第10話 紅に燃ゆ 〜血桜血風帖〜
「っ、毒蛇王の魔眼が変化します! 皆さんっ、備えてくださいっ!」
「「「——ッ!!」」」
姫巫女さんの警告を受けて、私は瞬時に反応し、手に持つ大太刀を背負っていた鞘に素早く納める。
——全力で回避するためにも、両手は空けておかなければ……。
同時に、他のみんなはどう動くのかと瞬時に周りを(心眼で)見渡しつつも、一番に気にして確認してしまうのは、やはりというか夜叉姫さんの動きだった。
——彼女くらいの実力者になると、一体どうやって対処するのだろう……?
出会った当初から興味が尽きない強者の動きを学ぶ機会となれば、この土壇場でも——いや、こんな状況だからこそ、真っ先に確認してしまう。
スタッ——ドォンッッッ!!
私の見つめる先で、夜叉姫さんはひとっ飛びで天井まで飛び上がると、そのままの勢いでハルバードを天井に突き刺し、砕いた破片を盛大に落下させつつも、自身はハルバードを掴んでその場に留まる。
『“黒星球体——黒星引力”』
さらには、以前にも使って見せた手甲の能力を使い、落ちる破片を引き寄せると、そのまま自身の周囲に浮かせて防壁を展開させてみせた。
な、なるほど……っ!
あの天井を利用するなんて——その発想は無かった。
いや、仮に私がアレと同じことを試そうとしても、そもそも天井を砕く力があるかも怪しいし……まずもって一息にあそこまで飛び上がれるわけでもなければ、それこそ破片を上手く利用することだって難しいだろう……
やはり私は、最初から考えていた通りのやり方を試すしかない。
そうと決まれば迅速に、私は毒蛇王の背後に回り込み、隙を見てその背に飛び乗ると、そのまま駆け上がっていき……ついにはその刀——後頭部付近に突き刺していた——〝妖刀 血桜〟を掴むことに成功した。
よしっ、成功だ!
魔眼が絶対に届かないこの後頭部に居れば、確実に助かるはず……!
——妖刀ゆえに〝浄化〟は受け付けなかったけれど、血を吸う特性を持つ〝血桜〟は毒の血もその効果ごと吸い上げてしまうので、そもそも持ち手まで毒が伝わることはない。
振り落とされないようにしっかりと掴まると同時に、ツルツルと滑る鱗の上でも私は何とか踏ん張ってその場に留まる。
『“蛇王の瞳——石化の魔眼”』
そうこうしているうちに……ついには毒蛇王が、その魔眼の真髄を〝発瞳〟した。
ピカッ——ビーーーームッ!!
そして、両眼から一直線に、石化の呪いを宿した光線を発射する。
——事前に聞いていた通りだ……あれが、毒蛇王の奥義……魔眼の〝発瞳〟効果……!
もはや視線を合わせる必要すらなく、その両眼から放たれる怪光線に触れるだけで、たちまちのうちに石化してしまうという……毒蛇の王の名に相応しい、極めて恐ろしい能力……。
……その光線が他のメンバーを蹂躙していくのを、私はただ眺めていることしかできなかった。
眼下のみんなも必死に対応しようとしていた。
しかし毒蛇王が〝発瞳〟した石化光線は、極めて強力だった。
この石化光線への有効な対処法についても、事前に夜叉姫さんから教えてもらっていた。
反射系の能力——唯一それのみが、この怪光線に対抗できるのだと。
それはまた、このボス部屋の天井が鏡面質になっている理由でもあった。
石化光線は天井に当たると反射するから、頭上にも注意が必要なのだと。
そこまでちゃんと、言われていたのだけれど……
実際の〝発瞳〟の威力は、事前に対策を聞いていてもなお、それを上回る脅威だったと言う他ない。
反射系の能力で防げたのも、最初のうちだけ……
魔眼を〝発瞳〟しつつも、巨体を駆使して暴れる毒蛇王を相手にしては成す術もなく……防御は次々と打ち崩されていき、無防備を晒した途端に石化光線が突き刺さっていく。
——私は振り落とされないように、必死にしがみついていることしかできない……。
それでも、いまだに一人も死者が出ていないのは幸いという他なかった……けれど、それがただの幸運ではないことに、いつしか私は気がついた。
後頭部にしがみついているだけで他には何も出来ていない私は、周囲の観察に集中できたので、時折り上から飛んでくる何かがあること——そしてそれが、天井の破片であるということにも気がつくことができた。
さらには、それがただの偶然ではなく、夜叉姫さんが——自分の周囲に浮かせた破片を蹴り飛ばすことによって——意図的にやっているものだということも分かった。
最初は何のためにそんなことをしているのかと訝しんでいた私も、その真意に気がついた時には、驚きを通り越して、もはや戦慄させられた。
下のみんなが致命傷を受けないように——飛ばした破片で一瞬だけ光線を遮ることで——急所に命中するのを防いでいる……っっ!!??
