第19話 ④——「強者が纏いてこそ、金色は真価を発揮する……!」
『“天使の瞳——断罪の魔眼”』
対峙する〝大天使〟と、まったく同じ魔眼を発瞳し……夜叉姫様が告げる。
「……自らを顧みぬ、裁定者気取りの傲慢なる神使よ……そんなキミには、この夜叉姫が、相応しき〝枷〟を与えてしんぜよう……!
ではいざ、傾聴せよ……深淵の探索者たる夜叉姫が、天使の魔眼にかけて、ここに告げる——これよりは『〝生まれ持った能力の行使は、その一切を禁じる〟』。
さぁて……なんの能力も持たずに生まれる人間と、同じ地平に立った気分はどうだい……? ねぇ、大天使くん——?」
ドサッ——
『っ……!!?』
その瞬間——高みから見下ろすように浮遊していた大天使が、唐突に地に落ちると……まるで信じられないといった表情で、その場に立ち尽くすのだった。
「さて……これで、あの大天使が持つ能力——頭上に光輪がある限り、決して尽きない【無限の魔力】……三対六枚の翼にそれぞれ宿る、【飛翔】【転移】、【隠密】【秘匿】、【攻撃】【防御】の〝絶対〟の権能……さらには、専用の武器を呼び出す【天装降臨】や……あとはそう、闇と影を除く、すべての【属性魔法】に……それからもちろん、瞳に宿る【断罪の魔眼】についても——まるまる全部、封じることができたよ。
これでもはや、アイツも羽の取れた虫ならぬ、翼をもがれた天使だね……ふふ。
まあでも、能力はすべて封じたとはいえ、その身に宿る魔力自体は健在だから、魔功術の類いは使用可能だし、完全に無力化されてるわけじゃないからね。そこは気をつけてね。
とはいえそれは、こちらも同じことだし……案外これで、条件は揃ったんじゃないかな?」
確かに……大天使の纏う金色の魔力は変わることなく、その身が発する圧には、いささかの衰えも感じられない。
しかし……先ほどまでの——あるいは、勝ち目が見えなくなりそうなほどに——圧倒的な実力を秘する気配からくる、えもいえぬ悍ましさや得体の知れなさは、すでに払拭されている。
——事前に聞いてはいましたが……実際に相手の能力が封じられることで、むしろ逆説的に、どれほど恐ろしい力を持っていたのかが、今更になって理解されるというものですな……
——それこそ、翼に宿る能力が一つ、【秘匿】の権能のせいで、それまでは相手の実力を正確に測ることすら出来ていなかったわけですから……
しかし、それでも——いや、だからこそ……
『……信じられぬ。我が権能を、すべて封じるなど……そんなことは、我が瞳をもってしても不可能である。であるのに……あのような——天使を騙る偽物などに、そのようなことが成せる道理は無い……!』
「へいへい……天使の偽物で悪うござんしたねぇ」
彼奴の魔眼の起瞳効果である以心伝心も消えたようで、途端に大天使の発する言葉の意味も解らなくなったが——しかし……今なら、判る。
大天使との間にある、彼我の実力差が。
すべての能力を封じてなお、いまだに単身では及ばない。このじいやをして、やはりあれは、一人で勝てる相手ではない……!
ちらり、と御剣姉妹のお二人に視線を向ければ……お二人も無言で頷きを返してきた。
それでも——この三人でなら、きっと勝機はある。
いまだ動揺が抜けきらない様子の大天使を尻目に……姉妹のお二人が、いよいよ武器を手に取り、構える。
合わせて自身も——腰に差した複数の武装から——使い慣れた双剣を選び、抜き放つ。
——天恵は封じられたままだが、装備に宿る能力は使える……とはいえ、どちらにしろ、我が〝固有武器〟たるこの双剣の能力も、大天使には通用しないでしょうな……。
大天使の纏う金色の魔力は、ただの装飾にあらず。
あれこそは……〝魔功術〟で言うところの、【魔功装色】——その中でも、極地とも言える一つ、【黄金闘気】。
その効果は、主に二つ。
一つ——「極限攻撃力」。
それより上がない極限あるいは無限の〝攻撃力〟は——絶対なる効果を持つ〝絶技〟を除き——あらゆるものを破壊し、また、あらゆる攻撃を防ぐ。
なので必然的に、黄金闘気の使い手には、同じく黄金闘気の使い手でしか有効打を与えられないということになる。
——黄金闘気は黄金闘気で相殺でき、それが出来てようやく、そこから武器や肉体の力を競う段階に到達する。
さらには……黄金闘気で身体強化をしたら、身体能力が飛躍的に向上するという副次的効果もある。
二つ——「武威圧倒」。
黄金闘気を纏いし者は、自身より位階が低い者が使う能力の効果を無効化できる。
たとえ——それが、目を合わせただけで発動する魔眼だろうが、自身より実力が低い相手の能力であれば一切が効かないのである。
以上、二つの効果により……
自身より実力としては上に当たる黄金闘気の使い手を相手にする場合は——能力による小細工は一切通用しなくなる上に、こちらも黄金闘気を使って直接攻撃するか、あるいは絶技級の能力を使うしか対抗する術がないのである。
