第19話 ⑥——「さらば美少年(ショタ)よ、永遠に……」
とっておきを披露すると言った夜叉姫様が何をするのかと、固唾を飲んで見守る姿勢でいたところ……彼女はおもむろに、背にある三対六枚の翼を大きく広げてみせる。
「せっかくだから、この翼も使っておくとしようかね……それっ! 喰らいなっ! 〝目隠しの術——羽根吹雪の舞〟〰〰!」
なにやら技名のようなものを口にしながら、夜叉姫様が三対六枚にもなる翼をその場で大きく羽ばたかせると——大量の羽根が盛大に辺りに舞い散ってゆき……すぐにそれは、視界を埋め尽くすほどの量になった。
『“魔功装色——黒重隠匿・〝隠魔〟”』
すると途端に、大量の羽根に視界を遮られた先にいるはずの夜叉姫様のお姿が、朧げにしか捉えられないようになってしまい……
——これは……ただの羽根による目眩しだけではないようですな……?
このじいやの目を持ってしても、もはや夜叉姫様の行方はようとして知れなくなってしまった……と、そう思った刹那——
『“魔功波動——魔功装色——|紫偽異幻《パープルフェイク・アブノーマルファンタズム》・〝幻魔〟”』
いつの間にやら、大天使の背後に回っていた夜叉姫様の姿が見えた——と、思った次の瞬間には……
即座に振り向いた大天使が振るった大槍が——まさに映像に残る限界の速度といえる早業にて——夜叉姫様の胸の中心を、しかと貫いていたのだった。
「っ! 夜叉姫様……!?」
「ウソっ!? やっさん……?!!」
〈ねっこ寝子:っ!? やっしゃん!! そんなっ……!!?〉
〈ニートの無職ん:んんっ?! おいメイン映像消えたぞ、どうなって——って、し、死んでる……?!〉
〈やが灰のファンである:——!!! あの夜叉姫さんが!!? まさかっ、やられ、たっ……??!〉
〈地上の視聴隊:おや、夜叉姫様の配信画面が、突然お亡くなりに——ってぇ?! 夜叉姫様自身も、お亡くなりにぃっ……!?!〉
衝撃の光景に叫び、狼狽する観戦者たちを尻目に……胸の中心をしかと貫かれていた夜叉姫様が、その時、おもむろに口を開いて——
「——ゥボワア」
謎に一言、何やら言葉を発した次の瞬間——
——その時、いくつものことが、まったく同時に起こった——
胸を貫かれていた夜叉姫様の姿が、唐突に消え去り——
代わりに現れた、槍に貫かれて破壊されてしまっている撮影機器が、即座に元に戻り——
大天使の頭上に浮いていた光輪が——まるで、見えない攻撃でも受けたかのように——突如として破壊され……
さらには、大天使の三対六枚の翼が、一瞬にして、すべて根元から切り落とされて……そのすぐ近くに——すでに槍を振り切った後のような姿勢の——夜叉姫様が、まるっきり無傷の姿で現れていたのだった。
『っくぅ……!!?』
「背中がガラ空きだよぉ、大天使くぅ〜ん」
『き、貴様……さっきのは偽物かっ! くっ、卑怯な手を……っ!』
「おいおい……戦いに卑怯もクソもないんだよなぁ。そんなことは、迷宮では常識でしょうよ」
『っ……っ!』
〈ねっこ寝子:やっしゃん! 無事だった! 良かったぁ……!〉
〈探索兵長:……あ、映像戻りましたね〉
〈浮世の社畜ん:何がなんだか分からん、この感じ……だけど、なんだか懐かしい、この感じ……笑〉
〈アンチ太郎:こいつ……もしかして、ドローンを囮にして、わざと攻撃させたのか? おいおい何だそれ、さっきから文句ばかり言われるからって、こっちが観ている映像に向かって攻撃させるなんて……視聴者に対する意趣返しのつもりか? だが残念ながら、大天使の一連の動きが普通に速すぎたから、攻撃されたと思う間もなく映像が途切れただけだったぞ〉
〈やがてファンになる:あの最強の夜叉姫さんが、まさかやられてしまったのかと思って、心底から驚愕していたら……なんか夜叉姫さんは無事で、なぜか大天使の光輪と翼が吹き飛んでいたんだ……な、何を言っているのか分からねぇと思うが、俺も何が起きたのか分からなかった……〉
〈地上の視聴隊:こ、これは——っ!? ……どういうことですの? だ、誰か! 解説をお願いしますの!〉
これはまた……なんという、高度な騙し討ちか——!
