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魔王へのレクイエム  作者: 浜柔
第六章 勇者として
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第八十九話

 ――少年は全てに怯えているようだった。


 ヘライトスは少年を連れて帰宅した。城壁の外の程近く、齢二千年とも三千年とも言われる巨大な樹の畔に在る家だ。

「今、帰った」

「お帰りなさい、先生。部屋の仕度は済んでいます」

 出迎えたのは少女。少年よりも若干大人びている。

「ありがとう。直ぐに彼を連れて行く。アルルはお湯と布と薬を用意しておくれ」

「かしこまりました」

 アルルと呼ばれた少女は早足で準備に向かった。

 ヘライトスは少年を部屋に連れて行き、部屋の隅に在るベッドに横たえる。訓練場から連れ出す時に少年はパニックを起こして暴れたが、直ぐにぐったりとして静かになっていた。

「まずは治療をする。そのためには服を脱いで貰わなければならん」

 ヘライトスは虚ろにしている少年に言い聞かせるように言った。少年の服は召喚した時の服そのままだ。それが血や砂に塗れて汚れ、剣で突かれて地面で擦れてボロボロになっている。傷はその服の下に有るのだ。

 その少年の服に手を掛け、捲り上げようとした瞬間のこと。少年が「ひぃっ」と悲鳴を上げて身を退き、縮こまるようにしてベッドの隅に身を寄せた。その身体(からだ)はガタガタと震えている。

「そこまで怖ろしかったのか……」

 ヘライトスは行き場を失った手を彷徨わせながら呟いた。自分がもっと早くしていれば、それより最初から自分が世話をすることになっていればと考えるが、そこまでの政治力を持ち合わせていなかったので叶うことは無かっただろう。役に立たないと見なされた少年を引き取るためだけに地位を差し出さなければならない程度の政治力なのだ。

「先生、用意が調いました」

 アルルが湯の入った薬缶と、空の水桶に身体を拭く布と薬を入れて持って来た。

「おお、すまんな。折角持って来て貰って悪いのだが、先に水と食べ物を用意してはくれまいか」

 ヘライトスは未だ震え続ける少年を見る。

「この通りで身体に触れられぬのだ」

「……かしこまりました」

 少年を見て一瞬目を見開いたアルルは了承すると、急いで部屋を出た。

 ヘライトスはベッドから離れた位置に机の椅子を動かして腰を落ち着け、「どうしたものか」と考える。治療もそうだが、身体を洗ってやって服を着替えさせなければ不潔で、病気になってしまいかねない。しかし少年には言葉が通じず、酷く怯えてもいるので身振り手振りでの意思疎通も絶望的だ。「仕方がない」と、とある決心をした。

 アルルが水の入った水差し、コップ、シチュー、それにパンをトレーに載せて戻って来る。

「お待たせしました」

 トレーをベッド脇のテーブルに載せ、コップに水差しから水を注ぐ。

「召し上がってください」

 少年に向かって言い、簡単に食べる真似をしてから、そこを離れた。

 少年はトレーとアルルとヘライトスを見比べ、アルルやヘライトスの様子を覗いながらトレーに躙り寄る。そして手が届く所に行き着くと、コップを持って慌てるように水を飲む。

「こ、これ! そんなに急ぐでない!」

 ヘライトスは思わず注意しただけだ。しかし、少年はビクッとしてコップを投げ捨てる。床に落ちたコップがパリンと音を立てて割れた。少年はまたベッドの隅に逆戻りする。水が気管に入ったらしく咳き込み、震えながらだ。

「直ぐに片付けます」

 アルルは急いでコップの破片を片付け、雑巾を持って来て溢れた水を拭う。そしてまた新しいコップを持って来て水を注ぐ。

 アルルが忙しく動く傍で、ヘライトスは肩を落としていた。怯えられているのを解っていなが失敗してしまったのだ。少年は水も碌に飲ませて貰えていなかったらしい。少年のやつれた様子から恐らく食事もだ。それなのに注意をすることで邪魔をしてしてまった。

「アルル、暫くこの少年を頼む」

「かしこまりました」

 ヘライトスは先の決心通りに自身のするべきことをしようと自室に戻り、眠り薬を調合する。これは香として焚くことで、煙を吸った者に効果を発揮するものだ。

 調合にはそこそこの時間が掛かり、少年の部屋に戻った時には食事も終えた後だった。アルルを部屋の外に呼び、今からすることの説明をする。アルルは反対しかけたようだが、思い直したように同意した。

 眠り薬を焚いて風魔法で煙を部屋の中に充満させると、少年は程なくして眠りに就いた。移動(ムービング)で少年を浴室に運び、服を脱がせて全身を洗う。また部屋に運び、傷の治療をして新しい服を着せた。

 少年の着ていた服は一瞬捨てようかとも考えるが、そうしてしまえば騎士団長ワーグと同じになるようにも思えた。だからアルルに洗わせて乾かし、少年の枕元に置いた。

「アルル、これからもこの少年のことを頼む」

「かしこまりました」

「碌に魔法を教えてやれていないのに、苦労を掛けてすまない」

「いいえ、とんでもありません」

 恐らく最後の弟子になるだろうアルルに詫びるヘライトス。アルルは優しく笑って答えた。


 ――弟子に任せねばならぬとは、何と不甲斐ないことよ。


 ノルトはそこまでで一旦記録を閉じた。夕食の時間だ。暗い気持ちで夕食を食べていると、エミリーが「辛気くせぇ。何があったのか言ってみやがれ」と言うので記録の内容を話してしまう。

 全員が辛気臭くなって食事をすることになった。


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