第50話 ほう……
ガラガラガラ。
ゴトンゴトゴト――。
騎馬兵数人に囲まれながら、町の中を進んでいく俺たちの乗った馬車は、現在誰も話をすることなく、誘われるままに進んでいた。
御者席から後部の幌へと場所を移して、後方を開けそこから外の様子を黙ってみている俺の顔を見ながら、不思議そうな表情をしつつ、とことこと俺たちの馬車の後ろをついてくる犬サイズになったクマ。
町に入る前に、クマに大きさを普通の犬サイズになれないかと聞いたところ、少しいやそうな顔をした後で、「しかたねぇなぁ……」というような鳴き方で返事をしたと思ったら、みるみる小さくなって本当に外見は犬そのものだ。
最初にあった時は、少し薄汚れていたので経路をグレー系と思っていたのだけど、ナルミと追いかけっこなどをしている時に水浴びでもしてきたのか、いつの間にかその毛並みがつやつやとしていて、遠くから見ると真っ白に見えるまでにきれいになっていた。
近くでみると、なんとその毛が透明に近い透き通ったモノだとわかる。
そして一番変わったのは、艶っとした毛並みと共にそのさわり心地だ。ぼわっとしていた手触りが、今は本当にふわぁっとしていて、そこに毛がある事も怪しいくらいに柔らかい。
ここまでの道中、綺麗になったクマを見たナルミが拝んでいたような気がするが見間違いだろう。まぁ、その……『なぜ?』なんて怖くて聞くことができないので、見なかったことにしたというのが本音。
「テッタ様、そろそろ到着します!!」
「え? あ、はい……」
町の門前で最初に俺たちに声をかけてきた騎馬兵さんが、後方でぼぉ~っとしていた俺に声をかけてくれる。
この騎兵さん、なんとこの領の騎士団団長様らしい。もう何かを聞いても驚かなくなってきた俺ってちょっとこの世界に慣れてきたのかもしれない。
――いやいや。なんというかノイアー様と出会ってから、そういうもんかなって思うようになっちゃって、感覚がマヒしてきてるんだなきっと。
「では、私は一足先に行って報告してまいりますので。では後程!!」
「はい。お気をつけて」
こくりと頷き、騎兵さんは鐙で馬の腹を少し蹴り、騎馬は速度を上げて俺の前から姿を消した。
「はぁ~……」
「どうかした?」
「これからの事を思うとちょっとな……。それよりもミラ」
「なにかしら?」
幌の中には、俺とフユ、ミラが馬車の揺れと共に体を揺らしながら乗っている。
「このカノウ領の御領主の事って何かわかる?」
「そうねぇ……。ノイアー様ととても仲が良く、妹御を快く任せたことでも、その信頼を感じられる人柄だと聞いたことがあるけど、わたしたちは会ったことはないので何とも言えないわね。やっぱり心配?」
「そうか。まぁいわば義弟なわけだから、そこまで心配はいらないと思うんだけどね」
もう一度、俺は深いため息をついた。
「お二人とも、間もなく到着しますので、その話題は……」
「おう。わかった」
俺の隣に少し距離を置いて座っていたフユに声をかけられ、にこりと微笑み返す。
それから少しばかり馬車は進み、そうしてギシッとひと音立ててゆっくりと停車した。
♢♢♢♢♢
この『アツシオン』の側に来た時から少し感じてはいたのだけど、この町は街中のところどころから昇る白煙とも見える蒸気により、結構温かく感じる。
この暖かさが、この町の周囲に積もった雪や、町の中に積もった雪を解かす要因になっているのは間違いないと思う。そして町の中では昨日まで感じていた匂いが少し強く感じているので、俺がふと思ったことが案外その通りなのかもしれない。
「ようこそカノウ領アツシオンへ!!」
「へ!?」
馬車後方から降りて、前方へと向かい歩き出そうと姿を出した瞬間、俺の体を大きな声と共に大きな筋肉質なものが包み込む。
「あ!!」
「ちょっとあなた!?」
その後方から声が続き、俺に張り付いている体を引きはがしてくれる。
ようやく見えたその姿は、ドレスを纏ったご婦人と、俺たちを警護してきた騎士団長様で、なんと俺に抱き着いたと思われる男性をご婦人が片手で襟元をつかみ、引きずるようにして豪奢な建物の前へと向かっている後ろ姿だった。
「えっと……?」
「テッタさん、あの方がカノウ子爵ご夫妻だと思われます」
「え?」
その場に取り残された俺の横へスッと近づき、小さな声で俺に教えてくれるフユ。
「そのまま進んでください。テッタさんを囲むようにして栄光の翼の皆さんが参りますのでご安心ください」
「えっと……フユは?」
「わたしはその……奴隷という立場ですので、この馬車にてお待ちしております」
「なんで?」
「え?」
「なんで残るのさ。別にいいんじゃない?」
「いえ。奴隷の者が貴族様のお屋敷に入ることなど――」
「入れないっていうなら、俺も入らないよ。別に俺が頼んで貴族様に会うわけじゃないんだし」
「そういうわけには……」
まだ何か言いたそうなフユを、俺はそのまま手を繋いで一緒に歩き出す。
「テッタさん!?」
「一緒に行くぞ。フユはそのままついてくればいいよ。俺が無理やりに連れてきた。それでいいだろ」
「テッタさん……」
栄光の翼の面々を視線で見回すと、みんながこくりと頷く。
「行くぞ」
「「「「「はい」」」」」
そうして俺たちは建物へと向かい歩き出した。
♢♢♢♢♢
「よ、ようこそカノウ領アツシオンの町へ!! 君がテッタ殿ですね? 改めて名乗るが、私がこのカノウ領を治める領主である、ヤルノ・カノウ子爵だ」
「ふふふ。初めましてテッタさん。私がヤルノ・カノウの妻、ソレハ・カノウでございます」
建物の前にて、俺たちが近づいていくのを待っていてくれた人たちの中から、先ほどのご夫婦と思われる男女が出てきて改めて名乗る。
「初めまして。私がテッタ・カイです。テッタとお呼びください」
スッと頭を下げ、膝を着こうと屈み始めると、ガシッと腕をつかまれた。
「うむ。本来ならば儀礼としてテッタ殿がそうなさるのが習わし。とはいえ、本日は私の御客人として迎えたのだ。改まる礼はしないでよい」
「え? そういうわけには……」
「良いのだよ。義兄上からも良しなにと言われているし、それに……」
「それに?」
「ソレハからも、今日はホストとして振舞えと言われててね……。正直怖い」
「あぁ、なるほど?」
ちらりとソレハ様の方へ視線を向けると、すごくにっこりと微笑んでいらっしゃる。
――確かに怖いかも?
