第八十六話
――騎士団の少年に対する仕打ちは酷いものだった。虐待、いや拷問と言って良いだろう。
ヘライトスは伝説を軽んじる貴族らの問答に付き合わされて辟易した。はっきりしたのは、彼らが魔王の復活を信じておらず、召喚する勇者も使い捨てられる駒くらいにしか考えていいないことだけ。問答は無為だ。相手にせず、押し通ろうとするが、次々に立ち塞がって邪魔をする。予め示し合わせたような動きだが、たまたまそう見えるだけだろう。他人の足を引っ張る時には意外なほど連携する。
どうにか押し退けて通り抜けた時には騎士団長ワーグの姿は見当たらなかった。尋ね歩き、訓練場に行ったと知って急いだが、ワーグの姿はもうそこには無かった。
しかし少年は居た。騎士団の小隊長の一人に無理矢理走らされている。直ぐにその小隊長に食って掛かる。
「何をしておる! 即刻止めさせぬか!」
「団長からの命令は彼の訓練をすることです」
「無理矢理走らせておるだけではないか! それのどこが訓練か!」
「それはこちらで判断します」
答えた小隊長はその場に居た数人の隊員に指示を出す。
「おい、お引き取り願え」
隊員らはヘライトスの前に壁のように立ち塞がって、じりじりと迫る。身分上、触れることができないので触れる寸前までだ。触れられる方は問題にならない。
腕力の劣るヘライトスが隊員を押してもビクともしない。押した勢いで却って自分が下がるほどだ。そうして、あるいは回り込もうとしてヘライトスが下がれば隊員らがその間隙を詰める。
最終的にヘライトスは訓練場から押し出されてしまった。
ヘライトスはまたワーグの行方を尋ね歩く。騎士団の隊舎に居ることが判り、行った。取り次ぎを求めたが、拒否される。ならば自分から足を運ぶからと中に入ろうとしても阻まれる。この日は結局ワーグに会うことが叶わなかった。
翌日、ヘライトスはワーグを待ち伏せた。
「あの少年を今直ぐ私に引き渡して貰おう」
「いきなり何を言い出すかと思えば……。断る。奴の管理は騎士団ですることになっている」
戦争のために召喚するのだから、軍に組み込み、軍で管理すると言う理屈が押し通されていた。
「何故だ? 昨日、訓練場での様子を見たが、彼に兵士が務まるようには見えないではないか」
「ああ、全くのクズだ。しかしあんなクズでも盾くらいにはなる」
「何?」
ヘライトスは目を剥いた。
「お主には人の心が無いのか!?」
「十分有るとも。奴が盾になればその分だけ俺の部下が助かる」
ワーグが歯を剥いて笑う。
「どうだ? 部下の命を大事にする心有る人間だろう?」
「世迷い言を! お主には彼に恨みが有るとでも言うつもりか!」
「はん! 散々期待させておいて、出て来たのがあんなクズだ。恨んでも恨みきれんよ」
「たったそれだけのことで……」
ヘライトスはワーグの理不尽さに戦慄いた。勇者なら一人で戦況を引っ繰り返せるとでも思ったのか。戦争が一人でできるのなら誰も苦労はしないのにと。
「とにかく奴は渡さん。精々役に立って貰わなければならないからな」
またワーグが歯を剥いて笑う。
「まあ、盾が直ぐに潰れたんでは意味が無いのでな。それなりに鍛えてやるさ」
ワーグはそう言い残すと、ヘライトスを無視して立ち去った。
ヘライトスはワーグでは話にならないと、騎士団の後ろ盾になっている貴族の許へ向かう。取り次ぎは直ぐに為された。
「宮廷魔法士殿が何用かな?」
「勇者のことだ」
「ああ、勇者とは名ばかりのクズだと聞いている」
「彼はけしてクズなどではない!」
少年の為人を知っている訳ではないので判らないのだが、ここは敢えて言い切った。
「全くの役立たずと言うではないか。それがクズでなくて何だと言うのだ?」
「戦いだけが人の価値ではない!」
ヘライトスから見れば、目の前の貴族やワーグの方が余程クズに思えた。
「彼の価値は私が見つけてみせる。彼を私に引き渡して貰いたい」
「引き渡せだと?」
ここで貴族は閃く。
「タダでとはいかんな」
「何を要求するつもりだ?」
「そうだな。ヘライトス殿にはクズを召喚した責任を取って引退して貰おう」
「それが望みか?」
「ああ」
「少し時間を貰おう」
「好きにすればいい」
ヘライトスは貴族の嘲笑混じりの言葉を聞きながら立ち去った。