高速で閃く光線に対することなので、私もさすがに確信は持てない……けれど、もはやそうとしか思えない。
——今っ、さっきのもそうだっ! 本来は頭に直撃するはずの光線が、ちょうどそのタイミングで飛んできた破片に一瞬だけ遮られたことで、無事に通り過ぎたっ……!!
いや、やはり間違いない……!
だけど、本当にそんな芸当が可能なの……っ??
いったい、どこまでの高みに至れば、そんな神技が出来るようになるっていうの……っ?!
思わず見上げた先にいる夜叉姫さんは、この事態においても極めて冷静に眼下の様子を俯瞰していた。
「——いやいや違うから……これは極めて重要な意味を持つ援護活動をしているんであって、危機的状況で適当なことして遊んでるわけじゃないから……! ——とう! そりゃ! えーい! ……ああ、もう、気が散るから、今はちょっと黙っててよね……!」
……まさか、こんな状況でもコメント相手に返事をしているとでも?? いや、さすがにそれは……、——っっ!!
ゾワリ——という感触に従い、私は瞬時に〝血桜〟を引き抜く。
すると、支えを失った私は毒蛇王から振り落とされてしまい、宙を舞う。
——しまった……まさか、今まさに血液吸収の限界量に達するとは、後少し遅ければ毒が伝わるところだった……っ!
——ギリギリ間に合ったけど、っ不味い……空中では身動きも取れない、今ヤツがこっちを向けば終わりだ……っ。
地上までのわずかな滞空時間に、祈るように落下していく私に……しかしその時、無慈悲にも振り返ってきた毒蛇王の視線が向けられようとして——
バキッッ!!
——ギャアアアッッッ!!
勢いよく飛んできた破片が顔に当たって怯んだことで、致死の視線から、からくも逃れる。
シュゥゥゥゥゥ……
そのまま、毒蛇王の魔眼の〝発瞳〟が終了したことで、私は何とか無事に地面に降り立つことができた。
「夜叉姫さん! 雪華っ! すぐに戻ってくれ! これより作戦の第二段階——オレの〝奥義〟を発動する!」
「んっ、ついにきたね……!」
「……っ、了解です!」
一瞬でも死を覚悟したことで激しく脈打つ心臓の鼓動を感じつつも……私は言われた通りに御剣さんの元へ急ぐ。
「石化した人は急いで手前に集まってくれ! ——来たな、二人と姫巫女さんはオレの後ろに! それと左文字! ゴーレムでヤツを抑えさせろ! 諸共にやる!」
「了解! ……魔石の回収は無理かな」
「それは運次第さ。……いくぞ!」
そう言って——両腕が石化してしまっている——御剣さんが、〝勇者〟の奥義を放った。
『“絶魔凍封波動”』
ビュオオオオオォォォォォォッッッッ!!!!
勇者の前方に向かって、〝強制能力効果解除・封印〟の力を宿す青白い波動が放たれる……!
