第11話 「実績への道」
リベルタでの生活が始まって、一週間が経った。
五人は、毎日のように地味な依頼をこなしていた。
初日は、港での荷物運搬。二日目は、倉庫の整理。三日目は、畑の雑草取り。四日目は、街の夜警。五日目は、商店の配達手伝い。
どれも、冒険者らしくない仕事ばかりだった。
でも、文句は言わなかった。
実績を積まなければ、ランクは上がらない。ランクが上がらなければ、良い依頼は受けられない。
それが、この世界のルールだった。
六日目の朝、宿の食堂で朝食を取っていた。
「疲れたわね……」
リーナが、パンをかじりながら呟いた。
「毎日、肉体労働ばかり」
「でも、お金は貯まってきたわ」
セリアが前向きに言った。
「もう銀貨百五十枚。あと一週間頑張れば、装備も新調できるわ」
「私の弓、そろそろ限界なのよね」
リーナが、自分の弓を見た。
確かに、弦が少し擦り切れている。
「トムの短剣も、刃こぼれしてるわね」
エルミナが指摘した。
「ああ。そろそろ、研ぎに出さないと」
トムが苦笑した。
「あかねは? 槍は大丈夫?」
「うん。まだ大丈夫」
あかねの短槍は、比較的新しい。フィルダで買ったものだが、丁寧に手入れしているので、まだ使える。
「じゃあ、今日も頑張りましょう」
セリアが立ち上がった。
「今日こそ、冒険者らしい依頼があるといいわね」
ギルドに着くと、すでに多くの冒険者が集まっていた。
朝のギルドは、いつも賑やかだ。
依頼ボードの前には、冒険者たちが群がっている。
「今日の依頼は?」
セリアが、人混みをかき分けて、依頼ボードに近づいた。
Eランクの依頼を見る。
相変わらず、地味なものばかり。
荷物運搬、掃除、雑用……
でも、その中に、一枚だけ目を引く依頼があった。
「これは?」
リーナが、依頼書を指差した。
『依頼内容:森での薬草採集
報酬:50シルバー
危険度:低
詳細:街の東にある緑風の森で、薬草を採集する。ヒーリングハーブとマナグラスを各十株ずつ。魔物に注意。護衛付きの採集任務』
「やっと、冒険者らしい依頼ね」
「でも、危険度が低いのが気になるわ」
エルミナが依頼書を読んだ。
「たぶん、小型の魔物しか出ないんでしょう」
「それでも、荷物運搬よりはマシよ」
トムが同意した。
「それに、報酬も良い。五人で割っても、一人十枚」
「そうね。これにしましょう」
五人は、カウンターで手続きをした。
「薬草採集ですね。依頼主は、薬師のオルガさんです」
職員が説明した。
「オルガさんは、この街で有名な薬師です。腕は確かですが、少し厳しい方なので、気をつけてくださいね」
「分かりました」
「それと、緑風の森には、ファングラットという小型の魔物が出ます。群れで行動するので、注意してください」
「承知しました」
依頼主のオルガの店は、ギルドから十分ほどの場所にあった。
『オルガの薬草店』という看板が掲げられている。
中に入ると、薬草の香りが漂っていた。
壁には、様々な薬草が干されている。棚には、瓶に入った薬が並んでいる。
「いらっしゃい」
奥から、老婆が出てきた。
七十代くらい。腰が少し曲がっているが、目は鋭い。
「ギルドから来た冒険者さんたちかい?」
「はい。セリアと申します」
「ふむ。若いねぇ」
オルガが、五人を見回した。
「新人かい?」
「はい」
「まあいいさ。薬草採集は、難しくないからね」
オルガが、二枚の紙を取り出した。
そこには、薬草の絵が描かれている。
「これがヒーリングハーブ。これがマナグラス」
オルガが説明した。
「どちらも、緑風の森に生えてる。ヒーリングハーブは、小川の近く。マナグラスは、日陰に生えてる」
「採集する時は、根を傷つけないように。丁寧にね」
「分かりました」
「それと」
オルガが真剣な表情で言った。
「質の悪い薬草を持ってきたら、報酬は半分だよ」
「承知しました」
