透明人間を探せ
七月九日
「ねえ、神原。『透明人間』を捕まえてみない?」
視界外から声をかけられた。
昼休み。僕は弁当を食べ終え、いじっていたスマホをポケットにしまった。顔を上げると僕の席の前にはクラスメイトの一人、相田花が立っていた。
「急に何?相田さん」
「『透明人間』。探すのを手伝ってよ」
「学校の七不思議か何か?」
相田は何か言いたげな顔をしている。
「興味があるなら放課後、生徒会室来て」
そう言い残して相田は僕の席を離れて足早に自分の席へ戻ってしまった。
相田とは特に仲が良いと言う訳ではない。話したことは数回程度。クラスが同じであるということが唯一の共通点だ。
急に話しかけてきて透明人間を探すのを手伝ってくれ?どういう風の吹き回しだろうか。
余りにも突拍子もない出来事に、僕は隣の席に座っていた友人に助けを求めた。
隣の席の楢崎勇太は、相田と僕のやり取りの一部始終を傍観していた。アイコンタクトを試みると、僕の意図を汲み取ったようだ。
「なんか、面白いことに巻き込まれたみたいだな」
「面倒事の間違いじゃないか?」
「透明人間だってよ。行ってみようぜ。生徒会室」
六限の数学を終えた僕は、昼休みにした話を思い出し、相田の席に目をやった。しかし、もうすでに彼女の姿は教室になかった。
仕方がないので、相田と交わした約束を果たすため、僕は勇太と共に生徒会室に向かうことにした。
生徒会室は南棟から北棟へ向かう渡り廊下を左に折れると見える、プレハブのような別棟に存在している。その古びた建物からは、とても生徒を代表する団体が活動しているとは思えない。
すりガラスの窓からは中の様子を確認することは出来ない。生徒会に用事がない限り、この扉を開くことはないだろう。
「ここだよな」
僕は、扉横の壁に『千速高校生徒会』の文字が書かれた張り紙を確認し、入口の引き戸に手をかけた。
「何か用ですか?」
後ろから僕らに声をかける人物がいた。
振り向くと、どこかで見たことがあるような、眼鏡をかけた長身の女子生徒がいた。上級生だろうか、落ち着きのある優等生という印象だ。
「こんにちは、一年三組の神原啓吾です。同じクラスの相田さんに呼ばれて来ました。」
「俺はこいつの付き添いの楢崎勇太です。」
「ああ、『透明人間』の件ね。入って。」
先輩は入口の戸を引き、生徒会室の中へと僕らを誘導した。
生徒会室に入ると、相田が座っている。
僕は促されるまま、素直に一番手前の椅子に座った。全員が着席するのを待って、眼鏡の生徒が話を始めた。
「私は生徒会、副会長の長谷部綾です。」
「来てくれてありがとう。神原。でも、楢崎は呼んでないと思うんだけど」
「固いこと言うなよ。幽霊退治なら男手が多いほうがいいだろ?神原よりかは腕っぷしが強いと思うぜ」
「幽霊じゃなくて透明人間なんだけど。んー。どうします?長谷部先輩」
長谷部は目を閉じ数秒考え込んだが、結論は出たようだ。
「問題ないです。では、楢崎君にも手伝って頂きましょう。ただし、必要なのは暴力ではなく、知力です」
すると、長谷部は引き出しから便箋を取り出し、机の上に置いた。
書かれている差出人の名前は『透明人間』。
「私たちは、この投書の差出人を探しています。」
長谷部が話を続ける。
「この手紙は生徒会への意見箱に投函されていたのを昨日、私が発見しました。意見箱は南棟の各階に設置されています。あなた達も見たことがあるでしょう」
「あー、ありますね。入れてる人は見たことないですけど」
南棟一階には僕達のクラスである一年三組がある。昇降口から三組に向かう道中で『意見箱』の文字を何度も横目で見てきた。郵便ポストを模した、赤い段ボール製の箱が壁に貼り付けてあった。
「それで、手紙の内容は?」
長谷部は例の便箋から二枚の紙を取り出し、片方の紙を机に置いた。
手紙にはたった一行、こう記されていた。
『我は透明人間なり。』
「そして、一枚の写真が同封されていたの」
一拍置き、長谷部は続けた。
「この写真に写っている本人から、他の人に見せてもいいと、了承を得ていることを前もって言っておきます。」
仰々しく注意をした後、長谷部は写真を手紙の上に重ねた。
写真には一人の女子生徒が写っている。
しかし、女子生徒の目線はカメラには向いておらず、手はセーラー服のスカーフに伸びている。
