第10話 ②——「異常な異常者は……もはや正常なのか——?」
「……さて、マイクはオフで、カメラもあっちいったな……ということで——さっきはすまなかった! ウチのメンバーが早々にトチっちまったせいで、えらい迷惑をかけちまった……! 悪いが、カメラの手前、これ以上は頭を下げれねぇが……どうか堪忍してくれ」
毒蛇王戦が終わり、回復陣で回復し、報酬の分配も終わらせて——進行を再開してすぐに到達した、ヒュドラに挑む目前のボス部屋大扉の前にて……
すでに恒例となった、ボス戦前のオフレコ会議の準備を整え、リーダーたちが集合し、話し合いを開始していた。
そしてそこで、カイザーさんが開幕一番、大声で謝罪したことで——報酬の分配などの事後処理をやっていた時から、ここに至るまでずっと——左腕をさすりながらボンヤリとしていた私は、ハッとして意識を話し合いの場へと慌てて引き戻す。
「カイザー……気にするな——とは、途中で戦線離脱したオレの口からは言えた義理もないけれど……でもオレはむしろ、あの事故によって否応なく緊張感が高まって、より気を引き締めることができたから……まあ、責めるつもりはないよ」
「そうですね……誰もが陥る可能性のあるミスだったと思います。わたくしがリカバリーできたら良かったのですが……まあ、こうして無事に終わって、いよいよヒュドラに挑めるところまで来られたので、切り替えていきましょう」
「そう言ってもらえると助かるぜ……オウ、夜叉姫も悪かったな、えらい迷惑かけちまってよ」
「え、いや、ボクは別に……というか、それを言うなら、むしろボクの方こそ、バジリスク戦の序盤はほとんど参加してなかったワケだし……」
「はっ、そのことかよ。いいっていいって……まあそりゃあ、最初は驚かされたけどよ……でも分かってるさ——お前がガチで参加したら、オレ様たちの見せ場なんて全然無くなっちまうから、気を遣ってもらってるってことはな。——まあ、それでも大した活躍はできなかったが……死なずに生き残っただけでも大健闘だぜ。それこそ、色々と助けられたんだとしてもな。それにも感謝しておくぜ。マジでありがとな」
「夜叉姫さん、それについてはオレからもお礼を言わせてほしい。本当にありがとう。君の助けが無ければ、ウチのメンバーも何人かは致命傷を受けていたかもしれない……いや、実際に、そうなるところだったんだろう?」
「ん、まあね……今回の配信では誰も死なせるつもりはないから、そこは安心してよ」
「ははっ、まったく……言ってるのがお前じゃなけりゃ、とうてい信じられないところなんだが……あんなして助けられた後じゃあ、もう何も言えねぇなぁ」
やはり……リーダーたちは皆、気がついていたようだ。
バジリスクは強敵だった……勝てない相手では無かったが、犠牲ゼロで倒せる相手でもなかったはずだ。……本来なら。
姫巫女さんと、夜叉姫さん……この二人がいなければ、全員無事での突破はあり得なかった。
悔しいが、それが今の私たちの実力、か……。
ぐっと唇を引き結び——私が己の実力不足と向き合っている間にも……話し合いは進んでいく。
「——じゃあ、次のヒュドラ戦では、夜叉姫さんは指示役に徹してくれるということかな?」
「うん、もうそれがいいかなって思って。攻略法はすでに知っているとはいえ、みんなはまだ慣れていないだろうから……とりあえず、倒す順番だけでもボクが教えていくよ」
「おう、そりゃ助かるな。オレ様も事前に、お前やパイオニーアの動画を観てっから、例の攻略法の内容も一応は予習できちゃいるけどよ……ぶっちゃけ分かりにくいったらありゃしねぇだろ、あのヒュドラは」
「そうなんだよねぇ……だからさ、とりあえず次に倒すべき首については、ボクが手甲で出した〝黒星玉〟を分かりやすく引っ付けておくから、それで判断して。
そのためにも、ボクは最前線で常にヒュドラの前に陣取っておくつもり。
ただ、それぞれの首の持つ能力については……なかなか一息に教えようにも難しいから、これについては——実際に攻撃してくるのを見てから判断してもらってもいいかな……?」
「そうですね……まあ、わたくしは——ヒュドラを一目見れば、すべての頭が持つ能力を確実に判定できるくらいには——例の〝攻略法〟を完璧に把握していますので、それで構いませんが……
ですが、それでは夜叉姫ちゃんの負担がかなり大きくなるのではないですか?
