第36話 「戦場の祈り」
王都に戻って、一日だけ休息を取った。
でも、翌日には再び召集がかかった。
ギルド本部の広場に、第二遊撃隊が集まった。
レオナルドが、前に立った。
「次の任務を伝える」
レオナルドが、地図を広げた。
「北の前線基地を支援する」
レオナルドが、地図上の一点を指差した。
「ここだ。カーライル砦」
「この砦は、エルドランド王国軍との最前線にある」
「毎日、激しい戦闘が続いている」
「我々は、そこへ行き、守備隊を支援する」
冒険者たちが、ざわめいた。
最前線。
最も危険な場所。
「期間は、二週間」
レオナルドが続けた。
「二週間、前線で戦う」
「覚悟はいいか?」
「はい」
冒険者たちが答えた。
六人も、頷いた。
「では、今日の午後、出発する」
午後、第二遊撃隊は王都を出た。
北へ向かって、三日間歩いた。
平原を抜け、丘を越え、川を渡る。
そして、三日目の夕方――
前方に、巨大な砦が見えた。
カーライル砦。
石造りの要塞。
高い城壁、見張り塔、大砲。
全てが、戦争のために作られている。
砦に近づくと、衛兵が出迎えた。
「第二遊撃隊か。待っていた」
衛兵が、門を開けた。
中に入ると、砦の内部が見えた。
兵舎、訓練場、医療棟、食堂。
そして、多くの兵士たち。
みんな、疲れた表情をしている。
傷を負っている者も多い。
「ようこそ、カーライル砦へ」
一人の男性が、近づいてきた。
四十代。軍服を着ている。
階級章から、大尉らしい。
「私は、この砦の指揮官、ロバート・マクドナルド大尉だ」
「レオナルド・アイアンハートです」
レオナルドが握手した。
「第二遊撃隊を率いています」
「助かる。人手が足りなくてな」
大尉が、疲れた表情で言った。
「毎日、エルドランド王国軍が攻めてくる」
「守備隊は、限界に近い」
「分かりました。我々が支援します」
「頼む」
大尉が、砦の中を案内した。
「兵舎は、ここだ」
「医療棟は、あそこ」
「食堂は、向こう」
「何か必要なものがあれば、言ってくれ」
「ありがとうございます」
六人は、兵舎に荷物を置いた。
そして、医療棟を見に行った。
医療棟は、大きな建物だった。
中には、数十のベッドが並んでいる。
そして、そのほとんどに、負傷兵が横たわっていた。
包帯を巻いた者、腕を失った者、足を失った者。
みんな、苦しんでいる。
医師や看護師が、必死に治療している。
でも、人手が足りない。
「ひどい……」
あかねが、息を呑んだ。
これが、戦争の現実。
多くの人が、傷つき、苦しんでいる。
「あの、私、手伝えます」
あかねが、近くの医師に声をかけた。
「君は?」
「冒険者です。治療の知識があります」
「本当か!」
医師の目が輝いた。
「助かる! こっちを手伝ってくれ!」
あかねは、その日から医療棟で働き始めた。
負傷兵の治療。
傷の手当て、薬の投与、包帯の交換。
そして、重傷者には聖魔法を使った。
光の力で、傷を治す。
でも、あまり目立たないように、少しずつ使った。
聖魔法は貴重だが、あまり知られると面倒なことになる。
一週目
前線での日々が始まった。
毎朝、エルドランド王国軍が攻めてくる。
矢が飛び、魔法が炸裂し、兵士たちが戦う。
六人も、それぞれの役割を果たした。
セリア、トム、ダリウスは前線で戦った。
リーナは城壁の上から矢を放った。
エルミナは魔法で支援した。
あかねは、医療棟で治療に専念した。
毎日、多くの負傷者が運ばれてくる。
あかねは、休む暇もなく働いた。
傷を治し、命を救う。
それが、あかねの戦いだった。
三日目の夜、あかねは医療棟で一人の兵士を治療していた。
若い男性。二十代前半。
右腕を矢で射られていた。
あかねは、矢を抜き、傷を洗浄し、薬を塗った。
そして、包帯を巻いた。
