名探偵
放課後
僕は勇太と生徒会室に向かった。相田も一緒に来れば良かったのだが、連日部活に遅れる訳にはいかないと、ダンス部のほうに行ってしまった。部長も同席するのだから問題ないだろうと言ったが、断られてしまった。運動部の事情はよくわからん。
生徒会室に入った僕は、いつもの通り、定位置に才木がいることを確認した。
「才木さん」
「どうした、探偵君」
「やめてください。探偵になったつもりはないです」
才木は僕の顔をじっと見た。どうやら僕が何かに辿り着いたと、勘づいたようだ。
「犯人が分かったのか?名探偵」
「才木さんこそ、本当に分かってるんですか?」
僕は、才木の挑戦的な態度に苛立ちが隠せなくなってしまった。
「なるほどな。俺のことが気に入らないってことか」
「そうでしょう。才木さんは権威を振りかざしてるだけです」
「おい、神原。言い過ぎだぞ」
たまらず勇太が静止した。おかげで少し冷静になった。
「言ってくれるねえ。あの新聞を出したことで一件落着だろ?」
「それは、犯人の目的が達成されるからですか」
「そうだな。この件は犯人を捕まえるべきではない。むしろ、犯人を助けるべきだと、そう思わないか?」
やはり、僕と才木は同じ結論に至っていると見て間違いない。誠に遺憾だが、僕も犯人を罰するのは反対したい。
「どういうことです?神原は分かってるのか?」
「全員揃ったら話すよ。多分、今日この事件は解決できると思う」
本件の被害者、矢部は長谷部に連れられて生徒会室にやってきた。相田はいないが、とりあえず役者は揃った訳だ。
「三年二組の矢部です。今回は迷惑をお掛けしてます」
矢部は頭を下げた。
「いえ、こちらこそ。千速新聞の件、本当に申し訳ないです」
謝ったのは、長谷部。才木は何も言わない。
長谷部はその後、僕と勇太のことを矢部に紹介した。僕らが矢部との挨拶を終えた頃、長谷部は生徒会室の鍵を内側からかけた。万一来訪者がいた時のことを考えてだろう。
僕らは机を囲んだ。才木だけは定位置から動かなかったが、起きて話を聞く姿勢はしている。
解決へ向かうため、僕は話を切り出した。
「早速ですが矢部さん、お聞きしたいことがあります」
「はい。何でしょうか」
「ずばり、透明人間の正体は矢部さんですよね」
「・・・・・・」
矢部の態度は、明らかに図星を突かれた犯人そのものだった。その場の全員が矢部の沈黙を肯定だと受け取った。
「矢部さんが犯人、自作自演だったということでしょうか。神原君」
「ええ、長谷部さんの言う通りです。あれは矢部さん自身が撮影して意見箱に投函したんです」
「待ってくれ、神原。なんで矢部さんはそんなことしなきゃいけないんだ」
矢部の動機。それは、才木がヒントとして渡してきたものだ。
「動機は、更衣室の鍵ですよね」
矢部は驚いた様子だったが、観念したのか、すぐに落ち着きを取り戻していた。
「全部バレちゃったか。そう、私が自分で意見箱に手紙を入れたの」
「矢部さんは更衣室の鍵の修理を顧問の先生に掛け合って、断られたと聞きました。それで、修理せざるを得ない状況にするために、盗撮事件をでっち上げた。そうですね」
「あーあ。上手くやったと思ったんだけどな。なんで私だと気づいたの?」
一息ついて、整理してきた僕の推理を組み立てた。
「まずは、盗撮写真です。写真は露出がなく、かつ、矢部さん一人しか映ってない。これは性的な目的で撮られた写真じゃないと感じました。盗撮という事実さえ伝われば、犯人としては問題ないんだと考えました」
「あー、過激な写真にすればよかったかあ。ちょっとひよっちゃったなあ」
「二つ目が、意見箱です。手紙を意見箱に入れるという、アナログな手段をとったのは、露出がないとはいえ、デジタルデータとして盗撮画像を拡散したくなかったから。そして、生徒会という小さな範囲に情報を留めたかったんだと思っています」
「そうだね。警察沙汰になったら洒落にならないし。だから、千速新聞はビックリしたよ。あれなら学校側は対処せざるを得ない。でも、生徒会が手紙を提出しなければ盗撮の事実はないから警察に通報もできない。私にとってなこれ以上ない解決策だよ」
ここまで言い終えて、矢部は何一つ反論しなかった。僕の推理は全て正しかったのだ。
「でも、どうしてこんな事件を起こしたのですか?生徒会に相談をしてくれれば、解決できたかもしれませんよ?」
長谷部は生徒会の一員として、頼られなかったという事実に不満があるのだろう。
「うーん、生徒会を信用してない訳じゃないんだけどね。私が言ってもダメなら部外者の生徒会が言ってもダメだと思って」
「そうですか・・・・・・」
「それにこの計画、私が立てた訳じゃないから」
「どういうことでしょうか」
「SNSのダイレクトメッセージでこの計画を送ってきた人がいて。そのDMの通りにやったの」
矢部は、DMの履歴が表示されたスマホを差し出した。
やりとりには、今回の犯行の手順が綴られていた。生徒会の意見箱に投函することまで書かれていた。
「多分、捨て垢だと思う。アイコンも設定されてないし」