すると、波動を放った勇者本人はもちろん、その手前に集まっていたメンバーたちの受けている石化も次々と解除されていき……
そのまま波動は、さらに先で絡み合う二体の巨大モンスターたちにも降りかかり——ゴーレムの召喚を強制解除して魔石へと戻し、毒蛇王のあらゆる能力を封印する……!
「はあっ、はぁっ……石化は解除できたな! 魔眼の封印の方は……」
「うん——成功したね。これでしばらくは、魔眼を使ってこれなくなったよ」
「そうか、良かった……。しかし、オレたちはここまでだ。申し訳ないが、あとは君たち三人に任せるしかない……本当にすまないが、頼む」
使った本人も含めて、波動を受けた対象に働いているあらゆる特殊効果を解除し、すべての能力を封じてしまう——それが〝勇者〟の奥義である〝絶魔凍封波動〟の効果だ。
元々、私と夜叉姫さんと姫巫女さん以外の他のメンバーは全員が石化を喰らってしまっていたから、ほとんど戦闘継続は困難だったとはいえ……こうして能力が封じられてしまった以上は、完全に戦闘不能になったと見做す他ない。
私たち三人以外のメンバーは後方へと退避し、ゴーレムも居なくなって自由になった毒蛇王は——今はなんとか、姫巫女さんの式神が何とか足止めしてくれているけれど……それも長くは保ちそうにない。
「あの厄介な魔眼さえ封じられたのなら、この人数でも勝機はあるはずです。お二人ともどうか、お力添えをよろしくお願いします……!」
「もちろんです、姫巫女さん。私も全力を尽くします!」
「ボクとしても、協力は惜しまないけれど……あの封印も、いずれは——それも、そう遠くないうちに——解けるだろうから……まずは、今のうちに両眼を潰しておくべきだろうね」
「確かに、そうしておきたいところですが……」
「とはいえ、相手の魔眼も封じられたことだし——今こそ、ボクの魔眼を解放する好機……! この〝瞳〟でヤツの動きを止めてみせるから、二人はボクに合わせてくれるかな?」
「——! そうですか、魔眼を……ついに使われるのですね」
「わ、分かりました、合わせます!」
夜叉姫さんが両眼を瞑って集中している傍らで、私と姫巫女さんも次の一撃へと魔力を高めて準備していく……
そして、式神の妨害を跳ね除けた毒蛇王がいよいよこちらに向かってこようとしたところで、夜叉姫さんが口を開く——
「蛇に睨まれしもの……見下ろすは天を衝く巨影……しかして金色の瞳は……蛇の王すらを射竦める……今宵の闇は永久の帳——震えて眠れ——奥義解放! 停滞の魔眼……〝停滞の魔眼〟!!!」
夜叉姫さんの瞳が開き——そこから金色の光と、怖気が走るほどに圧倒的な力が溢れ出して……
『“魔王の瞳——停滞の魔眼”』
目前まで迫ってきていた毒蛇王の巨体が——まるで嘘のように——そこでピタリと停止してしまった。
その瞬間、姫巫女さんが、事前に莫大な魔力を込めていた矢を放ち——
同時に飛び出していた私は、大きく踏み切って飛び上がると、そのまま飛びついた勢いすらを込めて、突き構えていた大太刀を眼球に目がけて突き出した。
ドスッ——!!
ザグッ——!!
姫巫女さんの矢が右眼を射潰し——
私の大太刀が左眼を貫いた。
それでもまだ毒蛇王は止まったままだったけれど、私はすぐに左眼ごと刀を抉り抜いて、飛び退った。
それから一拍置いて、毒蛇王が再び動き出し、すぐに悲鳴のような叫び声を上げる。
ギシャアアアアァァァァァッッッ!??!
それを見た瞬間——幾千もの戦いを潜り抜けてきた勘が、今こそが勝機であると私に告げてきた。
——畳み掛けるなら、今ッ!
