第9話 ⑲——「やがて天才と呼ばれる者の正体を、今はまだ誰も知らない……」
毒蛇王の強さとは、結局のところ〝石化の魔眼〟と〝猛毒の体液〟の二つに集約される。
その二つがあまりにも強力な反面……それ以外の部分はというと、実のところ言うほど脅威ではない。
——いやもちろん、20メートルを超す巨体から繰り出される物理攻撃や噛みつきは脅威と言えば脅威なのだけれど……しかし、それくらいならば、この階層にまで到達したレベルの探索者なら問題なく対処可能だ。
いやむしろ、魔眼と毒に特化してて他がショボいからこそ、視界を封じられていてもなお何とか戦いになっていると言うべきか……
——それこそ一番ヤバいのは、何も知らずにいきなりここに飛ばされて不意打ちで魔眼を喰らって全滅することであり……言うなれば、毒蛇王とは初見殺し色が強いボスなのである。
——まあ一応、そこからさらに毒という二段構えもあるのがイヤらしいところなんだけれどね……。
つまるところ、その二つへの対策をちゃんとしていたら、こうしてそれなりの戦いをすることができるし……その二つを制してしまえば、もはや毒蛇王など大した敵ではなくなるのだ。
つまり、何が言いたいかというと……石化も毒もまったく効かないようなヤツが毒蛇王と戦うなら、たとえ実力としては明確に格下なのだとしても、かなり食い下がって善戦することも可能だったりするという話。
『“魔物召喚——巨岩人型”』
「こうなったら虎の子を使ってやる! 石化も毒も効かない超絶メタ・モンスターを喰らえ!」
そう言って召喚師の人が新たに呼び出したのは、岩石の体を持つ巨大な動く人型だった。
〈勇敢なる応援者[¥5000]:こいつはっ……!? 以前に勇者パーティーが倒したことのあるボス級モンスターのタイタンロックゴーレム! そ、そうか! ロックゴーレムは元から石だから石化に対する完全耐性を持つ上に、非生物系モンスターなので毒の類いもまったく効かない! なるほど……まさにこのバジリスクに対する究極のメタを張れるモンスターというわけだ!〉
〈皇帝の臣民:なるほど!? こいつは確かに期待できそうじゃん!〉
〈姫巫女様の親衛隊:さて……石化と毒が効かないだけで倒せたら苦労はしませんが。とはいえ、その二つが無ければ、あとは純粋な実力勝負に持ち込めるというわけですか。ふむ……大きさ的にはそこそこ互角の風格がありますね。しかし相手は深層ボス……同じボスでも、その辺のボスじゃ勝ち目は薄そうですかね……〉
現れた巨岩人型は高さ7〜8メートル級の人型を模した重厚なる岩石集合体であり、大きさで言えば確かに毒蛇王にも対抗できそうな体格といえる。
とはいえ、やはり一番の強みはなんといっても「石化・毒に対する完全耐性」というやつで、実際に毒蛇王がその魔眼で睨みつけても何の反応も見せずに動き続ける。
さらには、毒蛇王が口から噴き出した毒の霧の中も平然と進んで近寄っていき、いよいよ襲いかかった毒蛇王に直接噛みつかれて毒を注入されても一切動じず、むしろそのまま相手に組みついて押さえ込んでしまおうとするほどだった。
しかし、取っ掛かりのない蛇の体は掴みどころがなく、パワーもあちらが勝るようですぐに振り解かれてしまう。
とはいえそれでも、巨岩人型が毒蛇王と真っ向からぶつかって対抗できるという事実に偽りはなく、お陰で他のメンバーたち——中でも特に前衛たちは、かなり負担が減って大いに助かっている様子だった。
〈勇敢なる応援者:おおおおおっ!! いいぞゴーレム! もっとやれぇ!!〉
〈姫巫女様の親衛隊:なんと……魔眼も毒も効かなければ、バジリスクも大したことないじゃないですか。まあ、ゴーレムの攻撃もあまり通用しているようには見えませんが……とはいえ、少なくとも囮や壁役としては優秀だと評価できますね〉
〈皇帝の忠臣:よしよし流れが変わってきたな! そのまま押していってくれ! こっちは時間が無いんだ!〉
ゴーレムの活躍を受けて、コメント欄の熱量も少しずつ盛り返してきている。
ゴーレムの参戦により、色々な意味で余裕が生まれたのは良い傾向だった。
しかし……それでも毒蛇王を追い詰めるまでには今ひとつ及ばない。
このゴーレムは、言うなれば〝守り〟の強化。
それでも大いに助かる部分はあるが、いまだ〝攻め〟の部分が圧倒的に足りない。
必要なのはやはり、与えるダメージを増やすための〝何か〟だ。
毒蛇王の強みである石化の魔眼と毒——特に魔眼が効かないのは、確かに極めて有利なアドバンテージになるが……ゴーレムにはそれを生かすための攻撃力が足りず、決定打にはなり得ない。
