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魔王へのレクイエム  作者: 浜柔
第八章 勇者の名の下に
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第九十四話

「クインクト殿! 知り合いか!?」

 言葉は判らなくても、クインクトの名前が聞き取れたことと、声を掛け合った二人のどこか親しげな様子にオリエは尋ねた。

「ああ、あのおっかない方の姉ちゃんは知らないが、抱えられている方はノルトのパトロンだ。いや、『だった』かな?」

「そうか」

 オリエは二度ばかりクインクトとサーシャを見比べた後、あからさまに安堵を顔に出した。横で聞いていたリリナとエミリーもだ。「だった」の部分に引っ掛かりを覚えたものの、サーシャの声音は喜びに満ちていたので、仇として狙われているなんてことは無さそうだと踏んだ。少なくとも戦う羽目にはならないだろうと言う訳だ。

 しかしその直後、クインクトの言う「おっかない方の姉ちゃん」が口を開いたことで肝を冷やす。

「『おっかない』とは失礼ね」

 クインクトは自らの失言に少し青ざめた。相手がナペーラ語を解する可能性を失念した報いである。

 一方のシーリスは、反省しているようだから許してやろうとばかりに、鷹揚に頷く。そして飛んだままでは落ち着かない―主にサーシャがだが――ので乗船許可を求める。

「ところで、降りてもいいかしら?」

「あ、ああ」

 甲板に立っていた四人はそれぞれ脇に避けて真ん中を空け、シーリスとサーシャを迎え入れた。

 甲板に下ろされると、サーシャは直ぐにノルトの行方を訊く。上からは見当たらなかったのだ。

『ノルトは? ノルトは居ないのですか?』

『ここだ?』

 クインクトが傍の大きな鳥籠のようなものを親指で指す。ノルトはその中に居た。

『お、お久しぶりです。姫様……』

 右手を軽く挙げ、苦笑いを浮かべるノルト。サーシャはノルトが籠に入っている理由が判らず、目を白黒させながらノルトとクインクトを見比べる。

『どうしてそんな所に?』

『これは、まあ、安全のためだ』

 クインクトはシーリスの顔色を窺いつつ、若干歯切れ悪く答えた。とんでもない何かが近付いて来るのは判っても、敵かどうか判らない。もしも逃げるとなったらノルトは足手纏なので、クインクトに抱えて貰いやすいように籠に入って準備していたのである。しかし、近付いて来る相手には進路に迷いが無かったことから逃げるのも諦めて、好意的な相手であることに賭けた。とは言え、賭に負けたら一か八か逃げるしかなく、やはり逃げる準備は必要だった。

 シーリスを怖いとは全く思わないサーシャは不思議に思いながらクインクトの説明を聞いた。怖くないのは危機的状況から救い出して貰ったのが出会いだったからかも知れないと、漠然と考える。

 当のシーリスは「それで待ち受けるようにしていたのか」と若干の疑問が解消されただけで満足した。それより気になるものがある。

「何て破廉恥な。初対面の人に言うことじゃないけど、人里離れているからって羽目を外し過ぎよ」

 リリナとオリエをじとっと見て言った。森の中、それも魔物がいつ出るかも判らない場所で肌を晒すなど、常識的に危険だ。人目が無いのを良いことにして人目を憚るような格好をしているのだろうが、それは戴けないと考える。これに答えるのはやはりエミリーだ。

「やっぱりあんたもそう思うんだな。でもこいつらときたら、町中でもこの格好で、こっちのオリエに至っては町中をマッパで歩いたりするんだ。人里離れているからじゃないのさ」

