第8話 流浪の探索者(特務探索者——若月光)
「——あれ、もうみんな来てるんだ。待たせちゃったかな? お待たせしたね。今日はよろしく」
そう言って我らが夜叉姫さま——もとい、私が普段呼ぶところの〝夜の字〟が、深層の開始地点とはまるで逆の方向から唐突にこの場に現れたことで、特務探索者である私たちを含めた、ここにいる全員が虚を突かれたような反応を見せる。
——っ、夜叉姫……!
生の、実物の……夜叉姫、ホンモノ……!
——よ、夜の字……お前さん、ちゃんと実在してたんやな!?
これまで長らく、画面越しに配信の映像でしか観ていなかった存在が、現実に目の前に現れたことで、私は感動する。
おおおぉぉぉ……!
特務探索者になっててヨカッタ……!
すごいすごい! まさか夜叉姫にも本当に会えるなんて……!
「おおっ、そっちから来るんか! 驚かしてくれるねぇ。おっと、初めましてだね、夜叉姫さん。オレは御剣勇刃。『勇敢なる挑戦者』というチームのリーダーをしている。まあ、世間では勇者とか勇者パーティーとかって呼ばれてるから、そっちの方が馴染み深いかもしれないけど……とにかくよろしく! というか、どうなんかな、夜叉姫さんって、オレたちのこと、知ってる?」
「あ、うん、よろしく。ボクは夜叉姫。深淵なるソロ探索者さ。君たちのことは……当然、知ってるよ。というか、今回は君たちとコラボ配信することになったんだし、コラボする相手のことくらいちゃんと調べてきてるよ」
「お、そ、そうか。じゃあまあ、他のチームメンバーも軽く紹介しておくよ」
「えっと、リーダーの君以外のメンバーのことも、ちゃんと調べたから知ってるよ?」
「あ、うん。でも初対面だし、まあその、一応ね?」
「ふーん……まあ、いいけど」
ああ、夜叉姫がさっそく、あの勇者パーティーの御剣クンと挨拶を交わしてる……!
——爽やか王子様系超絶イケメン勇者と、ミステリアスな雰囲気(自称)の中二病系天然美少女である夜叉姫の、これは夢の共演ってヤツじゃろ……!
うぉぉ、こんな光景が見られるなんて……か、感激過ぎる……ッ!
——というか夜の字って……やっぱり普通に人見知りなんだな。自己紹介の時点で露骨に余所余所しいんだが、そんなんで、この後のコラボ配信いけるんか……?笑
勇者パーティーの他の五人のメンバーたちとも一通り(マジで最低限の)挨拶を交わしたところで、次に夜叉姫に話しかけたのは姫巫女様だった。
「お初にお目にかかります……夜叉姫さん。今日は何卒、よろしくお願いいたしますね」
「あ、うん、よろしく」
「……わたくしは、姫巫女といいます。お互いに同年代のようですし、どうぞお好きに親しみやすい呼び方をしていただけたらと思います。わたくしも、貴女さまのことは〝夜叉姫ちゃん〟と、そう呼ばせてもらいたいのですが、よろしいでしょうか?」
「あ、うん、好きに呼んでよ」
「ありがとうございます。さっそくですが、夜叉姫ちゃんは——先ほどの話振りからして——このわたくしのことも、すでにご存じでいらっしゃるのかしら?」
「ん、うん。君のことは、前から知ってたよ。まあ、探索者というよりは、アイドルとしてだけれど。歌とか出してるでしょ、ボクも聴いたことあるよ」
「そ、そうですか……! では、もしかして、すでにわたくしのファンだったりする、なんてこともあったりして……?」
「……ふふっ——ファン、ねぇ……」
「……っ」
「アイドルとしてはともかく……探索者としては、君を崇拝することはないと思うよ」
「……そ、そうですか」
姫巫女様……!
いやマジで、姫巫女様に会えたのもめっちゃ嬉しいんだけどぉ……!
忙しいし抽選全然当たんないから、姫巫女様のライブも行けたことないし、今までは画面越しに眺めることしか出来なかったのに……
まさかまさか、こうして直接会えるなんて……! マジで感激……!
にしても夜叉姫ってば、天下の姫巫女様を相手にしても、あんだけ平然としてるなんて、普通に凄いな……怖いもの無しかよ。
——あの口振り……やっぱり夜の字も、姫巫女さまの能力は把握してるみたいやな。
さすがの姫巫女様も夜叉姫の実力には興味津々な感じなのこれマジで凄いことなのに、肝心の本人がそれを意にも介してないのもかなりヤバめだろぉ……!
