テーマソング
八月二十五日
相変わらずの強い日差しに参りながら、今日も校舎に向かう坂を一歩一歩踏みしめていく。
直射日光で熱されたアスファルトを歩く僕は、鉄板の上のハンバーグの気持ちを代弁出来る気がしてきた。
校門をくぐった僕は、自分のクラスである一年三組の教室には向かわない。
南棟と北棟をつなぐ渡り廊下。その渡り廊下を途中で右に折れると、プレハブのような生徒会室が見えてくる。
学校祭準備日である今日は、夏休み期間でありながら、登校しなければいけないと定められている。もちろん、一年三組に行けば、クラスメートが皆、学校祭の作業をせっせと進めている。
しかし、生徒会の手伝いという大義名分を得た僕は、生徒会室に入り浸ることで、正当にサボることができるのである。
「お疲れ様でーす」
生徒会室の建付けの悪い扉を引きながら、気の抜けた挨拶を掛けた。
ただし、返答はない。
生徒会室には誰もいなかったのだ。
鍵は施錠されていない。つい、この前『教授』に侵入されていたというのに、不用心にも程がある。
僕は、バッグを机の上に置き、椅子に腰を掛けた。一息ついたところで、異常な暑さで汗が僕の額をつたった。
建物の構造上、エアコンを設置できない生徒会室には、冷房機器が古びた扇風機のみとなっている。
僕は、はしたないとは思うが、足を伸ばして、足元に置かれた扇風機の『強』ボタンを親指で押した。もちろん、足の親指で。
ガタガタと音を鳴らしながら送られる風が、僕を生き返らせる。後は、アイスでもあれば完璧だ。
そうして涼んでいると、背後の扉からこの部屋の住人が一人、帰ってきた。
「あれ、神原君?」
声をかけてきたのは、生徒会会計の関本美優。僕と同じ一年だそうだが、生徒会室以外での関わりは全くない。
「お邪魔してます」
「今日も何か会長から頼まれてる感じ?」
「いや、ただサボりに来てる」
「正直だねえ。ここまで開き直られると怒る気にもならないよ」
「そちらは、お仕事?」
「見ての通り、朝からこき使われてますよ」
関本は大量の紙束を両腕に抱えていた。
表紙には『会計帳簿』。
前に聞いた話では、各クラスの代表者が、学校祭準備で発生した経費を帳簿にまとめる必要があり、その帳簿をすべて確認するのが生徒会会計の前期の仕事だとか。三学年、各九組あるので、合計二十七組の帳簿を確認する大仕事をこの関本一人が担っているのだ。
「大変ですねー」
「探偵ごっこやってる誰かさんよりはね」
関本の言葉には確かに毒を感じた。
「こっちもこっちで手詰まり感があってだな」
「ふうん、そうなんだ。ま、頑張ってよ」
「なんか情報あったら教えてくれよ」
「うーん、私は今、帳簿作業しかしてないし。そもそも、あんまり事情聞いてないんだよね。『教授』?だっけ?」
思い返せば、いつも関本がいない時に大事な場面が発生している気もする。完全に蚊帳の外状態だ。
とは言え、『教授』は生徒会関係者である可能性が非常に高い。とすれば、この関本も有力な容疑者の一人であることは揺るぎない。
「何でもいい。最近、学校関連で変わったこと、気になること、何かなかったか?」
うーん、と関本は口元に手をやり、考え込んだ。
「変わりないかな。強いて言えば、テーマソングが決まったことくらい?」
「テーマソング?」
「まだ聞いてないの?学校祭テーマソング」
「聞いてないし、存在も今知った」
「えー。告知もしてたのに。ほら、夏休み前に有志募集があったでしょ?」
僕の記憶の奥深くを辿る。なんとなく、そのような募集があったような気がしないでもない。
「オーディションみたいな募集だったっけ?」
「そ。学校祭テーマソングとして盛り上がれる、オリジナルの曲を募集してたの。それが、やっと正式に決まったってわけ」
「へえ」
「めっちゃいい曲だから聞きなよ!特に、ギターは私のクラスの子が担当してて、凄いんだから!」
関本は興奮気味に語った。
「どこで聞けるんだ?」
「定期的に校内放送で流れるはず。今日からぼちぼち聞くことになると思うよ」
「それは楽しみだ」
高校生が作詞作曲演奏歌唱した楽曲なら、クオリティはたかが知れているとは思うが、そこまで推されると、聞いてみたくなってしまった。同級生にそんな音楽に通じている人がいるとは初めて知ったな。
しばらくすると、校内放送が始まった。生徒会室にはエアコンはないが、校内放送用のスピーカーはしっかりと完備されている。
放送委員の挨拶から始まり、学校祭テーマソングの選出経緯、バンドメンバーの紹介がされた。
ギターの紹介では、関本の説明通り、一年の生徒が紹介されていた。一年ながら、軽音部の次期エースとして活躍しているそうだ。
楽曲のタイトルは、『Road』。成功への道を歌った曲だそうだ。
イントロからギターが鳴り響き、それに負けない強いボーカルが乗っかる。ベースとドラムが支えて、曲としての一体感を感じる。
僕は、音楽に素養がある訳ではないが、これは素晴らしいと素直に感じた。
決してプロの音響には遠く及ばないが、荒削りながらも耳に残るメロディー。すっと頭に入ってくるシンプルかつストレートな歌詞。僕好みの曲だ。
「思っていたもよりいいね」
「でしょ」
関本は自慢げにしている。
僕は、普通にテーマソングに聞き入っていた。同じ高校生でここまでできるのだなあと感心して尊敬の念まで抱いていた。
テーマソングはいわゆる落ちサビと呼ばれる、曲のクライマックスで一度テンションを落として、最後の盛り上げの助走をする部分に差し掛かっていた。
僕は、各楽器の音色とボーカル、歌詞を漏れなく堪能していた。
その時だった。流れていく歌詞が僕の頭に引っかかった。一見何も問題はない歌詞に思えたが、確実に意図を持って、特定の人間に向けたメッセージが含まれていたのだ。
「関本、この歌詞を書いたのは誰だ?」
突然の質問に、関本は目をパチクリさせた。
「えっと、多分、ボーカルの立花先輩かな?」
「ちょっとその人に話を聞けたりしないかな?多分、『教授』に関わりがあると思うんだ」
そう、歌詞には『教授』の手が加わっていると、僕は確信していた。




