大乱闘と峰打ち。
【数十分後・メルド村広場】
「はぁ……はぁ……華奈殿! 一体何が起きたというのですか!?」
近衛騎士からの報告を受け、慌てて転移魔法陣を使い、血相を変えて村に駆け込んできたのはウィラードだった。
彼の脳裏には修練場での大暴れの件が過りつつも、『匠殿の件で落ち込んでいるはずでは?』と、頭の中は疑問符だらけだった。が――。
「私達を塵呼ばわりしたので、屑ゴミを処分しただけです」
「……要するに華奈殿が《《ま》》《《た》》暴れたわけですね。メアリー様、顛末を教えて頂けますか」
「喜んでお教えしますわ、ウィラード団長さま」
地面に転がっているクライドの惨状と、事の顛末をメアリーから聞かされると、ウィラードは頭を押さえて深いあきれ顔になった。
要するに、自業自得が齎した結果である。
一応、事前に華奈の実力については警告してあったはずなのだが、持ち前の傲慢さゆえに、上の空で聞いていたのだろう。一通り説明が終わると、超不機嫌な顔をした華奈が、絶賛治療中のクライドを指さした。
「こいつ、碌でもない剣士ですね。早く引き取って、どっかの公園の隅にでも捨ててください」
「ク、クライド殿は私の先輩騎士。立場上、放置するわけにもいかず……これ以上の不名誉を重ねる前に――」
「うるさいわウィラード! 貴様、俺に指図する気か!?」
また治癒魔法によって腕を繋ぎ直され、ようやく息を吹き返したクライドがウィラードに怒鳴り散らす。「女に指図されたくは無い!」と負け犬の遠吠えを喚くクライドに、華奈が絶対零度の視線を向けた。
「――次、その汚い口を開いたら。腕じゃなくて首をはねるよ、ポンコツ。一回死なないと分からないみたいね」
華奈が堂々と啖呵を切る。その圧倒的な威圧感に、プライドを粉々にへし折られたクライドは、もはや恨めしそうに睨みつけることしかできない。
だが、その一触即発の重苦しい空気をぶち壊すように、一人の男が割り込んだ。
「あーあー! めんどくせえ! メンツだの先輩後輩だの知るかよ! 全員まとめて殴り合いで決めりゃいいんだろ!!」
先程の決闘劇で血を見て、昔の盗賊時代を思い出してしまったネスレだ。血が騒ぎ興奮していた。と、なれば必然的に――。
「ふざけるな盗賊崩れが、お前らはやっ――グフォっ!?」
「口上より拳で語り合おうぜ、騎士団様よぉ!」
ネスレの乱入を皮切りに、同行していた近衛騎士団までもが、パンチを喰らってカッとなり、広場はあっという間に大乱闘の渦に飲み込まれてしまう。
「もう! どいつもこいつも筋肉馬鹿ばっかり……っ!」
脳筋姫騎士である華奈がため息をつくと、愛刀を逆手に持ち替えた。
それは――みねうちの構え。
脳筋が脳筋を成敗する。まさに二度目の喜劇というほかないが、村の面々も騎士たちも、どこか憎めない連中だ。口角を上げた華奈は、どこか楽しそうに大乱闘の中へと駆けてゆく。
「まぁ、鍛錬には丁度よかったかな」
「やっぱ華奈は脳筋姫騎士だわ~」
そして大乱闘が始まってからわずか一分後――。広場には(全員がのされて)静寂が戻り、華奈の心もいくらか落ち着きを取り戻したのだった。
「こりゃたまげた。俺の時代はもう終わったな」
「だ、誰よ!」
声がした時には、いつの間にか初老の男が華奈の間合いへと立っていた。
誰一人、その接近に気付かなかった。
その男は濃い目のグレーのサーコートを纏い、質実剛健な長剣を携えていた。
「カイル様が何故このような場所に」
「なぁぁに、阿保クライドが村に行くと騒いでいたから来てみたんだよ」
その老人の名は――。
カイル・シグルズ・フィルモア。
3剣聖の1人であり、巷では「静寂の剣聖」と呼ばれ、華奈と同じ高速剣を得意とする。レベル670の凄腕剣士だ。
クライドを阿保呼ばわりする事から、この老人は最年長の剣聖。
「それにしても……いやはや、噂の勇者華奈は凄まじいな。あのクライドを赤子同然にねじ伏せるとは」
カイルは殺気を放たず、凄く物静かに華奈を見つめ、痛快そうに目を細めた。その瞳には、かつて数々の戦場をくぐり抜けてきた老練な光が宿っている。
「……それで、カイル様が何の用? まさか、あのポンコツの仇討ちってわけじゃないでしょうね」
「ハハハ! まさか! あんな阿保のために老骨を鞭打つ気はないさ。ただな……」
カイルはふっと表情を和らげると、腰の長剣を鞘ごと外し、華奈とのやり取りを見守るウィラードの前に歩み寄った。そして、その剣を厳かに突き出す。
「カイル様……? これは一体……」