うわぁ、この後の配信でこの二人がどう絡んでくのか、めっちゃ楽しみやんけぇぇオイィィ……!
「おう、アンタが夜叉姫か。オレ様はカイザー。『規律正しい乱暴者』のリーダーだ。よう、オレ様のことも知ってるんだよな?」
「えっと、まあ、うん。ちゃんと事前に調べてきたよ」
「……おぅ、何だそれ、要は知らなかったってことか? おいおい、言っとくが最近バズったアンタよりもオレ様の方がよっぽど知名度あんだぜ? なんならアンタは、まだ実力を疑われている段階だし、ぶっちゃけオレ様だって本当に言うだけの実力があんのか疑ってるぜ? で、実際のところ、そこんとこどーなのよ?」
「どうって言われても……それは、これから一緒に探索すれば、すぐに分かるんじゃないの?」
「へっ、言うじゃん。そこまで言うなら、見せてもらおうじゃねーの」
「……うん、どうぞ?」
ふっ、ジャガーのカイザーが適当にあしらわれてるし、ウケる。
まあぶっちゃけ、このメンツの中じゃ一番の格下だもんね、ジャガーは。
まあ、それを言うなら勇者や姫巫女様も、あくまでも表の世界でのトップクラスってことになるんだけれど。
実際、〝特務〟の中でも一番の新参者で実力の低い私ですら、勇者パーティー相手でも単独で同格なんだから、ジャガーくらいは私一人でも倒せるんよね。
ただ、姫巫女様は私から見てもだいぶ規格外なので、あるいは特務探索者に匹敵する実力だと言っていいのかもしれない。
とはいえ……特務もピンキリだから、それでも良くて下っ端の私辺りと比べたら——ってことになるだろうけれど。
なんて考えていたら……いよいよ夜叉姫が、私たち特務チームのところにまで挨拶にやってきた。
「えっと、君たちが、特務の……」
「そうだ。君の実力を測り、今回の配信を見届けるよう、政府から派遣されてきたチームだ」
「……」
「……」
「……そう。それで……ボクを直に見て、実力は判ったのかな?」
「……君のその、特異な瞳には……すごく見覚えがある——とだけ、言っておこう」
「へぇ……なるほど……ふふ、そうか、そうなんだね……」
「……そんな君にとっては、深層なんて——それこそ、雑談しながら配信しつつ片手間で攻略できるような場所だろうから、身の安全の心配はしていないが……今回の配信でどこまで映してしまうのかについては、少し気になるところだな」
「それって、あんまり一気に奥まで行かないでほしいってこと?」
「端的に言えば、そうだ」
「ふぅん……まあ、今回はコラボ配信する付き添いの人たちもいるし、そんな先までは行かないと思うよ。行くとしても、せいぜいが最初のエリアボスくらいまでじゃないかな」
「そうか。それくらいなら……まあ、問題ないだろう」
特務チームのリーダーである斑鳩主任と夜叉姫とのやり取りを、緊張しながら後ろで見つめる私……。
——凄いな、夜の字……特務最強の斑鳩直を前にしても、なんら物怖じしないとか……メンタル怪物級かよ。
ぶっちゃけ、主任については規格外過ぎて、私なんかからしたらどんだけ強いのか判らないんだけれど……でも夜叉姫も夜叉姫で、直に対面した今となってもなお、強さがまったく判らないんだよねぇ……
——ナオさんが〝計り知れない〟という意味での判らないだとしたら、夜の字はそもそも〝測らせてくれない〟という意味での判らない、ってトコロか……。
あれはどうも、確実に何らかの秘匿系の能力か装備を使っている反応だ。
まあ、秘密主義だからなぁ、夜の字は……
なんて考えつつも、探るように夜叉姫の方を見ていたら——その時、バッチリと目が合ってしまった。
おえっ……?!
ちょちょちょちょっ……
おいおいなんか——いや速ッ——こ、こっちに来た……っ!?
「ん、君さぁ……」
「え、な、なんですか……?」
「どっかで会ったことある?」
「い、いや……無いと思いますよ?」
「そっか……ところで流の字、今日の配信は見てくれるの?」
「そりゃもう、配信でも肉眼でもバッチリ観るに決まって——ってぇ、はぁっ?! ちょっ、なんっ……」
「…………流の字」
「……っ、……」
凄い顔して——超至近距離から——夜叉姫がこっちを見てくる……ッ!!
