第九十一話
ノーラは大崩壊を起こした魔王が初めて出現し、初めて滅ぼした町だ。大崩壊の二十年余り前のことになる。ここに語弊が有るとするなら、ノーラの滅亡から大崩壊までの間、魔王に滅ぼされた町が無いことであろう。
シーリスにはノーラがどんな町だったかを知る術は無い。滅びたのはシーリスがここからずっと南、今のナペーラ王国内に在った町で産声を上げた頃だからだ。有るのは、二十年近く経った廃墟に足を踏み入れたことだけである。
場所はログリア帝国の帝都より北。魔の森の北側からログリア帝国の帝都跡に向けて突入したシーリス達には後戻りの位置になる。
探し出すのは容易ではなかった。完全に魔の森に呑み込まれているため、上空から見ただけでは全く判断が付かない。二日間に亘ってシーリスがゴンドラを飛ばし続けても、一向に見つからない。唯一見つかった町らしき痕跡は昔の魔物猟師の町の跡だった。
「ここは百年ほど前に放棄された町のようです」
降り立って調査を試みる途中にサーシャは言った。町はライナーダの様式の面影が有り、何よりライナーダ暦が刻まれた石碑が有る。日付は放棄された日のようだ。
「シーリス様が探されている町がこの辺りに在るのでしたら、もう誰かに発掘されているのではないでしょうか?」
ノルトを支援し、ノルトと一緒に遺跡の調査にも赴いていたサーシャの心情として「荒らす」とは言いにくいので「発掘」と表現したが、遺物を誰かが持ち去っている意味では同じだ。
「左様。なれど……」
シーリスにもそれは判っている。目的地のノーラは以前に足を踏み入れた時にはもう荒らされていた。しかし、魔王が呟いた言葉しか手掛かりを持たないシーリスには他に手掛かりになりそうな場所が思い当たらないのだ。
包み隠さず話すと、サーシャも理解を示した。
ともあれ、シーリスが「恐らくこの辺り」と目星を付けた地点まで行く。
上空からでは樹木が邪魔をして地上の様子がはっきりしないため、シーリスはゴンドラを上空に残し、地上に降りて探索する。シーリス自ら探索を行うのは、傀儡には索敵ができても探索ができないためだ。そのゴーレムにはゴンドラの警備をさせる。背丈がシーリスの膝までしかないゴーレムを多数生成して甲板にぐるっと配置して周囲を監視させるのである。もし怪鳥が襲って来たならゴーレムが警報を発し、待機しているマリアンがそれに応じて怪鳥を射落とす手筈とした。マリアンで対処しきれなければシーリスの出番だ。
準備を終えて降り立ち、まずは大きめのゴーレムを生成する。足下の確認のために先行させるものと、探索位置の目印にするものとだ。目印にする方は進路から外れて調べる際に探索の基点を見失わないようにと、方角を一目で判るようにとするためのもので、基点を移動させる時以外は常に進行方向を向いて立ったままにさせておく。
探索そのものは進行方向に向かって左右を探査の魔法で精密に細く長く行いながら進む。レーダーは魔力を投射して障害物などを調べる魔法で、地形の把握、空間の発見、魔物や動物の探知ができる。能力に応じて探知の解像度が上がり、シーリスなら色が見えない以外は目に見える以上のものが見える。これによって地上の凸凹の状態から人工物らしきものを探す訳だ。細く長くのため、探査が櫛形状になってしまうのが妥協点である。
最初に降り立った場所を中心に、四角い渦巻き状に外側へと探索範囲を広げて行く。一方向にだけ進んだのでは、その方角が間違っていた場合に目も当てられない無為な時間になるためだ。それでも容易には見つからない。場所を間違えたのか、嘗ての町が既に風化してしまっているのかも判らない。探索をこのまま継続するべきかどうか悩ましくなる。
三日目にはさしものシーリスでも疲労を自覚した。夜が明けて日が暮れるまでレーダーを繰り返し繰り返し使い、魔物が襲って来れば撃退し、ボーとゴーレムの発する警報を耳にしたら念のためにゴンドラの安否を確認する。マリアンでも怪鳥の一羽や二羽なら対応できるが、三羽にもなったらゴンドラに蹴りを入れられるので、任せっきりにはできない。そして夜は夜でゴンドラの警護をしなければならない。疲労しない筈がないのだ。
