第35話 「初陣」
王都を出て、第二遊撃隊は北へ向かった。
約百人の冒険者。
全員、武装し、緊張している。
初めて戦争に参加する者も多い。
六人も、その中にいた。
一日目
朝から夕方まで、ひたすら歩いた。
街道を北へ。
平原を抜け、丘を越え、森へ。
行軍は、厳しかった。
重い装備を背負い、長距離を歩く。
でも、誰も弱音を吐かなかった。
夕方、森の中で野営した。
焚き火を囲みながら、冒険者たちは話した。
「明日、敵と遭遇するかもな」
「ああ。補給路は、この先だ」
「緊張するな」
六人も、焚き火の周りに座っていた。
「ねえ、みんな」
あかねが口を開いた。
「戦争って、どんな感じなんだろう」
「分からない」
セリアが答えた。
「私も、初めてだから」
「でも、訓練とは違うはず」
ダリウスが続けた。
「訓練では、相手を殺さない」
「でも、戦争では、殺す」
「そうでないと、自分が殺される」
「殺す……」
あかねは、震えた。
人を殺す。
その現実が、重くのしかかる。
「大丈夫よ」
セリアが、あかねの肩を抱いた。
「私たちは、一緒」
「何があっても、支え合える」
「うん……」
その夜、あかねは眠れなかった。
明日、何が起こるのか。
不安だった。
二日目
朝早く、再び行軍を始めた。
森を抜け、谷を渡り、丘を登る。
昼過ぎ、レオナルドが手を上げた。
「止まれ」
全員が止まった。
レオナルドが、前方を指差した。
「あそこだ」
丘の向こうに、街道が見える。
そして、街道を進む馬車の列。
十台以上。
補給部隊だ。
周りには、護衛兵が五十人ほど。
「あれが、エルドランド王国軍の補給部隊だ」
レオナルドが説明した。
「我々は、あれを襲撃する」
「補給物資を奪い、馬車を破壊する」
「護衛兵は……」
レオナルドが、真剣な表情で続けた。
「殺すか、捕らえるかだ」
どよめきが広がった。
殺す。
その言葉の重さ。
「覚悟はあるか?」
レオナルドが尋ねた。
沈黙。
やがて、一人の冒険者が答えた。
「あります」
他の冒険者たちも、頷いた。
「あります」
六人も、頷いた。
覚悟を決めた。
「よし。では、作戦を説明する」
レオナルドが、地面に図を描いた。
「第一班は、正面から攻撃する」
「第二班は、左側から」
「第三班は、右側から」
「三方向から挟み撃ちにする」
「銀の絆は、第一班だ」
「了解しました」
セリアが答えた。
「準備しろ。十分後、攻撃開始だ」
六人は、準備を整えた。
剣を抜き、弓を構え、魔法を準備する。
そして、深呼吸。
心を落ち着ける。
十分が経過した。
レオナルドが、剣を掲げた。
「行くぞ!」
その瞬間――
百人の冒険者が、一斉に丘を駆け下りた。
補給部隊に向かって。
戦闘が、始まった。
護衛兵たちが、驚いて武器を構えた。
「敵襲!」
「自由都市連合の冒険者だ!」
「応戦しろ!」
護衛兵と冒険者が、激突した。
剣と剣がぶつかり合う。
魔法が飛び交う。
矢が放たれる。
混乱。
六人も、戦いの中に飛び込んだ。
セリアが、一人の護衛兵に斬りかかった。
護衛兵が、剣で受け止めた。
ガキィン!
