第14話 「遠征の試練」
翌朝、五人は早くからオルガの店に向かった。
店の扉を開けると、いつもの薬草の香りが漂ってきた。壁には様々な薬草が干され、棚には色とりどりの薬瓶が並んでいる。
「来たかい」
オルガが、奥から出てきた。手には、古い羊皮紙の地図。
「おはようございます」
「おはよう。時間がないから、早速だが説明するよ」
オルガが、テーブルに地図を広げた。
五人が、その周りに集まる。
「今回、採集してもらいたい薬草は、特別なものだ」
オルガが、地図上の一点を指差した。北の山脈の奥、険しい場所。
「北の山、その奥にある『霧の谷』。そこに生えている『ムーンブルーム』という薬草を採集してほしい」
「ムーンブルーム……」
あかねは、その名前を初めて聞いた。
「月光を浴びて育つ、非常に珍しい薬草だ。強力な治癒効果がある。重傷でも、完治させることができる」
オルガが真剣な表情で説明した。
「この薬草、今とても必要なんだ。街で、原因不明の病気が流行り始めててね。普通の治癒薬じゃ効かない」
「でも、ムーンブルームがあれば……」
「治せる。だから、どうしても必要なんだ」
オルガが、五人を見回した。
「でも、簡単な依頼じゃない。霧の谷は遠い。片道一日かかる。つまり、往復で二日、採集で一日。合計三日間の依頼だ」
「三日間……」
「それと」
オルガが、さらに深刻な表情になった。
「霧の谷には、強力な魔物が出る。オーガ、ワイバーン、ゴブリンの大群。危険度は中としたが、実際はもっと高いかもしれない」
五人は、顔を見合わせた。
「無理なら、断っても構わないよ。他のパーティを探すから」
「いえ」
セリアが即答した。
「やります。私たちを指名してくれたんですよね? その期待に応えたいです」
「それに、病気の人を救えるなら、危険を冒す価値はあります」
エルミナも頷いた。
「そうか……」
オルガが、少し涙ぐんだ。
「ありがとう。本当に、ありがとう」
オルガが、いくつかの袋を取り出した。
「これが、治癒薬と解毒薬。万が一のために」
「それと、これは魔除けのお守り。霧の谷の魔力から、少しは守ってくれる」
オルガが、五つの小さなペンダントを渡した。
「大切にしてね」
「ありがとうございます」
「それと、これが前金だ」
オルガが、銀貨五十枚を渡した。
「残りの百枚は、無事に帰ってきてから払うよ。必ず、無事に帰ってきてね」
「はい。約束します」
宿に戻り、五人は準備を始めた。
三日間の遠征。これまでで最も長い依頼だ。
食料、水、テント、毛布、薬、武器、予備の服。
全てを、入念にチェックした。
「食料は、一人一日三食分。余裕を持って、四日分用意しましょう」
セリアが計算した。
「水は?」
「山に川があるはず。でも、念のため、一日分は持って行きましょう」
「武器の手入れも忘れずに」
五人は、それぞれの武器を磨いた。
セリアの剣と盾、リーナの弓と矢、エルミナの杖、トムの短剣、あかねの短槍。
全てを、最高の状態に整える。
「よし。準備完了ね」
セリアが満足そうに言った。
「じゃあ、明日の朝、出発しましょう。今日は早めに休んで、体力を温存しましょう」
翌朝、夜明け前に出発した。
街の北門を出ると、衛兵が声をかけてきた。
「おい、こんな早くから、どこへ行くんだ?」
「北の山です。三日間の依頼で」
「北の山か……気をつけろよ。最近、魔物の動きが活発だって報告がある」
「ありがとうございます。気をつけます」
街を出て、北へ向かう。
最初は平坦な道だったが、徐々に登りになっていく。
草原を抜け、森を通り、山道へ。
道は険しく、岩がゴツゴツしている。
午前中、順調に進んだ。
昼近く、小川のほとりで休憩を取った。
「疲れたわね」
リーナが、水を汲みながら言った。
「まだ半分も来てないわよ」
セリアが地図を確認した。
「霧の谷まで、あと六時間くらい」
「今日中に着けるかしら」
「厳しいわね。途中で野営することになるかも」
「じゃあ、休憩は短めにして、先を急ぎましょう」
十五分後、再び歩き始めた。
山道は、さらに険しくなっていく。
急な坂、岩場、崖沿いの細い道。
