは、まだ若いファストワイバーンだった。
全体的に引き締まった流線型の体躯、そして陽光を浴びて金属のように鋭く輝く漆黒の翼。見間違えるはずがなかった。
「うーん、あいつをテイムするには、メアリー様一人じゃちょっと辛いかもしれませんぜ?」
今のメアリーは普通のワイバーンは大した苦労もせずにテイムできる。しかし、希少種であるファストはそう簡単にはいかない。警戒心が異常に強く、知能が高いため、並の術者では歯が立たないのだ。
「二匹も逃げられたんだから、上等なやつを捕まえないと割に合わないわ!」
だが、怒り心頭のメアリーに恐れる理由など微塵もない。
そもそも、すでに彼女の瞳の中は『$マーク』に変わっている。逃げられた損失をカバーし、お釣りが来るほどの超高級な獲物。
メアリーは不敵に微笑むと、魔眼の力を解放する準備を始めるのだった――。
【十分後】
「はぁはぁ……何とか近づけたわね、さぁ行くよ!」
地を這う匍匐前進で背後から近づいたメアリーの、大きな大きな双丘は汗と土であられのない格好になっている。しかし、頭の中が$マークに汚染されている彼女にはそんなことどうでもいいらしく、思い切り眼帯を外した。
「やめた方がいいですよメアリー様。無茶です!」
「だまらっしゃい! いくわよ、魔眼の力を解放――テイムッ!!」
虹色の瞳が光り輝きながら玉虫色に強く変化して、絶対の服従を迫る魔力が溢れ出る。ファストワイバーンは、少しだけ目を細めると、実にあっさりとその光を受け入れた。
「ほら、見なさい、完璧じゃない!! ……けど、ここからが本番よ」
今はまだ、「小さき動物は害しない友達」くらいの感覚だ。どこかのアニメのように速攻で完全従属などしない。メアリーはさらに魔眼を輝かせ、完全なる支配をすべく全神経を集中した。
『あー、これって、かーちゃんが言ってた支配する魔法だ!』
恐る恐る近付きながら魔眼の効果を発揮しているメアリーに対し、若いファストワイバーンは、母親からテイムの事を教わっていたのだろう。
つまり、魔眼による強制テイム自体は全く効いていないに等しい状態だった。このままでは彼の胃袋に一直線だ。だが!
「もう、大丈夫みたいね。成功したよ」
その若いファストワイバーンは何故か喉をゴロゴロと鳴らし、自らメアリーの足元へすり寄ってきたのだ。
『面白そうだから、一緒に遊んでみよう!!』
ワイバーンが何年で成獣になるかはわからないが、通常の個体であればメアリーは今ごろ丸呑みにされ、己の未熟さを呪いながら強酸性の胃液に溶かされ、血となり肉になっている筈だった。
しかし、この若いファストワイバーンは好奇心が勝り、メアリーと「遊ぶ」ことを決めたらしい。
「ふふん、チョロいものね。私の魔眼にかかれば、希少種だって一発よ!」
腰を抜かすネスレたちを尻目に、メアリーは満足げに胸を張る。
――しかし、彼女は気づいていなかった。ワイバーンの金色の瞳の奥で、自分が主ではなく、ただの楽しい「遊び相手」だと思われ、背に乗ることを許されただけだという事実に。
「よしよし、それじゃあさっそく調教を兼ねて、いつもの飛行訓練といきましょうか」
そんな裏事情など知る由もないメアリーは、何の疑いも持たずに、ファストワイバーンの引き締まった背へとひらりと跨がった。
――その瞬間、ワイバーンの中で「遊びスイッチ」がオンになる。
「――キシャアアアアッ!!!」
電車なら警笛、船なら汽笛、ワイバーンなら咆哮。テンションマックスで出発の鋭い叫びを披露した。
『行くよ行くよ! 大空に向かって行くよ!!』
「きゃっ!? ちょっと、まだ飛べなんて言ってな――」
メアリーが慌てて魔眼を通して命令を上書きしようとした矢先、漆黒の大きな翼が力強く広げられ、周囲に猛烈な突風が巻き起こる。
次の瞬間、ファストワイバーンは地面を爆発的な力で蹴り上げ、垂直に飛び立った。
――ドン!ドッパァァァァン!
