第49話 到着
あと1日で到着する休憩場所で夜を過ごし、出発の準備を始めた俺たちだったが、少しばかり気になるものが見えた。
「なぁ……」
「はい?」
隣で片づけをしていたフユが、俺のボソリとこぼしたような小さな声を拾ってくれる。
「あの煙ってさ……」
「煙……ですか?」
スッと指を指す俺の指先をたどって、ずっと先を見るフユ。
「火事じゃないか?」
「あぁ!! あの煙ですか!?」
「火事だとすると、あそこに町があるってことで合っていると思うんだけど、今から行っては邪魔になる気がするんだよな」
「それは大丈夫ですよ」
「大丈夫?」
「はい。あれは火事の煙じゃないんですよ。実は私もですね、ツバサの町へと行く途中でこの町に寄ったんですが、最初に見たときは同じように思ったんです。でも実際には違ったんですよね」
一つこくりと頷いたフユが、自分が見てきた経験を静かに話し始める。
「どういうことだ?」
「なんでも、あれは煙ではなくて、温かな水が湧いて出ているからずっと上がっていると聞きました」
「ん? 温かい水が……わいてる?」
「はい。あの町の向こう側に山がありまして、そのふもとから結構な量の水が湧いていると聞きましたよ。ただ、その水は飲むことはできず、その場所には行けないみたいなんです」
「いけない? どうして?」
「なんでも、近づいただけで気を失ってしまい、そのまま帰らぬ人となってしまうとか……。聞いた話なので本当かどうかはわかりませんけど」
「…………」
――ん~? もしかしてそれってアレか?
自分の記憶と知識が、フユの言っていることに関して『もしかして』というものを提示してくる。
「そういえば確かに……」
「どうしたんですか?」
鼻をクンクンと鳴らしながら辺りの空気を吸い込むと、かすかにだけど感じるあの匂い。
「まぁ、行ってみればわかるか」
「はい。おてんとうさまが真上に来る前にはたどり着くと思いますので、その時に気になるのでしたら町の人に聞いてみればいいと思います」
「うん。そうだな。でもそうすると、この町の価値が……」
考え事をし始めるとすぐに、ぶつぶつと独り言が出てしまっている俺を、フユは優しい目をして見守ってくれる。ただ、その手は片づけを止めることはなくだが。
♢♢♢♢♢
さて、今更ながらだが、俺たちがここまで旅をしてきた目的地の町の名は『アツシオン』という名前で、クラーメン領と領を隣あうカノウ子爵家が治める町であり、カノウ領の領都でもある。
クラーメン家の寄子という間柄という事もあり、クラーメン家の皆さんとの関係も良好で、現在のカノウ家にはノイアー様の妹さんが嫁いでいるらしい。
まぁ今回は会う予定にはないので、まったく気にしてはいないのだけど、いつか会う時が来たらいろいろとありそうでちょっと怖い。
――あのノイアーさんの妹さんだからな。何があるかわからん。
移動中の馬車でそんなことを考えていた俺だったが、考えていたからなのかどうかわからないけど、何故か町につく前から妙に気になる光景を目にしてしまう。
それは偶然なのかと思っていた。
町へと続く轍をなぞりながら進む俺たちの馬車。しかし時折ではあるが、数騎の騎馬兵が道の側でこちら側を向いて俺たちを観察しているようなそぶりをするのだ。
最初は領をまたいできてから警戒されているのだと思っていたんだが、警戒されているにしては全く俺たちに接触してこようとはしない。ただ俺たちが通る時にジッと見つめられるだけ。そして時折その中の一人が伝令なのか走り去っていく。
それが町の外周にあたる防護壁が見えてくるところまで続くと、なんというか、いやな予感というものがしてくる。
そしてとうとう防護壁の前、町への入り口にある門まで到着する寸前に、それはある種の確信へと変わった。
「なぁマイヤ」
「主、なんでしょうか?」
「君たちなにかした?」
「は? なんですか急に」
「いやだってさ。アレって何かあったってことじゃないの?」
ちょうど俺が交代で御者の練習をしていたから、その光景はすぐに目に入り、隣にいたマイヤにジトっとした視線を向ける。
「いやいや!! 誤解ですよ!? 我々は何もしてません!!」
「本当にぃ? ナルミとか先に行かせて何かしてない?」
「な、ナルミはほら、あそこでクマに追いかけられてますから違いますよ」
「あいつら自由だな!! 何やってんだよ!!」
マイヤの指さす方向では、言われた通りにナルミがもう少しでクマに追い付かれそうという絶妙な距離を保ちつつ追いかけっこのようなことをしていた。
「いや、なんでもクマに頼んでやってもらってるそうですよ」
「は? 何それ。鍛錬とか?」
「そうなんでしょうね。このところ毎日ああして追いかけられてます」
「……もう、何にもないならそれでいいや」
