第23話 「追跡の決意」
記憶水晶が奪われてから、一日が経った。
街は、混乱していた。
衛兵たちは、ヴィクターを探して街中を駆け回っている。
でも、もう遅い。
ヴィクターは、とっくに街を出ている。
六人は、宿の部屋に閉じこもっていた。
誰も、口を開かない。
重い沈黙が、部屋を支配していた。
あかねは、窓際に座って外を見ていた。
街の人々が、普通に生活している。
平和な光景。
でも、あかねの心は、平和じゃなかった。
記憶水晶を奪われた。
ヴィクターを止められなかった。
自分は、何もできなかった。
「あかね」
セリアが、隣に座った。
「落ち込んでる?」
「うん……」
あかねが、正直に答えた。
「私、何もできなかった。ヴィクターを止められなかった」
「それは、私たち全員が同じよ」
セリアが、あかねの手を握った。
「誰も、止められなかった。あなただけのせいじゃない」
「でも……」
「あかね、あなたは十分頑張ったわ」
セリアが続けた。
「ヴィクターに立ち向かって、説得しようとした。それだけで、すごいことよ」
「セリア……」
「私なんて、ただ戦うことしか考えてなかった」
セリアが、自嘲的に笑った。
「でも、あなたは違った。ヴィクターの心に訴えかけようとした」
「それは、間違ってなかったと思う」
「ありがとう、セリア」
あかねは、少し元気が出た。
でも、まだ心の奥底には、後悔が残っていた。
昼、ダリウスが部屋を訪れた。
六人が、テーブルを囲んで座った。
「まず、現状を整理しよう」
ダリウスが言った。
「ヴィクターは、記憶水晶を手に入れた。その水晶には、生命魔法の理論と実践が記録されている」
「つまり、ヴィクターは今、生命魔法を使う準備を進めている」
「どれくらい時間がかかりますか?」
エルミナが尋ねた。
「分からない。でも、生命魔法は複雑な魔法だ」
ダリウスが推測した。
「準備には、少なくとも数日はかかるはずだ」
「じゃあ、まだ間に合う?」
「ああ。でも、急がないといけない」
ダリウスが、真剣な表情で言った。
「問題は、ヴィクターがどこにいるかだ」
「情報屋に、調べさせてるのか?」
トムが尋ねた。
「ああ。でも、まだ情報が入ってこない」
その時、部屋の扉がノックされた。
「ダリウス、いるか?」
外から、男の声。
「入れ」
扉が開き、一人の男が入ってきた。
四十代くらい。痩せた体。鋭い目つき。
情報屋らしい。
「よう、ダリウス」
男が、封書を差し出した。
「お前が探してた情報だ」
「早かったな、リカルド」
「金を多く払ってくれたからな」
リカルドが笑った。
「それに、ヴィクターのことは俺も気になってた」
ダリウスが、封書を開いて読んだ。
そして、顔色が変わった。
「本当か、これ」
「ああ。確かな情報だ」
「どこですか?」
セリアが尋ねた。
ダリウスが、地図を広げた。
「北の山脈、その奥にある『黒騎士の古城』」
ダリウスが、地図上の一点を指差した。
「ここだ」
「黒騎士の古城……」
「ああ。三百年前、黒騎士と呼ばれた騎士が住んでいた城だ」
ダリウスが説明した。
「でも、黒騎士が死んでから、城は放棄された。今は、廃墟になってる」
「なぜ、ヴィクターはそこに?」
「分からん。でも、何か理由があるはずだ」
リカルドが付け加えた。
「それと、もう一つ情報がある」
「何だ?」
「黒騎士の古城には、古代の魔法陣が残ってるらしい」
「魔法陣?」
「ああ。生命魔法に関係する魔法陣だとか」
六人は、顔を見合わせた。
「つまり、ヴィクターは、その魔法陣を使って生命魔法を発動するつもり?」
「おそらくな」
ダリウスが頷いた。
「じゃあ、急がないと」
セリアが立ち上がった。
「今すぐ、出発しましょう」
「待て」
ダリウスが制した。
「古城まで、どれくらいかかると思う?」
「地図を見る限り、三日は」
「ああ。しかも、道は険しい。山を越え、谷を渡り、森を抜ける」
ダリウスが続けた。
「準備が必要だ。食料、水、装備。全てを整えてから行く」
「でも、時間が……」