武術の到達点とすら呼ぶべき崇高なるお手前を披露し、対手を圧倒しながらも槍を打ち合い続ける中で……おもむろに大量の羽根をばら撒いて目眩しをした隙に、本人は隠密によってその場で姿を隠すと同時、撮影機器に己の幻影を被せて自身と偽り、それを相手の背後に回す……そして、それに反応した大天使が振り返りざまに幻影を攻撃したところで、禁則の効果により破壊された撮影機器が元に戻ると同時に、その影響は大天使へと返還され、大天使の光輪が砕ける……その衝撃に思わず大天使が硬直した刹那、その一瞬の隙をついて——後ろへと振り返ったことで、自らが動かずとも、まさに自動的に目の前に無防備な形で晒されることになった——大天使の背にある翼をすべて、〝金剛不壊〟に守られていない根元からばっさりと、目にも止まらぬ早業にて切り落としてしまったのである。
破壊してはいけない撮影機を、そうと悟らせずに生贄にし、まんまと相手に攻撃させるという手腕にも唸らされるが……それよりなにより、このじいやが最も感服させられたのは——「映像に映る速度で動かなければならない」という、禁則による速度制限を、「自分自身を映像に映らない状態に置くことにより——禁則の条件に当てはまらない状況にして無効化してしまう」という……その発想の柔軟さであった。
——そう……実のところ、あの速度制限の禁則は、その者が映像に映っている「まさにその時、その状態」でしか適応されない、ということらしいのだ。
——逆に言えば、映像に映らない場所にいる場合や、そもそも姿を消して映像に映らないようにしている場合は、禁則による縛りを受けることもないのである。
これに関しては、まさに盲点だったという他ない。
それはあるいは、そもそも彼女自身が禁則を制定したから——言外にある〝あやふやな条件〟の、そのすべてを熟知している有利がある——という部分もあるのかもしれないが……
とはいえ、戦場に敷かれた禁則に唯々諾々と従うのではなく、むしろそれを逆手に取り、相手の意表を突いたからこそ、あれだけの戦果を軽々と打ち出してみせることが出来たのであろうことは間違いない。
あの大天使すらを容易く御してしまう禁則は——天に太陽が昇り、万物は上から下に落ちるというくらいに——もはや、絶対の法則であると……
知らず知らずのうちに、そのように思いこんでいた身からすると……まさに、目から鱗が落ちるような衝撃であった。
——探索者とは、法則を熟知した上で、時にはその法則を無視するなり、無理やり破ることを躊躇わぬ者である……そんな基本的なことを、改めて意識させられますな。
彼女の披露してくださった、見事なまでに鮮やかなる手並みを拝見いたしましては……不肖、この黒鬼——僭越ながら、思い出したる次第にてこざいます。
それすなわち……
我が得手は、決して正面戦闘にあらず——むしろ、その逆——闇に潜み、策を弄し、背後から襲いかかるような……暗殺・卑怯・奇襲と、三拍子揃ったなんでもごされな闇の仕事人。
まさにそれこそが、自身の本分なのであると。
〈ニートの無職ん:まーたいつもの悪い癖が出たな……観ているこっちにはまったく何が起きてんのか分からない間に、気づけば敵がボロボロになってるというアレがw〉
〈アンチ太郎:やり口も卑怯なら、相変わらず見せ方もお粗末だな。もっと分かりやすくしろと、何度言えば分かるのか〉
〈アンチ二号:やられちゃったのかと一瞬だけ思って、ほんの少しだけ心配して損したわ、マジで……!〉
「んも〜、地味だって言うから趣向を凝らしてみれば、今度は『何が起きているのか分からない』と、こうきたもんだよ……はぁ、魅せプレイの道とは、かくも険しいものなのか——
……ちょっと、すぐには改善案とか思いつかないから、バトンタッチしちゃおうかな……
というわけで——三人とも、もう平気かな? 準備はオーケー?」
「まかせろり!」
「オッケー、いけるよん!」
「いつでも——夜叉姫様」
ゆえにこそ、夜叉姫様と入れ替わりに、いざ再戦とあいなった、大天使との雪辱戦では——配信映えなど知らぬとばかりに、己の本分である暗殺者の流儀を前面に押し出して挑んでゆく所存にてございます……!