いまだに続く一人と一匹の追いかけっこを横目に見ながら、俺たちはアツシオンの入り口前の門へともうすぐたどり着くところまで来ていた。
すると前から数騎の騎兵と思われるものが近づいてくる。
途端にマイヤたち栄光の翼と、いつの間にか追いかけっこが終わっていたナルミとクマも俺たちの馬車の横へと並行する。
「失礼する!! ちょっとお話を聞きたい!!」
一番先頭になって向かってきた騎兵の人から、大きな声がかかる。
「何用か!! われらはツバサの町冒険者ギルド所属のパーティ『栄光の翼』だが!!」
「あい分かった!! われらがお待ちしていた方で間違いないと確認したかっただけ。無礼を承知で問いかけさせていただいた。謝罪させていただきたい!!」
俺たちの馬車の前で止まる騎兵。
そして俺たちの馬車も止める。
「どうします? 主」
「ん? そうだなぁ……。あの人達、今確かに「お待ちしてた」って言ったよね?」
「はいそうですね。しかしそれが本当かどうかも誰を待っているのかもわからない状況ですし……」
「うぅ~ん……。ナルミ」
「はい」
少し考えて、御者席の横、マイヤの横にいたナルミに声をかけた。
「すまないが、彼らが誰を待っているのか聞いてきてくれないかな?」
「わかりました」
返事をするとすぐにナルミが歩き出す。
そして騎兵たちの前に到着し、しばらく何か会話をした後に、こちらへと戻ってきた。
「報告ですテッタさん」
「おう。どうだった?」
「彼らは領所属の騎兵団という事で、テッタさんがこの町に来るのをお待ちしていたようですよ」
「へ? 俺?」
「はい。なんでもこの領のご領主様から直々にテッタさんを出迎えるようにとお達しがあったという事ですが……。テッタさんって、ここのご領主様とお知り合いなんです?」
「ないないない!! 知り合いじゃない!! というか、そんなにポンポン貴族様の知り合いなんてできるわけないだろ!?」
「ノイアー様というお知り合いがいらっしゃるテッタさんに言われても、あまり説得力が……」
「まぁそうだけど!! そうなんだけど!!」
ナルミとマイヤからジトっとした目を向けられる。
「そ、それで?」
「あ、はい。できれば確認したいので近寄っても良いかと」
「あ、うん。確認てどうするんだろ?」
「さぁ? まぁお呼びしますね」
手をさっと上げるナルミ。それを見て確認した騎兵がこちらへと近づいてくる。
「無礼をしてしまい申し訳ありません」
「あ、いえいえ」
「すみませんが、あなた様がテッタ様でよろしいですか?」
「テッタ様……。久しぶりに言われた気がするけど、ただのテッタでいいですよ? 俺――いえ、私はただの平民ですから」
「いえいえ!! 滅相もない!! ご領主様より、丁重にお迎え申せと言付かっております故。重ねて無礼を申し上げますが、テッタ様、クラーメン伯爵様より預かりし物などございませんでしょうか?」
「は? えっと……預かったモノなんてあったっけ?」
マイヤの方を見ると、頭を左右に振るので、マイヤは知らないみたいだ。
「書簡などなのですが……」
「え? 書簡? そんなものないですよ? あるのは……確かここに……あった!!」
俺の荷物がある場所を少し探して取り出した。
「これくらいしか持ってないですけど」
「お預かりしても?」
「え? 返してくださいますよね?」
「もちろんです!!」
「ではどうぞ」
手にしていたものをナルミに渡して、騎兵の前へと持って行って手渡してもらう。
「うむ間違いない!! これはクラーメン家の紋章!!」
「あ、それでよかったのかな?」
「はい!! この辺りでご領主より直に手渡された紋章入りのものを持つものは限られますし、事前に書いてあったモノとも合っておりますので」
「え? 事前に書いてあった?」
「はい……。え? 御存じない?」
「ん? 何の事?」
「クラーメン領のご領主様から、テッタ様がこちらに向かったので、対応をという書簡が届いておりますが」
「知らないよ? え? ノイアーさん事前に言ってよ!!」
「それは私に申されましても……」
「ですよねぇ……。はぁ~」
そして、俺が驚いている間に手元に渡していたものが戻ってきた。
そう、あのノイアーさんの屋敷にて渡された短剣である。
「ではこちらへ!! 我が主であられるご領主様がお待ちですので!!」
「へ?」
騎兵の方がさらに驚くことを伝えてくる。
「こういうのをフラグ回収っていうんだっけ……」
「何を言ってるんです?」
「ん? いや。まぁ、いいよもう……」
疲れ切ったおれは手綱をマイヤに引き継ぎ、隣で体育座りをしつつ、空を見上げた。
騎兵たちに導かれるようにして、俺たちの馬車はアツシオンの町の入り口である、門の下をゆっくりとくぐっていく。
お読み頂いた皆さまに感謝を!!
どうやらただ町で探し物をするだけじゃ終わりそうにない雰囲気ですね。
次回
第50話 ほう……
お楽しみに!!