それが解っているからこそ、姉妹のお二人も、それぞれが持つ最上級の武器を持ち出していた。
ヴゥゥン——
光刃様の手には——あらゆるものを消滅させられる絶技級の威力を内包した光の刃を発する、持ち手の部分しかない極めて特殊な剣が。
——あれが、彼女の〝固有武器〟……その名も、『魔光剣 至光帝』。
まさに光を束ねて刀身を成したかのように、もはや眩しいほどに輝く光剣を見ては……相対する大天使も、それまでの狼狽振りから瞬時に立ち直り、すぐさま臨戦態勢を取るほどだった。
スラッ——
そして、鳳刃様の手には——無骨なまでに機能性を研ぎ澄ませたような、飾り気のない一振りの刀が。
——あの刀こそは、〝切断〟の絶理特性を発揮するという……『絶刀 天万字斬』。
光刃様の光剣に比べては、一見するとあまりにも地味な見た目のその刀に……しかし大天使は、あるいは光剣以上に警戒心を向けている様子であった。
とはいえ、それもいわば必然。
なぜならば……彼女らの武器はどちらも——絶技級の効果を発揮できるがゆえに——大天使の〝金魔の鎧〟を貫くことが出来る威力を持っているのだから。
しかし、それに対する大天使もさるものであり……
一目で姉妹の武器の強さを見抜いたらしく——次の瞬間には、受けて立つ準備を終えていた。
『“武装強化——魔功装色——金剛不壊”』
両手の武器と背中の六枚の翼すべてに、まさに金剛石の如き極上の輝きを宿すことによって。
——あれはっ、魔功装色の極地が一つ、【金剛不壊】……!!
——〝不壊〟の絶理特性を発揮する、まごうことなき絶技……またの名を〝剛魔〟!!
——黄金闘気はもちろん、絶技すら相殺し無効化する、究極の絶対防御を成す魔力……!!
その金剛石の輝きを目にしては、こちらも取れる手段は一つ。
『“武装強化——魔功装色——金剛不壊”』
自身の双剣にも、同じ輝きを宿す他ない。
——これで、武器に関しては五分……とも言えないのが、なんとも辛いところですな……
魔力総量も、武器の性能も、身体性能も向こうに上をいかれている以上……勝機はやはり、人数で勝ることのみ。
『……こないのか? であれば、こちらからゆこう』
まるで、こちらの準備が整うのを待っていたように——それまで動きを止めて様子を窺っていた大天使が、口を開いて何かを呟くと……
それが合図となったように、いよいよ戦闘が始まった。
。
。
。
〈ニートの無職ん:あまりにも動きが速すぎて、さっきからカメラに何も映ってなくて草〉
〈探索兵長:なぜか懐かしさを感じるなと思ったら……これはアレですね、バズる前までの姫が配信していた映像が、まさにこんな感じでしたね〉
〈やが灰のファンである:音や破壊跡が発生するので、戦っているらしいことは判る。でも、それ以外は何も解らない……〉
〈地上の視聴隊:上級探索者のワタクシ、普通に何も見えなくて涙目ですわ……〉
視界の端にちらつく文字列ですら、邪魔に感じるくらいに……一切の余裕が無い。
三人がかりで挑んでいるが、よくて互角——いや、明らかにこちらが劣勢か。
その理由は、単純明快にして難攻不落とばかりに……ただただ相手の大天使が、こちらより実力が優っているということに尽きる。
戦場を縦横無尽に動き回る大天使の韋駄天振りときたら、まさに常軌を逸しており……相手を追い詰めることはおろか、三人が連携してお互いを庇い合うことで、どうにか持ち堪えることができているといった有様だった。
翼の権能が一つ、【飛翔】を失ったとて……大天使の機動力ときたら、いささかの不足も感じさせるものではない。
ただ魔功術のみを使い——【魔功波動】で宙に足場を生み出したり、あるいは、【魔功念力】で魔力を帯びた自身の身体を直接操り飛ばすなどして——空中機動も難なくこなしてみせる。
無論、こちらも超越者たる面々であるからには、同様の技術は当然のように修めているゆえ、一方的に制空権を握られるとまではいかないものの……明らかに、向こうの方が魔功術の練度も上とあっては……さすがに月とすっぽんとまでは言わずとも、獅子と猫くらいの差はあるのではないかと勘ぐってしまう。
——これで【転移】などの他の権能もあったらと思うと……さような泣き言なぞは言っていられないのですが。
魔力の量、出力、扱いの巧みさ……すべてにおいて、向こうに上をいかれている。
——人数差による手数の差……なんていう、それすらも幻想だった。なぜなら、大天使の背に控える三対六枚もの翼が、まさに八面六臂の躍動を見せることにより、ものの見事に数の差を覆してきたばかりか、むしろこちらの手数を上回ってくる有様だったのだから。
これなるは、まさに神の使徒たるに相応しい実力……などと感服している場合ではないのだが——っ!?