それと、そもそもの話になりますが……ヒュドラとの戦いをどう進めるのかについては、何か考えはお有りでしょうか」
「うーん、そうだね……まあ、ある程度は、自力でどうにかするけれど……でも、そうね——アレとアレに関しては、ちょっと手助けしてほしいかも……?
——あーいや、倒し方については、一応こうしたらどうかなってのがあるんだよね。
てかぶっちゃけ——ボクが以前に配信した動画もあるし——ヒュドラなんて、これで何番煎じだって話だからさ……それに、これがコラボ最後のフィナーレを飾る戦いでもあるし。だから、いっそのこと、今回はひたすら派手にやってもいいんじゃないかなーって思ってて……だからさ————」
激戦を終えたすぐ後だというのに、もうすでに次の死闘の作戦を立てているリーダーたちを見ていると……改めて、自分を含めた探索者たちの異常性というものを、まざまざと実感させられる。
探索者とは、ある意味では、すでに死を許容した者たちのことだ。
それも、自分だけではない……仲間の死すらも受け入れる覚悟がなければ、パーティーのリーダーは務まらない。
自分たちの命を秤にかけつつも……冷静に状況を見極め、常に慎重に、しかし時には大胆に——諸々の〝釣り合い〟を勘定できるものでなければ、最適な判断は下せない。
——〝深層〟とは、すでにそういう場所なのだ……死を受け入れ、そして、乗り越えることが出来なければ、先へと進めないような……
しかし、それが出来る時点で、その人物はもはや、普通の人間の枠を超えた存在だといえる……。
ダンジョンに最適化された〝超人〟たち……
その適合が進めば進むほど、常人とはかけ離れた存在へと変化していく……。
それは何も、肉体に限った話ではない。いや、むしろ……内に秘めたる精神性こそが、より顕著に人の枠を容易く踏み越えて——あるいは、そのまま踏み外していってしまう。
ダンジョンを深く潜れば潜るほど……人智を超えて強くなることと引き換えに——人の枠を超える力を手にする〝代償〟とばかりに——失われていくものがある。
それすなわち、〝人間性〟……。
特に、〝深層〟を超えた先……〈第五〝界層〟〉以降に至れば、その傾向は、いよいよ顕著になっていくという……。
しかしそこで、深く潜ることを——強くなることを優先して、失われていく〝人間性〟に歯止めをきかせることを放棄してしまえば……その者は容易く〝魔道〟に堕ちてしまうことになる……。
だというのに、それほどの深みに到達した者たちの中には、もはやそれでもいいと——むしろ自ら望んで、人であることを捨ててしまう者もいるのだとか……。
しかし、その先に待ち受けているのは、文字通りの修羅の道だ。
ダンジョンにすべてを捧げる覚悟があるのだ——と言えば聞こえはいいが……それはもはや、すべてを捨ててしまってもいいと思えるくらいに狂ってしまっているのだともいえる。
だがあるいは、そこまで狂ってしまうでもないと、先に進めないのが深層以降のダンジョンなのだ……。
そういう意味では……あれほどの高みに——もはや、私などでは全容すらも掴めないような、遥かな頂に——至っていてもなお、まるっきり普通の人間のように、ごく自然に振る舞うことが出来ている彼女たちには……畏怖を超えて、もはや崇拝のような念すら覚える。
姫巫女さん、夜叉姫さん……そして、特務の人たち——中でも、主任の斑鳩さん。
——私がすでに知っていた〝超越者〟は、御剣さんのご家族である、光刃お姉さんと、鳳刃さんの二人くらいだったけれど……
今回、直接会って確信した。
この人たちも、間違いなく〝深層〟の先に至っている。
