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匠と華奈。いざフィルモアへ。

お待たせしました。いよいよ主人公の2人がフィルモアに入ります。

【異空間】


 ただ、真っ白い空間。果てが見えぬその純白の世界に、二人の人影が見える。


「華奈、これは夢かな。……俺は死んだから、これは最後に見る走馬灯のようなものなんだろ?」


「うふふ、タクちゃん。違うよ? 新たな世界で、2人で生きていくんだよ。ほら見て、メアリーちゃんもいるでしょ?」


 極鋭館の床で「華奈にキスをしてそのまま死んだ」という強烈な記憶のせいか、不思議と恥ずかしさは無かった。華奈と俺は、生まれたままの姿――いわゆる全裸だというのに、だ。


 華奈が示した先には、豊かな双丘を腕で隠し、しゃがみ込んで必死に恥部を隠すメアリーの姿があった。少し涙目の彼女を見て、ここに来たくて来たわけでは無いのだと、語らずとも理解できた。


 ああ、ここは次の世界へ行くまでの、天国のような中継地点なのだと朧げに察する。


「もう、エッチ剣士さん……っ! 貴方がこんな世界をイメージして望んだから、こうなったのよ! もう、恥ずかしいじゃない!」


 要するに、目を覚ます間際、無意識に天国をイメージした結果がこの空間らしい。しかし、それにしても俺の感覚が麻痺しているのは百歩譲って受け入れるとして、目の前の華奈は羞恥心が壊れてしまったのか、それとも俺に見せたいのか、少し判断に迷うほどの堂々たる佇まいだ。

 待望の整ったCカップをしっかり拝めたのは眼福この上ない。だがシックスパックに割れた腹筋を見て脳筋の言葉が過ぎり、性欲が霧散して思わずジト目になってしまう。


「さぁ、タクちゃん。メアリーちゃんが頑張って生き返らせてくれたんだから、貰った命を無駄にしないでね」


「そうです! メアリーはもの凄く頑張ったのです! もう少し敬いなさい!!」


 どうやら俺は、この2人に一生返せそうにない大きな借りを作ってしまったらしい。だが、確実に「一旦死んだ」ということは――。


「……ってことは、最終的にあの『槍の住人』にも、めちゃくちゃ頭を下げなきゃいけないってことか?」


「ゲフンゲフン! 我が戦闘神アングィスであるぞ! 匠よ、命の恩人(神)に対してもっと敬意を払ってくれてもいいのだぞ!?」


 威厳があるんだかないんだか分からない、聞き覚えのある脳内音声。声のする方を振り向くと、そこには案の定、見知らぬいかついオッサンの姿があった。


 正直、若い2人の裸体(眼福)のままで終わっておけば良かったと心から思う。出会うなら、向かった先の異世界で元の槍の姿に戻ってからドヤ顔をされる方が、よほどしっくりくる。だって、むさ苦しいオッサンの裸体なんて誰も見たくはないだろう。


 だが、そのオッサン、仁王立ちで堂々としている割には、なぜか下半身にだけ強めの『モザイク』が標準装備されているのが妙に安っぽくて微笑ましい。戦闘神としてのプライドなのか、それともこの空間の、あるいは俺の倫理規則コンプライアンスが働いたのかしらんが、戦場以外での分別は一応できる神様らしい。


 緊迫した状況のはずなのに、そのシュールな絵面に思わずクスッと笑ってしまう。


 すると、アングィスはモザイクを揺らしながら、ニカッと豪快に笑って手を伸ばしてきた。


「さあ、フィルモアに参ろうではないかタクちゃん!」


 その言葉を合図に、純白の世界が目映い光に包まれていく。俺たちの新しい旅――本当の戦いが、今ここから始まるんだ。



 ※※※※※



【フィルモア城・地下大魔法陣】


 ズズズズズ……ッ!