『“魔功装色——黒重隠匿・〝隠魔〟”』
御剣姉妹のお二人が大天使を正面から受け持ってくださるお陰で、こちらは随分と動きやすいものですな——
——厄介な翼がすでに無いことも、自身を除いたお二人のみで大天使と拮抗できている大きな要因と言えるのでしょう。
それこそ、肝心の大天使めは、姿を消して隠密に徹するこちらに気を回す余裕も無いようで……すでに完全に、自身は彼奴の捕捉から外れている様子。
——それもこれも、夜叉姫様が道を示し、我が本分を思い出させてくださればこそ……ですな。
いやはや……それに関しては、この歳になってなおまだまだ未熟と思うか、いまなお成長の余地があると思うか——まあ、ここは後者と思っておきましょうぞ。
映像に映らない類いの隠密を成せれば——自身に課せられた速度制限の軛は解かれることになり——それはそのまま、制限を受けている今の大天使よりも、高速で動けるようになることを意味する。
——まあ、それもこれも……こちらの意向で操作できる撮影機を無数に放ち、自身の視点から撮影できる照面鏡まで装備して、と……自ら撮影する側であるこちらと、あくまでも撮影される側でしかない大天使という、圧倒的にこちらが有利な状況あってのことですがな……
——事実、この戦闘が始まってからこっち、大天使が撮影されていない瞬間など一瞬たりとも存在していないので、相手は常に禁則の縛りを受け続けているのですから……
——こちらだけが一方的に有利になるようにと……そこまで見越して、かの禁則を決めていたのだとしたら、やはり夜叉姫様は抜け目のない御方であるということで、ますます感服させられますな……!
完全に姿を消し、禁則による速度制限から解放された今の自身にとっては、映像に映る程度の速度しか出せない大天使の背後に回り込むことも容易く——
『っ——!? ぐ、ふぅ……!』
その時、突如として動きが止まった大天使の——その隙を、彼女たちが見逃すはずもなく……
私に背後からひと突きされ、胸の中心から刃が飛び出している大天使に畳み掛ける御剣姉妹の鮮やかな一刀により、次の瞬間には、大天使の両足と片腕が切り飛ばされていたのだった。
しかし、それでも大天使は力尽きることなく、残った右腕に握る大槍を振り回して姉妹を遠ざける。
——ぐっ……片腕両足を失ってもなお、これだけ動きますか……っ!
——これでは、生半可なやり方では押さえつけられそうにないですな……であれば、仕方がない。
魔物とは、高位になればなるほど生命力も高くなるもの。いわんや、この大天使ほどになれば、この程度ではまだまだ致命傷にはなり得ない。
となれば……倒し方にも、相応の手段が必要になるということで。
「光刃様、止めはお任せいたします! 私がこのまま抑えますので——私諸共で構いません、〝合言葉〟にて力を解放した後、決め技にて始末をつけてくだされ!」
「っ! 了解! やったります!」
「鳳刃様には援護を願います!」
「うおっしゃぁ! まかせろり!」
大天使の背後からは、私が二刀を突き刺し移動を封じ……正面では、鳳刃様が果敢に打ち込み、大天使を受けに専念させる——
さらにその後ろでは、光刃様が自身の武器である〈魔光剣 至光帝〉を構えて、機会を窺う……
「さすがに、片手には勝てるぞな……っとぉ——そおい!」
『っ、ぐうぅ——!!』
「ついでに——こっちもじゃ!」
『ぐあぁっ!!』
鳳刃様が残る右腕を切り飛ばし、さらには返す刀で大天使の頭部にも斬りかかり——そのまま、危険な魔眼の力を宿す、その両眼を一閃する。
『くっ、もはやこれまでか……かくなる上は——』
「今だ! いくよ、二人とも! ——〝制限解除〟!!」
『「「——!」」』
光刃様が〝合言葉〟を口にした瞬間——すべての禁則が解除され——封じられていた己の天恵の力が復活したことを理解する。
