第9話 ④——[探索開始——からの初戦闘!]
「よし、準備も出来たし、方針も決まった。それじゃ、いよいよ探索を開始しようか」
「ええ、始めましょう」
「うっし、行くかぁ〜!」
「……お、おー」
勇者さんのそんな音頭に合わせて、いよいよ私たちの〝深層〟探索コラボ配信は本格的に始まりを告げたのだった。
今回探索するここは、わりとよくあるオーソドックスなタイプのダンジョンだ。
遺跡型とか迷宮型とか呼ばれるヤツで、パッと見は石のような材質の床・壁・天井で囲まれた通路が延々と続いていて、途中に玄室と呼ばれる大部屋とかが出てくることもある。
光源らしい光源も無いのに、壁や天井がぼんやりと光を放っているような感じなので、視界もそれなりに効く。
とはいえ、同じような景色がずっと続くので、ちゃんと地図を把握しておかないと、すぐに迷子になってしまうし……
なにより、ダンジョンとはモンスターがわんさかと出てくる場所なので、どんなタイプのダンジョンであれ、一瞬の油断や一つの手違いが命取りになってしまう危険な領域だというのは共通しているのだった。
もちろんのこと、そんなことはいまさら言われなくても分かっているとばかりに……
今回、一緒に探索をすることになった彼ら彼女らも——ひとたび探索を開始するとなったら、途端に——さっきまでの、ある種の浮わついた雰囲気は鳴りを潜めて、一気にそれぞれが探索者モードに切り替わっていた。
探索の開始早々にして、私はそのことをまざまざと感じることになった。
彼らにとっては、深層は十分に命の危険がある難易度の場所なのだから、それも当然の話。
細心の注意を払いつつ、行き過ぎた警戒により無駄に消耗し過ぎることがないよう、むしろ意識してリラックスしつつも、決して油断はしない……
その様子からは、さすがは深層までたどり着いた探索者だなと、観るものを唸らせる迫力があった。
〈勇敢なる応援者:開幕からすでに、もはやコメントするのも憚られるような、これまでに無い緊張感を感じる……! これは勇者パーティーもガチなヤツですね……っ、これが、これが深層か……っ!〉
〈姫巫女様の親衛隊:ああぁ……っ、いまだかつて観たことがないほどに真剣な表情の姫巫女様のご尊顔が……! これは永久保存版です……!!〉
〈皇帝の諫臣:いつもはベラベラ喋りながら進むカイザーも、黙って全神経を集中する……それだけで深層のヤバさが分かるな〉
まあ、私からすれば深層なんてお散歩気分で進める場所なので、いまさら緊張なんてするはずがない——ハズなのだけれど、しかし今の私は、普通にけっこう緊張していた。
しかしそれは、普段と勝手が違うからでも、同行者たちの緊迫した雰囲気にあてられたからでもなく……
——いや、あるいはそれも理由と言えるのかもしれないけれど……
この〝合同〟探索という形態そのものが原因だった。
いや、私って、ずっとソロで探索者やってたから……
誰かと一緒に探索するのって、マジで今回が初めてなんだよね。
だから……ぶっちゃけ普通に、合同探索ってどうすればいいのか分からなくて、完全に手探り状態なのだ。
そもそもコラボ配信自体も初めてだし……
そんな初めて尽くしの状況では、さすがの私も普段の配信みたいに適当にリスナーとくっちゃべりながらブラブラ散策するみたいな気分で探索するわけにもいかないし……
とはいえ、探索配信のやり方とか、私はそれしか知らないので……
こんな、お喋り厳禁みたいな厳格な雰囲気になってしまうと、それだけで緊張しちゃうし、どうすればいいのか分かんなくなって黙るしかなくなる……。
頼みの綱の〝観測者〟たちだって、普通に雰囲気に呑まれているのか、全然コメントしてないし……
——いや何でだよ! 普段もっとヤバいとこに散々行ってただろ! なんで今さら深層程度で謹慎状態みたいになってんだよ! 無駄に空気読んでどーする!?
脳内では大声でそんなツッコミをしつつも、現実では同じく私も完全に口を噤んでしまっているのだから、人のことなんて言えないのだけれどね……。
ぶっちゃけ、切実に雰囲気を変えたかったけれど、自力ではどうすることも出来なかった私は、そのまま粛々と進み続けて……
ついに最初の分岐点にたどり着いたところで、ようやく転機が訪れる気配がした。
「この分岐は左で良かったよね、夜叉姫さん」
「う、うん、そうだよ」
マップの情報は事前に共有しているので、これはおそらく最初だから一応の確認ってヤツなんだろうと思う。
にしても、探索始めてずっと無言だったから、ようやくこれが最初の第一声か……
とはいえ、転機というのは別に、このことではない。
——いやまあ、このまま何もなければ、これを機に会話を広げてお喋りできる空気にする必要なんてのもあったかもしれないけれど……しかしそれは、元来コミュ障気質の私にとってはかなり難易度が高いミッションになるし……
このタイミングで、話題になりそうな相手——すなわちモンスターが向こうからやってきてくれていたので……それこそが待ち望んでいた転機なのだった。
ようやく来たよ……モンスターが。ついに初戦闘だね。
やっぱ配信探索者なんて戦ってナンボだし、黙って歩いてるだけじゃアレだから、このタイミングはむしろ助かった……。
ひと戦闘こなせば、それがキッカケで雰囲気も変わるかもだし……バッチこいだよ!