「ねぇ……流の字、ねぇ」
「な、何を言っているんですか、夜——夜叉姫さん」
「へぇ……いつもみたいに呼んでくれないんだぁ。そっかぁ……ふぅん……」
「…………いや、何で判るんだよ、夜の字」
「あはっ」
目の前でものっそい悲しげな顔をされてしまったので、思わずそう応えてしまった。
「えぇ? いやいや、何でって……このボクが、自分の〝観測者〟と直に対面しても分からない——なんてことが、あるワケないじゃなぁい? ねぇ」
「……」
まさか、政府からすでに私のことを聞き出していた……?
いや、さすがにそれは無いか……
でも、だとしたらマジで、どうして……??
「へぇ、そっかぁ……流の字って、こんな顔してたんだねぇ」
「っ……」
「というか、流の字、お前…………女の子やったんかい!!?」
「……え、そこ?」
「しかもめっちゃ若ぇし! まだ十代じゃないの?! おいおい、若過ぎだろっ!」
「アンタが言うんか? 自分のが若いだろ」
「いやいや……コメントだとあんな喋り方しといて何それ、めっちゃ意外だし、マジで——お前だったのかよっ!? て感じだよ、今」
「そんなに?」
「いや普通に、冴えないオッサンを想像してたもん……ボク。なのに実物は何コレ、普通に美少女じゃん。そりゃ驚くだろ!」
「冴えないは余計だろ——って、いやいや、夜の字の方がよっぽど美少女だって、実物は映像で見るより可愛いってやつじゃん」
「……おいおい、まったく……へっへへ」
「……いやいや、ほんとに……ふっふふ」
「——若月、お前、彼女と知り合いだったのか?」
「へぇぁっ、ナオさん……!」
まさかの正体バレから夜の字とイチャコラ話していたら、ナオさんにいきなり肩を掴まれて盛大に驚く。
「いや、そのぉ……知り合いというかー、実は——」
「へぇ、若月っていうの。下の名前は?」
「……夜叉姫さん、君はそろそろ、配信の段取りの方を話し合わないといけないんじゃないのか? その、他の連中が待っているようだが」
「え、ああ、ホントだ。ちょ、行ってくる」
「あ、行ってらっしゃい」
遠ざかっていく夜の字……
それを鋭く見据えるナオさんが、ポツリとこぼす。
「尋常ではないな……」
「あ、あの、主任はどう思われましたか、その、夜叉姫の実力については……」
「……少なくとも、深層に平気で来ることが出来ている時点で、相応の実力があることは、すでに証明されている」
「それは、そうですが……」
「それ以外は——現状では不明だ」
「えっ、それってつまり、主任でも夜叉姫の実力は測りかねている、ということなんですかっ……!?」
まさかっ!?
ナオさんでも実力が測れないなら、それって一体、どれほどの……っ?!
「いや——そもそも、探ること自体が出来ていない。あれは相当強力な秘匿能力を持っている」
「……ああ、確かに、そのようですね」
「それどころか、ダンジョン入り口ゲートの入場記録にも、該当するはずの対象が存在していない——との報告だ」
「え、それって……」
「徹底している……こちらには一切、尻尾を掴ませないつもりらしい」
秘密主義だからなぁ、夜の字は。
しかしまさか、そこまで徹底していたとは。
「……やっぱり、夜叉姫は要警戒対象ですか?」
「もちろん、警戒は必要だが……ふ——そんな顔するな。別に、向こうが大人しくしていれば、こちらからは何もしない」
「……ですか」
「……若月、お前、彼女の配信の常連なんだな」
「っ! そ、それは……っ」
「今は仕事中だが……今回の任務は、その夜叉姫を監視することだ」
「……?」
「我々は、彼女らの配信に映るのは望ましくない。となると、どう配信されているのかも、逐一確認しておく必要がある」
「……!」
「当然、そちらばかりを見ていてもいけないがな。だから役割分担だ。若月、お前は彼女たちの配信をリアルタイムで監視しろ」
「しゅ、主任……!」
ナオさん……一生ついていきます!
「言うまでもないが、周囲への警戒は怠るなよ」
「はいっ……! あの、配信にコメントを送ってもいいですか?」
「……」
「あ、い、いえ、すみません、さすがにダメですよねっごめんなさ——」
「——うっかりして、今の自分の立場をバラすなよ」
「……な、ナオさん……!」
——すまん、夜の字……ごめんやで、姫巫女様……勇者クンも、ソーリー……
——ワイの最推しは、やっぱりナオさんでファイナルアンサーや……! すまんな!




