第22話 「決戦の前夜」
ヴィクターが街に現れてから、二日が経った。
街の空気は、緊張に満ちていた。
一日目の朝
六人は、早朝から王立魔法研究所へ向かった。
昨夜、所長アルベルトから緊急の呼び出しがあった。
研究所に着くと、既に多くの衛兵が配置されていた。
建物の周り、屋上、入口。
全てに、武装した衛兵がいる。
「すごい警備ね」
リーナが呟いた。
「当然だ」
アルベルトが、廊下で待っていた。
「ヴィクターは、必ずここを襲う。だから、最大限の警備体制を敷いた」
「それと、君たちにも協力してほしい」
「協力?」
「ああ。君たちは、ヴィクターと戦った経験がある」
アルベルトが説明した。
「だから、万が一ヴィクターが来た時、衛兵と共に戦ってほしい」
「分かりました」
セリアが頷いた。
「でも、私たちだけでは、ヴィクターには勝てません」
「分かってる」
ダリウスが言った。
「だから、俺もいる。それに、衛兵隊長のガルドも強い。Aランクだ」
「Aランク……」
「ああ。ガルドなら、ヴィクターと互角に戦える」
アルベルトが、六人を別室に案内した。
そこには、大きな魔法陣が描かれていた。
「これは?」
「防御魔法陣だ」
アルベルトが説明した。
「この部屋に、記憶水晶を保管している。魔法陣が、侵入者を防ぐ」
部屋の中央には、ガラスケースがあった。
その中に、記憶水晶が安置されている。
「これなら、安全ね」
「そう願いたいが……」
アルベルトが、不安そうに言った。
「ヴィクターは、元Aランクだ。この程度の防御、突破されるかもしれない」
「だから、君たちにも警戒してもらいたい」
「分かりました」
六人は、研究所を後にした。
昼、六人はギルドの訓練場にいた。
ダリウスが、特訓を指導している。
「ヴィクターの強さは、知ってるな」
ダリウスが言った。
「剣術、魔法、戦術。全てが完璧だ」
「そんな相手と戦うには、お前たちももっと強くならないといけない」
ダリウスが、剣を構えた。
「まず、セリア。俺と組み手をするぞ」
「はい」
セリアが、剣を構えた。
二人の剣が、交わる。
ガキィン、ガキィン、ガキィン。
激しい攻防。
でも、ダリウスが圧倒していた。
五分後、セリアの剣が弾き飛ばされた。
「まだまだだな」
ダリウスが言った。
「お前の剣技は上手い。でも、予測可能だ」
「もっと、変化をつけろ。フェイント、タイミングのずらし、全てを使え」
「はい」
次に、リーナの射撃訓練。
ダリウスが、的を動かしながら、リーナに矢を放たせる。
「動く標的を狙え!」
リーナが、矢を放つ。
一本、二本、三本。
全て命中した。
「いいぞ。でも、もっと速く」
エルミナには、魔法の連続使用を訓練させた。
「魔力を節約しながら、連続で魔法を使え」
エルミナが、火の魔法を連続で放つ。
一回、二回、三回……十回。
十回目で、息が切れた。
「まだ十回か。二十回は欲しいな」
トムとあかねには、連携訓練。
二人で、ダリウスを攻撃する。
トムが正面から、あかねが側面から。
でも、ダリウスは簡単に防いだ。
「連携は良い。でも、タイミングがずれてる」
ダリウスが指摘した。
「同時に攻撃しろ。そうすれば、防ぎきれない」
訓練は、夕方まで続いた。
全員、汗だくで、疲れ切っていた。
「今日は、ここまでだ」
ダリウスが言った。
「よくやった。少しずつ、強くなってる」
「ありがとうございます」
六人は、宿へ戻った。
夕食後、あかねは一人で部屋のベランダに出た。
街の明かりを見つめながら、考えていた。
ヴィクター。
娘を蘇らせたいという、その気持ち。
