直接対決
八月二十四日
僕は、自分の部屋で掃除機をかけていた。念入りに隅々まで。
何故、こんなことをしているのか。理由は単純だ。あと数十分もすればこの部屋に人が来るからだ。
決まったのはやはり、前日のことだった。
ファミレスを出た勇太から出た一言、
「明日、作戦会議しないか?神原の家で」
なぜ僕の家なんだ、と抗議もむなしく、予定を取り付けられてしまった。
勇太だけ来るのであれば、そこまで問題はなかった。だが、作戦会議となれば、相田も仲間外れにするわけにはいかない。
勇太は相田も誘い、あっさりOKをもらってしまった。
せめてもの譲歩で、集まるのは午後となった。休みだというのに、連日午前中から活動するのはまっぴらごめんだ。
インターホンが鳴った。
つい五分前に、勇太から「もうすぐ着く」と事前に連絡が来ていたので、誰が鳴らしているかは分かっていた。
玄関前を写したモニターは二人の人物を捉えている。
楢崎勇太と相田花。
「はい」
「来たぞー。開けてくれー」
勇太の間の抜けた声が聞こえた。
「ちょっと待ってろ」
インターホンを切った僕は、来客を出迎えるために玄関に向かった。
「お邪魔します」
相田は丁寧に挨拶をした。
対して、勇太はカジュアルに挨拶を投げかけた。
「お邪魔しまーす。あれ?神原一人?」
「ああ、母さん仕事行ってるから誰もいないよ」
「ふうん」
「神原、これ。お菓子なんだけど、家の人と食べて」
相田から、紙袋を手渡された。
「気にしなくていいのに。でも、ありがとう。ありがたくいただくよ」
「ごめん、俺は何も持ってきてない」
「だから、いいんだよ。気にしなくて。親いないんだし」
相田からもらった手土産はキッチンの隅に置き、二人を僕の部屋に案内した。
「さて、各々現状報告からしますか」
腰を下ろしてすぐに、勇太が切り出した。
「といっても、俺の仕入れた情報は、昨日、二人にあらかた話した通りなんだけどね」
SNSを通じて朝倉と接触したこと。そして、昨日僕と共に朝倉に直接話をしたこと。これが勇太の現状だ。
「じゃあ、私から話してもいい?」
「では、相田さんどうぞ」
勇太はすっかり司会者気分で話を回している。
「部長にまた詳しい話を聞いてみたんだ」
「矢部さんか」
以前起きた『透明人間』騒動の実行犯である、ダンス部部長の矢部。朝倉と同じくSNS経由で教授とやり取りをしていた。
「教授からメッセージを受け取る前に、更衣室の件を話したのは、ダンス部以外だと生徒会の人だけだって」
更衣室の鍵に不備があることに対して矢部は不満を持っていた。教授はそのことを知っていたから矢部に接触をしたのだ。
つまり、教授は更衣室の話を事前に知っている必要があった。
「つまり、教授はダンス部の部員か、生徒会のメンバーってことになるなあ。神原はどう考える?」
「二件目の千速新聞の件も生徒会内部の情報に精通していないと犯行は無理だろうな」
考えれば考えるほど、生徒会周りの人間が怪しく思えてくる。千速新聞のリークは、ただのダンス部員にできる芸当ではない。
「私はこれくらいかな。他は特に進展なし」
「ありがとう。相田さん。じゃ、神原よろしく」
「僕は、新しい情報を手に入れた訳じゃないんだけど、朝倉さんがやり取りしていた教授のアカウントにメッセージを送ってみたんだ」
そう、昨日の夜、寝る前に僕はアクションを起こしていたのだ。
「『千速新聞の内容を先取りして教えてくれると聞きました。興味あるので、お話しできませんか』ってね」
「なるほど、第二の朝倉先輩を装ったのか」
「ま、教授からの反応は今のところなし。手がかりというには弱いかな」
朝倉と教授の情報共有はまだ途切れていない。教授はこのアカウントを覗いているはず。メッセージもいずれ、教授の目に入るということになる。
「うーん、反応がないと動けない。後手後手だなあ」
勇太の言う通り、こちらからアクションを取れる手が現状少ない。だからこそ、少しのリスクを取ってでも教授に直接メッセージを送信したのだ。
「ねえ、教授方面に行き詰まるなら、柏木さん方面を調べてみない?」
「お、それそれ。俺もそう提案しようと思ってた」
相田の提案を勇太は横取りしたいらしい。
「昨日連絡先をゲットした、柏木さんと関わりのあった先輩、石山さんに連絡を取ってみよう」
早速、勇太はスマホを取り出し、石山に送る文面を考えていた。
会話が途切れてしまったので、僕も何気なくスマホに目を移した。
そのとき、ポン、と画面上部に通知ポップアップが表示された。
「え?」
存外、大きな声が出ていたようで、二人の注目を集めてしまった。
通知はSNSのDMが届いたことを知らせていた。
チャットの相手は『教授』。
「教授から返信が来た」
画面をタップし、アプリを開き、二人にも見やすいように机の上に置いた。
『君は誰だ?誰から千速新聞のことを聞いたのかな?』
教授からの返答は警戒心に満ちたものだった。
「勇太、返信頼めるか?僕よりかは交渉とか得意だろ?」
「うーん、そりゃそうだけど」
自信がなさそうな返答とは裏腹に、僕のスマホを受け取った勇太は、迷いなく入力していた。
『朝倉から聞きました。石山といいます。もちろん、他の人に千速新聞の件は言っていません』
「こんなもんか?」
「なんで石山さんになりすますの?」
相田が不思議そうな顔をして聞いた。
僕も、相田と同じことを聞こうと思ったところだ。
「教授がこれまで接触したのは矢部さんと朝倉さん。どっちも三年生。多分、教授は三年生から柏木さんの情報を聞き出そうとしてるんだよ」
なるほど、納得の答えだった。やはり、勇太は人の行動を読むことに長けている。
教授からの返信はすぐに来た。
『柏木嵐について、何か知っていることはあるか』
矢部や朝倉にもしていた質問だ。教授としてはこれが本題だろう。
「かかったな。教授め」
勇太の目は生き生きと輝いていた。
『事件について知っていることがあります。協力できると思うので、そちらも千速新聞のことを教えてくれませんか』
返信に迷いはなかった。
「さあ、どう出てくる」
教授の反応に期待を寄せた。
しかし、実際の返答は、僕らの予想とは違ったものであった。
『石山じゃないな。お前は生徒会の人間か?』
「あれ、バレた?どうする、神原」
「しらばっくれるしかないな」
勇太からスマホを返してもらい、言い訳を打ち込んだ。
『生徒会の人間ではないです。三年の石山俊介といいます。』
あくまでも、石山であるという体で様子見といこう。
『君たち生徒会が私のことをコソコソ探っていることは知っている。』
教授の反応的に、生徒会の人間であることを確信しているようだ。
「どうするんだ、神原」
「いっちょ、カマをかけてみるか」
『絶対に教授の思い通りにはさせません。』
『私の邪魔をするなら柏木の二の舞になると思え。』
最後のメッセージを受信すると、メッセージ機能が制限された。
「あっ、ブロックされた」
初めての直接対決は無情にも相手側からの拒絶で幕を閉じた。