捨て垢というのは、いわゆる捨てアカウントのこと。匿名でメッセージを送るために作成し、目的を果たすと削除するアカウントを指す。
つまり、このアカウントから情報を得ることは出来ない。矢部に計画を送りつけた人間を特定することは難しいだろう。
「誰がこんなことを」
「私にも分からない。でもこの人、鍵のこと知ってたんだよね」
確かにそうだ。女子更衣室の鍵が壊れていること、そのことに対して矢部が不満を持っていることを知っていなければ、そもそも計画を立てることもできない。
「長谷部さん。鍵の件を知ってるのは誰ですか」
「えっと、ダンス部員、教員、あとは生徒会役員ね。他にも人伝で知っていた人がいる可能性もあるとは思うけど」
「まさか、その中に黒幕がいるって、神原は考えてるのか」
「その可能性は高いんじゃないかな」
「あ、そういえば」
矢部が画面をスクロールして、ある会話部分を表示した。
「これ、どういうことだと思う?」
画面には黒幕と思われる人物からの質問が写し出されていた。
『柏木嵐の件を知っているか』
メッセージを見た長谷部は急に取り乱し、才木を呼んだ。
才木は気だるそうにこちらの机まで来たが、長谷部と同様、メッセージを見ると表情を変えた。
「才木、これって」
「へえ。こいつ、何者なんだろうな。興味が出てきたよ」
その後、才木と長谷部はメッセージについて言及することはなく、密室だった生徒会室を解放した。生徒会としては、教員に盗撮事件はなかったと報告し、更衣室の扉の修理を求める方針で動くそうだ。
これにて事件は解決。矢部もお咎めなしで目的達成、と良い結果に収まったのだが。生徒会としては、最後に爆弾を投下されたような形になってしまった。
矢部が僕らに謝意を述べ、生徒会室を立ち去った後も、長谷部は矢部から転送してもらった黒幕のメッセージを睨んでいた。
才木は最初こそ興味を示していたが、また定位置に戻ってからは、つまんなそうに天井を眺めている。
「あの、柏木さんって、どなたなんですか」
勇太が投げかけた。度胸があるのか、空気を読めないのか。勇太には遠慮がないと感じることがたまにある。
「柏木さんは・・・・・・」
長谷部が答えようとしたところ、才木が遮った。
「長谷部。部外者に話すな」
「ここまで協力したのに部外者扱いですか」
「俺が頼んだわけじゃない。が、そうだな・・・・・・」
なにやら才木が考えている。
嫌な予感がする。
「神原。お前、次の生徒会選挙に出る気はないか」
生徒会選挙に出る、ということは才木や長谷部と同じ生徒会役員になるということ。そうなれば部外者ではなくなる。ふざけた理屈だ。
「柏木さんのことを知るためだけにですか」
「それもあるが、単に優秀な人材が欲しい。会計の関本が後期は出馬しないみたいでな。候補を探していたんだ」
優秀、か。
僕は才木のことを嫌っている。バカにされていると思ったからだ。もしかしたら、この人はコミュニケーションが苦手なだけなのかもしれないな。
一瞬、懐柔されそうになったが、よく考えると生徒会会計を押し付けられているだけな気もしてきた。
「嫌ですよ。なんで僕が」
「意外といないんだよ。放課後に拘束される部活動に所属していない、ある程度仕事が出来そうで生徒会に興味があるやつ」
「僕がそれに当てはまると?」
「二日連続で放課後来ているから部活は問題ないだろ?」
「確かにほぼ帰宅部ですけど・・・・・・」
校則で部活動に所属しないといけないので、活動がほとんどないパソコン部に籍だけ置いている。
「仕事もやればできそうだ。生徒会にも興味がある。うん、完璧だ」
「いつ、僕が生徒会に興味があるっていいました?」
「柏木さんのことを知りたいんだろ?イコール生徒会のことだ」
無茶苦茶だ。
「神原さん。私からもお願いします。この事件、まだ完全には解決できていません。これからも協力してくれませんか」
長谷部まで、僕の立候補を懇願してきた。いよいよ本格的に断りづらくなってきた。
「あのー、俺は?」
自分は勧誘されていないことに耐えきれず、勇太が口を挟んだ。
「あー、どっちでもいいよ」
「才木、その言い方はないでしょ」
と言いながら、長谷部も勇太には勧誘をかけないところが笑えてくる。
「とにかく、考えさせてください」
「そうか。まあ、選挙までは時間がある。それまでは生徒会見習いってことで」
「はい?」
見習いとはなんだ。それではもう立候補する前提ではないか。
「だから、探偵ごっこ続けるんだろ?だったらここに来ることになるだろ」
「いや、あの、続けるとは言ってないんですけど」
「いやいやいや、さすがに黒幕捕まえるまで辞めんなよ」
なぜ勇太に言われなきゃいけないんだと思いつつも、ここで辞めたら後味が悪いのも確かだった。
正直、このままだと平凡な高校生活を送ることは目に見えている。生徒会に入って、この才木という天才に、刺激をもらうのも悪くない。そう思う自分もいた。
「分かりましたよ。でも、立候補するかどうかはまだ保留させてください」
こうして、僕が千速高校生徒会に振り回されていく生活が始まっていくのだった。




