第9話 ⑱——「光る怪瞳、見えぬ光明……」
「——っ、ヤツが動き出した! やるぞ! みんな、目をつぶれ!!」
毒蛇王が動き出したことで、ついに戦闘は始まった。
『“蛇王の瞳”』
開幕の初っ端から、毒蛇王はその極めて凶悪な能力を使用していた。
とぐろを巻いた状態から起き上がった毒蛇王が開いた両の瞳は、妖しくも悍ましい不気味な光を放っている……!
〈勇敢なる応援者:うおっ……なんだあの目……なんかすっげぇヤバい……っ!!?〉
さすがに画面越しにはその〝呪いの魔眼〟の効果も発揮されないけれど、それでもその異様な眼力を受けては、視聴者たちも息を呑むような迫力を味わっている様子だった。
「……あの大蛇の名は毒蛇王。その凶悪なる瞳は、目が合ったものを石化させる呪いの魔眼の能力を有している……」
〈皇帝の臣民:おおマジで夜叉姫さんがなんかそれっぽい解説してくれてる! ってマジすか!? 何それ?! ヤバくないっすか!?〉
「ここでいう〝目が合う〟の基準は、物理的に視線がかち合うという意味ではなく、あくまでも本人が〝目が合った〟と認識することにある。
——それが〝呪い〟を発動させる条件だからね……。
だから——たとえ目線が合っていたとしても、その間に障害物があったら、石化はしない。つまり……一番簡単かつ確実な対処法は、最初から目をつぶってしまうこと——なのさ」
〈勇敢なる応援者:マジでみんな目をつぶってる! いや、でもこれってさ……〉
〈皇帝の諫臣:いやあの……目を合わせただけで石化するとかいうクソチートな能力は確かにヤバ過ぎるし、目をつぶるのが一番確実な対処法だってのは分かるけども……目ぇつぶってたら普通はマトモに戦えんくね???〉
「そう……それが今回の戦いにおける一番の難関といえるね。いかにして、視界を封じられた上で戦うのか……それが問題だ」
〈ニートの無職ん:いやあの、人ごとみたいに言わんといてもらえますかね……?w〉
〈勇敢なる応援者:マジで、さすがの勇者パーティーも普段とは比べ物にならないレベルで動きが悪い……! いやむしろ、目をつぶってるのにこれだけ動けてるのが逆にスゴいのか? いやでも、雪華ちゃんスゴいな!? 彼女だけ普段と同じレベルで動けてるんだけど! さすが剣豪! ってコト!?〉
確かに、戦っているメンバーたちの動きはかなり鈍い。完全に苦戦している様子は、まさに防戦一方。もはや、毒蛇王を攻撃することはおろか、やられないように対応するだけで精一杯という有様だった。
前衛はもちろん、後衛の魔法職の人たちなんかも、目をつぶったままだとろくに狙いを定められないようで、ほとんど何の対応も出来ないでいる
——これに関しては、規格外のソロ探索者たる姫巫女ちゃんですら例外ではない。
まあ、それも仕方がない……視覚がまったく使えないとなれば、後は他の五感や魔力感知といった第六感的な感覚に頼るしかないけれど……音で把握できるのはせいぜいが大まかな敵の方向と距離くらいだし、魔力感知にしてもそれぞれの位置関係を何となく把握できるって程度だろう。
そんな状態で——高速で動き回っている前衛たちが戦う毒蛇王に向けて——下手に攻撃なんてしようものなら、味方を誤射する可能性が大いにある。
ただでさえ、まったく余裕がない戦いをしている前衛に誤射なんてしたらトドメを刺すようなものなので、ここはむしろ、下手に手を出さずに静観するのが最も賢明な選択である——というのも、あながち間違いではないのだけれど。
しかしそんな中、他とは一線を画した素晴らしい動きにて毒蛇王と戦えている者が、一人だけいた。
『“八方心眼”』
その彼女——〝剣豪〟の異名を持つ勇者パーティーの刀使いの前衛である雪華さんは、他と同様に目をつぶりながらも、まるで周囲が見えているように普段通りに戦えている。
——あれは……周囲の様子を目で見ることなく知覚できる能力か。
肉眼の視界に頼らず、いわば心の眼によって周りを見る能力——おそらく、本来は背後や上などの死角すら把握できる広い視野が売りなんだろうけれど——これで前方含めた全方位が見えるならば、もはや肉眼の視界が無くても問題はない、と。なるほど、なるほど……
ってそうだ、彼女の活躍もこの能力の解説を合わせて実況してあげないと!
んー、とはいえ……ムズいな、どんなふうにやれば盛り上がるんだ……?
〈勇敢なる応援者[¥5000]:説明しよう! 雪華様の縦横無尽の活躍——あれはおそらく、雪華様の持つ【八方心眼】の能力の効果によるものだ!
この〝八方心眼〟は、肉眼の視覚に頼らず心の眼で周辺360度全方位を知覚できる能力であり、これにより彼女は、あのように目をつむりながらも、むしろ常人を超える広い視界を持って戦うことが出来ているというわけだ!