 フィルモア城の地下大魔法陣が怪しい輝きを放つ。程なくすると帰還用の幾何学模様が浮かび上がり、おびただしい光を四方に撒き散らしながら空中へ霧散していった。


「おお、ちゃんと戻れましたよ。ここがフィルモア城地下にある大魔法陣です!」


 巨大な魔法陣のど真ん中に、「ちゃんと服を着た」三人の人影が忽然と現れる。地球から送り出された匠たち一行だ。見覚えのある景色にホッとしたのか、メアリーは周囲を見渡しながら、2人を驚かせないように丁寧な口調で説明を付け加えた。


「それにしても誰もいないわね。どうしたのかしら」

「なんか異世界転生って、周りを魔法使いが取り囲んで、王様がドヤ顔で『勇者諸君、よくぞ参った!』なんて出迎えてくれるものと思ってたわ」


 本来なら、召喚者を迎える近衛騎士団が周囲を固め、レベルの低さが露呈した途端に抜剣して脅す――というのがこの世界のテンプレだ。

 だが、今日に限ってはあいにく『魔王が直々に挨拶に来た日』と最悪のタイミングで被ってしまっていた。城内は蜂の巣をつついたような大騒ぎ。当然、事前連絡なしで戻ってきた匠たちは完全放置である。


「それじゃ、まずは顔見知りを見つけるしかないんだな。……ところでメアリー、ここから外には出れるのか?」

「……帰りの際の手順は……教えてもらえなかったのです(汗」


 重苦しい静寂が、地下室に広がった……。


「じゃ、王様に会うのが第一目標ね! 遭難したわけじゃないからさっさとここから出ましょう」

「まぁそれが一番かな。なぁ、さっきのおっちゃんはメアリーの中にいるの?」

「ええ、彼は私に憑依しているので、気が向いたら出てくるんではないでしょうか(笑)」


 白い空間で出会ったイカツイおっちゃんは、「危機に瀕したときか、何か用事がないと出てきませんよ」ととメアリーは苦笑した。

 神様かなんだか知らないが、そのうち実体化するだろうと軽く受け流し、匠はとりあえずここから抜け出すことを優先してメアリーのあとに続いた。


「やっぱ、閉まってますね。叩いても反応しないので完全に閉じ込められていますよ」

「じゃ、私に任せて露払いするよ」


 華奈がすごく頼れる剣士になったな、と匠は感じた。『これって俺の仕事だよね』と思いながらも、脇に刀を携え、扉に近づく華奈を生温かい目で見送ることにした。だって異世界に来たんだから、チート能力があって面白いことになりそうな予感がしていたからだ。


 ――出雲神速剣・三の形『散切(さんぎり)


 ご多分に漏れず、低く腰を構えた華奈は、鯉口を切ると重厚な扉に目にも留まらぬ速さで横薙ぎ、縦斬り、横薙ぎ、縦斬り――連撃を繰り出した。

 だが、何もなかったように佇むその目標物は、刀の柄で軽くポンと押すと、バラバラと崩れだし人が通れるほどの空間が現れた。


「たくちゃんは寝てたから知らないと思うけど、特典でチーターみたいよ(笑)」

「……普通居合で扉とか切れないから、マジそう思うよ(汗)」


 とにかく華奈は地球での威力の数百倍の途方もない力を持っているらしい。だが、この国にも剣士と名のつく達人が居るはずだ。そう考えると不安になるが出会って一合交わせば結果は見えてくる。


 さて、この世界の理を知るためには強者に出会わないと始まらない。意を決して薄暗い階段を登り始める。


【フィルモア城・地下通路】


 薄暗い螺旋階段を登り始め、ビル5階ほどの高さを登っただろうか、また扉が現れたが無造作に開けっ放しになっている。それと同時にバタバタとこだまする足音、狂乱に満ちた叫び声が漏れ出てきた。

 意を決し外に出ると、そこは壁一面を彩るステンドグラスが美しい、教会のような空間だった。すれ違う人々は匠たちを見ても何ら気にすることなく、どこかへと走り去ってゆく。


「教会ぽいな、ヘビはここの国教なのか……」

「ええ、そうですよ。サーペント様という大蛇を信仰しています。が……」


 口淀むメアリーはアングィスから聞き及んでいるのだろう、この国の信仰心が薄れていることを。そのさみしげな表情を見た匠は、鎮座するヘビの像にホコリが被り、手入れが行き届いてないことに気がつく。それに、あの脳裏に響くおっさんの声も聞こえないことから、間違いないと考えた。


「とりあえず責任者みたいな人に会わないと始まらないな」

「さぁ、手を合わせたらさっさと行きましょう」


 二人とも特定の宗教を信じているわけではないが、日本には八百万の神といって何にでも神様がいると考えられている。ホコリは積もっているが神々しい作りの像を無視するのは失礼にあたると思い、神社にお参りに行くように二礼二拍手一礼こそしないが、静かに手を合わせ頭を垂れる。


