お見舞い
七月十九日
透明人間探しから一週間が経ち、千速高校は夏休みに突入した。八月末までは学校祭準備のための登校日がある以外は特に予定はない。クラスメイトの話によると、部活動によっては毎日登校することもあるそうだ。僕が所属するパソコン部はそうではない。
千速高校の生徒は原則、部活動に所属する必要がある。それでも、部活動に時間を費やしたくない生徒は存在する。僕もそのうちの一人だ。パソコン部の部長、渡辺にはそういったマイノリティに対して理解がある。活動は週一回で自由参加。その上、リモート参加も可としている。パソコン部は帰宅部志望のオアシスとなっていた。
かくして、暇を持て余した夏休み初日。僕は一日中、ゲームに興じるつもりでいた。午前中までは。
十二時を迎えたころ、自室からリビングへ移動すると、すでに母は昼食を準備してくれていた。
「啓吾、あんた暇でしょ」
昼食を取り終えたところ、母に呼び止められた。この話の切り出し方は、面倒事の予感がした。
「私の代わりに啓介のお見舞いに行ってきてくれない?」
啓介、というのは母の兄。僕からすると叔父にあたる人物だ。虫垂炎を起こしてこの間から入院していると聞いていた。
「なんで僕が」
「啓吾が行くと喜ぶのよ。あいつ」
僕の父は僕が中学一年生の時に他界している。昔から心臓が悪かったそうだ。それからは母が女手一つで僕を育ててくれている。
叔父は五十路を迎えた今も独り身で、大学の教員をしている。父を失った僕のことを気遣ってか、我が家によく顔を出しては、いつも僕のことを実の息子のように可愛がってくれている。
僕も叔父のことは第二の父だと思っている。もちろん、見舞いに行くこと自体はやぶさかではない。
しかし、夏休み初日から外出を促されるのは、出鼻をくじかれたような気分だ。
「母さんは行かないのか?」
「今日、午後から出勤だから。啓吾一人でお願い。」
母は駅前のレストランで料理人として勤務している。
「いいけど、ただの盲腸だろ。叔父さん」
「一応、手術控えてるからさ。ちょっとナーバスになってんのよ。五十にもなって情けないったらありゃしない」
何歳になっても手術というのは怖いものなのだろうな。揶揄できることではない。
「じゃあ、啓介は市立大学の付属病院に入院中だから。よろしくね」
母から病室番号を聞いた僕は、早速大学病院の病棟に足を運んだ。
受付で名前を記入し、入館証を受け取った。受け取った入館証を首にかけ、エレベータで叔父の病室がある三階で降りた。
病室の叔父は思っていたよりも元気そうだった。
「叔父さん、体調は大丈夫?」
「よく来てくれたね。うれしいよ」
叔父は満面の笑みで僕を迎えてくれた。
「ごめん、見舞い品何もなくて」
「いやいや、来てくれただけで、十分だよ」
叔父とは久しぶりに会ったこともあり、近況報告を交えた雑談に花が咲いた。
「啓吾が生徒会かあ。いいんじゃないか。俺もやったが、あれはいい経験だった」
「へえ、叔父さんも生徒会やってたんだ。意外だね」
「俺も昔はイケイケだったんだ。学祭の時期なんか、それはもう大忙しだったなあ」
「千速の学祭に対する熱意は、昔から変わらないんだなあ」
僕が千速高校に進学した理由の一つに、この叔父の存在があった。叔父である啓介、そして、僕の両親は皆、千速高校の卒業生である。
特に、叔父はよく高校時代の話をしてくれて、叔父から聞いていた千速の校風は魅力に満ちていた。三十年も前の話なので、現在の千速とは違う点も多くあったが。
「今年も学祭が楽しみだな。啓吾は何するんだ?」
「クラス展示くらいかな。パソコン部で特に出し物はないし」
叔父は高校を卒業してから、毎年欠かさず千速の学校祭に参加しているらしい。三十年経っても消えない愛校心は紛れもなく本物だ。
「早く元気になって、学祭に遊びに来てよ」
「おう、なんか生きる活力が沸いてきた気がするよ」
叔父の見舞いを終えた僕は、エレベータに乗り、一階へ降りた。エレベータのドアが開いたとき、見覚えのある人物が目に留まった。
茶髪のショートカット、身長は平均的で、千速高校の学校ジャージを着ている。千速高校からこの病院までは徒歩圏内なので、部活終わりに来たのだろうか。格好のせいで少し浮いている。
相手もこっちに気がついたようだ。
「神原じゃん。何してんの?」