「じゃあ、頼んだよ」
五人は、オルガの店を出た。
「厳しそうな人ね」
リーナが呟いた。
「でも、プロフェッショナルなのよ」
エルミナが言った。
「薬師は、質にこだわる。当然のことだわ」
「じゃあ、しっかり採集しないとね」
街の東門を出て、緑風の森へ向かった。
森は、街から一時間ほどの距離にあった。
道中、平原を歩く。草原には、様々な花が咲いている。風が心地よい。
「いい天気ね」
あかねが、空を見上げた。
青い空、白い雲。
「ええ。でも、油断は禁物よ」
セリアが注意した。
「森には、魔物がいる」
やがて、緑風の森に到着した。
木々が密集しているが、東の森ほど深くはない。陽光が差し込み、明るい雰囲気。
「さて、薬草を探しましょう」
五人は、森に入った。
あかねは、鑑定能力を使いながら、周囲を調べた。
様々な植物が目に入る。
『普通の草。特に用途なし』
『野イチゴ。食用可。味:甘酸っぱい』
『毒キノコ。食用不可。接触注意』
『ブルーモス。染料の材料。採集可』
様々な情報が浮かび上がる。
「あかね、何か見つかった?」
セリアが尋ねた。
「まだ。でも、色々な植物があるよ」
「じゃあ、小川を探しましょう。ヒーリングハーブは、水辺に生えるって」
五人は、森の中を進んだ。
木々の間を抜け、獣道を辿る。
十分ほど歩くと、小川のせせらぎが聞こえてきた。
「あった」
小川の岸辺には、様々な植物が生えていた。
あかねは、一つずつ鑑定していく。
そして、目的の植物を見つけた。
「あった! ヒーリングハーブ」
あかねが、青緑色の葉を持つ植物を指差した。
葉は三枚一組で、茎から生えている。
「鑑定したら、『ヒーリングハーブ。治癒効果:中。鮮度:良好。採集可』って出た」
「よし、採集しましょう」
五人で、慎重に薬草を採集し始めた。
オルガの言葉を思い出し、根を傷つけないように。
一株、二株、三株……
十株ほど集めた時、トムが声をかけた。
「向こうにも、沢山生えてるぞ」
川を少し下ったところに、ヒーリングハーブの群生地があった。
「よし、あそこで採集しましょう」
五人は、移動しようとした。
その時、茂みが揺れた。
「何か来る」
リーナが弓を構えた。
茂みから、小さな生物が飛び出してきた。
体長五十センチほど。ネズミのような姿だが、牙が鋭く、目が赤く光っている。全身が灰色の毛に覆われている。
「ファングラット!」
セリアが剣を抜いた。
ファングラットが、あかねに向かって飛びかかってきた。
あかねは、反射的に短槍を構えた。
ファングラットが空中で牙を剥く。
あかねは、槍を突き出した。
槍の先端が、ファングラットの腹部に命中。
ファングラットが悲鳴を上げて地面に落ちた。
「やった」
でも、安心するのは早かった。
「一匹だけじゃないわ!」
セリアが叫んだ。
「ファングラットは、群れで行動する!」
その言葉通り、茂みから次々とファングラットが現れた。
五匹、十匹、十五匹、二十匹。
灰色の波のように、襲いかかってくる。
「円陣!」
セリアの指示で、五人は円陣を組んだ。
背中を合わせ、全方位を警戒する。
ファングラットたちが、一斉に襲いかかってきた。
セリアが剣を振るった。
一匹、二匹、三匹。
剣の軌道に沿って、ファングラットが倒れていく。
「左!」
リーナが矢を放った。
矢が、セリアの死角から迫るファングラットを射抜いた。
「ありがとう!」
エルミナが魔法を唱えた。
「『火よ、敵を焼け――ファイアボルト!』」
小さな火球が、群れの中に飛んだ。
火球が炸裂し、複数のファングラットが燃え上がった。
トムが短剣で、近づいてくるファングラットを次々と斬った。
あかねも、短槍で応戦した。
一匹が飛びかかってくる。槍で突く。
別の一匹が側面から襲ってくる。槍を回転させて払う。
さらに一匹。これは、槍を捨てて格闘技で対応。小手返しで投げ飛ばした。