「焦っても、仕方ない」
ダリウスが、セリアを見た。
「万全の準備で行く。そうじゃないと、ヴィクターには勝てない」
「分かりました」
ダリウスが、リカルドに金貨を渡した。
「ありがとう、リカルド」
「どういたしまして」
リカルドが去った後、ダリウスが言った。
「明日の朝、出発する。今日は、準備に専念しろ」
「はい」
午後、六人は街中を回った。
武器屋で、武器と防具を修理した。
薬屋で、治癒薬と解毒薬を買い足した。
食料品店で、保存食を大量に購入した。
全て、銀貨を使い果たすほどの出費だった。
でも、必要な投資だった。
夕方、六人は宿に戻った。
部屋で、荷物を整理する。
「明日から、長い旅になるわね」
エルミナが言った。
「ええ。でも、今度こそ、ヴィクターを止める」
セリアが決意を込めて言った。
その夜、あかねは一人で部屋のベランダに出た。
星が、綺麗に輝いている。
明日から、また危険な旅が始まる。
でも、今度は違う。
今度こそ、ヴィクターを止める。
生命魔法を使わせない。
あかねは、そう心に誓った。
翌朝
夜明け前、六人は宿を出た。
街の北門を出て、北へ向かう。
山脈が、遠くに見える。
そこに、古城がある。
そして、ヴィクターがいる。
「行くわよ」
セリアが先頭を歩いた。
六人は、黙々と歩き続けた。
一日目
朝から夕方まで、ひたすら歩いた。
平原を抜け、丘を越え、森に入った。
森は、薄暗く、不気味だった。
木々が密集し、陽光がほとんど届かない。
「この森、魔物が多いわね」
リーナが警戒しながら言った。
「ええ。気をつけて」
案の定、森の中で魔物に遭遇した。
オーガだ。
二体。
「行くわよ」
六人は、オーガと戦った。
連携は、完璧だった。
訓練の成果が、発揮されている。
十分で、二体のオーガは倒れた。
「よし」
夕方、森の中で野営した。
焚き火を囲みながら、六人は話した。
「ヴィクター、どんな状態かしら」
リーナが呟いた。
「おそらく、生命魔法の準備をしてる」
エルミナが推測した。
「魔法陣の調整、魔力の蓄積、儀式の準備」
「時間がかかるはずよ」
「じゃあ、まだ間に合うわね」
「ええ。でも、油断は禁物」
その夜、あかねとトムが見張りの当番だった。
二人は、焚き火の前に座り、周囲を警戒した。
「ねえ、トム」
あかねが小声で言った。
「ん?」
「トムは、日本に帰りたいと思う?」
「……時々、思う」
トムが正直に答えた。
「家族に会いたい。友達にも。普通の生活に戻りたい」
「でも、それは無理だ。俺は、もうこの世界の人間だ」
「そっか……」
あかねも、同じことを考えていた。
自分も、日本に帰れない。
少なくとも、今は。
エルドランド王国から追われている身だ。
紋章の秘密もある。
色々な問題が、山積みだ。
「でもね」
トムが続けた。
「この世界も、悪くない」
「え?」
「仲間がいる。家族のような仲間。それが、何よりも大事だ」
トムが、あかねを見た。
「お前も、そう思うだろ?」
「うん」
あかねは、微笑んだ。
「みんな、家族だもん」
二日目
朝早く出発し、森を抜けた。
そして、山道に入った。
道は険しく、急な坂道が続く。
昼過ぎ、山の中腹で休憩を取った。
「疲れたわね」
リーナが、水を飲みながら言った。
「まだ、半分も来てないわよ」
セリアが地図を確認した。
「古城まで、あと二日」
「頑張りましょう」
休憩を終え、再び歩き始めた。
午後、トラブルが起きた。
橋が、崩れていた。
谷を渡る橋。
でも、半分が崩壊している。
「どうする?」
「迂回路は?」
ダリウスが地図を見た。
「迂回すると、一日余分にかかる」
「じゃあ、渡るしかないわね」
セリアが、橋を調べた。
「慎重に行けば、渡れるかも」
六人は、一人ずつ、慎重に橋を渡った。
セリアが最初。
橋が、ギシギシと音を立てる。
でも、何とか渡りきった。
「次」
リーナが渡る。
エルミナが渡る。
トムが渡る。
あかねが渡る。
最後に、ダリウス。
ダリウスが、橋の真ん中まで来た時――
ミシッ!
