表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
40/66

停戦交渉。

【執務室・魔人族との会談】


 静寂に支配された謁見室、その中心で、突如として空間がガラスのようにひび割れ、どろりとした負の魔力が溢れ出した。


「おお、これが魔人族の転移魔法か……!」


 護衛の1人として召集されていた魔法士パパ・ヤーガは、その禍々しい光景を目の当たりにして、恐怖よりもむしろ歓喜に身を震わせる。

 やがて歪みの中心から現れたのは、仕立ての良い黒い燕尾服に身を包んだ、伯爵然とした男だった。


 七魔神が一人――策略の悪魔、フォルカス。


 無駄な殺生を嫌うが、言葉と言葉の応酬、そして盤面の操作だけで国を滅ぼすことを至上の愉悦とする参謀。

 死人のように青白い肌と、額から覗く二本の小角が、彼が人ならざる者であることを不気味に強調していた。


「ミラード陛下、お初にお目にかかります。七魔神の一人、フォルカスと申します。以後お見知り置きを」


「よくぞ参られた、フォルカス殿。……では、早速本題に入ろう」


 ミラード王は、自身の喉元に突きつけられた「魔王軍の脅威」を逸らすべく、必死に平静を装って声をかけた。

 だが、対峙する魔人族の使者は、超高レベルの勇者を召喚したフィルモア王国に対し、嘲笑を孕んだ冷酷な事実を突きつける。


「……白々しい。我が魔王様に匹敵する『バケモノ』を召喚しておきながら、休戦協定など笑止千万」

「滅相もない。あれはあくまで偶然の産物……。我が国に魔王領を侵略する意図など毛頭ない」


 ミラードは、この場に「嘘を見抜く悪魔」アビルゲイが不在であることをこれ幸いと、薄っぺらな嘘を重ねる。

 だが、召喚された華奈のステータス――リミットブレイクを大きく超えた「698」という数値は、すでにプラウラーの報告によって魔人族側に周知されている。彼女はすでに、一国を左右する「戦略兵器」として扱われているのだ。


