勘違い?
DMの応酬が終わってから小一時間程度、僕らは教授の人物像や目的について議論を交わした。小腹が空いたので、お菓子とジュースをお供にしてルーズリーフに情報を書きなぐっていった。
状況証拠的に一番怪しいのは生徒会周りの人間。会長の才木、副会長の長谷部、書記の京野、会計の関本。他、生徒会室に出入りし、生徒会の事情をよく知る者。可能性は低いだろうが教員という線もなくはない。
目的は・・・・・・今のところほとんど見えてこないが、確かなのは柏木さんの事件について探っているということ。
情報が圧倒的に足りていない。やはり、こちらからアクションを掛けたいところではあるが、先ほど教授に繋がる線が切れたばかりだ。
時間が経つのは早いもので、気づいたときには時計の針が午後五時を超えていた。
「二人は時間大丈夫か?」
「俺は特に門限とかないけど、相田は?」
「うーん、私はそろそろ帰ろうかな」
相田はそういって、机に散らばせた筆記用具を片づけ始めた。
帰りの支度を始める相田を見て、勇太も机に残ったポテチを口に詰め、オレンジジュースで流し込んだ。
「じゃあ、俺も帰るか」
勇太なりの気遣いだったのだろうか。お菓子が微妙に残るのは処理に困るので、正直助かる。
二人の帰る準備が出来たころ、インターホンが鳴った。
誰だろう?宅配などの予定はないはずだが。
部屋を出た僕はインターホンに写る人物を確認し、通話ボタンを押した。
「叔父さん、どうしたの」
「今日、舞子仕事だろ?夕飯一緒に食べに行こうと思って」
僕の母、神原舞子の兄、神原啓介だ。先日、盲腸で入院していたが、無事手術は成功し、退院した。
「いいけど、ちょっと待って。今友達来てるから」
インターホンを切り、玄関を開けると汗だくの叔父が立っていた。
「いやあ、暑いな。」
靴を脱ぎスリッパに履き替えた叔父は、ポケットから出したハンカチで額の汗を拭った。
「悪いな、友達が来てるとは知らなくて。邪魔だったか?」
「大丈夫。もう解散するところだから」
叔父は居間のソファに座り、鞄からペットボトルのお茶を取り出してグビグビと飲んだ。
事情を察したのか、相田と勇太は荷物を持って部屋から出てきた。
「すみません。お邪魔してます」
「俺らもう帰りますんで」
二人の気まずそうな雰囲気が伝わってくる。
「おー、こちらこそすみませんね。いつも啓吾がお世話になっています。啓吾の叔父です」
叔父は大学勤務で普段から学生と交流してるだけあり、にこやかな表情で、物腰がやわらかい。
「ん?」
叔父は、相田を見て怪訝そうな顔をした。
それを見た僕は、なんとなく叔父が言いたいことに見当がついていた。
高校に入った頃からだろうか。叔父は僕に会う度に、「彼女はできたか」「気になる子はいるか」と聞いてくるようになった。
相田に関して、壮大な勘違いをしている気がしてならない。
「じゃあ、駅まで二人を送ってくるから。叔父さんはちょっと待ってて」
「あ、ああ」
少々、強引に叔父から二人、いや、相田を遠ざけることに成功した。
我が家から最寄り駅まで五分。往復で十分なので、叔父の腹の虫が鳴くまでには帰れるだろう。
「神原の叔父さん、とても優しい人だね」
相田が当たり障りのない褒め文句を言った。後で叔父本人に伝えておこう。
「いい人だよ。僕にとっては父親みたいな人だね」
「父親、みたい・・・・・・?」
相田は人の細かい機微に対して鋭い節がある。僕の家庭事情にも察しが付いたのだろう。
父が亡くなったのは三年以上も前のことなので、こちらとしては心の整理はとうに終わっている。気を遣われすぎるのも心地悪い。
「あ、そうだ」
勇太が重たくなった空気を浄化するべく、話を切り出した。
「ちょっとスーパーに寄りたいから神原は相田を頼む」
「え?今から?何買うんだよ?」
「そりゃあ、あれだよ」
勇太は意味ありげに僕に向けてアイコンタクトを取った。
「お前まさか」
「じゃ、頼んだ」
相田には見えないように僕にウィンクをよこした。
どうやら、叔父と同じような勘違いをしているらしい。
助け舟を出すかと思いきや、勇太は爆弾を起爆して去っていった。
駅までの道中、形容しがたい雰囲気が僕らを包んでいた。
「ごめんね。変な感じになっちゃって」
「いや、別に」
「話したくないなら話さなくていいんだけど・・・・・・」
丁寧に前置きをするのは、相田なりの優しさなのだろう。
「神原ってもしかして、お父さんいなかったりする?」
思っていたよりも直球で質問が来たので、動揺をしてしまった。しかし、今は話しにくいことでもない。
「うん、中一の時に心臓の病気で死んだ。それからは叔父がよくしてくれてる」
気を遣わせないように、なるべく平静を保って話した。
相田は真摯に話を聞き、少し悩んだ末に、口を開いた。
「実は、私も父親がいないんだ」
相田から他の人から感じる特有の憐みを感じなかったのはそういうことだったのか、と合点がいった。
「ま、私の場合はまだどっちも生きてはいるけどね」
死別ではなく、離婚ということだろうな。まさかこんな身近に似た境遇の人間がいるとは。なんだか、相田に親近感を覚えた。
「なんか、私たち似てるね。これって運命?」
「やめろよ、変なこと言うの」
相田はいたずらっぽく僕をからかった。
家を出発した時の空気とは一変し、駅に着く時にはいつも以上に話が弾んでいた。初めて相田のパーソナルな部分を知れたということも大きかったのかな。相田花という人間の輪郭にようやく触れられた気がしたのだ。
ほどなくして、最寄りの石池駅に到着した。
「じゃ、またね」
「ああ、また」
相田は、地下鉄に向かう階段の前で僕に手を振った。最後に見せたあどけない笑顔を、不覚にも僕は可愛いと思ってしまった。
駅からの帰りは、行きと対称的に虚無だった。一人で見知った道を辿るだけなので当然といえばそれまでだが。
見慣れた交差点を過ぎ、見慣れた緑色の屋根の一軒家の我が家が見えた。
置き去りにしてしまっていた叔父をこれ以上待たせないように気持ち速足で歩いた。
「ただいま」
「おかえり、友達はちゃんと送れたのか?」
「うん、じゃあご飯食べに行こうか」
「なあ、啓吾。さっきの女の子・・・・・・」
「相田のこと?」
「あぁ、相田さんというのか。一度、見かけたことがあるんだよ」
叔父が相田を?意外な繋がりがあるものだな。
「どこで?うちのダンス部の大会でも見に行ったの?」
「いやいや、この前病院でね」
「あぁ、そういや、あの日相田もいたな」
叔父の見舞いの際に、病院で僕も相田に遭遇したことを思い出した。
「あの子とは、仲いいのか?」
叔父が、僕の恋愛事情を探ろうとするモードに入ったことを感知した。
「相田はただのクラスメート。今日は学校祭の準備のことで、打合せをするためにうちに来てもらった。それ以上でも以下でもない」
「そ、そうか」
動揺もせず淡々と答えた。叔父はどうも納得いっていない様子だ。
「・・・・・・いいか。今日は肉食うぞ肉」
盲腸明けにしては食い意地が張っている。全快した証なので、まあ良しとしよう。




