第五話『神業バリスタ徹さん』
前回のあらすじ
明日から働く白カフェの従業員や設備の紹介を終えた徹さん。すると突然コーヒーの淹れ方の伝授が始まる。はたして銀次は、これらをマスターできるのか!?
今回は、徹さんがバリスタとしての神業が炸裂するお話。
「じゃあ、今から僕がコーヒーを淹れるから、見ててね!」
突然、実演宣言をしてきた。もはやカメラやメモ帳を準備する暇もない。まあ、もとよりカメラもメモ帳も持っていないのだが、せめて心の準備くらいはさせてほしい。
という俺の心からの願いすら届かず、徹さんは実演を始める。心なしか、徹さんが、異常なほどダンディでかっこよく見える。背筋も、先程の曲がった背中とは見違えるほどにピンと伸びている。まるで、超熟練のバリスタの様だ。いやまあ、実際にバリスタではあるのだけど、ここまで格好良く見えるとは思わなかった。お客様は、こんなことをバーカウンターで堂々とやっているのに見惚れて、この超熟練のバリスタ様に魅せられ、つい自然にここへ来てしまうのだろう。そして、いつの間にフィルターを付ける動作からコーヒーを注ぐまでが完了した。正確で迅速、それでいて美しく、淹れるコーヒーや、その淹れる姿そのものが全て精巧で傑作な芸術そのものだと、本能が確信した。そしてついでに、俺が絶対に真似できないものだとも確信した。こんな上級プロバリスタを超越したしたような事が、一般人でありコーヒーに若干苦手意識を持っている不適正人材であるこの俺が出来るはずもない!まさか、ここのバイトの人とか全員こんな神業みたいなことできるのか!?有り得ない……。
「お、久しぶりに見たなぁマスターのコーヒー淹れる姿。」
丁度、目の前に座っていた常連と思しきお客様が、徹さんに気さくそうに話しかけてくる。
「おぉ、いらっしゃい。久しぶりだねぇ。こちら、新人さんの、灰根 銀次君だよぉ。」
「いらっしゃいませ、よろしくお願いいたします。」
「お?ご丁寧どうも。ところでマスター、少し動きにムラが出来てきたように感じるなぁ。なにかあったのかい?」
「え?」
俺は、驚愕した。今ので少しムラがあるという判断になるのか!?
「いやぁ、特に何かあったわけじゃないんだけど、まあ、僕も年だからね。体の節々がちょっと痛むんだぁ。」
「そうかぁ、もうちょっと若い頃だったら、もうちょっとシャキッとしてたんだけどなぁ。」
もうもはやいろいろ大変驚愕で、心の中でさえツッコむ余裕がない。若い頃は今のよりも精度が良かった?俺、一気にこの仕事のやれそうに無くなってきました……。
「なんか打ちひしがれているような顔してるね。マスターの実力を見てやる気をなくしちゃったのかい?」
「うっ…はい……。」
全く持ってその通りです。というか、お客様にわかるほど顔に出てしまっていただろうか。
「大丈夫だよ、もとよりこんなコーヒーの神様みたいな人はそうそういないから。あそこにいる陽介君だってこんな神業はできないし、まぁ、普通くらいでバイト君はやっていけるさ。」
「はぁ、そうでしょうか。」
お客様からも、徹さんの技術は神業判定なのか。
「まあ、身内ぐらいじゃないとこんな神業習得できないって。まあ、身内でも習得するのは難しいと思うけど。」
身内でも難しいとは…。だったら誰が継ぐんだろう。
「まあ、頑張って。応援してるからさ。」
「ありがとうございます。」
お客様に励まされてしまった。情けないが、頑張ろうと思った。
というか、お客様の雰囲気が良くて安心した。これで、DQNだったら心折れてたかもしれん…。
「そんじゃ、お会計。」
「はーい!」
お客様の呼びかけに対し、男らしく元気な声で返事をする陽介さんと呼ばれている店員さん。あの人も、こんな神業とは言わずとも、コーヒーを淹れる技術があるのか……。俺も、頑張らないと。そう思いつつ、気持ちを持ち直す。
「じゃあ、さっそくやってみようか!」
「え。」
更なる追い打ちで無理難題を押し付けてくる徹さん。ようやく心を持ち直した所なのに!というか今、見惚れてただけで全然やってることはわからなかったのですがどうしろと?
まあでも、サイフォン式なら確か家で使ったことがあったような気がする。見た感じ仕組みは家のものと同じ感じだ。サイフォンの右側にある、なんだかよくわからない極小の卓上IHコンロのような機械以外は問題なく使えるはず。
「わかりました。じゃあやってみます!」
そう言って、俺はコーヒーサイフォンを手にとる。そして、フィルターの準備、コーヒーカップとお湯のセットを完了させた。で、今度はアルコールランプでフラスコを熱しようとしたのだが、用具棚の中にアルコールランプが見つからないのだ。
「徹さん、アルコールランプはどこにありますか?」
「え?」
なんだか、昔の人を見るような目で驚く徹さん。なにかおかしい事を訊いただろうか?もしかして、訊いてはいけない質問だっただろうか!?段々と不安になってくる俺だったが、徹さんは、質問に質問で答えてくれた。
「君は、ビームヒーターって知ってるかい?」
要は、もうアルコールランプの時代ではないという事だろう。『ビームヒーター』なんて初めて聞いたし、棚の中のどれの事かもわからない。
「いえ、知らないですけど。どれの事でしょう?」
「これだよ、君の作業してる手の右側にあるこの小さい機械。これが今のアルコールランプの代わりのヒーターなんだぁ。」
「ホントですか!?」
なんという事だろう。もはやサイフォンコーヒーにもアルコールランプではなく電化製品を使うというのか!俺は、またもや時代の進化に愕然とする。
「まあ、ちょっと前までアルコールランプを使っていたんだけどね、劣化しちゃったりエタノールの管理が大変だったりしたから、思い切ってコーヒー用ビームヒータをかったんだぁ。いやぁ、やっぱり電気式は便利だよねぇ。」
と言われても、使ったことがないからわからないんだけどね。取り敢えず、煌びやかな記憶を頼りに見様見真似で使って、引き続き今まで通りのコーヒーをつくる作業に戻り、取り敢えず一杯コーヒーを完成させる。
「おぉ!よくできたね!」
「ありがとうございます。」
いきなり神業のトレースをしてと言われたり、ビームヒーターという初めての機械に戸惑ったりといろいろあったが、ほぼ正確な手順で安全にコーヒーを淹れる事が出来た。できたコーヒーを徹さんがお湯により暖められたコーヒーカップに注ぎ、まず香りを確かめる。
頑張れ銀次!君なら上手くできるさ!(by陽介さん)
次回予告
銀次が淹れたコーヒーは、徹さんからどのような評価をもらえるか。そして、次回は紅茶を淹れる事が出来るのか?果たして銀次はどうなるのか?
次回、第六話『コーヒー以外には無頓着』
次回も、見てくださいね。