橋が、大きく軋んだ。
「危ない!」
ダリウスが、急いで走った。
橋が、崩れ始める。
ダリウスが、ギリギリで飛び移った。
そして、橋が完全に崩れ落ちた。
「助かった……」
ダリウスが、地面に座り込んだ。
「危なかったわね」
「ああ。でも、何とか渡れた」
夕方、山の中腹で野営した。
この日は、全員疲れ切っていた。
三日目
朝、早くから出発した。
山を登り続ける。
道は、どんどん険しくなっていく。
昼過ぎ、ついに山の頂上に到着した。
そこから、遠くに古城が見えた。
黒い石でできた城。
高い塔、厚い壁。
威圧的な雰囲気。
「あれが、黒騎士の古城……」
あかねが、息を呑んだ。
「行きましょう」
六人は、古城へ向かって下り始めた。
夕方、ついに古城に到着した。
城は、想像以上に大きかった。
そして、不気味だった。
壁は苔むし、窓は割れている。
門は開いていた。
「中に入るわよ」
セリアが、剣を抜いた。
六人は、慎重に門をくぐった。
中は、広い中庭だった。
石畳の地面。枯れた噴水。倒れた彫像。
全てが、荒廃していた。
そして、中庭の中央に――
一人の男が立っていた。
ヴィクターだ。
黒い外套を着て、剣を腰に下げている。
その姿は、まるで黒騎士のようだった。
「来たか」
ヴィクターが、振り返った。
「待っていたぞ、銀の絆」
「ヴィクター……」
ダリウスが前に出た。
「お前、生命魔法を使うつもりか」
「当然だ」
ヴィクターが、冷たく笑った。
「俺は、ここで娘を蘇らせる」
「やめろ!」
あかねが叫んだ。
「生命魔法は、危険よ。術者の命が削られるのよ」
「それでも、娘を蘇らせたいの?」
「そうだ」
ヴィクターが即答した。
「俺の命など、惜しくない。娘が生き返るなら」
「でも……」
「お前たちに、俺の気持ちは分からない」
ヴィクターが、剣を抜いた。
「だから、力ずくで止めるしかないな」
「そうね」
セリアも、剣を抜いた。
「今度こそ、止める」
六人が、武器を構えた。
ヴィクターも、構えた。
緊張が、走る。
風が、吹いた。
枯れ葉が、舞い上がる。
そして――
戦いが、始まった。
セリアが、ヴィクターに斬りかかった。
ヴィクターが、剣で受け止めた。
ガキィン!
火花が散る。
リーナが、矢を放った。
ヴィクターが、剣で弾いた。
エルミナが、魔法を唱えた。
「『氷よ、敵を凍らせよ――アイスランス!』」
氷の槍が、ヴィクターに向かう。
でも、ヴィクターは空間魔法で防いだ。
「『空間障壁――バリア!』」
見えない壁が、氷の槍を弾いた。
トムとあかねが、側面から攻撃した。
でも、ヴィクターの剣技は圧倒的だった。
二人の攻撃を、簡単に防ぐ。
ダリウスも、加わった。
七人の激しい戦い。
でも、ヴィクターは余裕だった。
一人で、六人を相手にしている。
「弱い」
ヴィクターが、冷たく言った。
「お前たちでは、俺を止められない」
ヴィクターの攻撃が、激しくなった。
セリアが、吹き飛ばされた。
リーナが、矢を落とした。
エルミナが、魔力を使い果たした。
トムとあかねが、膝をついた。
ダリウスも、苦戦していた。
「くそ……」
六人は、立ち上がれなかった。
ヴィクターは、城の中へ歩いていった。
「儀式を始める。邪魔するな」
そして、ヴィクターは消えた。
六人は、地面に倒れ込んだ。
全身、傷だらけだった。
「負けた……また……」
セリアが、悔しそうに呟いた。
「でも、まだ終わってない」
あかねが、立ち上がった。
「まだ、儀式は始まってない。今なら、間に合う」
「あかね……」
「行こう。みんな」
あかねが、手を差し伸べた。
「一緒に、ヴィクターを止めよう」
五人が、あかねの手を取って立ち上がった。
「ああ」
「今度こそ、止める」
六人は、城の中へ入った。
最後の戦いが、始まる。
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