SCENE196 卒業を祝いにきたぞ
日を改めて、僕のダンジョンに衣織お姉さんがやってきた。
「よう、瞬」
「あっ、衣織お姉さん、今日はどうしたの?」
挨拶をされて、僕は顔を上げて衣織お姉さんに声をかける。
その衣織お姉さんの手には、なにやらたくさんの荷物が持たれている。一体何もを持ってきたんだろう。あまりに大量の荷物に、僕は首を傾げてしまう。
「こっちは無事に中学校を卒業できるということでお祝いだ。卒業証書とかはどうする。必要なら持ってくるが」
「あっ、そうだね、それはどうしようかな」
衣織お姉さんに荷物を渡されながら、僕は考える。卒業証書は僕が中学校を卒業した証拠だもんね。とはいえ、ダンジョンに持ってきてもいいものかなとはつい考えちゃう。
考えながら、衣織お姉さんの持ってきたものを確認する。
「うわぁ、ケーキだ」
「ああ、近所にある洋菓子店にわざわざ買いに行ってきた。ラティナやアルカナの分もあるから、しっかりと味わってくれ」
「う、うん。それじゃバトラーに渡すね」
衣織お姉さんに渡されたケーキを、僕はバトラーを呼んで渡しておく。あとでみんなと囲みながら一緒に味わうことにしよう。
「それで、もうひとつの包みは何?」
ケーキをバトラーに預けた僕は、改めて衣織お姉さんに声をかけてみる。
そしたら、衣織お姉さんは袋の中に手を突っ込んで、がさがさと何かを引っ張り出してきた。
手に持たれているのは、……服?
そう、衣織お姉さんが手に持っているのは何かしらの服だった。
「ねえ、衣織お姉さん、それって……」
「ああ、これは私の高校時代の制服だ。瞬は高校には通えないだろ? だから、ちょっとでも高校に通った気分になってもらいたくて持ってきたんだ」
そう話す衣織お姉さんの表情が、ものすごい笑顔になっている。
うん、絶対うそだ。僕に着せたいがために持ってきたんだよね、そうだよね。
僕が疑いの目を向けていると、衣織お姉さんはちょっと残念そうな顔をしている。
「なんだ、高校の制服を着たくないのか?」
「いや、着たいよ。でも、それだったら男子の制服を持ってくるべきでしょ。僕の元々の性別を思い出してよ」
なぜという顔をするものだから、僕はその理由をはっきりと言いきってみた。だというのに、衣織お姉さんはきょとんとして僕の方を見ているんだ。なんでそうなるの?!
僕の顔を見た衣織お姉さんが、なぜか急に笑い出す。まったく、なんなんだよ、もう。
「いや、悪かったな。確かに言われればその通りなんだが、今の瞬は”ラミアプリンセス”だろう?」
「うっ、そう言われれば、そうだけど……」
衣織お姉さんに指摘されると、僕はまったくもって言い返せなかった。だって、今の僕は下半身こそ蛇だけど、女の子だからなぁ……。
うん、僕はため息しか出てこなかったよ。
とはいえ、せっかく衣織お姉さんが持ってきたわけだし、僕は我慢して着ることにするかな。
ただ、衣織お姉さんと僕とじゃ、体格に差があるから合うかどうかすらが分からないや。
「まあ、とっとと着替えようじゃないか。あの奥の隠し部屋でいいんだよな?」
「そうだけど……。まぁ、衣織お姉さんの頼みだからしょうがないなぁ」
僕が諦めたようなことを言うと、衣織お姉さんはものすごくいい笑顔で笑っていた。なんだかなぁ……。
部屋へと向かうと、僕と入れ替わるようにバトラーが出てくる。
「おや、プリンセス。支度ができましたというのに、どうなされたのですか」
「うん、ちょっと観念してね」
僕が衣織お姉さんに視線を向けると、バトラーはどうやら察したらしい。
「承知致しました。それでは、プリンセスが戻られるまでお待ちしております」
「うん、ごめんね」
僕と衣織お姉さんは、バトラーと入れ替わりに部屋の中へと入っていく。
部屋に入って扉が開かないようにすると、僕は服を着替えていく。ただ、蛇の姿なのでスカートが穿きづらい。頭からかぶらないといけないのは、本当に大変だよ。
そんなことを思いながら、衣織お姉さんに制服を着させてもらう。
「なあ、瞬。ちょっといいか?」
「なに、衣織お姉さん」
着替えていると、衣織お姉さんがものすごく真面目な声で僕に話しかけてきた。
「今起きているこのダンジョンシステムについて、それとなく探りを入れてもらいたいんだ。お前の性格上、ちょっと心配なところはあるんだがな」
「ちょっと、心配といいつつ頼むようなことなの、それ」
「ああ。この話題で一番怪しいのは、こっちに来ているモンスターの中でもかなり特殊な立ち位置にいるバトラーだけだ。今までの様子からしてみても、きっとバトラーは何かを知っているはずだ」
僕の目を見て、衣織お姉さんは力強く訴えてくる。
でも、モンスターとなった僕は、その言葉に対してどうしても素直に首を縦に振れなかった。なんていうか、絶対に探りを入れちゃいけないという警告のようなものが、頭の中でぐるぐるとし始めたんだもの。
僕が戸惑う様子を見て、衣織お姉さんは複雑そうな表情を浮かべていた。
「……悪い。ちょっと無茶な話だったかもな。でも、私はバトラーはこのダンジョンのことについていろいろと知っているはずだと見ている。だが、急に話を振ろうとしても、あの聡明なバトラーだ、きっとうまくはぐらかされるだろうな」
結局、衣織お姉さんはこのことは忘れてくれと言っていた。
でも、確かにこの話は僕も気になるところだ。
空ダンジョンの中で十年も身を潜めていたことといい、バトラーには謎が多すぎるんだ。
異界から何のためにこっちの世界へやって来て、なぜみんな訳も分からずに侵入してくる人たちを殺そうとするのか。よくよく思えば、ダンジョンシステム自体にも謎が多すぎる。
アルカナさんだって、今の状態からすれば積極的に侵入者を殺そうとしていたわけでもなさそうだしね。
「よし、着替え終わったぞ」
「あ、ありがとう」
「それじゃ、みんなのところに行こうか。バトラーが淹れてくれた紅茶も冷めてしまうだろうしな」
無事に着替え終わった僕は、衣織お姉さんと一緒にみんなのところへと向かっていく。
さっき衣織お姉さんとした話の内容は、ひとまず僕の胸の内にしまっておこう。部屋を出ながら、僕はそう心に決めた。