確かに能力自体も強力だが、特筆すべきはやはり、その能力を十全に使いこなして肉眼による視覚すら無しに普段と同じ動きができるレベルにまで能力を使いこなしているというところであり……それはまさに、雪華様がこれまで積み重ねてきた弛まぬ努力によって培われた技量の高さがあってこその話なのである!
ゆえに間違っても、八方心眼さえあれば誰でもあのような芸当が出来ると安易に納得することがなきよう……念を押して解説を終えるものとする。以上、長文失礼した〉
「ぅえぇっと……雪華くんだけすごく動きがいいんだけれど、その理由については——勇者チャンネルでスポコメさんが解説してくれているから、気になった人はそっちを確認してみるといいよ」
〈アンチ太郎:おいどうした解説役、さっそく自分の仕事を放棄するな〉
「っ……つ、ついさっき手に入れたばかりの例の大太刀をさっそく使ってるけれど——すごいね、手にしたばかりの武器をアレだけ使いこなせるなんて。武器の性能もあるだろうけれど、今のところ毒蛇王にマトモなダメージを与えられているのは彼女くらいだね。とはいえ、ダメージを与えられたんだとしても——近接で戦う前衛は特に——それはそれで問題なんだけれどね……」
毒蛇王には、〝石化の魔眼〟と並んでもう一つ、非常に厄介な能力というか特性がある。
それというのが、「極めて強力でかつ伝染性の高い毒の体液」を持つというものだ。
毒蛇王の体液はあまねくすべてが毒であり、鋭い毒牙による噛みつきなどに限らず、攻撃することで飛ぶ返り血すらが、皮膚に少し触れただけでたちまち対象を死に至らしめるような極めて強烈な毒性を宿しているのだ。
さらには、それだけでなく、真に恐ろしいのは、その毒の強力無比な伝染性であり……毒蛇王を近接武器で攻撃したら、攻撃した武器を伝って攻撃者が毒に侵される——だけではなく、極めつきには、毒に侵されたものが触れた相手までもが毒に侵されるほどなのである。
そんな毒蛇王に近接武器で攻撃するのは死ぬのとほぼ同義なのだけれど……さっきからズバズバと攻撃していても雪華さんが無事なのには、もちろんちゃんと理由がある。
その理由こそは、姫巫女ちゃんが事前に使ってくれている【浄化の付与】の魔法である。
これがあれば、攻撃した武器についた毒はたちまち浄化されるので、持ち手まで伝わってくることはない。
——毒蛇王の極めて強力な毒にもしっかりと対抗できるレベルの浄化魔法を使える姫巫女ちゃんには、さすがの一言だ。
さらには、追加で【風防の加護】という「飛び散った返り血とかの飛沫を弾いてくれる風の鎧を纏わせる」魔法もかけてくれているので、返り血についてもバッチリと対策済みだ。
——多数の対象に二つ同時に魔法を行使・維持するのは大変なので、出来るなら片方は別の魔法使いに頼みたいところなのだけれど……同一対象に別々の人間が付与したりすると干渉し合って上手くいかなくなるし、毒蛇王の毒に対抗できる浄化の使い手が姫巫女ちゃんだけである以上、彼女が二つともを行使する他ないのが現状だった。
一応は私も含めた——前衛の近接組は皆、事前にこの魔法をかけてもらっているので、毒蛇王の毒に対しては、ちゃんと対策が出来ているといえるのである……
「————ってワケ。とはいえ……これらの魔法は、あくまでも自分の攻撃やそれによる返り血などによって毒を受けるのを防げるってだけで、毒蛇王に直接噛みつかれたり、飛ばされた毒液や吐き出された毒霧ブレスを喰らうのはさすがにマズいからね……そこはちゃんと対処する必要があるよ」
〈姫巫女様の親衛隊:さすがは姫巫女様です!! 清らかなる巫女の本分ともいえる浄化の力で彼女に勝るものなどいません!!〉
〈姫巫女様の親衛隊:やはり姫巫女様はこの戦いにおいても要といえる活躍をしていたのですね! しかし……さすがの姫巫女様といえど、視界を封じられては攻撃もままならないご様子で……ああっ、それを見ているだけしか出来ない我々としても忸怩たる思いではありますが、姫巫女様は今回サポートに徹していただくということで、攻撃は前衛に託すほかありませんね……〉
〈皇帝の臣民:聞けば聞くほどマジでヤバいなこのバジリスク! 姫巫女様がいなければ前衛はそもそも攻撃出来ないところだったのもヤバいけれど……それより何より、やっぱり石化の魔眼がヤバ過ぎる! 目ぇつぶってちゃ、そりゃマトモに戦えるわけないんよ……〉
〈皇帝の諫臣:つーかホントにそんな強すぎる能力とかあるんか? 目が合ったらそれだけで実質アウトで敗北って、さすがに理不尽過ぎるし、あり得ないんじゃ……?〉
