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魔王レオン・シェルストレーム。

倒すべき相手の魔王が現れ……。

【フィルモア城地下・魔導動力室】


ヒィィィィンン――。


甲高い音が響き渡る、ボイラー室を思わせる巨大な機械が立ち並ぶ空間に、一際光り輝く大粒の宝石が整然と並べられている。それは膨大な魔力エネルギーを凝縮した人工魔石だ。大きさにして通常炉用はソフトボール大だろうか。どこまでも透き通るレッド、漆黒の海のようなブルーなど、色合いは産地によってバラバラだったりする。


一般的な生活魔法や簡易な魔道具に使うのであれば小指の先ほどのサイズで十分なのだが、この魔石の使い道は城の巨大な動力炉を動かすためだけに限られている。ゆえに、これほど大きなサイズが必要なのだ。


「今日は魔法陣用の魔石交換だ。みな魔力防護服に着替えろ!」


戦艦なら機関長、ここでの階級は技術部長と言ったところだろうか。ひげを蓄え、ドワーフとは言わないが、小柄でがっしりとした体格の男が皆に号令を出していた。


エンジンクレーンのような吊り下げ機械に吊るされた、戦車の砲弾くらいに大きな人工魔石が運び込まれて来る。これだけのものを2、3個ほど使えば、異世界から勇者を召喚できるほどの膨大な魔力が蓄えられている。

但し、生産量が極めて少なく、非常に高価な品だ。


メアリーを送り出すために魔力を使い果たし、光を失いかけている古い魔石の横へ、その新しい魔石が運ばれていく。このあと防護服を着た作業員が交換作業を行う手筈だ。技術者たちは割り振られた仕事を淡々とこなしていた……。


【ミラードの執務室】


「陛下、一時的に部屋の照明が落ちます」

「ああ、今日はメアリー送り込み《アレで使い切った》魔石の交換だな」

「はい、その通りでございます」


ウィラードに撤退命令を出し、あと何時間かもすれば、あのむさっ苦しい男の顔が見られるだろう。今回は手応えが無く鬱憤が溜まっているだろうから、戻ったら極上の酒でも奢ってやるか――。


そう考えている矢先に、魔石交換の知らせが来る。いつものことだと聞き流し、今回の騒動を振り返るべく、ミラードはジッと机の上の地図を見つめていた。


ジジジ――。


交換が始まったのか、微かな動力源の振動が伝わって来る。その瞬間、地図の上に置いてあった指し棒が、まるで意思を持ったかのように、フィルモア城を指した位置でピタリと止まった。


「――ッ!? おい、今すぐ作業を止めさせろ!!」

「へ、陛下!? 落ち着いてください、ただの振動で――」


その時、パチッと音がして部屋の魔導照明が消え、一瞬だけ城全体を包む魔力結界が、完全に稼働を停止した――。

この停止時間は一秒にも満たず、これまで外敵に利用された前例は一度もなかった。すぐに予備の魔力が巡り、何事もなかったかのように青白い光のカーテンが再び城を包み込む。


「……なんだ、思い過ごしか。騒がしたな」

「へ、へ、陛下……う、後ろ……っ(大汗」


向かいに立つ執事の顔色が、見る見るうちに蒼白に固まっていく――。


刹那、確実に自分の背後に『致命的な異物』が存在することを理解した。だが、腰の脇差に手を滑らせようとしても、すでに何らかの術式が発動しているのか、己の指先の感覚が一切無い。


「……まさか、この一瞬のタイミングを狙って来るとはな。貴様が、魔王か」


「いえ、私はただの露払いにすぎません。失礼いたしました、七魔神が1人――アビルゲイと申します。ミラード陛下……」


奇怪。その言葉をそのまま形にしたような、趣味の悪いピエロの化粧を施した男。――そいつがアビルゲイだ。


背中から生えた巨大な黒い翼は、おぞましき悪魔族の証。古い伝記に『彼に対して嘘偽りは一切通用しない』と記されている。既に自分の頭の中を覗かれていると思うと身の毛がよだつ。ただ一つだけ疑問があった。なぜ自分の心を支配しないのだろうか。