まあ、石化と毒を完全に無効化できる上で、毒蛇王ともある程度は戦えるというだけでもなかなか貴重な逸材だろうから、それ以上を求めるのは贅沢な話なんだろうけれど。
というか、あんな風に状態異常を無効化しちゃったら、毒蛇王とかタダのデッカイ蛇でしかないし、それをそんまま倒したって盛り上がらないし興醒めもいいところじゃない? ——って思うから、むしろこれくらいの活躍で良かったのかもしれない。
そう思うと、むしろ羨ましいくらいだ……
いいよね、ゴーレムは……全力で戦ったら、それだけで応援されて盛り上がってもらえるんだからさ……
なんせこちとら、最初からずっとその辺りについて悩んでいるってのにさ……——
なんというか……私にとっても毒蛇王というモンスターは、ある意味とても戦いにくいモンスターだった。
石化と毒がとにかく厄介だから……それが問題——なのではない。
むしろ逆で、石化と毒が効かないから、それが問題なのだ。……私にとっては。
なんせ私は、そもそも石化と毒に限らず、状態異常と名のつくものは一切合切すべてがまったくもって効かないので。
……だからこそ迷っている。どう戦えばいいのか。
もちろん私も、状態異常無効を前面に出して戦うのが論外だというのは分かっている。
——むしろ今となっては、もはや決して明かしてはいけない秘密になってしまったものと重々承知している。
ゆえに今だって——本当は効かないのだとしても、それを悟らせないように——ヤツの魔眼と直接目を合わせないように立ち回っている。
とはいえ、そのために他の皆のように目をつむっているわけでもなければ、視界に入らぬよう常にヤツの背後に回るみたいなアクロバティックな対処法を採用しているわけでもないけれど。
それこそやり方としては、姫巫女ちゃんが今も使っているその対策法と同じような感じのものを採用している。
姫巫女ちゃんは目をつむる代わりに、自分と毒蛇王の間に常に不透明の障壁を張ることで視線を遮り魔眼を無効化している。
——前方の大部分は見えないが、それでも完全に目をつむるよりは下や横が見えるので、動きがかなりマシになる。
しかしこれは、自分と〝繋がり〟を持つ障壁使いの式神である青蘭さんというまさに以心伝心のパートナーがいる彼女だからこそ可能な荒技といえるもので、現に他のチームの障壁が使える魔法使いに真似している人はいない。
まあ、そうは言いつつ——やろうと思えば私も魔法は使えるし、なんなら自分一人でそういう障壁の使い方も出来るけれど——それはそうとして、私は別の方法で毒蛇王の視界を遮っている。
そのために使っているのは、魔法とかスキルとかではなく、まさかの〝照面鏡〟である。
これを使って前方にデカデカと自分のドローンカメラで撮影中の配信画面を投影し、それでもって視界を遮る壁とすることで毒蛇王の魔眼をシャットアウトしているのだ。
〝壁〟と言いつつも要はドローンカメラからの映像を映し出している画面なので、その〝壁〟の向こうの状況もある程度は把握できるし……
——お陰でさっきから普通に実況解説をすることが可能なのだし……
頭部に装着している〝照面鏡〟から投射するので——常に頭というか視線の向く先に対して画面という壁が生まれることになり——確実に毒蛇王とのアイコンタクトを防止してくれることになるのである。
なんか、これを上手いこと使えば毒蛇王攻略の突破口になりそうな気もするんだけれど……
でもねぇ……まだ距離という名の余裕がある後衛ならともかく、前衛の戦士だと目の前に余計な映像があるのは邪魔でしかないから、それならもはや目をつむっている方がマシ——と、なりそうというか……
私自身、ぶっちゃけこんなん目の前に映すくらいなら目ぇつむって戦った方がマシだわって思うし。
てか正直、私なら石化無効とかはいったん抜きにしても、目をつむったままで今の雪華さん以上の動きを余裕で出来るという自信がある。
ぶっちゃけ彼女の〝八方心眼〟みたいなスキルとかなくても、私は基本の魔力感知だけで周囲の状況をほぼ完璧に知覚できるので。
——そんな状態で戦った経験ってのも無いわけじゃないし。
でも結局、問題は私自身がいくら戦えても意味ないってところなんだよねぇ。他のみんなも活躍してくれないといけないので。
ただまあ、当の雪華さんはかなり戦えているので、あるいはもう彼女に全面的に任せる感じで、私が上手いことサポートできればいいのかな……?