慎重に、一歩ずつ進む。
午後、トムが突然立ち止まった。
「待て」
「どうしたの?」
「足跡だ」
トムが、地面を指差した。
確かに、大きな足跡がある。
あかねが、鑑定能力を使った。
『足跡。魔物:オーガ。時間経過:約二時間。方向:北』
「オーガの足跡。二時間前のもの。北に向かってる」
「じゃあ、私たちと同じ方向……」
セリアが警戒した。
「気をつけましょう。いつ遭遇してもおかしくないわ」
五人は、さらに警戒を強めて進んだ。
夕方近く、ようやく平坦な場所に出た。
小さな高台で、周囲を見渡せる。
「ここで野営しましょう」
セリアが提案した。
「見晴らしがいいから、魔物が近づいても分かる」
五人は、テントを張り、焚き火を起こした。
夕食の準備を始める。
エルミナが魔法で火を起こし、セリアが鍋でスープを作る。リーナが干し肉を切り、トムがパンを配る。
あかねは、周囲を警戒しながら、鑑定能力で魔物の気配を探した。
「今のところ、魔物の気配はないみたい」
「良かった。じゃあ、ゆっくり食事しましょう」
夕食は、野菜と肉のスープ、パン、それに少しのチーズ。
簡素だが、温かい食事は疲れた体に染み渡った。
「美味しい」
あかねが、スープを飲みながら言った。
「セリアの料理、いつも美味しいよね」
「ありがとう。母から習ったの」
セリアが微笑んだ。
「貴族の娘なのに、料理ができるのね」
リーナが意外そうに言った。
「使用人に任せてると思ってた」
「母が、『貴族でも、自分のことは自分でできるべき』って言ってたの」
セリアが遠い目をした。
「だから、料理も、掃除も、裁縫も、全部習った」
「良い母親ね」
「ええ……」
セリアの表情が、少し寂しげになった。
「会いたいわ。母に」
「いつか、会えるわよ」
エルミナが励ました。
「この騒ぎが落ち着いたら、きっと」
「そうね」
食事を終え、見張りの順番を決めた。
最初はセリアとリーナ。次はエルミナとトム。最後はあかねとセリア。
深夜、あかねとセリアの見張りの時間になった。
二人は、焚き火の前に座り、周囲を警戒した。
夜の山は、静かだった。
風の音、木々の揺れる音、遠くで鳴く鳥の声。
「静かね」
あかねが呟いた。
「ええ。でも、油断は禁物よ」
セリアが剣の柄に手を置いた。
しばらく無言で座っていると、セリアが口を開いた。
「ねえ、あかね」
「ん?」
「パーティ名、『銀の絆』。本当に良かったの?」
「え?」
「私が提案した名前だけど……もしかして、みんなに気を使わせたんじゃないかって」
あかねが心配そうに言った。
「そんなことないわ」
セリアが微笑んだ。
「みんな、本当にその名前が気に入ってる。私も」
「本当?」
「ええ。『銀の絆』。私たちを表す、完璧な名前よ」
セリアが、焚き火を見つめた。
「私たちは、血縁じゃない。国も、育ちも、バラバラ」
「でも、絆で結ばれてる。信頼と、友情と、家族のような愛情で」
「銀のように輝く、強く美しい絆」
セリアが、あかねを見た。
「あかね、あなたがこのパーティに入ってくれて、本当に良かった」
「あなたは、私たちの大切な仲間。いや、家族よ」
「セリア……」
あかねは、涙が出そうになった。
「ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
二人は、しばらく無言で焚き火を見つめた。
炎が、ゆらゆらと揺れている。
「ねえ、セリア」
「ん?」
「もし、エルドランド王国の問題が解決したら……セリアは、家に帰るの?」
「分からない」
セリアが正直に答えた。
「家族には会いたい。母に、妹に。でも、家に戻って、再び貴族の娘として生きるのは……」
「嫌なの?」
「分からない。昔は嫌だった。だから、家を出た」
セリアが空を見上げた。
「でも、今は……どうだろう。冒険者として生きることの素晴らしさを知った。自由を知った」
「それに、あなたたちと出会った」
「セリア……」
「だから、まだ決められない。でも、一つだけ確かなことがある」
セリアが、あかねを見た。
「何があっても、あなたたちは私の家族。それは、変わらない」
「うん」
