第19話 ⑤——「素人は吠え、玄人は唸り……夜叉姫は嘯く」
いざ尋常に相対するは、もはや姉妹かというほどに似通った姿で、構える武器すらまったく同じである……大天使と、夜叉姫様。
そんな両者が、いよいよ矛を交えることになる戦いには……つい先ほど、新たな禁則として——「映像に映らないくらいに、高速で動くことを禁じる」という、それが追加されている。
浮遊し様々な角度から撮影する——夜叉姫様の所有するそれだけでなく、お嬢様やソラス様など、それぞれが所有する——複数の撮影機を通して観戦する視聴者様を含めた、数多の観衆が見守る中にて……
「ああ、ちなみに……このドローンたちも観戦者の一種と見做されるから、攻撃したら自分がダメージを受けるんで、気をつけるようにね、大天使くん」
夜叉姫様のそんな一言を皮切りに——超越者をすら超える実力の両者がぶつかるという——世紀の一戦は、厳かに始まりを告げたのであった。
そう……始まった戦いは、一見すると派手さはなく、ともすれば——それこそ、映像越しには——迫力に欠けてすら見えるほどに、極めて静かなやり取りに終始していた。
しかし、すぐ近くで直に観戦している我々からすれば……まさに息を飲み、呼吸すら忘れるほどに魅入ってしまうような……それほどまでに凄まじい戦いなのだということは——中でも実力者である私や御剣姉妹のお二人はもちろん、食い入るように見つめているお嬢様や……まさに圧倒され、もはや惚けたように眺めているソラス様にいたるまで——誰もが理解するところだった。
魔眼の禁則による、速度制限——まさに、あれがあるからこそ、この圧巻なる戦いが実現しているのだ……
かの制限が無ければ——先ほど我々三人がしてやられていたように——どこまでも加速していき、相手の実力を遥かに超える速度にまで到達してしまえば、それだけで相手を圧倒できてしまうことになるが……
速度制限があることで、それも出来なくなり——その結果、何が起こるのか……その答えが、まさに今、眼前で繰り広げられている戦いなのである。
それはまさに、技術と技術のぶつかり合い……それも、このじいやなどは遠く及ばない、遥かなる高みにいる両者による——大槍と円盾による攻防は、もはや究極の芸術と言えるほどで、まさに天晴れの一言に尽きるものだった。
やっていることはただ、地に足をつけた両者が、お互いに槍を交差し打ち合うという——映像に残らないほど縦横無尽に激しく動き回っていた先の戦いに比べたら、あまりにも大人しいとばかりに——言葉にしてしまえば、ただそれだけの表現になってしまうが……それはひとえに、このじいやですら、目の前の光景を言葉にする術を持たないゆえのこと。
目の前で起こっていることがすべてであるはずなのに……何が起きているのか、そのすべてを理解することは叶わない。
ただ一つ、言えることは——お互いの体格差の関係上——上背でも武器の間合いでも有利であるはずの大天使が、先ほどから一方的に追い詰められているという、そのことだけ……
お互いに地に足をつけて、いかにも普通に戦っているように見えるのは——夜叉姫様の攻め手に一切の隙が無いゆえに、必死に打ち合う大天使が逃げようにも、まるで地面にその足を縫い付けられたかのように動きを封じられているからに他ならない。
速度制限があるとはいえ、魔功術は依然として使えるからには、横でも後ろでも、それこそ空中にでも、逃げようと思えばいくらでも逃げられるはずなのであるが……
——ちなみに、この天空城に至る透明な階段の途中から、例の【上昇負荷】の領域効果は無くなっているので、ここでは普通に飛んだり跳ねたりも可能だった。
しかしまるで——それこそ、【上昇負荷】の領域効果でもあるのかと疑うくらいに——地に足をつけたままに戦っているのは、そうする他にないほど、大天使が追い詰められているからでしかない。
「マジか、やしゃっち……常に〝先の先〟——そして、たまに〝後の先〟……しかし、相手に機先を制されることは、マヂで一度たりともにゃあぞ……うわあぁぁぁナンジャソレェっ、すっげぇすっげぇすっげぇ過ぎるぜよ!? ってばよぉ……!!!」
っ! なる、ほど……?!
言われてみれば、確かに……!?
