会長のウワサ
相田はダンス部の練習、長谷部は生徒会業務のため、この場は解散となった。僕と勇太は、寝ている才木を尻目に、生徒会室を立ち去った。
勇太と別れ、帰路に就いた。
家に帰り、夕飯を取り、風呂に入り、寝る準備を整えた。もう時刻は九時を回っていた。
生徒会室を離れてから、僕の頭にはずっと『透明人間』の件があった。
被害者である矢部とは面識がない。協力を依頼してきた相田と長谷部に情がある訳でもない。僕がこんなにもこの件に執心しているのは、才木のせいだ。
人を見下した態度。自分は誰よりも優れていると信じて疑わない言動。
無論、人前で言葉にはすることはなかったが、僕が一番気に入らないタイプの人間だ。
正直、子供っぽいと自分でも分かってはいる。だが、バカにされて何もしない選択肢は僕にはなかった。
才木を見返す方法はただ一つ。この事件を僕の手で解決してやるんだ。
僕はベッドの上で思考を巡らせていた。
才木の言い分としては、今日手に入れた情報のみで犯人が特定できるという。
気になっているのは手紙の渡し方だ。なぜ、意見箱という手段を使ったのだろうか。
自分の犯行を知らしめたいというのなら、SNSにでも投稿すればいい。そうすれば世界中、不特定多数の人間の目に入る。
手紙、写真、意見箱。わざわざ古典的な手段を使う必要はない。それに、犯行を知らせる相手に、生徒会を選ぶ意図は何なのか?
眠りにつく瞬間まで、僕は推理を止めなかった。そうして、僕は一つの仮説にたどり着いた。
まさか、でも・・・・・・確かめる価値はありそうだ。
七月十日
僕らが通う千速高校では、毎週金曜日に『千速新聞』と呼ばれる今週の出来事をまとめたビラが全校生徒に配られる。千速新聞は生徒主導の広報活動であり、生徒達の間では割と重要な情報源になっている。
例にもれず、金曜日の本日も千速新聞が配られていた。広報委員会が作成を担当しているため、いつもは部活動の大会の結果や校内行事の予定表など、オフィシャルな内容がほとんどだ。
今日の千速新聞は少し違っていた。見出しにはこう書かれている。
『千速高校で盗撮事件発生か!?』
本文には生徒会室で長谷部から聞いた内容の一部が載せられていた。
『千速高校に盗撮魔が出たとのウワサが!女子更衣室の鍵が壊され、ダンス部の生徒が被害にあったとの情報も!現在詳細を調査中!来週号で続報をお伝えします!』
昼休み。僕、勇太、相田の三人は弁当を持参して、生徒会室に向かった。目的は千速新聞の内容を踏まえて、今後の方針を長谷部と相談すること。
お邪魔します、と断りを入れ、生徒会室の戸を引いた。残念ながら室内には誰の姿もなかった。
「あれ、長谷部さんも才木さんもいないみたいね」
相田は慣れた様子で生徒会室にずかずかと入り込み、弁当を机に広げ始めた。
勇太はその様子に疑問を持ったようだ。
「相田さんって、生徒会室よく来るの?副会長にお世話になったことがあるとか言ってたよね?」
「ちょいちょい来てるかな。長谷部さん優しいからねー」
なんの回答にもなってないが、勇太も余り興味がないのか、ふーんと呟いたきり、特に突っ込むことはなく、話を変えた。
「確かに、長谷部さんは頼りになる先輩って感じだよな。才木さんはちょっと。怖いし、変だし。あんなウワサが流れてるのも分かるって感じ」
ウワサ?才木の、だろうか。
「あー、楢崎も聞いたことあるんだ。あのウワサ」
相田も知っているということは、有名なウワサなのだろうか。僕は全く耳にしたことがない。
「才木さんのウワサって、なんだ?」
僕がウワサについて聞くと、二人して話すべきかを思案していた。相田は勇太と目配せをした後、話してもいいと判断したのだろう。噂について教えてくれた。
「生徒会選挙の話なんだけどね。うちの高校は二期制で、前期と後期にそれぞれ選挙があるのは知ってるよね」
「もちろん、四月に投票したやつだろ」
全校集会が体育館で行われた際に、立ち合い演説なるものを、立候補者が全校生徒の前で行っていたのを記憶している。その後、教室に戻って投票を行った。
「去年の後期の選挙で、才木さんは生徒会長に立候補したの。当時一年生だったから一部の上級生から反発もあったんだって」
なるほど。下級生が上に立つことが気に食わない上級生がいるのは想像に難くない。