あかねは、涙を拭った。
「私も、みんなが家族」
二人は、微笑み合った。
翌朝、五人は早くから出発した。
朝霧が立ち込める中、山道を登る。
午前中、険しい岩場を越え、昼過ぎに目的地に到着した。
霧の谷。
谷全体が、白い霧に包まれていた。
視界は悪く、十メートル先も見えない。霧は不自然なほど濃く、まるで生き物のようにうごめいている。
「これが、霧の谷……」
あかねが呟いた。
鑑定能力を使ってみる。
『霧の谷。特性:魔力を帯びた霧。効果:方向感覚喪失、魔力減衰。危険度:高』
「この霧、魔力を帯びてるわ」
エルミナが警告した。
「長時間いると、魔力が減衰する。それに、方向感覚を失いやすい」
「じゃあ、ロープで繋がりましょう」
セリアが提案した。
「それと、時間を決めて。一時間以内に採集を終えて、この谷から出る」
「了解」
五人は、ロープで腰を繋いだ。
間隔は三メートル。これで、はぐれることはない。
それと、オルガからもらったお守りを首にかけた。
「行きましょう」
谷の中へ進んだ。
霧が濃く、足元も見えにくい。
一歩ずつ、慎重に進む。
霧の中は、異様に静かだった。
音が吸収されるような感覚。
十分ほど進んだところで、あかねが何かを感じた。
「待って」
「どうしたの?」
「何か……いる」
あかねが鑑定能力を使うと、霧の中に複数の気配を感じた。
『ゴブリン。数:十匹以上。状態:待ち伏せ中』
「ゴブリンが、待ち伏せしてる!」
あかねが叫んだ瞬間、霧の中からゴブリンたちが飛び出してきた。
十五匹。緑色の肌、鋭い牙、粗末な武器。
「迎え撃つわ!」
五人は、即座に戦闘態勢に入った。
ロープを外し、自由に動けるようにした。
セリアが前衛で三匹を引き受ける。
リーナが矢を放ち、二匹を射抜く。
エルミナが魔法を唱え、炎で四匹を焼く。
トムとあかねが、残りを倒す。
戦闘は、五分で終わった。
全てのゴブリンが、倒れた。
「大丈夫? みんな」
セリアが確認した。
「うん」
「私も」
「よし。でも、時間がない。急ぎましょう」
五人は、再びロープで繋がり、進んだ。
さらに二十分ほど進むと、霧の中に淡く青く光るものが見えた。
「あれ……」
近づくと、美しい花が咲いていた。
青い花びら、月のような形、淡い光を放っている。
鑑定する。
『ムーンブルーム。治癒効果:極大。鮮度:最高。採集可。注意:満月の夜に最も強力。副作用:なし』
「これがムーンブルーム!」
「綺麗……」
あかねは、その美しさに見とれた。
「さあ、採集しましょう」
五人で、慎重に花を摘み始めた。
オルガの言葉を思い出し、根を傷つけないように。
一株、二株、三株……
十株ほど採集したところで、霧の中から低い唸り声が聞こえた。
「何か来る」
セリアが剣を抜いた。
霧の中から、巨大な影が現れた。
身長三メートル以上。筋肉質の巨体。手には、木の幹のような棍棒。
「オーガ!」
エルミナが叫んだ。
オーガが、咆哮した。
その声だけで、地面が震える。
「散開!」
五人は、それぞれの位置に散った。
ロープは外し、自由に動けるようにした。
オーガが、棍棒を振り下ろした。
セリアが、横に飛んで避ける。
棍棒が、地面に激突。
ドガァン!
地面が砕け、破片が飛び散る。衝撃で、周囲の花が吹き飛ぶ。
「硬い!」
リーナが、矢を放った。
矢は、オーガの肩に刺さった。
しかし、オーガは少し怒っただけで、攻撃を続ける。
「効いてない!」
エルミナが、魔法を唱えた。
「『火よ、敵を焼け――ファイアランス!』」
炎の槍が、オーガに命中した。
オーガの体が、少し焦げる。
でも、まだ戦える。
「魔法も効きにくい!」
あかねは、鑑定能力を使った。
『オーガ。Bランク魔物。攻撃力:極大。防御力:高。魔法耐性:中。弱点:目、膝の関節、首の後ろ』
詳細な情報が浮かび上がる。
「弱点は、目と膝、それに首の後ろ!」
あかねが叫んだ。
「分かった!」
セリアが、オーガの注意を引いた。
剣で攻撃し、オーガを挑発する。
オーガが、セリアに向かって突進してきた。
その瞬間、リーナが矢を放った。
狙いは、オーガの右目。
シュッ!