——そうか……機先を制するとは、まさにこういうことなのか……
ずっと観ているうちに——鳳刃様の呟きという助言もあって——今、ようやく朧げながら解ってきた……
なるほど確かに、夜叉姫様は——大天使の動きを、すべて完全に読み切っているのだ。
その上で、常に相手の動き出しに先回りして攻撃していくからこそ、ああも一方的に大天使がしてやられる構図になっている——というわけか……。
それはまさに、武術が理想とするところにおける、ある種の極地なのであろう。
それをあの歳で、あそこまで完璧に実現してみせるとは……
——飛び抜けているのは、なにも能力だけではない、ということか。
彼女は、身につけた武術の理ですら、一流を超えた超一流……いやさ、もはやそれすら超えた、まさに達人ならぬ達神の域に届いている。
あるいは彼女は、使用することで特定の(武器の扱いなどの)術理を修められる『◯術の書』系の秘宝——この場合は、『槍術の書』か——その最上級たる〈神級〉を使用済みなのかもしれぬ……
まあ、仮にそうだとしても……それもまた実力か。
——かの『◯術の書』に類する秘宝は、運良く手に入れられたからと喜び勇んで使ってみたところで、本人の努力無しでは、もたらされた術理の神髄までは決して理解できぬというからにして。
いやさ、そもそもが——そういった秘宝を手に入れられること自体が、それだけ迷宮を深く潜れる実力の証明なのだから、いまさらであるな……。
さっきからことさらに、彼女の強さに理由を探してしまうのは——これはあるいは、彼女に遠く及ばぬ自らの不甲斐なさを誤魔化すためか……もしくは、圧倒的に歳下である彼女の強さに、何かしら納得できるだけの理由が欲しいからなのか……
いや、まあ——自分自身という例もあるからには——彼女の歳についても、本当のところは不明なのであるが……。
願わくば——(おそらくは)若者の才能を妬むような年寄りにだけは、なりたくないものですな……
などと、もはや哀愁めいた感想を覚えるほどに、その戦いに魅入っていたのは——しかしどうやら、そちらが少数派だったらしく……
〈アンチ太郎:カメラに映るようになったらなったで、今度は動きが地味過ぎるだろ……なんでそう、両極端しか出来ないんだ〉
〈やがてファンになる:いやこれ、速度制限……効きすぎでは?? 大天使がまったく動けてないじゃないですか!?〉
〈地上の視聴隊:なんでしょう、夜叉姫様が圧倒しているのは分かるのですが……こうして見ていると、夜叉姫様が強いというよりは、大天使があまり強くないように見えるような……?〉
〈流浪の探索者:……あ、どうやら——コメントするのも忘れて魅入ってたワイみたいなヤツのが少数派っぽいな? コレ〉
視界に映す文字列の——一部を除く——大部分は、夜叉姫様の戦いの凄さを、まるで解っていない素人の意見で埋め尽くされている様子だった。
——これにはさすがに、一言物申したくなりますな……
——あれは〝地味〟なのではなく、〝洗練〟されていると表現するべきですな……無駄な動作を極限まで削ぎ落としているからこそ、ああして最小限の動きで、もはや大天使すらを手玉に取ることができるのです。
————そもそも……次の瞬間に何が起こってもおかしくない、混迷極まる迷宮での戦闘における至上命題とは、いつ何時、何が起きても対応できるだけの余裕を常に持つために、あらゆる局面で「いかに消耗を抑えて効率良く目的を達成できるか」なのであり……その点からすれば、無駄な力を一切使わず、最小限の動きだけで相手を圧倒する今の夜叉姫様こそが、探索者の戦い方としては、最終的に目指すべき到達点であると言えるのですよ……
——まるで大天使のみが制限を受けているような物言いですが……お互いに等しく速度制限がかかっている以上、大天使を追い詰めているのは、夜叉姫様の実力以外の何物でもないのですよ……
——そう……大天使が弱いのではなく、ただただ夜叉姫様が強過ぎるだけなのですよ。
いっそ口に出して反論したくなるくらいには、視聴者様の無理解に落胆を覚えつつ……しかし同時に、それもしょうがないことだと、すでに納得している自分もいる。
いやむしろ、有象無象になど、解らなくて当然であろうと——そのようにすら思ってしまうくらいには……私はすでに、彼女に大いに魅入られてしまっているのだと、改めて確認できたようなものであるからには……もはや、それでいいとすら思う。
しかし……肝心のご本人様は、どうやら大層のこと、視聴者からの意見を気にしておられるようで——
「えー?! せっかく映るようにしたってのに、絵面が地味って……何さソレ〜!? そんなん言われても——ど、どーしよっかなぁ……」
そもそも、武の神髄を極めたかのように高度な戦いの最中にあっても、画面内の反応を読んでいるという事実だけでも、すでに驚きなのですが——
それに加えて、そこに書かれた内容を受けては、なにやら悩ましげに表情を変化させながらも、しかし大天使を追い詰める攻手には、いささかの陰りもないという、その余裕の現れについては……さすがに、少しばかり苦笑いも漏れてしまうというものですが。
「あーじゃあ、また一個ルールを追加するよ。
えっとねぇ……オホン——『〝これよりは、魔功術を使う際は、常に誰の目にも見えるようにして使うこと〟』……ってことで!
これを破ったら、『〝魔功術が使えなくなる〟』ようにするから……分かった?
——って、キミに言ってんだよ? 大天使くん……
もう今からルール追加しちゃうから——ほら、さっさと見えるようにして?
