第34話 次へ
しんしんと音もなく降る雪の中、吐く息も白く、そのまま出していたら凍えてしまいそうな手をさすり、またポケットに入れ、それでも人々はお店の前に並んでくれる。
開店してからはやひと月が経とうとしている我が『北の方』だが、いまだにその人気は衰えておらず、開店と同時に温かなものを求める体に、ひと時の幸せと、満腹感をもたらす、この町にはなくてはならない店となっていた。
雪が降り積もるこの地域では、雪かきをしてから皆が動き出すという日常。そんな中でも湯気を出し、温かな食事が提供されているというのは、なかなか珍しい。
冬期間は休みとするお店も少なくないからだ。
しかし、うちの店は基本的には7日に1日の休業日があるだけで、それ以外の日は暖簾が出ている。
領主館もごひいきにしている、服の仕立て屋さんに頼んでおいた暖簾がようやく完成し、先日から暖簾をかけることが営業開始の合図として浸透していた。
この店の責任者として、この暖簾を出すという作業は俺がすることが従業員たちの間では暗黙の了解となっていて、俺が指示しない限りは、誰も出したり下げたりをしない。
そしてこのひと月の間に変わったことがもう一つ。
あの初日にまかないとして出した『簡易版塩焼きそば』が本格的にメニューとして組み込まれ、さらにその塩焼きそばに『あん』を乗せた『あんかけ塩焼きそば』もメニューにすることにした。
麺は作れば作るだけあるので、賄として俺が良く作っていたのだけど、従業員の間でそれが評判になり、リークが何気なしに『あん』をかけて食べたものが店の中で流行ったのだ。
そこで、確かにあんかけ焼きそばなるものが存在していることは知っていたので、堅い麺の焼きそばタイプと、柔らかい麺のままの焼きそばタイプの二つを作った。
俺的には、どちらか片方だけをメニューに加えようと思ったのだが、従業員からの要望で2つとも正式なメニューにすることが決定。
今ではそれも同じくらい人気のメニューとなっている。
「では、今日も元気よく!!」
「「「「「頑張っていこう!!」」」」」
いつの間にか店の中で習慣化した掛け声。今ではそれが当たり前の光景となっている。
開店当初に見せていた賑わいが、ただの流行ではなかったと証明されたわけだが、それには理由もしっかりあって、なんとこの町の領主様直々の『お墨付き』が店内のよく目立つところに飾ってあるからだ。
そう、最初に強制連行されて領主館に赴いた時、褒美としてもらっていたものである。
正式に店として開店するにあたり、これを飾ってもいいものかと訪れたご領主様本人に確認し、その場で了承を得たうえで飾らせてもらっている。
――まぁ、ノイアーさんもこの町の名物料理だとほかの領主様方へアピールしているようなので、それは『お互い様』なんだろうけどな。
ご領主自ら、この町の名物だとアピールすることは、とんでもない宣伝効果だ。そして認められている店だとしっかりと証明できることもまた、良い宣伝になっている。
実はこの『お墨付き』、俺の店が発端となって、この町全域に広がり、ご領主一家が利用するお店や商店などがこぞって貰って、俺と同じように飾っている。
お店の箔が上がるし、信用度が増すという事で、えらく気に入られている。その点でもノイアーさんから『褒章金』という名のご褒美が送られてきたが、俺はそれをこの店を買うために借金した分の返済に充てた。
ノイアーさんはそれも見越しているとは思うし、あまり貰ってばかりじゃなんとなく気まずいから。
そういうわけで、今までは冬季にこの町に来る人は商人など限られた人しか訪れなかったみたいだが、今ではこの町へと訪れる目的の一つに俺の店がなっている。
♢♢♢♢♢
「う~ん……」
「どうしたんですか?」
仕入れをしてきた材料を見ながら考え事をしていると、リークが声をかけてきた。
「ちょっと足りない気がしてたんだが……」
「足りない? 何か足りませんでしたか? なら、明日の朝になったら買い足ししてきますよ」
「いや、リークそうじゃないんだ」
「?」
何を言っているのかわからないという表情をするリーク。
俺が言っている『足りない』とは、買い忘れたとかじゃなく、現在作って出しているラーメンに足りないという事を指している。
――何かが足りない。焼き豚は作った。なるともそれなりにできてる。麺もしっかりもちもちのちぢれ麺だし、スープもトリガラで……あ!!