「……そうか。貴様がアビルゲイと呼ばれる悪魔か。ここ数百年は存在を確認できていなかったが……存在していたのだな。それで、俺に何の用だ」


発着場に待機する第二近衛騎士団は、異変に気づいてもすぐには駆けつけられない。ドア外の衛兵では完全に力不足。今この場に、魔王直属の幹部を止められる戦力など皆無だった。

七魔神と対等に渡り合えるのは副団長以上――いや、ウィラードクラスでなければ、相手にすらしてもらえないだろう。


そう考えると、自ずと答えは出ていた。


(嗚呼、俺は生かされているのだな……)


嘘偽りが一切通用しない絶対的な威圧感を前に、もはや完全に詰んでいる。


「――殺すなら早く殺せ」


ミラードは静かに呟き、腹をくくった。


「あははご冗談を、では――至高の御方をお呼びいたしましょう。我らが崇拝する絶対的支配者、魔王レオン・シェルストレーム様。お成りです」


アビルゲイの言霊に反応して、フッと場違いなそよ風が吹き抜けた。直後、真っ黒い霧が渦を巻き、赤黒い髪に天を突くような大きな角を持つ男――魔王レオンが現出する。その身から放たれる全方位への威圧感は、一瞬で空間そのものを強張らせるほどの威力だった。


ミラードはその耐え難い重圧に激しい脂汗をかきながらも、ゆっくりと、本能が危険を告げる方へと顔を向けた。


「よう。お前を殺しても意味がないからさ。取り敢えず休戦しないか?」


規格外の存在が放ったのは、拍子抜けするほどに軽い提案だった。だが、そこに拒否権など存在しない。選択肢の無いミラードは、喉の渇きを覚えながらも、まずはこの規格外の化け物の話を聞くべく、必死に言葉を絞り出すのだった。


「なぜ戦う事を止める。魔族とは野蛮で、血に飢えた種族ではないのか」


「それな、お前の主観だろ。おれはそもそも平和主義者だ。まぁ、アビルゲイ《アビー》のように悪戯が過ぎる奴が騒動を巻き起こすから、そう見えるだけさ」


大雑把――。それが、ミラードが抱いた魔王レオンという男の第一印象だった。

だが、それは逆に見れば、底の知れない器の大きさの証明でもある。上位悪魔にとっては単なる『悪戯』のつもりでも、人間にとっては命がけの災害であり、遊びのレベルが違う。言っている理屈は理解できるが、到底納得できるものではなかった。


「率直に聞く。停戦して、我ら両者に何の益がある。……互いに次の戦いの準備をするだけの、時間稼ぎに過ぎんのではないか?」


「めんどくさい奴だな。お前らが攻めて来なければ、こちらとしては一切手出ししない。だからさ……」


レオンは気怠そうに肩をすくめた。魔王軍側から無闇に手出ししたことはなく、国境線での小競り合いから戦争に発展することがあっても、人間領そのものを侵略し、攻め滅ぼすつもりは毛頭ないと断言する。


「このまま互いに平和に過ごしてさ。また半年後に同じ約束を続ければ、それでいいだろ?」


世界を滅ぼす絶対者が提示した、あまりにも拍子抜けな交換条件。しかし、その瞳の奥にある底無しの闇を見たミラードは、これが欺瞞ぎまんでも罠でもなく、魔王にとっては本心からの『事実』なのだと、本能で理解させられるのだった。そもそも、自分の首が今こうして繋がっているのが何よりの証拠だ。


「……わかった。今日から半年間、様子を見ることにする。変な動きをすれば即座に決裂だ」


「おや、そろそろおいとましないと、面倒な奴が来るね。じゃ、次来るときは使いを出すよ」


口約束ではあるが、こうして半年間の停戦が結ばれた。

魔王は、自分にとっての『めんどくさい奴』――すなわち、三剣聖のひとりであるクライド・シャルペ・フィルモアが、もうすぐそこまで迫っているのを察知したのだろう。


再び黒い霧が現れ、魔王たちの姿が完全に消え去った、まさにその瞬間――。


バン!


断りもなしに執務室の扉が開け放たれた。

血相を変えたクライドが抜き身の剣を握り締めて現れ、開口一番、大声で叫ぶ。


「悪魔がここに出現しただろ! 大丈夫か、ミラード!?」

次話はいよいよ2人がフィルモアに行きます。

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