じゃないと……ただでさえ、今は他の能力が使えないってのに、残された魔功術——魔力操作すら、使えなくなっちゃうよ〜?」
『……ッチ』
『“魔功装色——白軽陽明”』
「え、いま舌打ちしなかった……? ま、まあいいや。——ちゃんとやってくれたし……
んじゃ、いくよ……!」
『“天使の瞳——断罪の魔眼”』
すると、変化は劇的だった。
それまでも、特にひた隠しにしていたわけではなかったとはいえ、さすがの技量の高さにより、どのように魔功術を運用しているのかは上手く掴ませなかった——大天使の身体を取り巻く魔力の流れが、まるで手に取るように解るようになる。
——さすがに、万人の目に映るように魔力を可視化せざるを得なくなっては、大天使といえども、もはや取り繕う余裕が無くなってしまったようですな……
そんな大天使が開示した——大河を彷彿とさせる壮大なる黄金闘気の奔流や、絶対零度を連想させるような金剛石の煌めきといった——魔力の運用にも、目を見張るものがあったが……
しかし、それより何より、一番に目を引いて、もはや目を離せなくなってしまったのは——
やはりというか——それまでは、その一切を秘匿していたところを、ここにきて初めて——自らも禁則に則り、詳らかに開示されることになった……夜叉姫様の総身を取り巻く魔力の、その神秘的なまでに美しい輝きだった。
——っ……!?!
——これは……これは一体、何なのだ?!
——単一の色に染まらぬ、玉虫色のような……あるいは、極彩色のような……明と暗、有と無、混沌と調和……すべてが混ざっているような、深淵なる魔力の渦の中に、まるで星屑のように光る粒子が内包されている様は……
——これはまさに……銀河!? 宇宙の神秘が、世界の理が……彼女の全身で表現されているとでも言うのかっ……!!
「っ……なん、じゃ、こりゃあ……?!?」
「や、やしゃっちが……コスモパワー? を、使っておる——!??」
「夜叉姫様……貴女、その身に宇宙を内包していらしたのね……」
「ほわぁぁ……やっさん、しゅごいぃ……」
「なんじゃなんじゃ……みんなして宇宙猫みたいな顔しておって草なのじゃ——あ、しまったっ、掲示板にコメントするつもりが、うっかりそのまま口に出してしもうた……」
……どうやら私は、何も解っていなかったようですね——
さっきまでの——魔力の働きを完全に秘していた状態の夜叉姫様などは、ほんの序の口……まさに、氷山の一角だったのですから。
表出している卓越した身体操作にばかり注意を払って、内に秘された魔力操作の極地を見逃すとは……なんという不覚の至り。
——体の動きに寸分の狂いもなく合わせる形で、魔力の色や流れを高速で的確に切り替えているからこその、あの極彩色の輝き……そしてそれゆえの、あの卓越した動きだったと……
いえ、もしや——魔力の可視化以降、途端に動きを鈍らせている大天使の様子から察するに——衆目に晒されずに秘されていた魔力の動きにまでは、今の今まで、例の禁則は効果を発揮していなかったのでは……?
——であれば……逆にいえば、今よりは魔力の動きにすら禁則が働くようになったので、より制限が厳しくなったということのはずですが……いえ、だからこその、あの神秘的な宇宙なのでしょうか……?
魔力の可視化以降、明らかに調子を落としている大天使を尻目に……夜叉姫様の動きには、いささかの鈍りも見られない——となると、やはりそうなのか……?
——見えるようになれども、決してすべては見通せない……であれば、あるいは今も、深淵に秘されたその内では、まったく想像もつかない効果が発揮されているのかもしれないのだとすれば……
——まったく……なんと素晴らしいことか!
いったい、どれほどの高みへと至っているのか……いよいよもって、まるで想像もつかないと言う他ないですな、この夜叉姫様という御方は——!
〈ニートの無職ん:なんかいきなり派手に光り出してて草〉
〈アンチ二号:絵面が地味って言われたからって、今度は目立つようにギラギラ光るようにするって……発想が小学生なんだけど?〉
〈アンチ太郎:そういう派手さは、今は別に求めてないんだが〉
〈やが灰のファンである:大天使と夜叉姫さんが、めっちゃ綺麗に光ってるぅ〜!?笑〉
〈地上の視聴隊:なんとも神秘的な光り方をなさりますのね、夜叉姫様……その深みのある美しさ、実に素晴らしいですわ〉
……だというのに、視聴者様方のこの反応ときたら……思わず溜め息が漏れてしまいそうです。
——特に、夜叉姫様の視聴者様については……なぜ夜叉姫様が彼らばかりを特別扱いに贔屓するのかが分からずに、理解に苦しむところなのですが……
いえ、このような深淵を、一視聴者が理解できると期待する方が、そもそもの間違いというものなのでしょう……
まあ、それでも一部は、解らずといえども何かを感じ取っているご様子ですから、すべてをひとまとめにするべきではないのかもしれませんが。
「いやいや、ただ光ってるだけじゃないんだけれどなぁ……まあいいや。だったら今度は——とっておきの仕掛けを披露しちゃうよ!」
なっ、とっておき——ですと!?
これ以上とは……一体なにが、どれほどの……?!
そうまで言われては、このじいや、さすがに期待を隠せませんな……!