さて、とはいえこれが初めての会敵になることだし、私の方も一応の確認として一声かけておくかな。
「ああ、それと……」
「ん、なにかな?」
「いや……その、このまま左に行くと、その先にモンスターがいるから、戦闘になると思うし、準備しておいた方がいいよ」
「んっ、そうなの? こっちではまだ発見できてなかったな……」
そう言いつつ、勇者さんが他のメンバーを見渡すも……
「すみません、わたくしの白明も、まだ何も見つけていないようです」
「オレ様たちの方でも、何も感知してないぜ」
との返事が返ってくるばかりだった。
「えっと、その敵って……どんな敵なのかとか判ったりする? それと、接触までの距離がどれくらいとかも、教えてもらえると助かるというか……」
「距離はまだ遠いよ。あの狼くんや、狐のハクメイちゃんの感知範囲にも入ってないくらいにね。ただ、移動速度がめっちゃ速いから、見つかってからは、すぐにここまでくると思うよ」
「そうか……えと、その見つかるってのは、オレたちが見つかるってこと?」
「んと……狼くんの方はたぶん、隠れてても普通に見つかるだろうから、そっからこっちの存在にもたぶん気がつくと思うし…………って、言ってるそばから——」
「っ、御剣! ウルフがやられた!」
ああ、やっぱり……
さっそく狼くんがやられて——その狼くんが通ってきた道筋を逆に辿られることで——もうすぐに、こちらまでやってくるだろう。
なにせコイツは、この深層一層では最速のモンスターなのだから。
幸いにして、狼くんと同じく先行していた狐ちゃんの方は気がつかれなかったか無視されたようで、ヤツは真っ直ぐにこちらにやってきた。
「——ッ!? 何か来ます!」
「おい、なんか来るぞっ!?」
私以外のメンバーも、ようやくその存在に気がついた時には——もう目前にまでソイツはやってきていた。
「気をつけてね、コイツ、本気出したら音よりも速いから——ッ!」
その忠告を言い終わる前に……我々はソイツと会敵した。
ビュッビュビュンッッ!!
壁や天井——それどころか、もはや空中すらを跳び回り、縦横無尽にこちらへと迫ってきた小型の獣系モンスターの姿が視界に映る。
んー、しっかし、記念すべきコラボ配信の初戦闘が、よりにもよってコイツかぁ……
戦いになるのは、むしろ今は有難いんだけれど、でもコイツはなぁ……
深層の中でもよっぽど速い方のモンスターだから、ぶっちゃけすでに、もうほぼほぼ、カメラに映ってないのよねぇ……
もはや映えとか以前の問題なんだよなぁ……
コイツって、配信探索者的には、どうやって倒すのが正解なんだろ……?
加速する思考の中で、本来は目にも止まらぬはずの敵の動きをしっかりと目で追いつつも、悠長にそんなことを考えながら、同時に私は、他のメンバーの動きを見ずとも感知で把握して詳しく様子を窺ってみたのだけれど……
——私がいまだ足元にも及ばないところにいる、一流の配信探索者であるところの彼らは、さてどう対応するのかと、その様をガッツリ参考にさせてもらうつもりで……いたのだけれど。
うん……いやこれ普通に、ほとんど反応できてないっぽくない?
かろうじて目で追えているのは、勇者パーティーでは前衛の三人のうち二人——勇者さんと、〝剣豪〟の女の子だけっぽい……
——盾役らしい〝聖騎士〟の人は、残念ながら反応が間に合ってないね、アレは……。
お次に姫巫女ちゃんは……お、さすが、反応は出来ているっぽいね。ただ、どうだろ、対応は間に合うだろうか……?