無理をしていることがルセアには判ったらしい。
『シーリスざ、少ず休までだず?(シーリスさん、少しお休みしませんか?)』
『大丈夫よ、大丈夫』
しかし、そんなルセアの提案も袖にして、シーリスは何かに急き立てられるように探索を続ける。
六日目ともなると誰の目にもシーリスの疲労が見て取れた。サーシャも気遣わしげに出発を見送る。
「シーリス様、お気を付けて」
シーリスは頷きを返すだけである。
八日目。この日もサーシャはシーリスを見送るために甲板に出ていた。眼下にはシーリスが樹木をなぎ倒した跡が点々と続いている。その跡の先、今日明日中に跡が出来るだろう場所に何か光るものを見た。
「あの光は何でございましょう?」
サーシャは指で指してシーリスに尋ねた。
ところが、シーリスには見えない。
「何も見えぬ也」
「いえ、確かにあそこに……」
シーリスはサーシャと同じく見送りに出ていたルセアやロイエンにも見えるかを尋ねたが、見えないとの答え。自分にしか見えていないことを知ったサーシャが眉尻を下げて俯く。だが、シーリスは見間違いで済ます気にはなれなかった。
「共に参らん」
「あ、あの? シーリス様?」
サーシャの答えを待たずにサーシャを抱きかかえ、シーリスはゴンドラから飛び立った。
「案内せられよ」
その言葉を理解するまで呆けた後に王女は目を瞬かせる。
「信じてくださるのですか?」
「保留也」
「え……」
信じるか信じないかは行ってから決めると言うことだ。それをシーリスが正直に話すと、王女が苦笑する。
「ありがとうございます」
サーシャにとっては下手に「信じる」と言い切られるよりも余程信じられる言葉に思えた。
サーシャの誘導の下、辿り着いた先には苔むして、風化も進んだ瓦礫の山が在った。
「建物の瓦礫でしょうか?」
「……左様」
シーリスが暫し声を詰まらせた後で断言したのは見覚えのある場所だったからだ。風化して苔むしているために外観の変化が著しいが、何故か過去に訪れた場所だと判った。
それはシーリスにとってほんの数年前のこと。
「シーリス! ちょっと来てくれない!?」
「何?」
パーティー仲間の聖女に呼ばれたシーリスは彼女の許に足を運んだ。シーリスと似たような経緯で勇者パーティーに参加している彼女とは気の置けない間柄だ。彼女が佇んでいたのは崩れた家の跡だった。
「ここに瓦礫を積んでくれない?」
「どうして?」
「いいからいいから、ねぇ、お願い」
聖女は手を合わせ、片目を瞑って頼むだけで理由を話そうとはしない。
「まあ、いいけど……」
シーリスにとっては大した作業ではないので「そんなに頼むなら」と引き受けた。ゴーレムを生成して運ばせるだけのことだ。
元々はノーラの町並みだった瓦礫の大半を集める勢いで積み重ねて行く。
「もういいわ」
瓦礫の山がシーリスの背丈を超え、少し見上げるくらいになったところで聖女が止めた。
「これに何の意味が有るの?」
運んでみたものの、やはり意味が判らないのでシーリスは尋ねた。しかし聖女は「いしし」と聖女と言うには下品な笑いで誤魔化すばかりだ。
「ねぇ、シーリス。ここを憶えておいてね」
ただ、そんな一言が付け加えられただけである。
聖女が何を考えていたのかは今となっても判らない。もしかすると何かを見たのかも知れない。そう言えば予知夢を見ることがあるとか何とか言っていたような気がすると、シーリスは思い返した。
そんなシーリスに、サーシャがおずおずと問い掛ける。
「あの……」
「ん?」
「おかしなことと思われると思いますが、瓦礫の中が光っているように見えます」
「なれば、これを除くとす也」
シーリスは直ぐさま瓦礫の一部を材料にゴーレムを生成し、そのゴーレムで残りの瓦礫を撤去してゆく。
「し……。ありがとうございます」
サーシャはシーリスに信じてくれるのか尋ねようとしたが、寸前でお礼の言葉に代えた。
瓦礫の山は見る間に形を失くしてゆく。
「あ、あそこです! あそこが光っています!」