セリアの剣技は、一ヶ月の訓練で格段に上達していた。
護衛兵の防御を崩し、剣を弾き飛ばした。
そして――
剣を、護衛兵の胸に突き刺した。
護衛兵が、崩れ落ちた。
血が、地面に流れた。
セリアは、震えた。
人を殺した。
初めて。
でも、止まれない。
次の敵が、襲ってくる。
セリアは、歯を食いしばって戦い続けた。
リーナも、矢を放っていた。
護衛兵に向かって。
矢が、一人の護衛兵の肩に命中した。
護衛兵が、悲鳴を上げて倒れた。
リーナは、罪悪感を感じた。
でも、止まれない。
次の矢を、番える。
エルミナは、魔法で支援していた。
敵の動きを鈍らせる魔法。
味方を守る魔法。
でも、攻撃魔法は使わなかった。
人を殺すのが、怖かった。
トムとダリウスは、前線で戦っていた。
二人とも、多くの敵と交戦した。
トムの体術、ダリウスの剣技。
どちらも、洗練されている。
でも、敵を倒すたびに、心が痛んだ。
そして、あかね――
あかねは、槍を持って戦っていた。
でも、敵を殺せなかった。
槍を突き出すが、致命傷は避ける。
足を狙う、腕を狙う。
戦闘不能にするが、殺さない。
それが、あかねの限界だった。
戦闘は、三十分続いた。
やがて、護衛兵の大半が倒れた。
残りは、降伏した。
「戦いは終わった」
レオナルドが叫んだ。
「負傷者を手当てしろ」
「補給物資を確認しろ」
冒険者たちが、動き始めた。
六人も、それぞれの役割を果たした。
でも、あかねは動けなかった。
地面に座り込んで、震えていた。
戦場の光景が、目に焼き付いている。
倒れた護衛兵たち。
血まみれの地面。
死の匂い。
全てが、恐ろしかった。
「あかね」
セリアが、隣に座った。
「大丈夫?」
「うん……いや、大丈夫じゃない」
あかねが正直に答えた。
「怖かった……」
「私も」
セリアが、あかねの手を握った。
「私も、怖かった」
「人を殺した。初めて」
「吐きそうだった」
「でも、やるしかなかった」
セリアが、空を見上げた。
「これが、戦争なのね」
「うん……」
その時、悲鳴が聞こえた。
「誰か! 助けてくれ!」
あかねとセリアが、音の方向を見た。
馬車の陰に、一人の冒険者が倒れていた。
腹部に、深い傷を負っている。
血が、大量に流れている。
「まずい……」
あかねが、駆け寄った。
冒険者は、若い男性だった。
二十代前半。
顔は蒼白で、呼吸が浅い。
あかねは、医学知識で確認した。
内臓損傷。
大量出血。
このままでは、数分で死ぬ。
「治癒薬!」
あかねが叫んだ。
セリアが、治癒薬を渡した。
あかねが、男性に飲ませた。
でも、傷が深すぎる。
治癒薬では、間に合わない。
「くっ……」
あかねは、決断した。
光の力を使う。
あかねは、両手を男性の傷口に当てた。
そして、集中した。
光の力を、解放する。
あかねの手から、白い光が放たれた。
光が、男性の傷を包み込んだ。
傷が、少しずつ治っていく。
出血が止まり、内臓が修復され、皮膚が再生する。
三分後、傷は完全に治った。
男性が、目を開けた。
「俺……生きてる……?」
「はい」
あかねが微笑んだ。
「助かりました」
「ありがとう……」
男性が、涙を流した。
周りの冒険者たちが、驚いた表情で見ていた。
「すごい……」
「あの傷、治った……」
「あれが、聖魔法か……」
あかねは、照れくさそうに立ち上がった。
でも、体が重い。
光の力を使うと、体力を消耗する。
「あかね、大丈夫?」
セリアが支えた。
「うん……ちょっと、疲れただけ」
その時、レオナルドが近づいてきた。
「あかね、今の魔法……」
「はい」
「聖魔法か」
「はい」
レオナルドが、あかねを見つめた。
「お前、隠してたな」
「すみません……」
「いや、謝ることはない」
レオナルドが微笑んだ。
「その力、戦場では貴重だ」
「これから、多くの仲間を救えるだろう」
「はい」
補給物資を確認した結果、食料、水、武器、防具、薬。
様々なものが積まれていた。
レオナルドが指示した。