空気が爆ぜるような轟音。それは翼の両端から響き渡り、音速を超えたことを証明していた。
となれば当然、強烈な重力加速度がメアリーの全身へと襲いかかる。
「ひ、え……っ!? ちょっと何これ、速すぎぃぃぃぃ――っ!!」
あろうことか、ファストワイバーンはメアリーを背に乗せたまま、文字通りの「超高速」で加速していく。
空間魔法の補正によって振り落とされはしないものの、メアリーの表情は引き攣りっぱなしだ。
『もっともっと加速できるぜ!』
やる気満々のワイバーン君が撒き散らす、ソニックブーム擬きの衝撃波は凄まじかった。二人の姿は、またたく間に青空の彼方へと消え去ってしまう。
「メ、メアリー様ァァァ――ッ!?」
猛烈な突風に晒されたネスレは、大鉈を地面に突き刺して何とかその場に耐えた。だが、手下たちは遥か遠くへと吹き飛ばされ、その絶叫だけが虚しく響き渡るのだった。
【数分後・大空……】
「そろそろ戻りたいな~……」
『もっと遊ぶの! まだまだ飛び足りないの!』
メアリーの言葉は届いているものの、ワイバーン君の無邪気な思考は彼女の要求を簡単に拒否していた。
そもそも「遊び」が根底にあるのだから、人間の要望など聞くわけもなく、彼は自由気ままに大空を満喫している。
「マジで、全然言うこと聞いてくれないじゃない(大汗)」
ここにきて、完全に操縦不能となったことに気づいたメアリーは焦りに焦っていた。このままではファストワイバーンの巣穴に連れ込まれ、自分が「ご馳走」へと早変わりする未来しか描けないからだ。
「やーん! 巣穴に行きたくないよ~、離れようよ~!」
『今帰ると巣穴の掃除だから帰りたくないわー』
噛み合わない一方通行の会話。しかし、ここで奇跡的に二人の利害が一致した。
ワイバーン君は巣穴がある小高い山を避けるように進路を変える。それは期せずして、メアリーが「戻りたい」と願う方向と同じだった。
「あれれ~? 私の行きたい場所が分かってるのかしら? ……じゃあ、あの渓谷を飛んでみたいな!」
小さな変化に気づいたメアリーは、自分が「飛びたい方向」を強く意識すると、ワイバーン君は応えるように大きく旋回し、楽しげに高度を下げ始めた。
音速の暴力から、今度は地形をスレスレで縫うようなアクロバティックな飛行へとシフトしていく。
「やっぱり! 通じ合ってる、私たち完全じゃないけど心を通わせ合ってるわ!」
勘違いからくる全能感に包まれたメアリーは、目の前に迫る断崖絶壁への恐怖すら忘れ、完全に調子に乗っていた。このあと、自らの手で大惨事を引き起こすとも知らずに――。
『どうだ!スゲェだろ!』
「きゃー最高よ。すごいね凄いね!楽しいね~」
水面を低空飛行で水飛沫を上げ、切り立つ谷の合間をスレスレで駆け抜ける爽快感。やがてメアリーとファストワイバーンの間には、まるで人馬一体となったかのような奇妙な一体感が生まれ始める。
「これから一緒に飛ぶんだから、名前がないと不便よね!」
テイマーであっても飛竜に名を付ける者はまずいない。
だが、苦労して手懐けたと思い込んだメアリーは、このワイバーンに格別な思いを抱き、自然と名前を付けたくなった。
そして――。
「ファルってかっこいいよね!ねぇファル!貴方の名前はファルよ!!」
この世界で飛竜に個別の名を与える前例など皆無だ。そんなのお構いなしにメアリーはファルちゃんファルちゃんと連呼した。
『ファル?俺のことかな?まあいい響きだから良しとしよう』
この個体は知性が他より高く、意味を理解した。メアリーに知らせる為、わっさわっさと翼を揺らし、キュアアンと鳴いてみせる。
「うふふ、宜しくねファル!」
――好事魔多し。
「ありゃ」
ふと、メアリーはワイバーンの翼の付け根に、不気味な吸血系の虫がへばりついているのを見つけた。そいつは見慣れたヒルのような気持ち悪い奴で、出荷前に毎回取り除いていたので、いつもの癖で駆逐作業へと入る。
小刀を取り出し、こそぐように虫たちを取り除き始めた。
だが――そこは、ものすごーく、ものすごーく敏感な箇所だった。
「――ッビギャ! ピァァァアアアアッ!?」
奇声を上げたワイバーンが猛烈に身悶えし、くすぐったい方の羽を激しくばたつかせる。当然、飛行バランスは崩壊。
空中で失速した戦闘機のように、完全な錐揉み状態となって急降下を始めた。
「いやぁぁぁああああっ! 目が回る、回るからぁぁぁあああッッ!!」
天地が入り乱れる超高速回転の世界。
死に物狂いで暴走を乗り切り、地表すれすれでどうにかこうにか落ち着きを取り戻す。大きく翼を広げ、ようやく安定飛行へと入った。
『あら、落ちちゃった……どこへ行ったんだろ?』
だが、背中に乗っていたはずのあの人の姿は、どこにも見当たらなかった。
面白かったらブクマお願いします。




