第14話 ③——「今度はちゃんと、事前に打ち合わせ」
「よ、夜さん!? ……なん、ですか??」
「ふふふっ、そうだよ……ボクは夜叉姫さ」
そう言う彼女の声は確かに聞き慣れた夜さんの声だし、よく見れば顔もちゃんと面影があるけれど……いや、でも——っ?!
「驚いてるね……その反応が見たかったんだよ。さて、十分驚いてくれたみたいだから、さっそく疑問の答えを明かすなら——今のボクは、何を隠そう、やが灰とのコラボに際して大規模なイメチェンを果たし、〝吸血鬼〟バージョンになった夜叉姫なのさ!」
「吸血鬼、ですか……? い、言われてみると、確かに……?」
改めて、眼前の夜さんをじっくり見分する。
まず初めに目につくのは、頭部の色彩の変化。
普段の黒髪金眼から、金髪紅眼に変貌している。
いや、髪や瞳の色だけじゃない。なんというか……元から夜さんはかなりの美少女だったけれど、今はさらにその美貌に磨きがかかっているというか——端的に言って、もはや美形度合いが天元突破して、いまや人智を超える究極の領域に突入してしまっている。
絶世の美女、傾国の美姫……今の彼女は、まさに人類を超越した美貌の持ち主だと称するに相応しい。
——顔立ちの特徴は元々の夜さんのままだから、一応は彼女だと判るけれど……これは、化粧はおろか整形といってすら説明がつかないレベルの変貌振りだ。
——あまりの美しさに、同性なのになんだか変な気分になってしまいそうになるし、まともに顔を見られないくらいに心が乱れる……っ!
き、危険っ、もはや危険が危ないレベルの美しさだよっ、これは……っ!
慌てて顔から視線を逸らして、首から下の服装や装備品などを確認しようとしても……思考がまるで定まらず、いつもの黒いドレス風アーマーとは違い、西洋の貴族服風のスタイルに変わっているということくらいしか認識できない。
いや本当に……これはいったい、何がどうなってるというの……???
私が混乱の極地にいる間に、夜さんは私の使役獣たちに向けても「やあやあ諸君、ボクは夜叉姫。こうして会うのは初めてだけれど、キミたちのご主人とは長い付き合いだから、ボクとも気安く接してくれていいからね〜。今日はよろしく〜」などと言って、軽く挨拶を済ませていた。
——普段は他の探索者が近寄ると、みんなはガッツリ警戒するのだけれど……夜さんに対しては、なぜかほとんどそんな様子を見せないし、それどころか一部のメンバー(ウィル)などは露骨に好意的な反応を見せている。
そのことについても追加で驚いていたら、再び夜さんが(そのやんごとなき顔を)こちらに向けて話を続ける。
「まあ、ボクのイメージ&スタイルチェンジについての詳しいアレコレに関しては、本番の配信でも触れるから、折を見て説明するとして……まずはさっそく、今回の配信をするに当たっての、事前打ち合わせを済ませてしまおっか」
「あ、ぁあ……そ、その……は、はひ、分かり、まひた……」
「……ん、えっと——大丈夫? やが灰、なんかめっちゃ顔赤いけど……?」
「あっ、だっ、大丈夫れすぅ……っ!?」
グッと近寄って顔を覗き込まれただけで、興奮が最高潮に達して失神しそうになったけれど——私は気合いで耐えて、なんとかそう答えた。
とはいえ実際には、普通に全然大丈夫じゃなかったので……急遽、ウィルに頼んで〝照れ〟や〝恥じらい〟などの諸々を定期的に吸い取ってもらうようにしたことで——以降はどうにか事なきを得て、夜さんとマトモに話ができる状態になれたのだった。
「——……落ち着いた? じゃあ、さっそく本題に入るけれど……今日から始まるコラボ配信では、どんな風にやろうか?」
「えと、そ、そうですね……ん、え、今、『今日から始まる』——って言いましたか? それって……一回では終わらないということなのでしょうか?」
「ん? あー、そうねぇ、それについては……ボクとしては、たぶんそうなるんじゃないのかなぁって思ってたんだけど——まあ、その辺はやが灰次第だよ。今回のコラボは、ボクからやが灰への感謝を込めた贈り物なんだから、やが灰に決定権があるよ」