戦闘は、激しかった。
でも、五人の連携は完璧だった。
セリアが前衛で敵を引きつける。リーナが遠距離から狙撃。エルミナが魔法で範囲攻撃。トムとあかねが、隙を突いて攻撃する。
五分後、全てのファングラットが倒れた。
「やった……」
あかねが、息を切らした。
全身、汗だくだ。
「お疲れ様」
セリアが微笑んだ。
「久しぶりの、本格的な戦闘だったわね」
「そうね。でも、連携はバッチリだったわ」
リーナが満足そうに言った。
「一週間、地味な依頼ばかりだったけど、体は鈍ってなかったみたいね」
「むしろ、前より動きが良かった気がするわ」
エルミナが言った。
「地味な仕事でも、体力はついたのよ」
「そうかもね」
トムが笑った。
「荷物運搬、馬鹿にできないな」
五人は、笑い合った。
そして、再び薬草採集を続けた。
ファングラットの襲撃はもうなかった。おそらく、さっきの群れがこの辺りの全てだったのだろう。
ヒーリングハーブを十株採集した後、マナグラスを探した。
日陰に生えているという情報を元に、木々が密集している場所を探す。
やがて、大きな木の根元に、目的の植物を見つけた。
「これがマナグラス?」
あかねが、草のような植物を鑑定した。
『マナグラス。魔力回復効果:小。鮮度:良好。採集可』
「そうみたい」
「よし、採集しましょう」
マナグラスも、丁寧に採集した。
二時間後、ヒーリングハーブとマナグラス、それぞれ十株ずつ集め終えた。
「これで十分ね」
「帰りましょう」
五人は、森を出た。
オルガの店に戻ると、老婆は採集した薬草を一つずつ丁寧に調べた。
葉の色、茎の状態、根の損傷具合。
全てを、細かくチェックしている。
「ふむ……」
オルガが、満足そうに頷いた。
「上出来だね。質も鮮度も、申し分ない」
「良かった……」
あかねは、ホッとした。
「特に、このヒーリングハーブ。完璧な状態だ」
オルガが、一株を持ち上げた。
「根が全く傷ついていない。採集技術が高いね」
「ありがとうございます」
「報酬は、約束通り五十シルバー」
オルガが、銀貨の袋を渡した。
「それと、これも」
オルガが、小さな瓶を五つ取り出した。
「これは?」
「治癒薬だよ。軽い傷なら治せる」
オルガが微笑んだ。
「お礼だよ。良い仕事をしてくれたからね」
「ありがとうございます!」
五人は、嬉しそうに治癒薬を受け取った。
「また、薬草が必要になったら、頼むよ」
「はい!」
ギルドに戻り、依頼完了の報告をした。
「お疲れ様でした」
職員が、笑顔で言った。
「オルガさんから、高評価の報告が来ています。素晴らしい仕事ぶりだったとのことです」
「本当ですか?」
「はい。これで、あなたたちの評価が上がりました」
職員が、何か書類に記入した。
「あと数回、同じくらいの評価を得られれば、Dランクへの昇格審査を受けられますよ」
「やった!」
リーナが喜んだ。
「頑張った甲斐があったわね」
五人は、喜びを分かち合った。
その夜、宿の食堂で夕食を取っていた。
今日は、ご褒美として少し豪華な食事を注文した。
ローストチキン、野菜のグリル、スープ、パン、それにワイン。
「美味しい」
あかねが、チキンを食べながら言った。
「ええ。たまには、こういうのもいいわね」
セリアが微笑んだ。
「今日の戦闘、良かったわよ、みんな」
「連携が完璧だったわね」
エルミナが同意した。
「一週間の地味な仕事も、無駄じゃなかったわ」
「体力もついたし、チームワークも良くなった」
リーナが付け加えた。
「このまま頑張れば、すぐにDランクね」
「そうね。でも、油断は禁物よ」
セリアが注意した。
「Dランクになれば、より危険な依頼も来る」
「でも、報酬も増えるわよね?」
トムが尋ねた。
「ええ。Dランクなら、最低でも銀貨百枚以上」
「それは嬉しいわね」
その時、隣のテーブルの冒険者たちの会話が聞こえてきた。