写真を撮られた場所にも違和感がある。複数のロッカー、ユニフォームが雑然と積まれた棚。背景から察するに更衣室なのだろう。
そこから導き出される結論を僕は長谷部に投げかけた。
「これって・・・・・・盗撮ですか」
「写っているのはダンス部部長の矢部さん。確認したところ、撮られた記憶はないそうです」
自ら犯行声明を意見箱に投じるとは。生徒会に対しての挑戦といったところか。かなりの自信家と見受けられる。
「手紙が入っていたのは三階の意見箱です。南棟三階は二年生と三年生の教室があります。よって、どちらかの学年の生徒が『透明人間』の可能性が高いと見ています。」
一年生の教室のない三階に一年生が居れば目立つから、ということだろう。
「そこで、一年生で犯人捜しに協力してくれる人を探してほしいと、ダンス部の一年生である相田さんに依頼をしました」
「先輩には以前お世話になったからね。それで、私が神原をスカウトしたってわけ」
「なんで僕だったんだ?」
「んー、暇そうなやつで、比較的頭よさそうだから?長谷部先輩からのオーダーで男子が良かったし」
かなり失敬な理由で選出されたらしい。
「私と相田さんで動くより、男子の目線を入れた方がいいと思って」
長谷部の説明を黙って話を聞いていた勇太が手を挙げた。
「あのー、なんで先生や警察に相談しないんですか。思いっきり犯罪ですよねこの事件。」
そういえば、そうだ。こんな回りくどいやり方で独自に捜査するより、大人に相談すればすぐ解決する気もする。
「被害者の矢部さんが余り大事にしたくない意向を示していましたし、会長の判断としても内々で解決するのが良いと」
「生徒会長が?」
「ええ、そうよね?才木」
なぜ今まで気づかなかったのだろうか。生徒会室の奥の机に、男子生徒が突っ伏して寝ていた。
才木と呼ばれた生徒はあくびをしながら顔を上げた。ゆっくりと席を立ち、長谷部の隣の席に腰を下ろした。
整えられた髪や制服はいかにも生徒会長らしいが、目つきの悪さが気になる。そして、足を組みどっかりと椅子に座る姿はまるで暴君のような威圧感がある。
「神原、だっけ?『透明人間』は誰だと思う?」
僕の目をまっすぐ見つめて質問を投げてきた。にやりと笑い、何かを期待しているようにも見える。
「・・・・・・情報が少なすぎますね。現場の状況もわかりませんし」
「そっちの君はどうだ。楢崎だったか」
「俺ですか。いや、さっぱりです」
「そうか、残念だな」
僕らは才木の期待に応えられなかった訳だが、どうしてか才木は少し満足そうな表情をしている。
「才木。協力してくれる方々に対してその態度は失礼でしょう」
「協力なんざ必要ないだろ」
「あなたが動かないから、こうやって協力を依頼しているのですよ?」
生徒会長と副会長は容赦のない口喧嘩はもう数回ラリーを続けた後、副会長が折れる形で終結した。
長谷部は溜息まじりに折衷案を才木に提案した。
「分かったわ。せめてヒントだけ教えてくれない?どうせあなたにはもう、犯人が分かっているのでしょう?」
犯人が分かってる?じゃあ、もう解決じゃないか。
被害者が出ているにも関わらず、才木はゲームで遊んでいるような態度を変えない。長谷部が才木に怒っている理由がとても理解できる。
「そうだな。フェアに行こう。俺が今まで手に入れた情報だけやるよ。」
才木は依然として今の状況を面白がっているようだ。
「矢部は犯人の特定より、再発防止を求めている。具体的には更衣室のセキュリティ強化だ。」
被害者の矢部さんの要望か。盗撮魔がでたのだから、妥当な願いではないだろうか。
「もう一点、ダンス部が使用していた女子更衣室は前々から鍵が壊れていたらしい。つまり、誰にでも入れる状況だったということだ。ただし、鍵が壊れていることを知っていたのは、更衣室を使っている女子生徒とダンス部顧問、それから俺たちくらいだ」
「鍵の修理は依頼していないんですか?」
「顧問に掛け合ったが、却下されたらしい。ドアそのものを取り替える必要があって、結構費用がかさむんだとさ。まあ、この事件のことが知られれば否が応でも修理することになるだろうな」
才木は責務を果たしたといわんばかりに、椅子から腰を上げて、元いた席に座り直し、また突っ伏した。
「俺はもう手を打った。よって、これ以上介入はしない。探偵ごっこがしたいならご自由にどうぞ」