理解できる。
でも、やり方が間違っている。
生命魔法には、大きな代償がある。
術者の命が削られる。
それでも、ヴィクターは娘を蘇らせたいのか。
「あかね」
セリアが、ベランダに出てきた。
「一人で、何考えてるの?」
「ヴィクターのこと」
あかねが答えた。
「ヴィクターって、悪い人じゃないと思うの」
「どうして?」
「だって、娘を愛してる。その気持ちは、本物」
あかねが続けた。
「でも、その愛が、間違った方向に行ってる」
「そうね」
セリアが、隣に立った。
「愛は、時に人を狂わせる」
「私の母も、そう言ってた」
セリアが、遠い目をした。
「母は、父を愛してた。でも、父は貴族の務めを優先して、母を顧みなかった」
「母は、それでも父を愛し続けた。そして、心を壊した」
「セリア……」
「だから、私は貴族の世界が嫌いになった。そして、家を出た」
セリアが、空を見上げた。
「でも、今は思う。母の愛は、間違ってなかったって」
「ただ、父の愛が足りなかっただけ」
「セリア……」
二人は、しばらく黙って街を見つめた。
「ねえ、あかね」
セリアが口を開いた。
「もし、ヴィクターと戦うことになったら……」
「戦うわ」
あかねが即答した。
「ヴィクターは、間違ってる。止めないといけない」
「でも、できれば……説得したい」
「説得?」
「うん。生命魔法は、使っちゃいけないって。娘さんも、望んでないって」
あかねが、セリアを見た。
「無理かな?」
「分からない。でも、試す価値はあるわ」
セリアが微笑んだ。
「あかねらしい」
二日目の朝
六人は、再び訓練場にいた。
今日は、実戦形式の訓練。
三対三に分かれて、模擬戦闘を行う。
セリア、リーナ、エルミナ対トム、あかね、ダリウス。
笛の音で、戦闘開始。
セリアが、トムに斬りかかる。
トムが、短剣で受け止める。
リーナが、ダリウスを狙って矢を放つ。
ダリウスが、剣で弾く。
エルミナが、魔法を唱える。
あかねが、槍でエルミナに突進する。
激しい攻防。
十分後、笛が鳴った。
終了。
「お疲れ様」
ダリウスが言った。
「連携は良くなってきた。でも、まだ改善の余地がある」
ダリウスが、具体的にアドバイスした。
セリアの位置取り、リーナの狙うタイミング、エルミナの魔法の選択、トムとあかねの動き。
全てを、細かく指摘する。
六人は、そのアドバイスを真剣に聞いた。
昼、訓練を終えて、六人は街の食堂で昼食を取った。
「疲れたわね」
リーナが、スープを飲みながら言った。
「でも、確実に強くなってる」
トムが言った。
「ああ。俺も、実感してる」
その時、食堂の扉が開いた。
衛兵隊長のガルドが入ってきた。
五十代くらい。筋肉質の体。顔には無数の傷跡。
圧倒的な威圧感。
「君たちが、銀の絆か」
ガルドが、六人のテーブルに近づいた。
「はい」
「俺は、衛兵隊長のガルド。Aランク冒険者だ」
「初めまして」
ガルドが、椅子に座った。
「ダリウスから、お前たちのことを聞いた」
「ヴィクターと戦った経験があるそうだな」
「はい」
「どうだった?」
セリアが、正直に答えた。
「圧倒的でした。私たちの攻撃は、全て防がれました」
「そうか」
ガルドが頷いた。
「ヴィクターは、俺の昔の戦友だ」
「え?」
「ああ。十年以上前、同じパーティで冒険してた」
ガルドが、遠い目をした。
「あいつは、最強の剣士だった。俺よりも、強かった」
「でも、娘を失ってから、変わった」
「おかしくなった」
ガルドが、拳を握った。
「だから、俺が止める。昔の戦友として」
「ガルドさん……」
「お前たちには、サポートを頼む」