「聞いたか? 北の山に、ドラゴンが現れたらしい」
あかねは、耳を傾けた。
「マジで?」
「ああ。昨日、Cランクのパーティが挑んだらしいが……全滅したって」
「全滅……」
「ドラゴンは、Sランクの魔物だからな。Cランクじゃ無理だよ」
「でも、報酬がすごいらしいぞ。金貨百枚だって」
「金貨百枚!?」
冒険者たちは、驚きと羨望の表情で話していた。
「誰か、倒せるやついるのか?」
「Sランクの冒険者なら、可能かもな」
「でも、この街に、Sランクっているのか?」
「一人だけ。『銀の剣』のアレクサンドラ」
「ああ、あの伝説の剣士か」
あかねは、その名前を覚えた。
アレクサンドラ。Sランクの冒険者。
いつか、会ってみたい。
「あかね、どうしたの?」
セリアが尋ねた。
「あ、なんでもない。ちょっと、隣の話が気になって」
「ドラゴンの話ね」
セリアが苦笑した。
「私たちには、まだ無理よ。Eランクがドラゴンに挑むなんて、自殺行為」
「そうね」
あかねも笑った。
「でも、いつかは……」
「いつかね」
セリアが微笑んだ。
「その日が来るまで、地道に頑張りましょう」
「うん」
五人は、グラスを合わせた。
「今日の成功に、乾杯!」
「乾杯!」
翌日、五人は再びギルドに向かった。
今日も、依頼を探す。
依頼ボードの前に立つと、後ろから声がかけられた。
「よう、新人たち」
振り返ると、一人の男性が立っていた。
三十代くらい。剣士の装備。顔には傷跡がある。体格は良く、筋肉質。
「君たち、昨日緑風の森に行ってたろ?」
「はい……」
セリアが警戒しながら答えた。
「俺は、カイル。Cランクの冒険者だ」
男が自己紹介した。
Cランク。五人よりも、遥かに上。
「昨日、たまたま森で君たちの戦闘を見てたんだ」
「見てた……?」
「ああ。別の依頼で森にいてな」
カイルが笑った。
「ファングラットの群れを、あれだけスムーズに倒すなんて。Eランクにしては、レベルが高い」
「ありがとうございます……」
セリアは、まだ警戒していた。
この男、何か目的があるのだろうか。
「君たち、どこで冒険者やってたんだ?」
「エルドランド王国です」
「そうか。じゃあ、経験者なんだな」
カイルが頷いた。
「実力はある。連携も完璧。チームワークも良い」
カイルが、五人を見回した。
「なあ、良かったら、俺のパーティに入らないか?」
「え?」
「俺のパーティ、今、人が足りなくてな」
カイルが説明した。
「元々は五人パーティだったんだが、二人が引退しちまった」
「それで、新しいメンバーを探してるんだ」
カイルが、真剣な表情で言った。
「君たちみたいな実力者が欲しい。Cランクの依頼を一緒に受けないか?」
セリアは、少し考えた。
Cランクの依頼。報酬は高い。
でも……
「ありがたい話ですが」
セリアが丁寧に断った。
「私たちは、五人で行動したいんです」
「そうか……」
カイルが、残念そうな表情をした。
「まあ、仕方ないな。チームの結束が強いのは、良いことだ」
カイルが肩をすくめた。
「でも、もし気が変わったら、言ってくれ」
「俺は、いつでも歓迎するぞ」
カイルは、そう言って去っていった。
「何だったの、あれ」
リーナが小声で尋ねた。
「スカウトよ」
エルミナが説明した。
「実力のある冒険者を、パーティに引き込もうとしてるの」
「よくあることなの?」
「ええ。特に、Cランク以上になると、優秀なメンバーを確保するのが重要になるから」
「断って正解だったわね」
トムが言った。
「ああ。俺たちは、このメンバーで行く」
セリアが頷いた。
「私たちは、家族なんだから」
五人は、微笑み合った。
そして、今日の依頼を探し始めた。
新しい一日が、始まった。
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