ノイアー様の奥様であるマルティナ様とは、雰囲気というか纏うものが違うような気がする。マルティナ様は柔らかいというか、温和な感じがするけど、ソレハ様は静かな怖さみたいな感じ。
「ね?」
「そ、そうですか? では、お言葉に甘えることにします」
「うん。まぁしっかりとした儀式などの時はしてもらわなきゃいけないと思うけど、今日は非公式だからね」
軽くウインクをして俺から離れていくヤルノ様。
その後、ソレハ様のお隣に並ばれた所で、栄光の翼のメンバーが自己紹介をする。
「フユ……と申します」
「ほう……」
最後にフユが名乗り、頭を下げるとご夫妻がスッと目を細めてフユを見た。
「すみません、フユはですね――」
何か言われそうな雰囲気を感じた俺が、移動してその身を守るようにフユの前へと割り込む。本来ならそんなことも許されないのだろうけど、ご夫妻はただじっと冬の事を見つめているだけで、何も言ってこない。
「テッタ殿」
「はい」
「心配しなくてもよい。フユ殿の事は義兄上から聞いているのでな」
「え?」
「フユ殿、この地へ参るまで大変だったであろう。今は何ごとも無く暮らせているのかな?」
先ほどまでの視線が消え、目元に柔らかさが増した二人が、フユの事を改めて見る。
「はい。皆様に支えられ、今は何事もなく安心して暮らせております」
「そうか。それならばフユ殿の事は何も言う事はない。しかし……」
フユから今度は俺の後ろへと視線が移る。
「どうなさいましたか?」
「あ、いや。まさかとは思うが……。テッタ殿、私の家の紋章を御存じか?」
「紋章……。大変失礼ながら、存じておりません」
「そうか。まぁテッタ殿は貴族籍ではないという事なのだから、知らないことは特に不思議じゃない。あ、いや。それを責めているのではなくてだな。その……」
「何でしょうか?」
「テッタ殿の後ろにおられる方を、しっかりと見せていただけるだろうか?」
「へ? 俺の後ろにいる人ですか?」
俺の後ろにはフユしかいないはず。そう思いながら体を少しひねるとそこにふわっとしたものがある事に気が付く。
「え? クマ?」
「わふ!!」
「いつの間に!?」
少しばかり毛を逆立てたクマが、俺とフユの間に入るようにしている。
「クマ……殿とおっしゃるのか?」
「えぇ。こいつはクマと名付けました。ファイティングウルフ? だと思うんですが、あの大丈夫です。こいつ人の話が理解できるようですから、何かあればすぐに……って、え? クマ殿?」
「なぜ疑問形なのかは置いておくとして……少しテッタ殿に聞くのだが」
「はい」
「クマ殿はその……どこで?」
「ツバサの町を出て1日くらい進んだところでですが……?」
「なるほど。うん、そのことについては中でゆっくり話そう。さぁ!! 遠慮しないでいい!! みんな中へ入ってくれ!!」
ヤルノ様が中へと促してくれて、ヤルノ様ご夫妻を先頭に俺たちが続き、建物の中へと入っていく。
――なんだ? 明らかにクマを見て動揺しているように見えたぞ。
何ごとも無かったかのように、俺の後をとことこと付いてくるクマ。
色々と気になることはある。あるが、とにかく俺がするべきことは、この町でタッケーを見つけることだ。
そしてツバサの町に帰る。
ただそれだけのはずだったのに――。
お読み頂いた皆さまに感謝を!!
ほとんど見切り発車のような連載開始だったのですが、50話まで来ましたねぇ。連載開始当初はジャンル的にもあまり読まれない『職業モノ』という事で、そこまで読者もつかないだろうと思っていました。読み手の方が付かなければ第1章までで連載は終了にするというプランもあったのですが、お読みくださる皆様の『リアクション』や『感想』により執筆意欲をここまで保つことが出来まして、こうして50話まで走ってくることができました。
本当にありがとうございます!!
さてさて内容的にはですが――。
まぁ、それだけでご領主の話が終わる訳はないよねw
フユって何者なんでしょうね……。クマもだけどw
次回
第51話 願い
お楽しみに!!