「そしてもう一人、同じ選挙で生徒会長に立候補した生徒がいたの。前期に会長を務めてた、二年生ね」
「一年生対二年生の構図になった訳だ」
「そんな感じ。で、結果は才木さんが負けたの」
前会長、かつ、上級生が相手ではさすがの才木でも分が悪かったんだろうな。と、同時に自分の記憶と食い違っていることに気が付いた。
「あれ、負けた?四月の演説で引き続き会長を頑張りますみたいなこと言ってたような」
才木の顔と名前は昨日まで一致していなかったが、演説の内容はなんとなく覚えていた。一年生から生徒会長とは、すごい生徒もいるもんだ、と思ったことを覚えていた。
「そう、ここからが本題。才木さんは選挙に負けたんだけど、選挙後に会長として就任したのは才木さんだったの」
「どういうことだ?」
相田が少し言葉を詰まらせていると、勇太が説明をバトンタッチして、話を続けた。
「当選した二年生が選挙直後から学校に来なくなったらしいよ。それで才木さんが補欠当選。ウワサでは才木さんが不登校に追いやったとか、大怪我させたとか。そういう根も葉もない話」
「ふうん、物騒な話だな。」
ウワサの出所は、才木のことを目の敵にしてた上級生かな、と思った。何にしろ信憑性のない話だ。
その後も僕たちは、生徒会室で弁当をつまみながら他愛のない話を続けていた。
十分ほど経ったころ、生徒会室の扉が開き、この部屋の住人達が帰ってきた。
才木、長谷部、そしてその後ろに男子一人と女子一人。千速高校生徒会は会長、副会長、会計、書記の役職からなる。つまり、会計と書記の方だろうと予想がつく。
才木は僕たちに目もくれず、昨日も寝ていた定位置についた。長谷部は僕たちに気づき、僕らと同じように弁当を広げ始めた。
「みなさん、お待たせしました。今日の千速新聞の件で、呼び出されてしまいまして」
生徒会室で勝手に、生徒会役員でもない人間が三人で飯を食っている状況に後ろめたさがあったので、謝っておこうと思った。
「勝手に弁当食べててすみません」
「ああ、問題ないですよ。」
そう言って長谷部は、残りの生徒会メンバーに目線を向けた。
「京野、関本さん、こちらの三人が『透明人間』事件を一緒に調査してくれる一年生のみなさんです」
長谷部に声をかけられた男子生徒の方が会釈をして、自己紹介を始めた。
「どうも、書記の京野勝です。広報委員と映画部の活動もあって手が空かなくて、あまり協力できないから、助かるよ」
京野はなんというか、いわゆる陽キャのようなオーラを発していた。茶髪にピアス穴、一見すると生徒会には似つかない。ただ、制服は気崩していないし、校則に反する部分はないのだろう。
「あれ?楢崎じゃん」
「よお、そういや関本って生徒会会計か」
会計の関本と勇太は知り合いらしい。おそらく一年生なんだろう。
「会計の関本美優です。一年二組。私も学校祭関連の業務があって。ほとんど手伝えないので、よろしくお願いします」
そう言って、関本はそそくさと生徒会室を立ち去って行った。業務があるのだろうか。
京野は才木の対面に座り、昼食をとり始めた。結局、僕らの相手をしてくれるのは長谷部だけのようだ。
「千速新聞、読みましたか?」
長谷部は本題を切り出した。
「ええ、『透明人間』のことが書いてありましたね」
はあ、と長谷部が溜息をついた。
「才木がやったのよ、あれ。広報委員でもある京野と手を組んで」
予想はしていたが、やはり才木の仕業だった。昨日言っていた、『手を打った』とはこのことだったのだろうか。
「先生達に新聞の真偽を問いだされてしまって」
「部長には許可取ったんですか?」
部長、というのはダンス部の部長で今回の被害者、矢部のことだろう。
相田の質問で、長谷部の顔は更に曇った。
「無許可よ。矢部さんとは放課後に改めて話し合いの席を設けるつもり。」
チャンスだ、と思った。
僕は、事件の全貌を掴めた気がしている。
犯人の目的を理解した上で、才木がとった行動は、犯行の流布。しかも、情報源が不透明な新聞という形で。
「あの、放課後の話し合いに僕も参加していいでしょうか」
「おい、抜け駆けかよ。神原が参加するなら俺もだろ」
「ええ、お願いします。矢部さんには連絡を入れておきますね」
勝負は放課後だ。
僕の予想が正しければ、矢部は隠していることがあるはずだ。それを暴けば、この事件は解決だ。