——念のための安全装置として、夜叉姫様には(先日も使っていた)この〝合言葉〟にまつわる禁則を、戦闘前の話し合いの際に、すでに使ってもらっていたのであるが……それを今、切り札として開帳した。
——夜叉姫様曰く、この〝合言葉〟による効果は、言った本人のみならず、文字通り〝すべての禁則〟に働くという話だったので……案の定、これまでに使われたすべての禁則が消えたことになる。
——そう……この〝すべて〟とは、夜叉姫様によって敷かれた禁則のみならず、大天使による禁則も、すべてが消えるのである。
——天恵を封じられていてなお、今の今までこの〝合言葉〟を使っていなかったのは……これを使えば、夜叉姫様が大天使の能力を封じた禁則も消えてしまうからであり……大天使の能力と天恵を天秤にかければ、どちらも封じられていた方が、まだしも勝負になるという判断だったからに他ならない。
——しかし今の大天使からは、もはや能力を宿す光輪も翼も瞳も……あまつさえ四肢すらも、そのことごとくが失われている。
——ゆえに、まさに今こそは、すべての禁則を解き、天恵の力を取り戻す好機なのである。
「じいやさーんっ、マジでやっちゃうからね?!」
「ええ、お構いなく!」
「んじゃ、いっくよぉ〜! 喰らえ、必殺奥義! 〝滅波動光帝剣〟〜!!」
大々的に技名を叫んだ光刃様が、構える光剣を前方に突き出すと——そこから極大の光の波動が迸り……
バギュュュュュゥゥゥゥゥゥゥゥンンンンンッッッッッ——!!!!!
その極光の奔流が飲み込んだ後には——城の床も、壁も、大天使も……大天使の動きを封じていた自身も——直線上にあった、何もかもが完全に消え去っていた。
〈ツッコミ番長:ウソやん!? マジでやりやがった?!?〉
〈ニートの無職ん:これにて、大天使、堕つ……そして、同時にショタじいやも、乙!?〉
〈やが灰のファンである:ショタじいやが大天使と共に逝ったぁぁぁぁぁぁぁ!!!??!〉
〈地上の視聴隊:鳳刃様は巻き込まれないように退避されましたけれど……しかし、しかしショタじいやは!!?!〉
ついに強敵との決着がついたというのに、盛り上がるというよりも、視聴者様方は困惑しているご様子……
——さすがに、この状況では……このまま姿を消して、裏方に戻るというわけにもいきませんか。どうやら今一度、姿を現す必要がありそうですな。あのまま死んだと誤解されても困りますし。
大天使と戦う前の時点で、すでに分体を作成していたので、天恵が復活していた以上は、大天使と共に本体が消し去られても、こうして復活できるというわけですが……まあ、みなまで言う必要はありますまい。
神楽お嬢様の傍らに、隠密を解くことでぬるっと現れて——視聴者様に無事を報せると同時に——我が主人に勝利を報告いたしましょう。
「——申し訳ありません、お嬢様。なんとも不恰好な決着とあいなってしまいましたが……どうにか勝利いたしました」
「……まったく、心臓に悪いですわよ、じいや。——おや、姿も元(?)に戻したんですの? 別に、もうしばらくは、美少年でいてくれてもよろしくってよ」
「またまた、ご冗談を……」
〈ツッコミ番長:ってぇ?! じいや生きとったんかい!?笑〉
〈やがてファンになる:しれっとじいや生きてて草ァ! でもこれで全員無事に大天使撃破ですね! おめでとうございます!〉
〈地上の視聴隊:っ——?! じいやがショタじいやから元のじいやに戻ってますわ!? でもとにかく、じいやが無事でよかったんですの!! 本当に無事に終わって安心いたしましたわぁ!!〉
私の出現により、誰も欠けることなく大天使戦を終えたと理解した視聴者様方が、途端にわっと大盛り上がりを見せ始めたところで……
私の初配信戦となった一幕は、大反響のうちに幕を閉じたのでした。