頭の中で前世食べていたラーメンを思い出し、一つ一つ確認していくと、何が足りないかが見えてきた。
「なぁリーク」
「何ですか?」
「この辺の人たちは竹って食べるか?」
「たけ? たけって何ですか?」
リークが分からないというので、竹自体の説明をするが、孤児院で生活をしていた時はそのようなものを見たことがないといっていたし、その後ルークとリザに聞きに行ってくれたがやはり二人も見たことがないと返事をくれた。
「無いのかなぁ?」
「何をお探しですか?」
「あ、フユ」
三兄弟と話をしていると、そこに片づけをしている最中でエプロン姿のフユが現れた。
いろいろと物知りなフユ。俺と一緒に市場などへ買い物に行くことも多いので、見かけたことがあるかを聞いてみる。
「たけですか……」
「わかるか?」
「えっと……。テッタさんが仰られているものが、私の知っているタッケーならですが……」
「タッケー?」
「はい。冬期間が終わり、温かくなってくると土からにゅっと生えてきて、ぐんぐん成長し、かなり高い固い幹になる植物ですね」
「おぉ!! それって節があるか?」
「ありますね。でもそれがどうなさったんです?」
「食べるんだよ」
「「「「食べる!? (んですか!?)」」」」
そんなものを食べるのかと驚く4人。
「この時期じゃ市場にもないかなぁ?」
「あるにはあると思いますが……。ザイツ様にご相談なされては?」
「そうか、そうだな。明日行ってみるか。その前に今日は違うものを作らないとな」
俺はそういうといそいそと準備を始めた。もちろん4人が手伝ってくれるというので、ありがたく一緒に作業をしていく。
準備するのは、鍋と、大量のニワトとウコッケの皮。
きれいに皮を洗って、鍋に投入し熱していく。するとジワリと油が出てくるので、これを掬って別の容器に入れる。
「これは?」
「これはチー油だな」
「ちーゆ……」
「それとこのカスも使う」
油の抽出が終わってカラカラになった皮を、油きりの上にあげておく。
まだみんな片づけをしているので、静かに麺をゆで始め、いつもと同じように塩ラーメンを作る。
「さて……」
できた塩ラーメンの中へ、チー油を垂らした。
「食べてみてくれ」
できたものを4人の前に出し、試食してほしいと促すと、すぐに箸を取りに行き、麺をすすっていく。
「ん!?」
「旨い!!」
「あれ? いつもと味が違う……」
「コクがありますね……。少しだけしか入れてないのに、こんなに違うなんて……」
なかなか好評のようだ。
「お次はこれを入れる。また少し変わるぞ」
油切りから少しだけ皮を取り、ラーメンの上に入れる。
「歯触りが変わる!?」
「カリカリですね」
「うまぁい!!」
「これは、もちもち食感とカリカリな食感で、面白いですし、おいしいですね」
これも好評のようだ。
「どうだろう? これは『油かす塩ラーメン』として出そうと思ってるんだが」
「良いと思います!!」
「コレを作る仕事も増えるよね!! 楽しみ!!」
「頑張ります!!」
「また新しいメニューを簡単に……」
リーク達兄弟は、新たなラーメンとそれに付随する作業が増えるのを楽しく感じているが、フユは俺をじとっとした目で見てくる。
「ん?」
「いえ。なんでも……。パリピュア様が仰る通りですね(ぼそり)」
「なんか言ったか?」
「何でもありません。それではメニューを新しくしないといけませんね。皆さんに手伝ってもらいましょう」
すぐに店内のメニューが書き足され、4人以外のメンバーにもできたばかりの新メニューを作って食べてもらい、皆の納得のもとで、北の方の新メニューが決定した。
♢♢♢♢♢
「もうすぐ新年ですねぇ……」
「あ、そうか……」
「はい。今日が12月の20日目ですから、もうすぐですね」
後片付けをしている俺の隣にいたフユが指を折りながら日数を数える。
「皆は新年をどう迎えるんだ? 実家に帰ったりするのか?」
営業の終わった店の中、片づけをしながらそんな話を皆に振る。
「え? 何を仰っているんです? 我々は主の奴隷なのですから、そんなことできませんよ?」
「そうなのか?」
「えぇ。どこにご主人を放って実家に帰る奴隷がいるんですか」
はぁっとため息をつきながらあきれたような表情をするマイア。
「お前たちはどうする?」
「俺たちはもう師匠とともに暮らすと決めていますし、シスターもそれが当たり前だと思ってると思いますよ」
リークに話を振ると、ルークもリザもこくりと頷いた。
「う~ん……」
「もちろん私もどこにも行きませんよ?」
「あ、うん。まぁそうなるだろうな……」
フユが静かにほほ笑む。
「なら、新年から数日は店を休みにしよう」
「よろしいのですか?」
「新年を迎えるときくらい、休まなきゃいけないだろ?」
「だろって言われても、奴隷は休みがないのが普通ですし、休みが7日に1日有って、さらにお給料をもらってることが異常ですけどね」
今度はフユに大きなため息をつかれた。
「いや、しっかりと休んでこそ、来年もまた元気に働けるってもんだろ。それに……」
「それに?」
フユの問いかけに、みんなの視線が俺に集まる。
「しっかり休んで、『次』に備えないとな」
「次……ですか」
短期間に新メニューを出す俺に、みんな驚きを見せているが、まだまだこんなもんじゃない。ラーメンは塩味だけじゃないし、サイドメニューだっていろいろある。この程度で驚かれても困ってしまうが、あまり調理法も料理のバリエーションも変化が緩いこの世界では、俺が異端に見えてしまうのも仕方がないのかもしれない。
「あぁ。もう次は考えてるんだ」
俺が目指しているのは、この世界で『喜多方ラーメン』を再現していくこと。そしてみんなに美味しいを届けることだ。
そのためにも、走り出したこの思いを止めるわけにはいかない。
数日後――。
我が店『北の方』は新年に入って5日間を休業日とし、次へと向けてのひと時の休憩に入った。
第1章 遥か先
続
お読みいただいた皆様に感謝を!!
これにて第1章終了です。
喜多方ラーメンとは、味は関係なく何味でも喜多方ラーメンです。
麺さえ規定内の物を使用していれば――ですが。
さて、1章ではまだ謎が残ったままですよね。その辺は2章で書けたらいいなと思ってますし、さらなる味を求めて、哲太が動いていく予定です。
※取材協力
喜多方市のラーメン屋の皆さん。
次回
閑話1 神々
このお話を挟んでから第2章 スタート!! ……の予定w
お楽しみに!!




