第19話 ⑦——「天上院の名にかけて……!」
もはや比喩ではなく、まさに(分身が)死ぬほど過酷な戦いであった、大天使戦を無事に終えたところで……
難敵に勝利した褒美とばかりに、それまでは存在しなかった扉が複数、〝天守の間〟に出現したので……我々は、まず真っ先に回復魔法陣が置いてある部屋へと入り、強敵相手に疲弊した身体を回復させていく。
——ふぅ……これにて一応は、最低限の力は戻りましたな。
——分身のお陰で復活できたとはいえ、大天使を抑えるために、持てる力のほぼすべてを消滅した方の体に注ぎ込んでおりましたからな……分身のこちらに残されていた力では、大幅な弱体化もいいところでしたから、あのままでは、お嬢様の護衛にも支障をきたすところでした。
——まあ、そうは言っても、我が〝固有武器〟たる双剣は消滅してしまいましたから、それでも万全の状態とは言い難いのですが……
——とはいえ、手元にはさすがに無いとはいえ、〝固有武器〟を作成するための秘宝には予備がありますし……固有武器の他にも装備は色々とありますから、そこまで問題無いといえばそうなのですがな。
そうして、激戦による疲労をすっかり回復させたところで……お次にやってきたのは——どうやら〝最奥の間〟と呼ばれているらしい——大天使戦の報酬が用意されている、お宝部屋なのだった。
「さて……いよいよ、ここまで到達できたね。そう……何を隠そう、実はこの場所こそが、今日の一番の目的だったんだよねぇ。それこそ、大天使戦なんて——ぶっちゃけ、ただの前座だったんだよね、言っちゃなんだけど」
〈ニートの無職ん:ショタじいやが犠牲になるほどの苛烈な戦いを、ただの前座扱いするのはさすがに草〉
〈やがてファンになる:さすが夜叉姫さん……相変わらず情緒とか、人の心が欠けていらっしゃる笑〉
〈地上の視聴隊:あれは……宝箱、ですの? ということは——ま、またですの?! また例のリセマラをなさるおつもりで……!?笑〉
部屋の中央に堂々たる風格で鎮座していたのは、何やら他では見たことのない特殊な見た目の宝箱で……
「いやいや……今回はリセマラは必要ないんだよ。それというのも、この宝箱は、かなり特殊な宝箱でね……リセマラとかしなくても、欲しいアイテムを確定で出せる機能がある特別性の宝箱なんだからね!」
——な、なんですと……!?
——そんな宝箱があるとは……このじいやをして初耳ですな?!
——しかし、あのように特殊な宝箱は、いまだかつて見たことがないのも事実。加えて、ここに至るまでに倒す必要があった大天使の……あの理不尽なまでの強さを思い、それに見合う報酬と考えれば……あながち、あり得ないとは言えませぬな。
——それに、何より……他でもない、夜叉姫様がそう仰るのでしたら……このじいや、もはや疑うものではありませぬ。
夜叉姫様の言葉を受けては——視聴者の皆様からは、驚きや疑いの声が次々に出てきているご様子でしたが……そのような意見など、どこ吹く風と夜叉姫様は説明を続けていく。
「まあ、なんでも無制限に出せるってワケじゃないんだけれどね。というかむしろ、欲しいアイテムに見合うだけの対価を代償として支払うことで、好きなアイテムを確定排出できるって感じだから……えっとね、つまりは————」
それからも、夜叉姫様の語る説明を聞いていくと……どうやら、こういうことのようだった。
あの宝箱は、使用者が望む秘宝をなんでも出せる機能があるが、その機能を使うには、望む秘宝に見合うだけの対価として、なにがしかを先に差し出す必要があるのだと。
それは——魔石だったり、武器などの装備だったり、あるいは何かの道具だったりと、種類は特に問わないらしいが……望む秘宝と同格でも、基本的には複数の対価を支払うことで、ようやく機能を解放できるらしい。
——ふむ……つまりは、等級が高くとも不用な戦果を(複数)対価として支払うことで、必要とする秘宝を(一つ)得られる宝箱……ということなのでしょうか。
たとえ対価が必要なのだとしても、なかなかに破格の機能だと言えますが——だとしても、一つだけ、大きな制約がある気が致しますな……
——欲しい秘宝はなんでも出せるとはいえ……さすがに、迷宮から出る秘宝として、そもそも元から存在していないようなものは出せないという話ですので……どのような秘宝が存在しているのかという、その知識が豊富でなければならず、結局は、既知既存の秘宝しか出せない、という制約があることになるはずですが……
しかし、相手は夜叉姫様ですからな……我々がまったく知らない秘宝を出してきても、もはや不思議ではないでしょうな。
事実、夜叉姫様が——対価として何やら、ご自身の懐からいくつかの代償を差し出してから——宝箱の機能を解放し、いよいよ取り出して見せた秘宝は……案の定というか、まったく聞いたことのないものでした。
「じゃじゃーん! この魔鏡の名は、『蓬莱神仙鏡』——だよ!