ガルドが、六人を見回した。
「ヴィクターは、必ず来る。その時、一緒に戦ってくれ」
「はい」
ガルドが去った後、六人は顔を見合わせた。
「ガルドさんも、ヴィクターの昔の仲間だったんだ」
「ダリウスさんもそうだし……」
「ヴィクターって、昔はいい人だったのかもね」
あかねが呟いた。
「でも、今は違う」
セリアが言った。
「過去がどうであれ、今のヴィクターは止めないといけない」
「そうね」
夕方、六人は研究所の周辺を巡回していた。
衛兵たちと共に、警戒を続ける。
でも、何も起こらなかった。
日が暮れ、夜になった。
「今日も、来なかったわね」
リーナが呟いた。
「明日かしら」
「いや」
ダリウスが空を見上げた。
「今夜だ。俺には、分かる」
「今夜?」
「ああ。ヴィクターは、こういう時を狙う。油断した時」
ダリウスが警告した。
「今夜は、誰も寝るな。全員、警戒を続けろ」
「分かりました」
六人は、研究所の周りで待機した。
夜は、深まっていく。
街は静かで、人通りもない。
時計の音だけが、静かに響く。
深夜零時。
一時。
二時。
何も起こらない。
でも、六人は集中を切らさなかった。
そして、深夜三時。
突然、街の北側から、爆発音が聞こえた。
ドォン!
「何!?」
六人が、音の方向を見た。
街の北門の方向から、煙が上がっている。
「囮だ!」
ダリウスが叫んだ。
「ヴィクターは、こっちに来る!」
その言葉通り、研究所の屋上に、大きな影が降りてきた。
ワイバーンだ。
そして、その背中には、ヴィクターが乗っていた。
ワイバーンが、屋上に着地した。
ヴィクターが、降りた。
「よう、久しぶりだな」
ヴィクターが、六人を見下ろした。
「ヴィクター!」
ダリウスが叫んだ。
「降りて来い!」
「嫌だね」
ヴィクターが笑った。
そして、屋上から建物の中へ入った。
「追うぞ!」
六人は、建物の中へ駆け込んだ。
階段を駆け上がる。
一階、二階、三階。
記憶水晶が保管されている部屋は、三階だ。
三階に着くと、廊下に衛兵たちが倒れていた。
全員、気絶している。
「ヴィクターだ!」
六人は、記憶水晶の部屋へ走った。
部屋の扉が、開いていた。
中には、ヴィクターがいた。
そして、彼の前には、防御魔法陣が輝いていた。
ヴィクターが、魔法陣を解析している。
「止まれ、ヴィクター!」
セリアが叫んだ。
ヴィクターが、振り返った。
「よう、銀の絆。来たか」
「その水晶に、手を出すな!」
「断る」
ヴィクターが、再び魔法陣に集中した。
そして――
パリン!
魔法陣が、砕けた。
「解除できた」
ヴィクターが、ガラスケースに手を伸ばした。
その瞬間、六人が一斉に攻撃した。
セリアの剣、リーナの矢、エルミナの魔法、トムの短剣、あかねの槍、ダリウスの剣。
でも、ヴィクターは空間魔法で防いだ。
「『空間障壁――バリア!』」
目に見えない壁が、六人の攻撃を全て弾いた。
「無駄だ」
ヴィクターが、記憶水晶を掴んだ。
そして、アイテムボックスのような空間に、水晶を収納した。
「さて、目的は達成した。じゃあな」
ヴィクターが、空間魔法を唱えようとした。
その時――
部屋の扉が勢いよく開いた。
衛兵隊長ガルドが、入ってきた。
「ヴィクター!」
ガルドが叫んだ。
「久しぶりだな、ガルド」
ヴィクターが、冷たく言った。
「記憶水晶を返せ」
「嫌だね」
「なら、力ずくだ」
ガルドが、大剣を抜いた。
そして、ヴィクターに斬りかかった。
ヴィクターも、剣を抜いて応戦した。
二人の剣が、激しくぶつかり合う。
ガキィン、ガキィン、ガキィン!
