表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/67

死別そして決断。

匠の命の灯が……。

【極鋭館・道場】


急所である内臓の損傷が激しく、メアリーが懸命に治癒魔法を施すものの、消えゆく命の灯火を繋ぎ止めることはできそうになかった。

そう判断したメアリーの表情は暗く物悲しい。

匠は、彼女の悲壮感をひしひしと感じ取ったのか、自らの終わりを静かに悟り、華奈の頬に震える手をやって静かにお願いをした。


「――っ、起こしてくれないか……」

「うん……うん、タクちゃん……」


彼は残された力を振り絞り、二人に助けられながら半身を持ち上げる。

その際も、裂けた傷口から鮮血がドッと溢れ出る。それを見るだけでもう残り時間がないと嫌でも理解させられたが、二人は込み上げる驚きと悲しみを必死に抑え、彼の希望を最優先した。


「見事な突きだったよ……お前に……責任は無いから……気に病むな」

「タクちゃん、ごめんなさい、私……っ!」

「……気に、するな。俺が……ドジった、だけだ……」


匠は崩れ落ちそうになる身体をかろうじて支えてもらい、血に染まる両腕で、絶望に震える華奈とメアリーの二人を優しく包み込むように抱きしめた。


「華奈……キス……してくれないか」


死期が迫る中、匠は自分をずっと好いてくれた華奈への、これが心ばかりの恩返しのつもりだった。いや、それだけではない。死に瀕して初めて、自分もまた彼女を深く、深く愛していたのだと気がついたのだ。


『こんな時に悪いけど、俺も好きだよ…』――そんな言葉を長々と紡ぐ時間など、もう残されてはいない。だからこそ匠は、最愛の人へ直接、その想いを届けようとした。


「うん……うんタクちゃん。こっちからお願いするよ……っ」


匠の青白い唇を見れば、死期がもう目の前まで近づいていることは、口に出さなくても分かった。少しでも一緒にいたい。彼の鼓動が感じられなくなる前に、最後の頼みをただただ叶えたい。

華奈は泣くのを堪え、最後は笑って送りたい――そう願いながら、静かに優しく唇を重ねた。


「ねぇ、本当は二度目なんだよ、タクちゃん」

「 」


――口付けの間際。

閉じられた瞳は華奈の問いに答えることはなく、彼は最愛の幼馴染と唇を重ねられることに満足したのか、ふっと微かな安らぎの表情を浮かべたまま、静かに逝ってしまった。


「ひゃぁぁぁたくみぃぃぃ……っ!!」


重ねた唇から伝わるのは、ゆっくりと冷えてゆく――愛しい人の温もり。

傍らですべてを、その最期を見届けていたメアリーは、能面のような無表情を維持できずに、ボロボロと大粒の涙を溢していた。


「ああ……ごめんなさい、ごめんなさい……! 私という禍根がいなければ、あなた方にこれほど痛切な涙を流させることなど、決してなかったでしょうに……!」

「もういいよメアリー。貴女が何を言っても、彼は帰ってこないから……」


衝撃的な結末を前に、道場には二人の少女の悲痛な叫びと、止めどなく溢れる涙が響き渡る。

自分たちの犯した過ちに狂いそうになりながら、ただただ冷たくなっていく匠の遺体にすがりつき、泣き叫んで謝り続けるしかなかった。


――ッ!!!


だが、その底知れぬ絶望の淵に、神の声が雷鳴の如く轟いた。


『――泣いている暇があるか、この愚か者どもめッ!!!』


虚空から響いたアングィスの鋭い一喝に、華奈とメアリーが涙に濡れた顔を上げる。


『まだだ、匠の魂は肉体から完全に離れてはいない! 今すぐ――我が世界の「勇者召喚」に応じれば、向こうの(ことわり)で肉体を再構成し、助けられる可能性がある!』

「それ、本当なの……っ!?」


華奈が血相を変えて叫ぶ。アングィスは神たる威厳の裏に焦燥をにじませ、厳かに告げた。


『ただし、我が故郷――フィルモアへと送れば、当然、匠は元の世界には二度と――』

「元の世界なんて、どうだっていいッ! 二度と戻れなくたって構わない! さっさとこのまま召喚しなさいよッ!!!」


華奈はアングィスの言葉を容赦なく遮り、喉が張り裂けんばかりの声で啖呵を切った。

日常への帰還? 少女としての穏やかな幸せ? そんなものはどうでもいい。匠の命が繋がる可能性が万に一つでもあるのなら――。


「華奈, お前もいいのか」

「私は世界の果てにだって、地獄の底にだって一緒に行く!」


その瞳には、覚悟の炎が狂おしく宿っていた。


「アングィス様、お願いします……っ! 私もすべての代償を捧げますから、匠様を救って!」


覚悟を決めたメアリーもまた、純粋に彼を助けたいと願う。その強い想いに呼応するように魔眼が輝き始め、それは確たる契約の証となった。

純粋に、ただ助けたい。匠に対して深い愛を持つ華奈の決断は、損得なしにメアリーの心をも突き動かしていた。あまりにも重い二人の強い意志が、神槍に眠る真の力を呼び覚ました。