「これは明らかな軍拡であり、宣戦布告と受け取られても文句は言えまい?」


 たった一人とはいえ、戦術核兵器並みの破壊力を持つ存在を抱え込まれれば、魔人族側がそう警戒するのは当然の帰結。何か手を打たなければ、交渉は決裂するのは確実。


「それは早計というもの。我が軍そのものを増強したわけではない」

「笑止。我が魔王軍は、貴殿らの腹一つで、いつでも戦端を開く用意があるぞ」


 フォルカスの細い指が、チェス盤を弾くように机をトントンと叩く。このままでは協定は破棄され、王国は再び戦火に包まれる――。

 その絶望的な沈黙を破り、ミラード王は、もはや人間としての誇りすら捨て去った、卑劣な「交渉材料」を口にした。


「フォルカス殿……。もし、貴殿らがその『バケモノ』を御せぬと案じているのなら――勇者の『最愛の男』をそちらに譲渡しよう」

「……何だと?」


 策略の悪魔ですら、王のあまりに醜悪な提案に、その深紅の瞳を見張った。

 ミラードは自身の「名案」に酔いしれるように、脂ぎった顔に傲慢な笑みを浮かべて続けた。


「匠という男は、勇者・華奈と相思相愛。それこそが奴の唯一の弱点だ。貴殿らが人質に取れば、無駄な戦いは避けられる」


 自国の勇者を制御するために、魔人族側にその恋人を差し出す。

 同盟という名の隷属。平和という名の売国。

 あまりに身勝手で、あまりに冷酷な王の提案に、フォルカスは喉の奥からくぐもった笑い声を漏らした。


「……ふ、ふふふ……面白い。人間というのは、時に我ら悪魔族よりもよほど悪魔らしいことを考える。……実に、実に愉快だ」


 フォルカスは、まるで汚物を見るような、それでいて最高の玩具を見つけたような目を王に向けた。


「この提案全書して頂けたら助かる」


「……しばし待たれよ。主と相談してくる。その間に、その匠とやらをこちらへ連れて参れ。この目で見定めさせてもらおう」


 そう言い残すと、フォルカスは黒い霧と共に、嘲笑の残響を残して姿を消した。

 後に残されたのは、己の欲望のため一人の少年を魔界へ売った、歪な悦びに浸る王の姿だけだった。


【魔王城・玉座の間】


 フィルモア王城から帰還したフォルカスの報告を、玉座の魔王レオンは静かに聞いていた。


「――それでアビル、奴の本心はいかほどだ」


 魔王の命を受け、フォルカスの影から這い出るようにして姿を現したのは、もう一人の悪魔。


「嘘を見抜く悪魔」アビルゲイ。


 彼はミラード王の調略の真偽を見抜くため、フォルカスの影に潜んで同席していたのだ。護衛のヤーガすら、その存在には全く気づけなかったらしい。


「ククク……人間の王というのは、本当に底が浅い」


 アビルゲイはしたり顔で笑う。ミラードは大層な嘘つきだが、勇者・華奈の男を手放すことに関しては、一切の欺瞞なく極めて前向きだったと語る。


「……女勇者を傀儡にするつもりか。人間の欲と傲慢さは、いつの時代も変わらんな。匠、か……」


 魔王はアビルゲイの言葉に短く応じながら、自身の記憶の底にある、ある光景を思い出していた。

 それは、魔王ですら決して逆らうことのできない、この世界の頂点――絶対神『サーペント』に拝謁した時のことだ。


【サーペントとの謁見(回想)】


 前回の大敗後、納得のいかない魔王は、祭壇に向かって毎日欠かさず、呪詛のように恨み節を囁き続けていた。

 それに痺れを切らしたサーペントが、ついに魔王城に姿を現したのだ。


「あの作戦は、安直で馬鹿なお前だから負けたのだ!相手は狡賢いミラードだ。もう少し頭を使え」

「――ッ御意……」


 配下がいくら説明しても頑なに非を認めなかった魔王だが、サーペントに直言されると、素直に首を垂れるしかなかった。


「ところでレオン、人間界にリミットブレイクを遥かに超える力を持つ者が現れた。アングィスの機転で今はまだ覚醒していないがね」


 要するに、匠のことだ。あまりに危険すぎると判断したアングィスが、事前に能力に制限をかけたのだ。ちなみに華奈の方は、まあ常識の範囲に収まるレベルなので放置したらしい。


「それで、私目にどうしろと?」

「簡単なことよ。調略して魔人族側に引き入れよ。そうでなければ世界のバランスが崩れ、いずれ人間らにお前たちが蹂躙されるぞ」


 サーペントは華奈の存在にも触れつつ、「要はバランスを取り、無駄な戦をやめさせろ」と釘を刺した。


「それでは失礼するよ。もう呼ぶなよ。ああ、名は『匠』だ」


 サーペントはそう言い残すと、光の粒子となって姿を消した。


【魔王城・玉座の間】


「強欲は身を滅ぼす。その少年を、こちら側に丁重に迎えなさい」

「御意」


 魔王の脳裏に、不穏な、だが確信に満ちた予感がよぎる。

 人間たちが自らの破滅を招く引き金を引こうとしていることに、魔王城の面々は冷酷な笑みを浮かべるのだった。


【謁見の間】


「よくぞ参ってくれたな華奈。悪魔どもが暴れたら頼むぞ」

「承知いたしました。何があろうとも陛下をお守りいたします」


 仕切り直された会談の場に入ってきた華奈は、真新しい近衛騎士団の儀礼服を身に纏い、凛とした構えで国王に挨拶をする。

 一方の匠は、後方の扉の前で、従者のような格好をして静かに、それでいて不安な面持ちで成り行きを見守っていた。

 それもその筈、華奈と顔合わせが出来たのは執務室に入る直前で、いまだ一言も会話を交わしていなかったのだ。


「匠、こちらへ。君とは初顔合わせだな」


 突如、自分の名を呼ばれ、匠は思わずピクリと身体を震わせた。事前に「声が掛かることはない」と聞かされていたため、尚更だった。


「ミラード陛下、お初にお目にかかります。匠と申します」


 それでも自分を奮い立たせ、膝をついて挨拶をする。だが、ミラード王の目は笑うどころか、獲物を狙う獣のように鋭い。周囲の重臣たちを伺えば、これから始まる企みを前に、ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべていた。


(間違いない……俺を交渉の道具に使うつもりだ)


 せめて華奈だけは助かってくれ、と縋るような思いで視線を送るが、彼女は凍りつくような冷たい表情のまま、頑なに目を合わせようとはしない。

 そこには情も未練もなく、ただ任務だけを遂行する勇者の顔しかなかった。

 となれば、ここにいる連中は自分以外の全員が「この先の展開」を知っているということだ――。


 絶望が脳裏をよぎる中、再び空間がガラスのようにひび割れ、どろりとした負の魔力と共に、一人の男が姿を現した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