瓦礫の撤去の大半が終わったところでサーシャが声を上げた。その指差す先は上半分が崩れたレンガ造りの柱だ。その周りの瓦礫を重点的に撤去して柱を剥き出しにする。不自然に太い柱であった。
壁の跡から鑑みると、柱が出っ張らないように柱の四方に部屋が設けられていたらしい。シーリスがレーダーを放ってみると、魔法が通らずに歪められる感触が有る。遠くからだと魔物か何かと誤認してしまいそうな反応だ。
「何ぞ有りけり」
シーリスはサーシャに一言掛けてから柱を四方からレーダーを使って調べる。すると、一箇所だけ微かな隙間を見つけた。引き抜けそうなレンガが在る。ところがそのレンガには爪を引っ掛ける部分すら無い。逡巡した後、移動で抜くことにした。
慎重を期すために手を添えてムービングを発動する。だがその瞬間、バチンと手が弾かれた。
「つっ!」
指先が微かに焦げている。
「シーリス様! 直ぐに治療を!」
「忝なし」
シーリスの手をサーシャの治癒魔法が包む。瞬く間に痛みが引き、次の瞬間には焦げた指先も元の肌の色を取り戻した。
「見事也」
「お役に立てて幸いです」
安堵の笑みを零すサーシャを、シーリスは眼を細めて見る。この平和な時代にあっては驚くべき魔法の冴えだ。シーリスの生きていた時代なら珍しいとまでは至らないが、そこは戦乱の時代だからこそである。
それはともかくと、シーリスは考える。このトラップ、と言うよりも防御魔法の解除が先決だ。何かが弾けるような反応は、無理に魔法を破ろうとしたら魔法で守っている何かを破壊するとの警告も兼ねたものだろう。だからこじ開ける選択肢は取れない。
『でも見覚えは有るわね』
シーリスはぼそりと呟き、腕を組んで思い出す。朧気ながら浮かんだのはここに瓦礫を積むよう言った聖女の魔法。彼女はこの手の防御魔法も割と得意だった筈だ。恐らくここで何かを見つけ、その何かを隠したのだ。瓦礫はそのためのものだったに違いない。
『そうまでするようなものなのね』
今の今まで誰にも見つからないように隠したのだから、とても重要な何か。それを今のこの時に見つかるように仕組んだのだとしたら、甚だ手が込んでいる。でも、想像通りの相手が仕組んだものなら解除の方法にも想像が付く。
「ここに治癒魔法を全力で掛けられよ。それにてここの魔法が解けよう」
シーリスはサーシャに言った。しかしサーシャは疑問符を頭に浮かべる。
「治癒魔法でですか?」
「左様」
シーリスの友でもあった聖女は一定以上の強度の治癒魔法でなければ解けないように防御魔法を仕組むのが常だった。事実上、世界一の使い手だっただろう彼女にしか解けないようにしたのである。
サーシャは半信半疑ながら「判りました」と治癒魔法をレンガに向けて放つ。シーリスが「まだ」「もっと」と言う度、更に魔力を籠める。何かの抵抗がスッと抜けたような感覚がしたのと、シーリスに「もう良い」と止められたのはほぼ同時であった。直後、脂汗を流し、肩で息をしながら座り込んだ。
「と、解けた、のでしょうか?」
「左様」
シーリスは再度ムービングを使い、今度こそレンガを抜いた。そのレンガを抜いてしまえば、その左右のレンガが横にずらすことで抜けるようになった。それを抜いたら更に下の二つが抜けた。
そして中を検めると、二つの頑丈な箱と一枚のメッセージカード。メッセージカードの宛名にはログリア語、この時代で言う古ログリア語で「シーリスへ」と書かれていた。
「あの、それは古ログリア語のようですが、何と書かれているのでしょう?」
サーシャはノルトを支援して一緒に行動もしていたが、古ログリア語の読み書きは勉強途上なのだ。
「わっしにこの二つの箱を託すとある也」
これはざっくりと纏めればそう書かれていると言うことだ。しかしそこにはサーシャにとって衝撃的な事実が含まれる。ここは古い遺跡なのにどうしてなのか。
「シーリス様にですか!?」
「詳しくは一度戻りて後、語る也」
二人は他に何も入っていないことを確かめてから、見つけたものを携えてゴンドラへと帰還した。