『……よかろう! 我が名はアングィス! その絶望と覚悟の契約に従い、これより次元の扉を開く――!!』


神棚の槍がこれまでにないほどの眩い白銀の光を放ち、道場全体を奔流となって飲み込んでいく。

その光の中心には、青黒い鱗に覆われた強大な大蛇が行く末を見守っていた。これこそがアングィスの本当の姿なのだろう。

刹那、それを目撃した華奈は驚くことなく、強い眼差しでジッとその大蛇を睨みつけ――。


(――裏切れば神だろうが、私は容赦しない)


その瞳は、無言でそう語っているようだった。

光の粒子が渦を巻き、冷たくなり始めた匠、そして華奈とメアリーの身体を包み込んで宙へと浮かび上がらせた。

激しい空間の歪み。キィィィンと鼓膜を(つんざ)く高音が響き渡り、視界が完全に真っ白な光で埋め尽くされる。消えゆく意識の最期、華奈が握りしめていた匠の手は、暖かさを取り戻そうとしていた。


――次の瞬間。深夜の極鋭館から三人の姿は忽然と消え去り、そこにはただ、匠が流した赤黒い血の跡だけが、取り残されたように静かに佇んでいた。


異世界フィルモアへの、血と絶望から始まる覚醒転移。

出雲無双流の剣士が、異界の地で新たな運命を切り開く旅が、いま幕を開ける。



※※※※※



【ユートリア・冥府】


そこは、何もない漆黒の大海原だった。行く先を導く星すら見当たらない、生と死の狭間。遙か高い場所から見下ろす彼女たちのやるべきことは、ただひとつ――。


「今だ、メアリー! 匠の魂を引き戻せ! リザレクション!!」

『――我が残されし力の限り、彼が冥府に堕ちゆく魂を、拒絶せよ。拒絶せよ, 拒絶せよ、拒絶せよ……っ!!!』


魔力が存在しない地球では、決して発動することのかなわない、世界の法則に抗う最上位蘇生魔法『リザレクション』。

だが魂が「ユートリアの冥府」へと堕ちゆくこの境界の領域だからこそ、その禁忌の術式は発動を許される。

アングィスが発動したその術式へ、メアリーは己の魂を削りながら膨大な魔力を注ぎ込み、限界を超えて威力を高めてゆく。

黄金の魔力が漆黒の海を焦がし、冥府の底へと沈みかけていた匠の魂魄(こんぱく)を、千切れんばかりに強く、辛うじて救い上げた。


「世界の理よ、彼をフィルモアの地に迎え給え」


> ――ピッピ……エラー、エラー……。システムエラー ――。


しかし次の瞬間、世界の理が、あまりにも巨大すぎる匠の魂を拒絶するように軋みを上げた。


『……くっ、彼の魂が持つ【生命値】が予想以上だ! 奴が元の世界で積み上げた剣術と精神の強さが、異世界のシステムに収まりきらん! このままだと魂崩壊し、次元の混乱を巻き起こすぞ!』


「ならば、匠様の魂を削れというのですか!? ……いいえ、それだけは絶対に触れてはなりません! それは本人の記憶と存在の根幹! そこに触れれば、それはもう人ではなくなってしまう……っ!」


> ――ガガ……エラー、エラー……。

> ――魂魄の過剰なエネルギーを検知。世界の許容量を超過しています。

> ――特例措置:魂の根幹を保護するため、ステータスの上限値を強制ロック。

> ――全能力値を限界まで圧縮し、世界法則の臨界点――『レベル1.0』にて強制固定します。


レベル1.0とは何なのか、今の彼女たちにはまだ何もわからない。

ただひとつ言えることは、世界を管理するシステムそのものが、バグを引き起こしてまで匠の魂を「保護」したという紛れもない事実だった。

それを冷や汗を流して焦るアングィスを見れば、これが神の能力すら遥かに超越した、前代未聞の事態であることだけは確かだった。



※※※※※



【名の無き惑星上空・遙か彼方】


> ――ガガ……システム、再起動……。

> ――対象者「takumi」「kana」の魂魄の定着を確認。世界法則を『地球』から『ユートリア』へ置換します。

> ――対象者「takumi」の微細な生命活動限界を検知。特例措置として『勇者召喚』によるステータス適性化を実行――。

> ――対象者「kana」のステータス限界突破を確認。特例措置として『勇者召喚』による潜在能力値を再構築――。


暗闇と光の狭間で、そんな奇妙な無機質な機械音が鳴り響いていたことを、意識を完全に失った二人が知る由もなかった――。

次の話は時代設定です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