「え、それって、私が色々と決めていいってことなんですか?」
「そうだよ〜? だから遠慮せずに、やが灰からもバンバン意見を言ってくれていいからね。まあ、一応ボクも、事前にそれなりに考えてきてはいるけれども。
というか……なんか、さっきからちょっと固くない? もっとリラックスして、いつもみたいに気楽にやっておくれよ〜。お互い知らない仲じゃないんだし、お互いに同じ配信探索者なんだから……ボクなんてむしろ、以前にも増して、やが灰に対する親近感が高まってるんだよ〜?」
「そ、そうだったんですね。夜さん……ありがとうございます」
「うん、てか、さん付けがもう固くない? もっと気安い感じで呼んでくれていいんだけどな……あ、でも、それを言うならボクも、やが灰じゃなくて配信ネームの方で呼ばないとだよね? えーっと、『昏虚ソラス』——だから……じゃあ、ソラって呼んでいい?」
「っ! も、もちろんです。で、では、私も夜さんのことは、〝やっさん〟と呼んでいいですか?」
「お、いいね〜それ。それでよろしくね、ソラ」
「は、はい、やっさん!」
お互いの呼び名を改めたところで、ようやく私も本格的に緊張が解けてきたので……いよいよ本題に入る。
「そもそも、やが灰——じゃなかった……ソラの配信って、元々どういうコンセプトでやってるの? まずはそっからだよね。ボクの〝魅せプレイ〟みたいなのがあるなら、コラボでもそこを主軸にやっていくことになるだろうしさ」
「んっ……チャンネルのコンセプト、ですか……」
夜さん——ではなく、やっさんにそう訊かれて、私は言葉に詰まる。
「実は……これといったコンセプトみたいなのは、ぶっちゃけないんです」
「そうなの? え、じゃあ、ソラはそもそもどうして配信を始めたの?」
「それも……キッカケは本当に、些細な——というか、ぶっちゃけ、かなりしょうもない理由なんです……」
「へぇ? ん、まあ聞かせてよ」
私が配信を始めた理由は、本当にしょーもない話だった。
そのキッカケを一言で言うなら、〝照面鏡〟が欲しかったから……という、それに尽きる。
ではなぜ、それで配信を始めることになるのかというと……未成年の探索者特有の事情が関係してくる。
14歳から誰でも探索者を始めることができるけれど、未成年の探索者は成人の探索者とは違い、探索者としての活動をするにあたっては、その一部に様々な制限がつくことになる。
——まあ、制限と同時に、ある種の優遇処置みたいなものもあるんだけれど……
その中でも最も大きな制限は、ダンジョンから持ち帰った成果物の買い取りに関する制度だった。
未成年でも、ダンジョンで獲得した素材や武器などを売ることはできる。
ただし、直接現金には換金できず——すべてが問答無用で——探索者御用達のSCという電子通貨に変換される。
そして問題は、未成年の時点ではこのSCを現金には換金できず、また、未成年がSCを使える対象が限られているということだった。
いや、対象が限られているというか……もはや露骨なほどに、探索者に関連するものだけに絞られているのだ。
そんな制限がついている表向きの名目としては、まあ色々とあるらしいけれど……
——未成年からの搾取を防ぐための保護であるとか、そういう……
しかし、一番の理由としてはやはり、未成年がダンジョンで稼いだお金を自分勝手に〝無駄遣い〟しないように、自分の探索者活動にちゃんと投資させて、安全かつ真面目に探索者を続けさせるためだと言われている。
それを示すように……探索者として真面目に活動していれば、未成年の内でも徐々に制限は緩和されていき、SCの使える先が増えていくという——露骨に作為的な仕様も存在しているのだった。
それで、話は最初に戻るけれど……
私が欲した〝照面鏡〟という装置は、魔導技術と科学技術の融合により生まれた最新鋭の精密機器であり、一般的にはまだまだ一部の金持ちが持つ高級品として扱われている。