私はすぐさま妖刀の鯉口を切り、少しだけ刀身を覗かせると、紅の刃に親指を這わせて、ほんのわずかに切り傷をつける。
『“妖刀 血桜——妖血強華”』
——くっ……毒の逆流、致し方なし!
傷口から流れ込む——限界まで吸収していた毒蛇王の血からなる魔力と毒……そのうち、毒の進行だけはどうにか抑え込みつつも、魔力はどんどんと身体の内に流し込んでいき、それをそのまま右手に握る大太刀に込めていく。
「今が好機です! これより全力の一撃を放ちます! 姫巫女さん、援護をお願いできますか!」
「っ——! 分かりました! どうにか一瞬でも動きを止めてみます!」
「助かります!」
まだだ……一撃であの太首を落とすために、限界まで高める——!
——毒の侵食が早い……間に合うか? たぶん、ギリギリか……心臓に達したら終わりだ、そうなる前に……左腕は斬り捨てる、しかない。
迷いを払い飛ばし、不退転の覚悟を決めた頃には——すでに十分な魔力を込めることができていた。
私は大太刀を担いで走り出す。
すぐに目前に迫ってくる——大木と見紛うほどに太い毒蛇王の胴体まで……あと数歩。
『“停身の矢”』
まさにベストのタイミングで援護射撃が飛び、毒蛇王の動きを止めてくれる。
——そこだッッ!!
私は大蛇の首を目がけて飛びかかりつつ、大太刀を振るう。
『“一の太刀——割断裂走”』
渾身の力と魔力を込めた一撃が、会心の手応えで振り抜かれる——!
ザシュッ——
常より長い大太刀とはいえ、刃渡りすべてを使ってもなお足りない太首に、ついた斬傷はわずかだった。
しかし、発揮された戦技の効果により、その傷は瞬く間に大きく開いていき——
ズパァァァァァッッッッンン!!!!
その勢いは反対側までそのまま走り抜けていき、ついには大蛇の首が宙を舞ったのだった。
やった! けど、まだ終わりじゃないっ——
早く左腕を切り落とさないとっ——なのにっ、だめ、力が、入らない……っ!
不味い、このままじゃ……
毒の侵食はすでに二の腕を越えてきており、いよいよ肩まで達する——という間際で……横から差し伸べられた誰かの手が、ちょうどその境目に触れる。
ハッとしてそちらを見れば、いつの間にやら、そこにいたのは夜叉姫さんで……彼女は触れている手のひらから、私の腕に魔力を流し込んでくる。
「ちょっとごめんね——」
「うっ……」
夜叉姫さんの魔力は、侵食してくる毒と真っ向からぶつかるように、彼女が触れた肩付近の箇所から私の指先へと勢いよく伝わっていって……そのまますべての毒を押し流していき、ついには完全に体外へと排出してしまった。
「これでどうかな? もう平気そう?」
「あ、はい……大丈夫、みたいです。た、助かりました。……あの、ありがとうございます。ただ、その……さっきのあれは、一体どうやって——」
「しぶといな——蛇め……首だけでもまだ動くか」
「——えっ」
シャアアアアアァァァァァッッッ!!!
なんと、切り落とした大蛇の首が、頭だけで動いてこちらに迫ってくる——!
「トドメはボクに任せてくれる?」
「あぇっ?! え……あ、はいっ、ど、どうぞ!」
「悪いね。まあ、安心してよ……ボクはドロップには手をつけないからさ——!」
言いながら夜叉姫さんは、ハルバードを斜めに構えつつ、地面につけた石突を足で踏んで支える。
『“黒星重力——重力増加”』
同時に、何か……能力を使ったような気がした。
それについて深く意識する間もなく、大蛇の頭はいよいよ私たちのところまで到達して——
ズドンッッッ!!!!
ほとんど揺らぐことすらなく——夜叉姫さんが構えたハルバードに突き刺さって、アッサリと止められてしまった。
そして、それがそのまま止めの一撃となり……毒蛇王の巨体は、その身を塵と化して消え去ってゆくのだった……。