苦しい戦況を見守るしかないリスナーたちからも、嘆きの声や疑問の声が上がってくる。
うぅむ……ピンチは配信的にアリとはいえ、追い詰められるというほどではないにしても、ずっと手をこまねいている現状が続くだけでは盛り上がるハズもなく、むしろ逆に良くないムードが生まれ始めている予感……
そろそろ空気を変えたいところだけれど……なんて思っていた私の前で起きたのは、事態をより悪化させるアクシデントだった。
「いてっ——あっ……アアアアアッッッ!!! 目がっ、目があああああぁぁぁぁぁッッッ!!!」
カイザーチームの後衛の一人が、毒蛇王の毒攻撃の余波で窪んでいた地面に足を取られて転んだ拍子に、うっかり少しだけ目を開けてしまい——呪いの魔眼とわずかに目が合ってしまった。
「——っ、マズいっ、石化してる! すぐに彼を回復して!!」
「うおぉっ、了解!」
私が声をあげるのにわずかに遅れて状態異常解除魔法が使われ、石化を喰らった彼の石化の進行を食い止めることに成功した。
しかし、出来たのはあくまでも石化の進行をなんとか食い止めることのみであり……一命は取り留めたものの、石化を喰らった彼は戦闘不能になってしまった。
視線を合わせたことによる石化は眼球から始まり、そのまま少しずつ周囲に広がっていく。眼球のすぐ近くには言わずもがな脳があるので、いまだに彼はあと少しでも進行してしまえば即座に死亡してしまう瀬戸際なのである……
一度でも石化を喰らえば、後は目を合わせずとも毒蛇王が石化部分を視界に収めているだけで石化は進行していく。
それを食い止めるために、カイザーチームのヒーラーは絶えず解除魔法を使い続ける必要があり、他に手が回らないのでこちらも実質的に戦闘不能になったのと同義だった。
ほんのわずかに目を開けてしまったばかりに、たちまち二人が戦線を離脱することになった。
その事実に、戦っているメンバーはもちろん、画面の前の視聴者もやにわに戦慄する。
「くっ、二人とも大丈夫か!? 持ち堪えられそうか?!」
「今のところはギリギリ大丈夫だ! だがっ、このままの状態がずっと続くなら……クソッ、進行を食い止めるのも長くは保たねぇかもしれねぇっ!」
「分かった! ならその判断はカイザーに任せる! もう時間が無いと思ったら言え! すぐに作戦を第二段階に移行させる!」
「すまん! 頼むぞ勇者!」
〈皇帝の諫臣[¥10000]:マジだぁァァァァァッッ!!? マジでアレだけで石化してるぅぅぅぅ!! あり得ないとか言ってすまねぇぇぇぇぇ!! 頼むから無事でいてくれぇぇぇぇぇ!!!!〉
〈皇帝の忠臣[¥5000]:姫巫女様ならバジリスクの石化も治せるんじゃないですか!? どうかウチのを助けてくださいお願いしますっっ!!!〉
「……確かに、姫巫女ちゃんなら毒蛇王の石化も治せなくはないと思う。でも、さすがの姫巫女ちゃんでも、あのレベルの石化となると簡単には治せないんだよね。色々と手間も時間もかかるんだ。戦闘中には不測の事態に警戒する必要もあるし、今も姫巫女ちゃんは皆のサポートに神経を使っている……だから、彼を助ける余力までは無いんだよ」
〈皇帝の忠臣:そ、そんな……〉
〈皇帝の臣民:な、なら第二段階の作戦ってのは? 正直、前回の第二作戦はあまり上手くいってなかった気がするから、すでに不安なんだけれど……今回の第二作戦はどうなんですか?! それなら何とかなるんですかっ、夜叉姫さん!?〉
「今回の第二作戦は、勇者くんがキーマンになるんだけれど……どうだろうね、ボクにも予測がつかないから、今の段階では何とも言えないね……。それにそもそも、第二段階に移るまでに達成しておきたい条件があって、今はまだその条件を満たせていないんだよね……出来ればもっと毒蛇王を追い詰めておきたいんだけれど……ちょっと厳しいかな」
どうかなー、そろそろ私も参戦するべきか……?
追い詰められるにしても、前回みたいに勢いよくガーッて追い詰められるなら盛り上がるんだけれど、今回みたいに、こう……真綿で首を絞められるようなイヤらしい追い詰められ方だと、どうにも盛り上がらないどころか逆効果みたいだし。
とはいえ、私が参戦して普通に毒蛇王をボコボコにしちゃうのも、それはそれで違うような気がするし……
——今回に関しても、出来れば私以外のメンバーにもっと活躍してほしいんだよなぁ……その方が盛り上がると思うし。
正直、自分でもどれくらいの戦いをするのがベストなのかがぶっちゃけ分からないので、そこはもうプロに任せちゃいたいってゆうかぁ……
アッサリ倒しちゃ面白くないからなぁ、いい感じに倒したいしなぁ……
さて……どうしたものかね。