拮抗した状況がしばらく続いたことに——とはいえそれも、超加速した思考に見合うだけの速度帯で戦っている我々はともかく、傍から見れば、まださほどの時間は経過していないのであろうが——いよいよ業を煮やしたのか……それまでは両手の武装しか使っておらなんだ大天使が、ここで初めて新たな手札を切ってきた。
——羽ばたきにより、〝金剛不壊〟を纏った無数の羽根を飛ばしてきたっ!?
いきなり圧倒的に増えた手数に対応が遅れ——とっさに頭部や胸部は庇ったので、なんとか致命傷は免れたが——手痛い負傷を受けてしまう。
見れば、こちらで今の不意打ちにまともに反応できていたのは——とっさに〝金剛不壊〟を全身に纏って防御したらしい——鳳刃様のみであり……悔しいかな、遅れをとった自身はもちろん、光刃様などは、かなりの深傷を負っているご様子であった。
——これはっ、少しばかり厳しいですな……!
そう思った、その時——
『“魔王の瞳”』
観戦組の護衛として、一人だけ後方に下がっており、今の今まで戦いへの手出しは控えていた——彼女の視界の中にある、すべてのものの動きが極めて遅くなり……
超加速した意識でもってすら、通常の時間経過とほぼ同等の速度にまで〝遅滞〟してしまっている——ということが、激しく混乱している頭の中で、どうにか整理できた事実だった。
「あー、ちょ、ごめごめっ、タンマタンマ……いやね、あのさー、ちょっと速すぎ——てるみたいで……そのー、カメラに〜、ね? あのー、映ってないって話だったからぁ……邪魔しちゃって悪いんだけれど、ここでまた一つ、禁則を追加させてもらうね?」
そう言うなり彼女——夜叉姫様は、おそらくはすでに、金色の輝きを放つ片目で何らかの魔眼を起瞳したままに……もう片方の眼によって、また別の魔眼(というより、こちらは天使の魔眼)を使ってみせるのだった。
『“天使の瞳——断罪の魔眼”』
そして、告げる——
「えー、というわけで……今からは——『〝カメラに映らないくらい、高速で動くことを禁じる〟』——ってことで、よろしく!
じゃあはい、5カウントで〝遅滞〟解くから、そっから続きを再開——って、思ったけど……あー、今ってわりとピンチっぽいよねぇ。んー、どうするか……
——ん、まあ……あの程度の負傷なら、まだ全然リカバリーできるとは思うけれど……
えっと、どうかな、いったんボクと交代する? ——怪我してる二人はもちろんだけれど、無事な一人のアゲぽよくんも、けっこう消耗してるみたいだし……
みんなが回復と休憩している間は、ボクがアイツと戦って、間をもたせておくけれど……?」
「……ん、おけ! んじゃスマンけど……アイツの相手は、やしゃっちにちょっち任せるわ!」
夜叉姫様のそのお言葉に……全身から血を流した光刃様が頷いたのを皮切りに、大天使を牽制しつつも後ろに下がりつつ交代を宣言された鳳刃様に——申し訳なく思いつつも——殿を任せることにして、我々は一斉に後退してゆく。
「はー、しんど……! こんなに喰らったのは久しぶりだわ……」
「みっちゃん、大丈夫そ?」
「あー平気平気。こんくらいなら、自力でも〝緑魔〟ですぐに治せるし……まあ、今はポーション使うけど」
そんな我々と入れ替わるようにして、夜叉姫様が一人、まっすぐに視線を向けている相手である——まるで、蛇に睨まれた蛙のように、我々を追撃するでもなく硬直していた——大天使と対峙する。
「さて……それじゃ、さらなる追加ルールだよ、大天使くん。
曰く——『〝戦闘に参加せずに観戦している相手への攻撃は、その一切を禁じる〟』。
これを破れば——『〝観戦者が受けた傷は消え去り、攻撃したものにそのまま返る〟』ようにしたから……気をつけてね。
まあ……そうは言っても、途中で横槍入れたのは悪いと思っているからさ——」
言いながら、夜叉姫様の手には……
『“天装降臨——極限なる黄金の大槍・極限なる黄金の円盾”』
対峙する相手と、まったく同じそれらの武装が現れていた。
「だから……ここからはボクも、他の能力は一切使わず、魔功術——魔力操作だけで相手をするよ。
ちょうど、武器も姿も、お互いにまったく同じなんだし——
それならイーブン……でしょ?」
そうして、瓜二つの両者による、さながら同士討ちのような戦いが幕を開けたのだった。