「ありがとう」
兵士が、弱々しく言った。
「どういたしまして」
あかねが微笑んだ。
「痛みは、ありますか?」
「少し……でも、大丈夫」
「無理しないでください」
あかねが、兵士の額に手を当てた。
熱がある。
感染症の兆候だ。
「薬を増やします」
あかねが、抗菌薬を投与した。
そして、そっと聖魔法を使った。
目立たないように、わずかな光。
でも、その光が兵士の体を癒す。
熱が、少しずつ下がっていく。
「楽に、なった……」
兵士が、安堵の表情を浮かべた。
「よかった」
あかねが微笑んだ。
その時、医療棟の扉が開いた。
担架に乗せられた兵士が、運ばれてきた。
胸に、深い傷を負っている。
血が、大量に流れている。
「重傷だ!」
医師が叫んだ。
「すぐに手術の準備を!」
あかねも、駆け寄った。
兵士を見ると、顔が蒼白だった。
呼吸が浅く、脈が弱い。
医学知識で判断すると――
心臓近くの血管が損傷している。
このままでは、数分で死ぬ。
「時間がありません!」
あかねが叫んだ。
「私に、やらせてください!」
「でも……」
「お願いします!」
医師が、迷った後、頷いた。
「分かった。頼む」
あかねは、両手を兵士の胸に当てた。
そして、聖魔法を発動した。
光の力。
まばゆい白い光が、兵士の体を包んだ。
周囲の医師や看護師が、驚いて見ていた。
「これは……」
光が、兵士の傷を治していく。
損傷した血管が修復され、出血が止まり、皮膚が再生する。
五分後、傷は完全に治った。
兵士が、目を開けた。
「俺……生きてる……?」
「はい」
あかねが微笑んだ。
「助かりました」
周囲から、拍手が起こった。
医師が、あかねに近づいた。
「君……聖魔法が使えるのか」
「はい」
「すごい……こんな強力な聖魔法、初めて見た」
医師が、感動した表情で言った。
「君がいれば、多くの命が救える」
「頑張ります」
あかねが答えた。
でも、体が重い。
聖魔法を使うと、体力を消耗する。
あかねは、椅子に座り込んだ。
「大丈夫?」
看護師が、心配そうに尋ねた。
「大丈夫です……少し、休めば……」
五日目の朝、大規模な攻撃があった。
エルドランド王国軍が、総攻撃を仕掛けてきた。
兵士が数百人、魔法使いが数十人。
城壁に向かって、一斉に攻撃する。
自由都市連合の守備隊も、必死に応戦した。
矢を放ち、魔法で反撃し、大砲を撃つ。
激しい戦闘が、一日中続いた。
夕方、ようやく敵が退いた。
でも、被害は甚大だった。
守備隊の半数が、負傷した。
死者も、三十人以上。
医療棟は、パニック状態だった。
負傷者が、次々と運び込まれる。
医師も看護師も、手が足りない。
あかねも、必死に働いた。
一人、また一人と治療していく。
軽傷者には通常の治療。
重傷者には、聖魔法。
でも、全員は救えない。
あまりにも多すぎる。
そして――
一人の兵士が、あかねの目の前で息を引き取った。
腹部を深く切られ、内臓が損傷していた。
あかねは、必死に治療した。
聖魔法も使った。
でも、間に合わなかった。
兵士の手が、力なく落ちた。
脈が、止まった。
呼吸が、止まった。
死んだ。
「いや……」
あかねが、兵士を揺さぶった。
「起きて……お願い……」
でも、兵士は動かなかった。
あかねは、泣いた。
初めて、救えなかった。
光の力を持っているのに。
治療の知識があるのに。
救えなかった。
「あかね」
セリアが、隣に座った。
「お疲れ様」
「セリア……」
「泣かないで」
セリアが、あかねを抱きしめた。
「あなたは、十分頑張ったわ」
「でも……救えなかった……」
「全員は救えない」
セリアが、優しく言った。
「それが、戦争よ」
「あなたは、多くの人を救った」
「それで、十分よ」
「でも……」
「大丈夫」