火花が散る。
互角の戦い。
いや、徐々にヴィクターが押していく。
「くっ……」
ガルドが、押される。
「お前、昔より強くなってるな」
ガルドが驚いた。
「当然だ。この十年、俺は鍛え続けた」
ヴィクターが笑った。
「娘を蘇らせるために」
ヴィクターの攻撃が、さらに激しくなる。
ガルドが、防戦一方になる。
「このままじゃ……」
六人が、ガルドをサポートしようとした。
でも、その時――
部屋の窓が、割れた。
ガシャン!
外から、何かが飛び込んできた。
影の翼の部下たちだ。
五人。
全員、武装している。
「邪魔するな」
部下たちが、六人に襲いかかった。
六人は、部下たちと戦うことになった。
ガルドとヴィクターは、別の場所で戦い続けている。
あかねは、一人の部下と対峙した。
短剣を持った男。
男が、あかねに斬りかかってきた。
あかねは、槍で受け止めた。
ガキィン!
そして、反撃。
槍を突き出す。
男が、避ける。
激しい攻防。
あかねは、鑑定能力を使った。
『人間。職業:盗賊。レベル:中。弱点:左足の古傷』
情報が浮かび上がる。
あかねは、男の左足を狙った。
槍を低く構え、足を突く。
男が、バランスを崩した。
その隙に、あかねが槍で男の武器を弾き飛ばした。
男は、武器を失った。
「降伏しろ」
あかねが、槍を男に向けた。
男は、両手を上げた。
他の五人も、次々と部下たちを倒していった。
五分後、全ての部下が倒れた。
でも、ガルドとヴィクターの戦いは、まだ続いていた。
廊下に出て、激しく斬り合っている。
でも、明らかにヴィクターが優勢だった。
ガルドが、膝をついた。
剣を持つ手が、震えている。
「終わりだ、ガルド」
ヴィクターが、剣を振り下ろそうとした。
その瞬間――
あかねが、前に飛び出した。
槍で、ヴィクターの剣を受け止めた。
ガキィン!
「あかね!」
セリアが叫んだ。
「下がって!」
「嫌よ!」
あかねが、ヴィクターを睨んだ。
「ヴィクターさん、お願い。これ以上、間違わないで」
「間違う?」
ヴィクターが、冷たく笑った。
「俺は、間違ってない」
「間違ってるわ!」
あかねが叫んだ。
「生命魔法は、使っちゃいけない。術者の命が削られるのよ」
「あなたは、自分の命を犠牲にして、娘さんを蘇らせるつもり?」
「そうだ」
ヴィクターが即答した。
「俺の命など、惜しくない」
「でも、娘さんは望んでない!」
あかねが続けた。
「父親が死んで、自分が生き返るなんて!」
「娘さんは、天国で泣いてるわ。父親が道を踏み外したって」
「黙れ!」
ヴィクターが、あかねを突き飛ばした。
あかねが、壁に叩きつけられた。
「あかね!」
五人が、駆け寄った。
ヴィクターは、その隙に空間魔法を唱えた。
「『空間転移――テレポート!』」
ヴィクターの姿が、消えた。
瞬間移動。
逃げられた。
「くそ……」
ダリウスが、悔しそうに拳を握った。
「また、逃げられた……」
あかねは、壁に背中を預けたまま、涙を流していた。
「止められなかった……」
「あかね、大丈夫?」
セリアが、あかねを抱きしめた。
「大丈夫よ。あなたは、よくやった」
「でも……」
「次よ。次は、必ず止める」
セリアが、あかねの涙を拭った。
「一緒に、頑張りましょう」
「うん……」
六人は、疲れ切った表情で立ち上がった。
記憶水晶は、奪われた。
ヴィクターは、逃げた。
完全な、敗北だった。
でも、諦めない。
次こそは、必ず止める。
六人は、そう心に誓った。
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