第18話 ⑧——「神楽お嬢様の、お優雅な激励講義」
お嬢様が手を叩いて、紳執事に持って来させたのは……キャスター付きのホワイトボードだった。
「ソラ様の実力を表す〝三つの柱〟とは……つまりは、これらのことですわ」
そう言ったお嬢様が自ら——とても読みやすく綺麗な字で——ペンを走らせてサラサラと書きつつも説明してくれたのは、こんな話だった。
まずもって、さっきからお嬢様が言っている〝三つの柱〟というのは……私の実力を大きく三つの分野に分けた場合の、それぞれの主題のことであり、それは次の三つだった。
まずは、「使役師としての実力——すなわち、【使役】の熟練度」
次に、「自分自身の純粋な実力——すなわち、私個人の単独戦闘能力」
最後に、「指揮官としての実力——すなわち、チームを率いる長としての成熟度」
このうち、最初と最後の〝二つの柱〟については……お嬢様曰く、私はすでに——中級探索者としては——かなり高い水準にあるとのこと……らしいのだけれど。
「あ、あの……すみません、お嬢様——一つ目の、『テイマーとしての実力』の方はまだしも……最後の『リーダーとしての実力』については、お嬢様に褒められるほどのものがあるとは……自分では、そうは思えないのですが……」
「それは……先ほどの戦いで、自分一人だけが狼の攻撃を受けてしまったから——それを気にしてのことですの?」
「そう、ですね……おっしゃる通りです。あの一件だけを取っても、私の指揮官としての評価は、落第もいいところなのではないですか……?」
「ふむ……そうは言いますが——結果的には、皆が無事に切り抜けられて、すべての狼を倒せていたではありませんの」
「それは、そうですが……」
「完璧を目指すのはいいことですが、一つの失敗を気にしすぎるのは、良くない傾向ですわよ。失敗はむしろ、成長の糧になる——と、それくらいの気構えでいればよろしいのですわ」
「お嬢様……! そうですね、私はまず、メンタル面からどうにかする必要があるみたいです……」
「確かに、精神力の強さは、探索者にとって最も重要な素養の一つですわ。肉体や魔力同様、精神も鍛えれば相応に強くなりますから……その意気ですわよ」
「は、はいっ!」
お嬢様からの激励の言葉……これ以上ない効き目を感じる——!
それこそ、このお嬢様こそ、精神力では他の追随を許さない傑物なのだ……説得力が違う。
私も……なれるのだろうか、この人みたいに。
「その、神楽お嬢様……どうやったら、お嬢様みたいに強い精神力を持って、的確な判断を下せるリーダーになれるんでしょうか? お嬢様は、一体どうやって、今の自分を培われたのですか」
「ふむ……そうですわね。では、せっかくなので少しだけ、私の持論を語らせていただいてもよろしいかしら」
「も、もちろんです! お願いします!」
お嬢様は、コホンと一つ軽い咳払いをすると、真っ直ぐに私を見て語り始める。
「仲間の命を預かる選択を、たった一人で決断せねばならない重責を担う指揮官には、強い精神力が求められるのは確かですわ。
それは逆に言えば、指揮官としての実力を高めていけば、自然と強い精神力が身につくという意味でもありますの。
ですから、ここは一つ——私が普段から実践している指揮官としての心構えを、ソラ様にもお伝えしておきますわね。
では、まず……指揮官をする上で最も重要な能力といえば——ソラ様、なんだか解りまして?」
「…………判断力、ですかね? ——常に冷静かつ、迅速に、的確な判断を下せる……」
「さすが、ですわね。ソラ様。その通りですわ。
指揮官の最も重要な仕事は、最適な判断を下して仲間を主導すること。そのために一番必要なのが、迅速かつ的確な判断を下す力——まさにそうですわ。
ではその、〝迅速かつ的確な判断力〟というのは、どうやったら身につくのか……これに関しては、残念ながら、近道というものはありませんわ。結局のところ、特定の事柄に対する判断力を鍛えようと思ったら、実際に、そのための経験を積むしかないんですのよ。
——そう……様々な状況に対峙して、自分で考えて判断する、という経験を……。
ここで重要なのは、失敗の経験からこそ、より多くの学びがある——という知見ですわ。なので、失敗を恐れずに、むしろ果敢に挑戦するべきなんですの。
ただし——気をつけなければならないのは……事が迷宮探索となった場合、一つの失敗が、そのまま死に繋がる危険がある……という現実ですわ。
そこで、何よりも重要になるのが——失敗しても、死なずに次の挑戦へと繋げられることであり……そのために最も大切なのが、事前の〝備え〟ですのよ。