「相田か」
相田花。僕を例の透明人間事件に導いた、元凶の人物。クラスメイトの一人でもある。
この間まで僕は、相田のことを「相田さん」と呼んでいた。しかし、先日の件に巻き込んだことを根に持った僕は、相田に対して敬意を払う必要はないと考え直していたのだ。
「なにしてんの?怪我でもした?」
「盲腸で入院してる叔父のお見舞いに来た」
「ふうん、そっか。大変だね」
「全然。元気そうだったよ。相田は?なんでここにいるんだ?」
「んー?そうだなあ、内緒ってことで」
「なんだよそれ」
はぐらかされると余計に気になるものだ。僕は好奇心に駆られそうになったが、女性特有の事情である可能性を鑑みると深入りは禁物だ。
これ以上、突っ込むのは辞めておこう。地雷を踏むのは勘弁だ。
「そうだ神原、この後時間ある?」
「え?まあ、暇だけど」
「じゃあ、お茶でもしようよ」
僕は、相田に連れられて病院内のカフェに入った。はたから見ると学生の男女が二人でデートしているように見えるのだろうか。少しばかり、視線が気になる。
「なんでも好きなもの頼んでいいよ。あの事件の依頼料ってことで」
「昼過ぎに誘うあたり、費用浮かそうとしてるだろ」
「バレたか」
意外としたたかな女だ。
「いやあ、本当に解決しちゃうとはねえ。私の見る目は大したもんだね」
備え付けのタブレットで相田はイチゴパフェを注文した。僕は相田からタブレットを受け取り、チーズケーキとコーヒーを注文した。
「それで?生徒会入るの?」
「まだ保留中。選挙まで時間はあるから、ゆっくり考える」
「入りなよ。才木さんと神原、いい相棒になると私は思ってるよ」
「どこをどう見たらそうなるんだ」
相田には見る目がないのかもしれない。
「犯人捜しは続けるんでしょ?部長にDMした犯人」
「そうだな。正直、このまま放置は気が進まない」
あれから、何度か生徒会室には行くことがあったが、『柏木』という人物について、才木と長谷部から聞き出すことは出来ずにいた。
しかし、なんとなく見当がついていた。
「柏木さんって、前の会長だよな」
相田から聞いたウワサに出てきた、才木と会長選を繰り広げた人物。選挙の後、学校に来なくなったと言われている。
「部長に確認したら、そうだって」
ダンス部部長の矢部は三年生。柏木政権を知っていて当然だ。
「柏木さんの件って、やっぱり会長選のことを指してると見て間違いないよな」
「だと思うけど、部長も柏木さんの不登校の理由までは知らないみたい。生徒会周りか、柏木さんに近い生徒に事情を聞くしかなさそうだね」
「しかし、なぜ『教授』は柏木さんの件を知りたがってたんだろうな?」
「さあね。それを突き止めるのが神原の仕事でしょ?」
矢部に狂言盗撮の計画を送りつけた黒幕を僕たちは『教授』と呼ぶことにした。
かのシャーロックホームズの天敵、モリアーティ教授から取って、勇太が名付けた。自らの手を汚さない手口が似ているらしい。
その後、運ばれてきたチーズケーキとコーヒーを平らげた。人の奢りで食べるデザートは別格だ。それに、相田には気を遣わなくていいのが話していて楽だ。思っていたより、相田とのティータイムは楽しい時間だった。
レジ前で財布を出さない状況に、ちょっと気が引けたが、男女平等の現代で、男子が払うべきという先入観は捨てたほうがいいだろう。
二人でカフェを出たところで、相田は少女に声をかけられた。
「お姉ちゃん、また会ったね!」
入院着を来た小学生くらいの女の子。母親と見られる保護者の方と手をつないでいた。
「雪ちゃん、こんにちは」
相田は目線を少女に合わせるため、屈みこんだ。少女が僕の方を見て、不思議そうにしていた。
「お姉ちゃんの彼氏?」
少女の純粋無垢な質問は時に人を驚かせる。
「さあ、どうかな?雪ちゃんはこれからお母さんとケーキ食べるの?」
相田は全く動揺せず、かわしてみせた。子供の扱いに慣れた様子だ。
「うん!手術頑張ったご褒美!」
そう言って、僕らと入れ替わりに、少女は母親とカフェに入っていった。
「さっき、病棟の休憩室で仲良くなった子なの。」
雪ちゃん、と言っていたな。小学生とすぐに仲良くなれるとは、素直に尊敬する程のコミュニケーション能力の高さだ。
「じゃ、私帰るから。次会うのは学祭準備の日かな」
「ああ、また学校で」