「うーん……さてはて、どうしたものか……」
〈ニートの無職ん:いやボサっとしてないで、とっととお前も戦えよ(当然の指摘)〉
「いやぁ……でもさぁ、今の状況でボク一人が加勢したところで、ねぇ……?」
〈探索兵長:さすがの姫でも、石化の魔眼が相手では厳しいんですかね……?〉
「ソウダネ、目が合わせられナイのはスゴク大変ダヨ」
〈皇帝の忠臣[¥5000]:夜叉姫さんのチャンネルも見てるけど、なんかコメントできないらしいのでこちらに書きますが——夜叉姫さん、緊張が解けたなら、どうか加勢をお願いします! このままじゃウチのメンバーが死んでしまいます……!!〉
「う、ボク宛て(?)にスポコメきてる……やっぱり、さすがにそろそろボクも出るべきか……。だけど……まだ分からないんだよ、ボクはどうすればいいのか、何か良い方法はないのか——自分で戦う以外にも、何かやれることはないのか、って……」
〈アンチ太郎:戦いを上から眺めて軍師にでもなったつもりか? お前に頭脳労働は向いてないってのは元からはっきりしてんだから、さっさとそのデカい斧担いで筋肉に物言わせた仕事しろ〉
〈アンチ二号:もったいぶってんのか知らないけど、魔眼ならアンタも持ってんだから、そろそろ解禁して魔眼には魔眼で対抗しなさいよ——って言おうと思ったけれど、目を合わせたら先にアンタが石になるんだっけ? はっ、使えないわね……〉
「あのさぁ……今はそういうチクチク言葉が聞きたいわけじゃないんだよ。まったく……アドバイスの一つでもくれるってんならまだしも、余計なことしか言わないなら、せめて黙っててくれないかな……」
〈やがて灰になる:あ、あの……夜さん。アドバイスというなら、その、ちょっと思いついたことがあるんですが〉
「ん? え、どうしたの、やが灰。何か気がついたことでもあるの?」
〈やがて灰になる:あ、でも別に、そんな大層なことじゃないんですけれど……〉
「良いよ良いよ、何でも。ちょっとしたことでも何か思いつくキッカケになるかもだし、遠慮せずに教えてよ」
〈やがて灰になる:で、では……あ、でもその前に、念のため一つ確認なんですけれど、あのバジリスクの石化の魔眼って、障壁みたいなもので遮れば無効化できるんですよね?〉
「うん、そうだね。姫巫女ちゃんがやってるみたいに、向こうが見えない濃さのヤツなら大丈夫だよ」
〈やがて灰になる:それって、夜さんがさっきからやってるみたいに、ホロスクで投影した映像でもオッケーなんですよね……?〉
「そうそう、そうだよ。こうやって公開モードで物理的に投影すれば、普通に向こう側も見えなくなるし、それで十分に防げるよ」
〈やがて灰になる:それで、映像越しにというか、映像の中のバジリスクと目が合ったとしても……問題ないんですよね?〉
「そりゃそうだよ。じゃないと配信を観てるみんなも今頃は全員が石化しているだろうからね……ふふっ」
〈ニートの無職ん:おら、これが夜叉姫流ブラックジョークやぞ、笑えよみんなww〉
——ちょっと笑っちゃっただけだろ! ちゃちゃ入れんな!
〈やがて灰になる:その、だったら……『ホロスクで一人称視点の映像を撮影しながら、それをそのまま前方にリアルタイムで投影する』ようにすれば……相手の魔眼を遮りつつも、実質的に、ほとんどそのままの視界が確保できるようになりませんか?〉
「っ? っっ?! っっっ……!? ……っっっっっ!!!?!」
〈ニートの無職ん:お、言われてみれば、それって……マジでいけるんじゃね?〉
〈アンチ太郎:まさかこの流れで本当に有用なアドバイスが出てくることがあるとは……思わなかったぞ〉
〈アンチ二号:こんなことってあるのね……今日の配信で一番ビックリした〉
〈ねっこ寝子:え、これってホントにすごい! まさに閃きの勝利だよね!?〉
〈ラブ夜叉姫@好き好き大好き♡ズッキュン♡キュン♡:天才かな? うわ、普通に悔しい……私がそれ言いたかった〉
〈☆脳空◎:すごい、マジでそれ、のあが思いついたことにしたいくらい頭いい!笑〉
〈探索兵長:いやでもこれなら、この場にいるメンバーは皆が配信者であり全員がホロスク持ちなので……本当にかなり大きな効果が得られるのでは——っ!?〉
〈勇敢なる応援者:え、何なに、なんか夜叉姫さんのチャンネルがすごいことなってるって? ……うおぉ、これはマジで……マジかよ〉
〈姫巫女様の親衛隊:な、なんという……配信をただ観ているだけじゃなくて、本当にタメになる助言を我々の立場からするなんてことがあり得るなんて……ふ、不覚ですが感服しました!〉
〈皇帝の諫臣:え、何? なんか夜叉姫さんのコメント欄に天才現れたってどういうこと? ……って、おほっ、マジかこれ、在野の天才がクレバー過ぎんだろ……〉
「……やが灰、お前……マジで天才か???」
野生の天才、現る……っ!!