矢が、オーガの目に命中した。
「ガァァァ!」
オーガが悲鳴を上げた。
片目を失い、視界が半分になる。
怒り狂ったオーガが、無差別に棍棒を振り回す。
「危ない!」
五人は、必死に避ける。
「今よ!」
トムとあかねが、オーガの背後に回った。
そして、膝の裏を狙った。
トムが短剣で左膝を、あかねが短槍で右膝を。
同時に、関節を攻撃した。
オーガの膝が、崩れた。
巨体が、前のめりに倒れる。
「セリア! 首の後ろ!」
あかねが叫んだ。
セリアが、倒れたオーガの首の後ろに飛びかかった。
剣を、深く突き刺す。
オーガが、最後の悲鳴を上げた。
そして、動かなくなった。
「やった……」
五人は、息を切らした。
全身、汗だくだ。
「大丈夫? みんな」
セリアが確認した。
「うん……なんとか」
「私も」
「俺も大丈夫」
「良かった」
あかねが、オーガの死体を鑑定した。
『オーガ(死亡)。素材:牙、皮、角。価値:高』
「この魔物、素材が高価らしい」
「じゃあ、持ち帰りましょう」
トムが、オーガの牙と角を回収した。
「重いけど、これだけで銀貨五十枚くらいになるぞ」
「本当? じゃあ、頑張って持ち帰りましょう」
五人は、再びムーンブルームの採集を続けた。
三十分後、三十株の花を採集し終えた。
「これで十分ね」
「もう一時間近く経ってるわ。急いで谷から出ましょう」
五人は、ロープで繋がり、来た道を戻った。
霧の中を慎重に進む。
二十分後、ようやく谷を出た。
霧が晴れ、青空が見えた。
「やった!」
五人は、喜び合った。
谷を出たところで、再び野営した。
疲れ切っていたので、早めに休むことにした。
翌日、帰路についた。
来た道を戻る。
午後、山道を下っていると、リーナが立ち止まった。
「待って。何か聞こえる」
耳を澄ますと、遠くから悲鳴が聞こえた。
「誰かいる!」
「行きましょう」
五人は、悲鳴の方向へ走った。
森の中に入ると、商人の隊商が盗賊に襲われていた。
盗賊は五人。商人は三人。
商人たちは、怯えている。
「助けるわよ!」
セリアが叫んだ。
五人が、盗賊たちに襲いかかった。
疲れていたが、正義のためだ。
戦闘は、十分で終わった。
五人の盗賊は、全員倒れた。
「助かった……」
商人たちが、感謝した。
「ありがとう。あなたたちは?」
「冒険者です」
「そうか……命の恩人だ」
商人が、報酬を渡そうとした。
「いえ、いいです」
セリアが断った。
「当然のことをしただけです」
「でも……」
「本当に、いいんです」
五人は、商人たちと別れ、街へ向かった。
夕方、リベルタに到着した。
まず、オルガの店に向かった。
「帰ってきたかい!」
オルガが、嬉しそうに迎えた。
「無事で良かった」
「ムーンブルーム、採集してきました」
あかねが、袋を渡した。
オルガが、花を一つずつ確認する。
「素晴らしい……完璧な状態だ」
オルガの目に、涙が浮かんだ。
「これで、病気の人たちを救える」
「本当に、ありがとう」
オルガが、残りの報酬を渡した。
銀貨百枚。
「それと、これも」
オルガが、追加の袋を渡した。
「ボーナスだよ。危険な依頼を、見事にやり遂げてくれた」
「ありがとうございます」
五人は、嬉しそうに報酬を受け取った。
宿に戻ると、五人は疲れ切っていた。
でも、満足感に満ちていた。
「やり遂げたわね」
セリアが微笑んだ。
「ええ。大変だったけど、やり遂げた」
「商人たちも助けられたし」
「良い依頼だったわ」
あかねは、窓の外を見た。
街の明かりが、綺麗に輝いている。
三日間の遠征。
初めての長期依頼。
様々な困難があったが、乗り越えた。
仲間と一緒に。
パーティ『銀の絆』として。
これからも、一緒に冒険していく。
あかねは、そう確信した。
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