こいつはねぇ……このままでも、鏡系の魔道具としては最上級の能力を秘めているんだけれど……今回はこれを、とあるアイテムと合成しようと思っているんだよねぇ。
そのアイテムこそが……なんと! まさかの! 〝照面鏡〟なんだよねっ!
なんで照面鏡と合体させるのかっていうのは……えー……っとね——あの、お嬢様くん、説明してもらえる?」
「ええ、お任せあれ、ですわ」
夜叉姫様から話を振られたお嬢様が、視聴者様方に向けて、丁寧にご説明なさるのを聞きながら……私も、事前に聞いていた話を思い浮かべます————
今回の合同配信が始まる、実はその前から——それこそ、夜叉姫様の日白陽菜様とお話しをしていた段階で——この件については、すでに触れられていた。
使役師の制限である「地上に使役獣を連れ出せない問題」を、解決できるかもしれない方法があると……
その鍵となるのが、他でもない、件の魔鏡が持つ能力なのだという話であり……
その魔鏡が持つ能力こそが、「鏡の中(にある別世界)に入る」という能力なのだという。
この能力を使えば、使役獣を鏡の中に入れて移動できる。
そもそも、使役獣を地上に出してはいけないのは——召喚獣と違い、そのまま連れ出すしかない使役獣を地上に連れ出せば、魔物を恐れる一般大衆への迷惑となるからであり……逆に言えば、人目に触れることがなければ、使役獣を迷宮から連れ出してはいけない理由も無くなる。
——とはいえ……今までは、使役獣を人目に触れないように匿えるような手段が何も無かったので、世の使役師たちは、この制限にいたく苦労していたのですが……
——ある程度は広く普及している魔法の鞄を含む、収納系の魔道具には、基本的に「生物は入れられない」という制約があり……これまでは、使役獣を入れられるような収納具は見つかっていなかった。
——使役獣を収容できる魔道具の存在は、すべての使役師が待ち望んでいたものなのである。
しかし、それでもなお……実のところ、まだ足りない。
使役獣を迷宮から〝連れ出せる〟のと、地上で使役獣を〝連れ歩ける〟ようにするのとでは……まだまだ天地の隔たりがある。
——それこそ、我らが神楽お嬢様の場合は、迷宮から迷宮へ移動する際には、使役獣たちを〝快優邸〟に入れて移動することで、なんとか許可を得ているのであるが……それでもやはり、地上では一切、使役獣を馬車の外に出してはいけないことになっている。
————まあ……快優邸は、収納具というより「内部空間が拡張された(小型の)お屋敷」の類いであり、人間も使役獣も出入りできるという、これまた希少な魔道具である以上は、あまり引き合いに出すのは相応しくないのであるが……
そういう意味では、我らが神楽お嬢様をして、地上で使役獣を自由に〝連れ歩く〟ことは、今の今まで不可能だったのである。
しかし……しかしである。
このたび、夜叉姫様は——なんと、その不可能を可能にしてみせたのだという。
確かに、件の魔鏡があれば——人目に触れないように異空間に収容しておけるので——使役獣たちを迷宮から連れ出せるが……
しかし、かの魔鏡があってもなお、使役獣たちを地上で連れ歩くことは不可能であった……はずだった。
——いや、厳密に言えば、隠密の魔法なりを使えば、人目に触れず連れ歩くこと自体は可能だ。とはいえ、結局はそれも、人目を気にしてこそこそと隠れているだけである以上は、根本的な解決にはなりえない。
そう……夜叉姫様が目指すのは、地上で人目に触れるよう堂々と使役獣を連れ歩いても問題ないようにすることなのであり……それを可能にする〝秘策〟こそが、この魔鏡と照面鏡を合成することで実現するのだという。
——ちなみに、この〝秘策〟を思いついたのは、夜叉姫様本人ではなく、日白陽菜様なのだということだった。
この話を聞いた時は……よくもまあ、こんな奇天烈な方法を思いついたものだと——いたく感心させられたのを覚えている。