カイザーのチームは……当のカイザーくらいか、反応できてるのは。後の五人は厳しそう……。んー、これ、下手すると普通に死ぬんじゃ? 後ろの人とか狙われたら……。
さすがの私でも、最初の戦闘で死人が出るのは配信映え的に論外だということくらい分かる。
——まあ、人がアッサリ死ぬのもダンジョンといえばそうなんだけれど……それを楽しみに観るのはさすがにどーなんって感性くらいは私にもある。
この配信はラブちゃんも観てるんだから……彼女の前では、私は誰も死なせるつもりはない以上、いよいよとなれば割って入って助けるとしよう。
とはいえ死なない限りは、まずは様子見といくかな。
そうは言っても、彼らはトップクラスの探索者なんだから、自力でどうにかするはずだ。
——死なないレベルのピンチは、普通に配信映えとしてはアリだろうしね。
みんなの勇姿は私がしっかりとカメラを動かして捉えておくから、そこはバッチリ安心してよね。
なんてところまで考えたところで、私は素早く〝照面鏡〟を操作して撮影モードを起動することで、私の一人称視点からの映像を追加で配信にのせる。
——照面鏡は空中に映像を投影する機器であるのと同時に、録画機能がついた撮影機器でもあるので、これを使って一人称視点の映像を撮影し、それをそのまま配信にのせることも可能だったりする。
——ドローンカメラだと、たとえ俯瞰視点でも敵の速度に追いつけないだろうから、〝照面鏡〟を通して撮影することで、私自身の視界ほぼそのままの映像をお送りできるので、私が相手の動きに対応できるならバッチリ映像に撮れることになる。
さーて、最後尾の私の元にヤツがたどり着くまでに、一人の死人も出ないでくれよ……?
いざという時には【停滞の魔眼】を使って助けるつもりで——それもあるので、一瞬たりとも目を離さないように、私も集中して相手の動きを目で追っていく。
ビュッビュビュゥッッ!!
発する風切音すら置き去りにして、その小型の獣のモンスター——〝鎌鼬〟が最初に襲いかかったのは、勇者チームだった。
『“致命尾刃”』
カマイタチの鋭い刃がついている尾が、ギラリと閃き——
『“閃光斬り”』
『“無想の位”』
同時に、勇者さんの剣が煌めき、剣豪さんがカウンターの構えを取る。
ギンギギンギャッギャリッ——!!
ほんの一瞬で、ものすごい連撃の応酬が発生し……結果は互角。
攻めの勇者と守りの剣豪の二人がかりの攻防により、見事にカマイタチの攻撃をすべて凌いでみせた。
その健闘振りに、私は素直に感服する。
——へぇ……やるじゃん。
特に連携の妙が際立ってたね……二人が一瞬で立ち位置やらを調整することで、他のメンバーを庇いつつカマイタチの動きを上手く制限したからこそ、誰も被害を受けることなく切り抜けられた。
なんて振り返っている間にも、勇者チームを抜けたカマイタチは次なる標的を襲っている。
「——青蘭ッッ!!」
その狙われた当人である姫巫女ちゃんの呼び声に即応し——
『“半球障壁”』
ガガガガガッッッ!!!
呼ばれた式神の青蘭さんの張る半透明の障壁の展開が間に合い、カマイタチの連撃に盛大に削られつつも、何とかその攻撃を防ぐことに成功する。
私はその障壁使いの玄妙さに、素直に舌を巻く。
——防御結界系の特化型かな……にしてもやるね。
障壁の展開速度・強度・耐久性、どれも及第点だ。カマイタチの攻撃に間に合わせ、その威力を受け止め、魔力を削るという厄介な攻撃特性にも負けずに障壁を最後まで維持してみせた。
したり顔で頷く私はしかし、早々に次なる相手へと攻撃目標を変えたカマイタチの動きにもちゃんと反応している。
「っうおおおッッッ!!!」
『“配下献能——気我誘引——鉄壁防御”』
雄叫びを上げるカイザーが、その特徴的な装備で頭や上半身などの自身の急所を庇いつつ、誘引と防御の能力を同時に使う——が……
んー、致命的ではないとはいえ、それでは負傷は避けられないね……
——ソイツの攻撃は、残念ながら能力じゃ防げないんだよ……。
とはいえ、唯一まともに反応できた自分がちゃんと前に出て、すべての攻撃を受けるつもりでいる点は、さすがと言える部分だけれどね。
まあ、急所は物理的にガードしてるから、死にはしないでしょう。
ズバズバズバズバッッ!!
「ぐうううぅッッ!!」
一瞬のうちに——厳重に守った頭部や上半身を除いた——全身を豪快に切り裂かれて、盛大に血飛沫とうめき声を挙げるカイザー。
しかし案の定、致命傷までは受けておらず、戦闘継続可能なレベルの負傷にとどまっている。
こりゃあ、装備に助けられたね。なるほど、伊達に自分だけ一ランク上の装備で固めてるワケじゃないってことか。確かに、率先して自分が前に出て庇うつもりなら、むしろそれで正解だろうし。
とはいえ、ヘイトスキルを維持できないくらいに削られた時点で、カマイタチの狙いは他に移ってしまいそうになる——その前に、私はカマイタチに向けて殺気を飛ばす。
——ギンッ……!
するとこちらの狙い通り、カマイタチが——近くにいたカイザーチームの他メンバーを無視して——真っ先にこちらに向かってきたので……
ビュッ——パシッ!
私は目の前に迫ったソイツに対して無造作に両手を出すと、むんずと掴んで捕まえてしまうのだった。