「へ……変態!?」

 シーリスは一瞬の硬直の後、仰け反りつつ腕を戦慄かせて引いた。さすがにその手の性癖は想定外であった。

「おう、もっと言ってやってくれ」

「ちょっと、エミリーさん! 人聞きが悪いじゃないですか!」

「うむ。私は変態ではなく女騎士だ!」

「これだよ……」

 エミリーは溜め息を吐く。

「な? こいつらこれでまともなつもりなんだぜ?」

「そ、そうね。付ける薬は無さそうね」

「おう、あんたが話の判る奴で嬉しいぜ」

「それはどうも……」

 この三人が何だかよく判らなくなるシーリスである。

 そうする内にもノルトが籠から出て来ていて、「ここでは何ですから中にどうぞ」とシーリスとサーシャを案内した。

 船内は意外と片付いている。向かい合わせに置かれたソファーのそれぞれの端にシーツと毛布が丸めて置かれているのが違和感を醸し出しているくらいだ。そのソファーの一方にノルトが洗い立てのシーツを広げてサーシャとシーリスの席を設ける。ノルトが寝床として使っているそのままの場所に王女を座らせる訳にも行かないと考えてのことだ。

「こちらへどうぞ」

 サーシャは船内に入ってノルトに促されるままソファーに座る。その直後、正面に座ろうとするリリナとオリエを見て目を剥いた。ここまでノルトにばかり気を向けていたので気付いていなかったのだった。

『ノノノ、ココココココココ、コーコッココンコココココココッ』

 何やら奇声を発するサーシャ。「鳥の真似?」と訝しむ面々。サーシャが口をパクパクさせながらリリナを指差したところで漸くシーリスも合点がいった。

「そっちの変態その一と変態その二を見て動転しているようね」

「お言葉ですけど、あたくしの名前は『変態』でも番号でもありませんわ!」

 リリナが自らの胸をパパンと叩きながら主張すると、おっぱいがぷるるんと揺れる。オリエもリリナに同意とばかりに頷く。

「いや、いっそ『変態』に改名しちゃどうだ?」

「失礼な!」

 エミリーの茶々にリリナは憤慨した。しかし、エミリーは慣れたもので相手にしない。

「名前はともかくよ? こっちの嬢ちゃんが落ち着かねぇから、お前らは奥に引っ込んでろ」

「除け……」

 反論しようとしたリリナだが、シーリスが冷ややかに見ていたので言葉を呑んだ。化け物の怒りを買ってはいけないと本能が告げたのである。

「仕方ありませんわね。仰る通りにしますわ。さ、オリエさんも」

「うむ……」

 二人は後ろ髪を引かれるようにしながら席を立ち、奥の部屋へと入って行く。

 サーシャは奥へ行く二人を目で追い掛け、二人が部屋に入って見えなくなったところで息を吐く。そして未だ立ちぼうけのノルトをキッと見やる。

『ノルト、あの方々とはどう言った関係なのですか?』

『護衛をお願いしています』

 ノルトはサーシャの据わった目に冷や汗を垂らしながら答えた。しかし、サーシャの目が益々据わる。

『護衛、ですか?』

『ほ、ほら、何ぶんクインクトだけではゴンドラを守り切れないものですから』

 クインクトも「そうだぞ」と言わんばかりに大きく頷く。

 一方、ライナーダ語を解さないエミリーには話が全く見えていない。だから会話の外に居るシーリスに尋ねる。

「なあ、そっちの嬢ちゃんは何を話してるんだ?」

「護衛がどうのって話だけど、きっとあなた達とそっちの男達とで肉体関係を結んでるのを疑っているんじゃない?」

「なるほどね」

 エミリーは合点がいったとばかりに頷く。

「そこんとこは心配いらねぇぜ。あっちの変態どもがマッパで迫っても全く靡かなかったからな」

「そうなの?」

「ああ。どうして身持ちが堅いのかと思ったら、女が居たんだな」

「ま、待ってください! この方はボクの恋人でもクインクトの恋人でもありませんし、皆さんとは契約関係にあるので個人的に緊密な関係にならないように慎んでいたのです」

「うっわ、へたれくせぇ」

「ほっといてください!」

『ノルト! 話は終わっていませんよ!』

 ナペーラ語を解さないサーシャが癇癪を起こした。

『お主が懸念せし関係にあらず』

 しかしシーリスの一言によって一瞬で動揺に変わる。

『そ、それはどのような……』

『肉欲に爛れてなどおらぬ也』

『そ、そんな破廉恥なことなど考えておりません!』

 サーシャは顔を真っ赤にして叫んだ。


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