要はこれ、未成年に課せられる制限である〝無駄遣い禁止〟の筆頭みたいなアイテムなのだ。
しかし、ここには一つ抜け道があって……それこそが、配信者として活動する上での必要機材として申請するという方法だった。
これまた様々な理由から——ダンジョン探索の様子を配信することは国からも推奨されているので、配信をするためなら例外として未成年でもSCで〝照面鏡〟を購入できるようになるのである。
探索者として順調に稼いでいくなかで、しかし使い道が(制限されていることもあって)ほとんど無い大金が貯まっていく様子を指を咥えて見ているうちに、ついに魔が差した私は……ある日、深く考えずに配信を始めることにして、とうとう〝照面鏡〟を手に入れてしまった。
一度手にしてしまえば、その便利さに圧倒され、もはやコレ無しでは生活できなくなるまでに依存するのに、もはやさしたる時間はかからなかった……。
そうなれば必然、配信者としても真面目に配信するしかない。
——そういう名目で入手したので、その約束を破れば没収される恐れもあるし……
最低でも配信を真面目にこなしたという実績になるくらいには続けるか、と……最初はその程度の気持ちだった。
そんな体たらくだから、当初は配信もまったくダメダメだった。
視聴者なんてほぼいなかったし——まあそれも当然で、そもそも配信をしている私本人にまるでやる気が無いのだから、人気が出るはずもない。
それでもいいと思っていた……そんな私が変わるキッカケをくれたのが、他でもない夜叉姫チャンネルとの出会いだった。
そのチャンネルは、いつもグダグダな配信をしているだけの私のチャンネル以上に視聴者が少なかった。
しかしそれでも、配信をしている〝夜叉姫〟は気にすることなく自分のやりたいことを貫いており、いつも楽しそうに配信をしていた。
そしてそこには、数は少ないながらも、そんな彼女の配信を楽しんで応援している者たちが確かにいた。
そして……いつしか私も、そのうちの一人になっていた。
そして気がついた。気がつかされた。配信というのは本来、こうあるべきものなんだと。
見た人を元気づけて、勇気を与えることができる——それだけのポテンシャルを持った、素晴らしいもの……それが配信なんだと。
私は自分を恥じた。
そして決意した、これからはもっと真面目に配信にも取り組もうと。
それからの私は、一転して配信にも全力を注ぐようになり——もちろん、すぐには上手くいくはずもなかったけれど、しかし試行錯誤を重ねるうちに、次第にそれが結果も現れるようになって……
——それは、配信者としての私だけでなく、探索者としての私にも確実にいい影響を与えてくれていた。
——私が探索者として挫けずにここまでやってこられたのは、私に力を与えてくれる推しや、配信者としての私を応援してくれるファンがいるお陰だったのは間違いなかった。
そうして、今となってはもはや、私自身も配信することを楽しむようになり、また、決して少なくない数の観てくれる人を楽しませられるまでになっていた。
それもこれも、すべては夜叉姫の——やっさんのおかげだ。
だから、お礼を言うなら、むしろ私の方なのだ。
大切なことに気がつかせてくれて……成長するキッカケを与えてくれた、恩人である彼女に。
今こそ直接、その感謝を伝えられる。
「————というわけなんです。すみません、長々と自分語りしてしまって……。でも私、やっさんには、いつか感謝の気持ちを伝えたいとずっと思っていたんです。なので今回は、本当にいい機会に巡り会えたなって気持ちです。改めて……本当にありがとうございます、やっさん。今の私があるのは、あなたのお陰です」
「…………ソラはほんとに、サプライズが好きだねぇ。こんな不意打ち、ズルいってぇ……」
「はは、すみません」
嬉しさと恥ずかしさが入り混じったような表情を隠すように目元を抑えて天を仰ぐやっさんに、私も心が温かくなる。
そんな気持ちに背中を押されて——私はそのまま、言いにくかった自分の現状を打ち明けることにしたのだった。