「ウィラード、前々からお前を後継に考えていた。これを受け取れ。俺は剣聖の称号を返上する」
「なっ……!?」
広場にいた騎士たち、そしてウィラード自身からも驚愕の息が漏れる。国の最高戦力たる『剣聖』の称号が、この場で新たな世代へ託されようとしていた。
「俺の高速剣を上回る若者が現れたんだぞ。老兵ってのは、大人しく身を引くのが世の理ってやつさ。脂がのっている今のお前が適任なんだよ」
「しかし、私などにはまだ――」
「謙遜するな。貴様の器量なら文句はあるまい。……それに、俺には他にやりたいことが出来ちまったんでね」
カイルはニヤリと不敵な笑みを浮かべると、フッと華奈に目を配った後に、地面に座ったままの村人たちの方を振り返った。
「ここは退屈極まりない王都にいるより、よっぽど面白そうだ。俺は今日からこのメルド村で、剣の指南役として居座る!」
「はぁぁ!? ちょっと、勝手に決め――」
「アアンもう、嬉しくて涙が出ますカイル様!よろしくお願いします。カイル様!」
華奈の抗議を遮り、メアリーが割って入る。
そしてやる気満々の最年長の剣聖に握手を求め手を差し出していた――。
「元スペンス家のメアリー嬢は逞しくなったのう、ガハハハッ!よろしくな」
メルド村には、新たな指南役――いや、かつて『静寂の剣聖』と呼ばれた最強の老剣士が加わることになった。
※※※※※
【ミラードの執務室】
「おいウィラード! 意味が分からん!」
「そう申されましても、カイル様は一度決めた考えを改めるようなお方ではございません」
メルド村の一件。
――「静寂の剣聖」カイルの唐突な引退と剣聖交代の報告を受け、国王ミラードの顔は瞬間湯沸かし器のように真っ赤に変わる。勝手に事が進んだのが面白くないのだ。
しばらく忌々しげに唸っていたミラードだったが、やがて諦めたように息を吐いた。
「あの爺さんは頑固だからな……。まぁ良い、お前が剣聖を名乗っていいぞ」
「はっ、精進してまいる所存です」
ウィラードが深く一礼するのを見ながら、ミラードはふと、クライドを引退に追い込んだ勇者華奈の存在を思い出し、不敵に目を細めた。
「ふむ、華奈を近衛の指南役に置き換えれば、格好の足止めになるな……。よし、ウィラード、早急に華奈を呼び出すのだ」
近衛騎士の前で惨敗したクライドはもう使い物にならない。ならば、その後釜は華奈で十分だ。勇者を近衛騎士団の指南役に据えれば、騎士団の士気も上がる。
何より、指南役という重責を負わせれば、そう簡単に王都を離れることもできまい。
頭の中でそろばんを弾くミラードは口元をわずかに歪めた。
※※※※※
【ウィラードの執務室】
「あー、なんで私が国王に呼び出し喰らうのよ」
「華奈殿、お詫びはもちろん……その、国が誇る『剣聖』を一方的に倒してしまったので、あの、ですね――」
ネスレが始めた大乱闘を、まとめて力ずくで沈静化させたのは良かった。だが問題はそこではない。華奈が「剣聖」との勝負に完全勝利してしまったことだ。
その後に続く王命を口にするのが恐ろしいのか、ウィラードは珍しく口籠る。
「要はどうなるのですか?」
「ミラード陛下より、近衛騎士団の指南役をお願いしたいとの仰せです」
「はっ?」
不遜な上位騎士を瞬殺した以上、指南役を交代させるのは当然の流れだった。いきなり降って湧いた話に華奈が顔を歪めるが――その時、執務室の扉が勢いよく開いた。
「「「我らの姫騎士に忠誠を誓います!!」」」
すると、廊下で聞き耳を立てていた騎士たちが堰を切ったようになだれ込んでくる。狼藉を働くクライドを文字通り一蹴したその姿に、騎士たちの心は完全に射抜かれていた。
前々からクライドの横暴な態度に嫌気が刺していたし、その逆をいく「強く、気高く、誠実で、美しい」彼女の容姿は、彼らにとって舞い降りた戦女神そのものに映っているのだろう。
「おお……なんと気強く、美しい武だ……!」
「これぞ、我らが仰ぐべき真の『姫騎士』……!」
誰からともなく膝をつき、華奈を聖なる姫騎士として崇め始める騎士たち。ウィラードもまた、彼女の実力と規格外のカリスマ性を認めざるを得ず、厳かに告げた。
「華奈殿。どうか、我ら近衛騎士団の指南役に就いては頂けないだろうか」
「……しょうがないわね。ただし、稽古は容赦しないから」
どこか憎めない脳筋たちに囲まれた華奈は、フゥと小さな溜息を漏らし、ウィラードの願い――いや、騎士たちの羨望の眼差しに押される形で承諾する。
こうして、実質的なトップとしての実力を周囲に知らしめた華奈は、近衛騎士団の指南役に就任することが決定するのだった。