「使えるものは持って帰る」
「馬車は、全て破壊しろ」
冒険者たちが、馬車を破壊し始めた。
火をつけ、燃やす。
黒い煙が、空に上がった。
捕虜にした護衛兵たちは、縛って置いていった。
後で、自由都市連合の正規軍が回収するだろう。
「撤退するぞ」
レオナルドが命令した。
第二遊撃隊は、来た道を戻り始めた。
物資を持って。
そして、負傷者を支えながら。
夕方、森の中で休憩を取った。
冒険者たちは、疲れ切っていた。
初めての実戦。
多くの者が、心に傷を負っていた。
六人も、焚き火の周りに座っていた。
誰も、口を開かなかった。
ただ、炎を見つめていた。
やがて、セリアが口を開いた。
「今日、私は三人殺した」
静かな声。
「私は、二人」
リーナが続けた。
「俺は、五人」
トムが言った。
「俺も、五人」
ダリウスが続けた。
「私は……殺してない」
エルミナが小声で言った。
「支援魔法だけ使った」
「人を殺すのが、怖くて……」
「私も」
あかねが言った。
「致命傷は避けた」
「殺せなかった」
沈黙。
やがて、セリアが言った。
「これが、戦争なのね」
「人を殺す」
「殺されないために」
「辛いわ」
「ええ」
五人が頷いた。
「でも、やるしかない」
ダリウスが言った。
「この戦争を終わらせるために」
「そうね」
あかねは、思った。
早く、この戦争を終わらせたい。
もう、誰も殺したくない。
誰にも、殺されたくない。
そのために、できることは何か。
あかねは、まだ答えを見つけられなかった。
その夜、あかねは一人で森を歩いていた。
少し、一人になりたかった。
今日のことを、整理したかった。
森の中、月明かりが木々の間から差し込んでいる。
静かで、平和な光景。
でも、数時間前、ここから遠くない場所で戦闘があった。
人が死んだ。
血が流れた。
その現実が、あかねを苦しめた。
「あかね」
後ろから、声がした。
振り返ると、ダリウスが立っていた。
「ダリウスさん」
「一人で歩くのは危険だ」
ダリウスが、隣に立った。
「すみません」
「謝ることはない」
ダリウスが、空を見上げた。
「お前、今日辛かったろう」
「はい」
あかねが正直に答えた。
「人を殺せませんでした」
「それでいい」
ダリウスが言った。
「お前は、優しいからな」
「でも、戦争では……」
「分かってる」
ダリウスが続けた。
「戦争では、殺さなければ殺される」
「でも、お前には別の役割がある」
「別の役割?」
「ああ。治療だ」
ダリウスが、あかねを見た。
「お前の聖魔法は、多くの仲間を救える」
「それが、お前の戦い方だ」
「無理に、人を殺す必要はない」
「ダリウスさん……」
あかねは、涙が出そうになった。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
ダリウスが微笑んだ。
「さあ、戻ろう」
「明日も、長い一日になる」
「はい」
二人は、キャンプに戻った。
三日目
朝、第二遊撃隊は再び王都へ向かって歩き始めた。
補給物資を持って。
そして、戦闘の経験を胸に。
あかねは、歩きながら考えていた。
ダリウスの言葉。
治療が、自分の役割。
それなら、もっと多くの人を救いたい。
仲間を、敵を、全ての人を。
戦争が終わるまで。
あかねは、そう決意した。
昼過ぎ、王都が見えてきた。
白い城壁。
高い塔。
懐かしい光景。
第二遊撃隊は、王都に帰還した。
街の人々が、歓迎した。
「お帰りなさい!」
「よくやった!」
「補給路を断ったそうだな!」
冒険者たちは、疲れていたが、笑顔を見せた。
六人も、笑顔を見せた。
でも、心の中では、複雑な気持ちだった。
初めての戦闘。
初めて、人を殺した。
その重さは、簡単には消えない。
でも、戦争は続いている。
また、戦場へ行かなければならない。
その現実が、六人を待っていた。
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