セリアが、あかねの頭を撫でた。
「あなたは、素晴らしいわ」
二週目
戦闘は、続いた。
毎日、エルドランド王国軍が攻めてくる。
毎日、負傷者が出る。
毎日、死者が出る。
あかねは、治療を続けた。
でも、救えない命もあった。
それが、辛かった。
でも、諦めなかった。
一人でも多く、救いたい。
その思いで、働き続けた。
十日目の夜、あかねは一人で城壁の上にいた。
夜空を見上げながら、考えていた。
今日も、三人救えなかった。
重傷すぎて、間に合わなかった。
あかねは、自分の無力さを感じた。
もっと強い力があれば。
もっと多くの人を、救えるのに。
「あかね」
後ろから、声がした。
振り返ると、ダリウスが立っていた。
「ダリウスさん」
「一人か」
「はい」
ダリウスが、隣に立った。
「今日も、辛かったな」
「はい……」
あかねが、正直に答えた。
「三人、救えませんでした」
「そうか……」
ダリウスが、空を見上げた。
「でも、お前は今日、二十人以上救った」
「それを、忘れるな」
「でも……」
「救えなかった命を悼むのは大事だ」
ダリウスが続けた。
「でも、救った命を誇るのも大事だ」
「お前は、多くの人を救ってる」
「それは、素晴らしいことだ」
「ダリウスさん……」
「あかね」
ダリウスが、あかねを見た。
「お前は、この戦場で一番大切な存在だ」
「お前がいるから、多くの兵士が生きて帰れる」
「お前がいるから、俺たちも安心して戦える」
「だから、自分を責めるな」
「はい……」
あかねは、少し楽になった。
ダリウスの言葉が、心に染みた。
十二日目の昼、あかねは医療棟で一人のエルドランド王国兵を治療していた。
捕虜として捕らえられた兵士。
若い男性。十代後半。
足を負傷していた。
あかねは、傷を洗浄し、薬を塗り、包帯を巻いた。
「ありがとう……」
兵士が、小声で言った。
「どういたしまして」
あかねが微笑んだ。
「痛みは?」
「少し……でも、大丈夫」
兵士が、あかねを見た。
「あなた……敵なのに、なぜ俺を治すんです?」
「敵も味方も関係ありません」
あかねが答えた。
「命は、等しく大切です」
「そうか……」
兵士が、涙を流した。
「俺……戦争、嫌なんです」
「でも、徴兵されて……」
「逃げることもできず……」
「分かります」
あかねが、兵士の手を握った。
「あなたも、被害者なんですね」
「はい……」
「早く、この戦争が終わればいいですね」
「そうですね……」
兵士が、微笑んだ。
あかねは、思った。
エルドランド王国の兵士も、同じ人間だ。
戦いたくて戦っている者ばかりじゃない。
徴兵され、仕方なく戦っている者もいる。
彼らも、被害者だ。
戦争が、憎い。
人を戦わせる戦争が。
十四日目、二週間の任務が終わった。
第二遊撃隊は、カーライル砦を出た。
王都へ戻るために。
別れの時、大尉が言った。
「ありがとう、第二遊撃隊」
「あなたたちのおかげで、砦を守れた」
「特に、あかねさん」
大尉が、あかねを見た。
「あなたの治療で、百人以上の命が救われた」
「感謝します」
「いえ……」
あかねが、照れくさそうに答えた。
「私は、できることをしただけです」
「それでも、素晴らしい」
大尉が、敬礼した。
「どうか、無事で」
「はい」
第二遊撃隊は、砦を後にした。
あかねは、振り返った。
カーライル砦。
二週間、戦った場所。
多くの命を救った場所。
そして、救えなかった命もあった場所。
あかねは、心に刻んだ。
この経験を、忘れない。
救えなかった命を、忘れない。
そして、これからも戦い続ける。
治療者として。
一人でも多くの命を、救うために。
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