実のところ、魔鏡と照面鏡を組み合わせて利用する革新的な方法については——この三週目の配信が始まる前々から、すでに形になってはいたらしい。
それでも……今回こうして、我らが神楽お嬢様と引き合わされるまで、実際に着手していなかったのは……事ここに至ってもなお、いまだ最後の——そして、最大の関門たる〝法律の壁〟が、立ちはだかっていたからだった。
——私から見ても、この〝秘策〟は、他者へ配慮した素晴らしき方法だと思うところですが……しかし、それを判断するのは個人にあらず。国であり政府なのです。
であるからこそ夜叉姫様は、我らが神楽お嬢様と邂逅されたこの機会にようやく、実行へと踏み切ったのである。
それはひとえに、神楽お嬢様を——ひいては天上院財閥を介して、政府に働きかけてもらうことを期待したからだった。
なにせ、いかに安全な方法を確立したとて、それが正式かつ公式に認められなければ、大手を振って地上で使うことはできない。
しかし、事が法律に関係する部分とあっては……一介の探索者などには、もはやどうしようもないのが現実。
そう……一介の探索者なら。
天上院財閥を後ろ盾につけ、自らも使役師を擁するお嬢様が味方についたのならば……話は変わってくる。
「……本当によろしいんですの、夜叉姫様? 私の分まで、件の魔鏡を用立ててくださるばかりか、照面鏡との融合までしていただけるだなんて……」
「もちろんだよ。だってお嬢様くんには、当事者として政府にコイツの〝使用許可〟を取ってもらうつもりなんだし……だからこれは、いわば先行投資というか、まあ、前払いみたいなものだからね」
「そういうことでしたら……お任せくださいな! 私、持てるすべての力を存分に行使して、迅速に正式な〝使用許可〟を取り付けてみせますわっ!」
とまあ、そういうことになったのだった。
——お嬢様がやると言ったからには、確実に〝やる〟でしょうな……。
——それこそ、使役師に対する法律による制限については、お嬢様自身も常日頃からどうにかしたいと考えておいでだったのですから。
とはいえさすがに、宝箱から魔鏡を出すための代償までもを、夜叉姫様にすべて出させるわけにはいかないということになり……先ほど倒したばかりの大天使の魔石や素材を、ここで代償として使ってしまうことになった。
——大天使を倒せたのは、夜叉姫様と御剣姉妹の活躍が大きいので、戦果の分配としては、むしろそちらに譲るのが筋なのですが……御剣姉妹(の光刃様)は、最後に私を大天使もろとも消滅させてしまったことを引き合いに出して、お詫びの代わりに戦果は譲るとの旨を表明していただき……夜叉姫様は、元より戦果には手をつけるつもりはないとのことで、有り難く頂戴することになった。
そうして、宝箱から魔鏡を二つ排出させたところで、続いて夜叉姫様が、ソラス様とお嬢様の照面鏡に、それぞれの魔鏡をこの場で(以前の配信でも使っていた錬成釜を使って)合成したところで……
——ちなみに、この特殊な宝箱は、大天使を倒したものが一人につき一度までしか使えないとのことだったので、ソラス様の分の魔鏡は夜叉姫様が出し、お嬢様の分の魔鏡は私が出すことになった。
いよいよ用は済んだので、我々はこの〝天空城〟を後にしたのだった。
天空城を出た我々は、そのまま一気に空を飛んで——この〈第二区・浮遊列島〉を踏破した。
——この区画で最も高い場所にある〝天空城〟から飛んだならば、【上昇負荷】もなんのその……
ソラス様こそ大入道雲様に乗っていたが、他の面々などは自力での飛行が可能なため——その際の絵面は、もはや単身遊覧飛行そのものであり……これには視聴者様方も、大変に盛り上がっている様子だった。
。
。
。
「いやー、昨日に引き続いて、今日も最後は盛大にすっ飛ばしちゃったけれど——色々な意味で。とはいえ、盛り上がったから終わり良ければすべてヨシ! だね。