それこそ……夜叉姫さんや、主任さんなんて、どれほど先にいるのかすら、まるで分からないくらいの深みに到達しているのだと、解らないながらにも判ってしまう。
彼女たちを見ていると、改めて思う……むしろ、その〝尋常ならざる〟精神性を持つからこその、超常たる強さなのではないかと。
人を捨て、異常に成らないと進めない深みへと至りながらも、しかし異常に成らずに、ずっと正常を保ち続けられるという、特大の〝異常さ〟……
その最大の矛盾こそが、本当の意味で強くなるための鍵なのかもしれない……
下層を超え、深層までやってきた時点で、私にもその覚悟はあった。
あるいは、人であることを捨てることになろうとも……決して諦めず、どこまでも進み続けてみせる——という。
しかし……その覚悟は、少しばかり方向性を間違っていたのかもしれない。
ふと、思い出す——
いつか、御剣さんが言っていたこと……
〝自分たちが配信者としての活動を行っているのは、衆目の前に自らの振る舞いを晒すことにより——観衆からの言葉を受け、行動の是非を鑑みて、歪みがあれば矯正し、常に己を律するためでもある〟のだと……
あれこそはまさに、このことを言っていたのではないか。
最初は、大衆に迎合するかのような配信活動なんて、本気で探索する上では足枷にしかならないだろう——などと思って、あまり乗り気では無かったのだけれど……
いやはや……何も分かっていないのは——未熟な愚か者だったのは、むしろ私の方だった……
天才ではない凡夫には——自らの手により己を律する力の無い軟弱者には、むしろ、それくらいの〝枷〟が必要なのだ……。
私は——彼女たちのような——〝本物の天才〟にはなれない……そんなことは、もうとっくの昔に分かっていたはずだ。
しかし、だからといって諦めるつもりも決して無いのだと……心に決めたあの日の誓いは、今もこの胸にある。
この誓いがある限り、私は私で、凡人には凡人のやり方で、地道に一歩を積み重ねていくしかない。
そっと、左腕に触れる……
彼女の魔力が——想像も出来ないほどの高みの一端を感じさせてくれた残滓が、今も残っている気がする……その腕を撫でる。
腕を捨てる覚悟で放った一撃……しかしそれでも、バジリスクを完全に倒すことは叶わなかった。
夜叉姫さんに助けられなければ、多くの観衆の目の前で、自らの屍を晒す無様を配信していたかもしれない……
この覚悟は、はたして正しかったのか……
正常なのか、異常なのか……
そこに答えはあるのか、そんなものは無いのか……はたまた、問い続けることだけが、唯一の答えなのか……
ただし、一つだけ、確かなことがあるとすれば——
無茶をした見返りとして——私はあの一戦を超えた今、前よりも確実に大きな一歩を進めることが出来たのだという、その事実だけ……
……であれば、次なるヒュドラとの戦いでも、きっと大きく成長できるはずだ。
ならば、私にとって、この配信の成功とは……そういうことになるのだろう。
観衆に無様を晒すことなく、強敵相手に——一般人でも観るに耐えるような——ギリギリの死闘を演じて、己の成長の糧とする……!
そもそも今回のコラボは、ある意味では絶好の機会なのだ。
それこそ、本来なら……姫巫女さんや夜叉姫さん、それから〝特務〟の人たちなどという、超級の実力者に同行してもらい、表に裏にとサポートしてもらえるなんて……破格の待遇なのだから。
——せっかくの好機、まさか逃してなるものか……
それもこれも、配信探索者として今日まで実積を積み重ねてきたからこその結果なのだとしたら……
ああ、やはり……このやり方も、決して無駄などではなかったのだろうな——。