知識を、物資を、そして何より——実力を備えること。
——挑む迷宮について、事前に徹底的に情報を調べ上げる……装備を点検・修理・新調し、消耗品を取り揃え、万が一の予備まで含めて万全に準備する……次なる階層に見合う実力を培うまで、一つ前の階層で、ひたすらに探索・反省・改善・鍛錬を繰り返すこと……。
そうやって、できうる限りの備えをしたならば、あとは挑戦するだけですわ。成功する確率を、限界まで引き上げるための準備……それを、いつでも決して怠らないこと。
それでも——時には、いくら備えたとしても、失敗することもあるでしょう。それこそ、備える時点で失敗してしまえば、その後の挑戦も、やはり失敗してしまう……なんてことだってありますわ。
しかし、それすらもまた経験であり、そこからまた、次なる成長に繋がるのですわ。
失敗は終わりではありません、そこが新たな始まりなんですわ……もちろん、死ななければ——の話ですけれど。
そう……できうる限り備えるということは、これ以上ないほど慎重に取り組むということなのですから……無理をしてはいけません。それは一番やってはいけないことですわ。
どこまでも堅実に、しかし、決して歩みを止めることなく……ひたすらに上を目指していく——
……結局は、そうした確かな積み重ねの先にしか、成長は無いのですわ」
「————っ……!」
お嬢様の言葉を、胸の内で反芻していく……
正直に言えば……別段、特別なことは言っていないように感じる。むしろ、至極当たり前のことを言っているように思う。
しかしそれは……特別ではない、当たり前のことを積み重ねることが、それだけ大切だということでもある。
それを……他でもない——私からすれば、これ以上ないほど特別に見える——お嬢様の口から言われるからこそ……そこに、言葉の〝重み〟がある。
——何を言うかより、誰が言うか……それを、これほど実感する体験もない……神楽お嬢様が言えば、すべてが格言に聞こえる。
結局は、この特別感満載のお嬢様ですらも……そうやって、特別ではない〝当たり前〟をひたすらに積み重ねることでしか、あれだけの高みに上り詰めることは出来ないのだと——そう、信じられるから。
……もしかしたら、このお嬢様なら、特別な何かを言ってくれるのではないかと——そんな期待をしていた自分が、ひたすらに恥ずかしい……っ。
でも、怪我の功名じゃないけれど、そのおかげで……大事なことを、改めて胸に刻むことができた。
ダンジョン探索に——いやさ、何事にも……近道なんてない。
ただひたすらに、必死に、愚直に、一つ一つを積み重ねることだけが、成長するための唯一の方法なんだ……!
なんだ……そうか、そうだったのか。
だって、それは……私がこれまでにもやってきたことじゃないか。
テイマーとして強くなるために、今日これまで、ひたすらに【使役】の能力を鍛えてきた。
ソロで活動すると決意したあの日から、私はたった一人で、リーダーとしてすべての判断を自分で下してきた。
その私の、これまでの軌跡を……お嬢様が認めてくれた。
——私の、〝二つの柱〟……
自信を、持っていいんだ。
私はテイマーとして、リーダーとして——ちゃんと実力がある。
だったら……あとは、最後の一つ、か……。
「では、本当に……私に足りないのは——とりあえず、今のところは——残る一つの、自分自身の実力だけ……なんですね」
「ええ、ええ。そういうことですわ。
もちろん、すでに十分な実力を持つ〝二つの柱〟についても、いくらでも研鑽の余地はありますし……私たちとしましても、できる協力は惜しまないつもりですわ。
——使役師に関することは、やはりセバスが教師役として最適でしょうし……指揮役としての経験は、他のチームのやり方を見るというのも、とても良い学びになると思いますわよ。
私たちも、ソラ様の成長に繋がることで、何か気がついたことがあれば進言していきますから、ソラ様も何か気になることがあれば、私にでもセバスでも、遠慮せずに訊ねてくださればよろしくってよ」
「っ、神楽お嬢様……! 本当にっ、本当にありがとうございます……!」
「ふふ、頭をお上げになって。ソラ様」
「は、はいっ……」
「感謝の気持ちはいただいておきますけれど……お礼を言われるのは、まだ少しばかり早いのですわ。
なにせ、本題はここからですのよ。
今のソラ様が大きく成長するためには、やはり、弱点である残り〝一つの柱〟——すなわち、ソラ様ご自身の実力を鍛えるのが一番ですわ。
そのためには、一体どうすればいいのか……それも私、考えていましたの。
そう、その答えこそが……ズバリ、〝魔功術〟ですのよっ!!」
ま、魔功術……っ!?