ああ、それと……『御剣姉妹(仮)』と『天上の神楽隊』は、今日の配信でお別れってことになるからね——
——最後の〈第三区〉については、明日からボクとソラだけでやっていくつもりだから。
さて……改めて、姉妹の二人とお嬢様くんたちには感謝の言葉を送らせてもらうよ……本当に、ありがとうね。
お陰様で、ソラの育成も極めて順調に進めることが出来たし……キミたちがゲスト参加してくれたこと——今では本当に、良かったなって思ってるんだ」
「いや〜、こちらこそ、初配信なのにめっちゃ楽しかったし、このメンバーで潜れてマジで良かったよ〜! また誘ってね! ってか誘うわ、こっちから!」
「んだんだ! また潜ろ!」
「夜叉姫様……お礼の言うのは私の方ですわ。
本当に……この度は、貴重な体験をさせていただき、あまつさえ、最高の贈り物までしていただいて、感謝の念に堪えませんわ。誠にありがとう存じます。
いいえ——やはり、これだけ良くしていただいたというのに……もはや言葉でお礼を言うだけではいけませんわね。
夜叉姫様……何か、私に出来ることはありませんでしょうか? この私に出来ることなら、出来る限りにおいて、何でもさせていただきますわよ……?」
〈ニートの無職ん:お嬢の〝何でも〟とか……マジで何でも出来そうで草〉
〈やがて灰になる:ううぅ……皆さん、本当に、本当にありがとうございますぅ……!!!!〉
〈やがてファンになる:ん? ん? いま何でもって——あ、いえ、何でも無いです冗談ですから……笑〉
〈やが灰のファンである:おそらくは感動やら恐縮やらで感極まってるソラちゃんが、夜叉姫さんの後ろで縮こまりつつも、言葉にならない気持ちをやが灰としてコメントしてて草〉
〈地上の視聴隊:我らが神楽お嬢様にかかれば、世界の半分——いえ、さすがにそれは……ですが、四分の一くらいなら、あるいは……?笑〉
「えー、そう言ってもらえるのは嬉しいけれど……いきなり言われても、ちょっと思いつかないかもなぁ〜」
「もちろん、無理にとは言いませんけれども……とはいえ、そもそも夜叉姫様なら、欲しいものは何でも自分で手に入れることが出来そうですものね」
「いやぁ、そうでもないけれどね……それこそ、政府との交渉なんて、ボクには絶対無理だし……」
「なるほど……でしたら、そういう方面でやってほしいことでも、構いませんでしてよ?」
「んー、そうねぇ……」
〈暇人預言者X:夜叉姫よ、〝ライブチケット〟と言うのだ……〉
「……ん? ライブチケット?」
「〝ライブチケット〟ですの? ……なるほど! そういえば、夜叉姫様は彼女——『キミヲ・ハコブネ』様のファンだという話でしたわね。言われてみれば……彼女の大箱公演が、近くに行われる予定でしたわね。そういうことなら——合点承知いたしましたわ! 天上院の名にかけて、今からでも——他所様にはご迷惑をかけないようにしつつ——確実に公演切符を手に入れてみせますわ!」
「あ、え? いや、その——」
〈ラブ夜叉姫@好き好き大好き♡ズッキュン♡キュン♡:え、キミヲちゃんのライブ?! いいな、いいな! 私も行きたいな〜!!(チラッ、チラッ)〉
〈やがて灰になる:え、キミヲちゃんのライブ?! ……私も行きたい(ボソッ)〉
〈アンチ二号:えー羨ましい! キミヲちゃんのライブとか、倍率ヤバいから選ばれし者しかいけないのに……持つべき者は金持ちの友達ってコトなの!?〉
「……あ、じゃあそれで、やってもらおうかな。——その、友達の分とかも、頼んでもいいのかな? それって」
「ええ、ええ、もちろんですわ! 万事まるっと、私にお任せくださいな、夜叉姫様!」
なんて一幕が、最後にありつつも……
お嬢様にとってもおそらくは初めてとなる、他の配信探索者との本格的な合同探索配信は——これにて閉幕とあいなったのでした。




