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魔王へのレクイエム  作者: 浜柔
第六章 勇者として
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第八十五話

 ハヤトが連れて行かれたのは、トラックのラインが無く、地面に砂が敷き詰められた陸上競技場のような場所だった。古代ギリシャの闘技場と表現する方が適切かも知れない。

 移動に掛かった時間は数分のことだっただろう。しかし、テレビゲームをしていたハヤトは靴下しか履いていない。途中で砂利の上を歩かされた時に尖った砂利に足の裏を突き刺され、足の裏には血が滲んでいた。ズキズキとした痛みも有る。

 だから鎧姿に腕を投げ捨てられるように放されると、呆気なく転んでしまった。もう足が踏ん張れなくなっているのだ。

 鎧姿は憤怒と軽蔑が入り交じった表情をし、この闘技場の通路にでも置かれていたのだろう、剥き身の剣を投げて寄越す。ハヤトが反射的に後退ると、鎧姿の表情は軽蔑の色がより強くなった。

 鎧姿は右手で自らの腰の剣を抜いてハヤトに切っ先を向ける。地面の剣を指し示しつつ、左手を上に仰ぐように動かす。

 ハヤトにも鎧姿が「剣を持て」と身振りで訴えていることは察せられた。しかし持った途端に鎧姿の持つ剣に突き刺されるようにしか思えない。地面に尻を着けたまま後退る。

 表情の軽蔑の色を更に濃くしつつ、一旦剣を鞘に収めた鎧姿がハヤトの前へずかずかと歩み寄り、地面の剣を拾い上げる。ハヤトは引き摺り上げられるように無理矢理立たされ、剣を握らされた。

 しかし、剣は意外なほどに重く、恐怖に震える手では支えきれない。剣が鈍い音を立てて地面に落ちると、ハヤトは鎧姿に蹴り飛ばされた。どうにか頭をぶつけないように腕を突いただけの無様な格好で地面に叩き付けられる。呻き声を上げているところに幾度となく足を足で小突かれ、堪らず其方に目を向けると、鎧姿が剣で地面の剣を指し示していた。

 ハヤトは這って逃げる。しかしその腹を蹴り上げられ、転げ回って呻いた。延々と続く締め付けられるような、引き千切られるかのような腹の痛みに苦しんでいる最中でも、鎧姿は足で小突いてくる。腹の痛みが治まって来て、小突かれる痛みの方が強くなったところで鎧姿の顔色を窺うと、鎧姿がまた地面の剣を指し示す。

 首を横に振ると、今度は横に蹴り飛ばされた。そしてまた鎧姿が地面の剣を指し示す。

 いつから出ているのか、えぐっ、えぐっ、えぐっと自分の喉から漏れる音を聞きながら、ハヤトは剣に這い寄って手に持った。

 鎧姿が顎をしゃくりながら左手の平を上に跳ね上げる。「立て」と言うのだろう。ハヤトはのろのろと立ち上がる。

 鎧姿が顎をしゃくりながら、今度は右手の剣を跳ね上げる。「剣を上げろ」と言うのだろう。ハヤトは必死に剣を持ち上げる。

 鎧姿が左手でおいでおいでと手首を振る。しかしハヤトはもう限界だ。剣を持っていては身動ぎすらできない。

 痺れを切らしたらしい鎧姿が何かを叫ぶ。「来ないならこっちから行くぞ」とでも言うのか。剣を振り上げ、ハヤトとの間合いを詰める。振り下ろされる剣。ハヤトは何も反応できない。武術の心得などまるで無いハヤトが心身共に疲弊した状態で避けられるような速さではない。仮令(たとえ)万全であってもどうにか首を避けられるかどうかだろう。

 剣はハヤトの額を割る寸前、指二本分の幅ほどを残して止まった。

 ハヤトは剣を取り落とし、頽れて膝を突く。鎧姿から蹴られることはもう無かった。

 しかしこれで終わりではなかった。ハヤトにとっての地獄はここからだ。

 鎧姿はいつからか遠巻きに見ていたらしい髭面の男に何やら話す。すると髭面がハヤトが落とした剣を拾い、ハヤトを蹴飛ばしてくる。顎をしゃくりながら走る仕草をする。「走れ」と言うのだろう。しかしハヤトは既に限界だ。動けない。だが、動かずにいると、髭面がまた蹴ってくる。剣で突き刺してもくる。ハヤトは痛みから逃れるため、のろのろと立ち上がり、のろのろと歩き始めた。

 砂利で怪我をして血が滲む足は痛む。瞬く間にマメが出来て痛み、潰れてまた痛む。痛みに足を止めれば髭面に尻を蹴り上げられて痛む。息が切れ、咳き込み、嘔吐する。最後に食べ物を口にしてから時間が経っているので出るのは胃液だけだ。吐き気で立ち止まっても、髭面はやはり蹴ってくる。次第に意識が朦朧となっていった。

 目覚めたのは牢獄のような部屋だった。気を失っていたのだ。部屋には食事らしきものが置いてあったが、汚水のようなスープと乾涸らびたパンだけだ。スープを一口口に含んでみたが、吐き気を催すだけだった。

 翌朝、用意された食事はやはり汚水のようなスープと乾涸らびたパンだけだったが、ハヤトは喉の渇きに堪えきれずにそのスープを飲み干した。

 そしてまた闘技場に連れて行かれ、髭面に蹴られ、剣で突かれ、走らされる。老人が闘技場にやって来て髭面と話していたが、ハヤトが次に気付いた時には居なかった。髭面の仲間に追い返されたのだろう。

 これ以降、ハヤトには闘技場や牢獄のような部屋での記憶が殆ど無い。汚水のようなスープを合計四回啜った記憶が有るだけだ。意識が朦朧とし、何も感じなくなった。蹴られても、剣で突かれても、ただ丸まってじっとした。


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