【フィルモア城・大広間】


 教会のような場所を抜けた匠たちの目に飛び込んできたのは、高い天井を誇る壮麗な大広間だった。調度品は精巧を極め、まるで美術館に入ったような感覚を覚える。

 そんな優雅な空間を堪能していた俺たちの耳に飛び込んできたのは、無数の足音と荒々しい怒号――そして、ただ事ではない金属音だった。


「――誰だッ! 何奴! この場所に何用だ!!」


 罵声に近い大声を上げたのは、息を荒くして大広間に戻ってきたばかりの、完全武装した集団。フィルモア王国が誇る『第一近衛騎士団』の面々だった。商業都市に派兵されていた兵団が、ちょうど戻って来ていたのだ。


 魔王幹部の襲来によって極限まで神経を尖らせていた彼らにとって、事前連絡もなく見慣れぬ格好をした俺たちは、どう見ても『城内に侵入した敵の密偵』にしか映らなかったらしい。


「お前らは魔王軍の手先だな! 生捕りにして吐かせろ!」

「お待ちください! この方たちは――」


 メアリーの悲痛な叫びも、怒号の渦にかき消される。問答無用で突き出される無数の槍と、きらめく白刃。もうこうなれば、理屈は通じない。あの脳筋たちを力でねじ伏せるか、さっさと逃げるか、それとも両手を上げて降伏するしかない。


 なにやらトラブルを抱えているのは理解できるが、いきなり美少女二人に向かって魔王軍扱いされた華奈は、懲らしめたい気持ちが湧き上がり、ブワッと髪の毛が逆立ち怒りを顕にしていた。


「ったく、異世界に来たらやっぱりこうなるわけね! たくちゃん、下がってて!」


 不敵に笑った華奈が、再び鋭く踏み込む。

 キィィィンッ! と鼓膜を震わせる甲高い音が響き、襲いかかった近衛兵たちの槍が、目にも留まらぬ速さで宙高く弾き飛ばされた。


「な、んだあの女剣士は……我らの槍をいとも簡単に……ッ!?(驚)」


 一合交えただけでまさかの展開。今の華奈を表現するなら、まさにチーターだ。圧倒的な剣舞で次々と敵を無力化していく様を見た匠は、「俺もいつまでも守られてるわけにいかねえ!」と腹をくくる。


 背中に抱えていた一振りの業物を、静かに鞘から取り出す。

 チャキ、と刀を返し、峰を相手へ向ける。次の瞬間、大ぶりの得物を振り回す兵士へ鋭い斬撃を放った。


 ――出雲神速剣・四の形『舞斬(まいぎり)


 神速剣の速さを活かした多点攻撃に特化したこの形は、普通の剣客なら捉えることすらできないだろう。


 ――だが。


(……あ、えっ、あれ……っ!?)


 一歩踏み出し、刀を振るった瞬間に脳が猛烈な違和感を訴えた。

 思わず技を中断し、横跳びで相手の攻撃を間一髪で躱す。


「クッソ、体が鉛のように重い……なんだこれは!」


 切先を固定することすらできない。昨日まで軽くあしらっていたはずの相棒(刀)に、まるで重い鎖鎌でも取り憑いたかのようにずっしりと重く感じる。


「ッ!」


 動きがのろい匠を、敵の精鋭が狙わないはずはない。横切りの大剣が迫り、身を翻して交わすものの、切先が腕を掠める。激痛ではない。だが、真剣の恐ろしさを改めて理解するには十分で、冷や汗がドッと吹き出した。


(ッ――!このままでは殺られる)


 刹那、匠はこのままでは勝負にならないと判断した。すぐさまメアリーの手を引っ張り、逃げに転じる。


「ひゃぁぁぁ!?」

「華奈、撤退だ! ここは一旦下がらないとダメだ!」


 的確な判断だった。怯えてぺったん座りになってしまったメアリーを守りつつ、数名の精鋭騎士を相手にできるほどの余裕は今の匠にはない。華奈が圧倒しているとはいえ、多勢に無勢だ。人質を取られる最悪の展開になる前に、彼は即座に撤退を決意した。


 その時、大広間の入り口から、すべてを威圧するような凄まじい怒号が響き渡った。


「双方剣を引け! この大バカどもが!!」

「あっ、ウィラード様! もうこの脳筋バカたちをどうにかしてくださいなのです!!」


 大広間にメアリーの悲鳴混じりの裏返った大声がこだまする。

 ――その瞬間、近衛騎士たちの動きがピタリと止まった。

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