第七十七話
重要な話を終え、ドレッドはシーリスに向き直る。
「シーリス殿、シーリス殿は今後、サーシャ様と行動を共にするおつもりか?」
「暫しそうなろう」
シーリスは頷いた。頷き返したドレッドはサーシャに向き直る。
「サーシャ様、自分はサーシャ様が王都へお帰りあそばされるようお捜ししておりました」
サーシャの肩がピクンと跳ねる。マリアンがサーシャを庇うように身を乗り出してドレッドを睨む。「何もこんな時に言い出さなくても」との思いからだ。
ドレッドはそんなマリアンを意に介さない。シーリスは興味深げに眺め、ロイエンは素知らぬ顔をし、ルセアは何が話されているのか解らずハラハラするだけ。
「しかしながら……」
ドレッドは言いながら立ち上がる。
「この町の守備隊隊長に不幸が起きたことで、自分が彼に代わって早急に今回の事件の捜査を行わなければなりません」
裏にはかなりの規模の組織が潜んでいると思われる。捜査には相応の時間が掛かる見込みだ。副隊長は健在ながら、半ば崩壊した守備隊の立て直しをしなくてはならない。隊長も健在だったなら、捜査と隊の立て直しの分担が可能だったのだが。
「そのため、サーシャ様を即座にお送りすることが叶わず、捜査が完了するまでこの町に滞在して戴くことになります」
「な……」
マリアンが顔色を変えて反論しようとしたが、シーリスがその腕を引いて止めた。
「しかし、事件の捜査を行う自分はサーシャ様のお側には居られません。サーシャ様の身に何が起きても、サーシャ様がどこかへ行かれましても自分には判らないのです。何とぞご自愛戴きとうございます」
ドレッドが何を言っているのか理解に苦しんでいるサーシャとマリアンを余所に、ドレッドはまたシーリスに向き直る。
「シーリス殿もどうかよしなに」
「承知」
シーリスは頷いた。ドレッドも頷き返す。
「これにて自分は失礼いたします」
ドレッドは一礼してゴンドラを後にする。見送りに出るのはシーリスだ。
甲板に出ると、夜風が少しひんやりと感じられた。
「さで良きかや?」
「シーリス殿とご一緒なら心配ありますまい」
「面倒な男の子也」
明らかに年下の女性に男の子呼ばわりされたドレッドは嫌な顔をする。
「自分は……」
サーシャを閉じ込めておきたいのは山々だが、それ以上に自由であって欲しいのだと言い募ろうとして止めた。サーシャの三日月形に歪んだ目が全てを見透かしているように感じられたのだ。
「今宵は暑き也」
にやけるシーリスに、ドレッドはまた嫌な顔をした。
ドレッドを見送ったシーリスは船内に戻る。
「明日から出港準備也」
「はい?」
未だ解っていないマリアンの反応に、シーリスはロイエンを眇めた目で見る。ロイエンは肩を竦めるだけだった。
シーリスがサーシャとマリアンを彼女らのゴンドラに送っている時のこと。
『ロイエン様、私にライナーダ語を教えてくださいませんか?』
『ん?』
小首を傾げるロイエン。
『皆さんが話している時に私だけが解らないのが嫌なんです』
『ああー』
ロイエンは頷いた。疎外感を抱くだろうことは想像に難くない。
『私の指導は厳しいぞ?』
『が、頑張ります』
少し怯みながらも握り拳を握るルセア。ロイエンはくすりと笑う。
『引き受けた。ライナーダ語とプローゼン語は似た言葉だから単語を憶えて発音さえどうにかすれば問題ないだろう』
快い返事と難しくなさそうな話にルセアはほっと一息入れ、満面の笑顔を浮かべた。
『ありがとうございます!』
『あ、ああ……』
ロイエンは少し目を泳がせてそっぽを向いた。
「今宵は暑き也」
「うわっ!」
突然のシーリスの声にロイエンは壁に手を突いて胸を押さえて動揺する。ルセアはシーリスが何を言ったか解らず、きょとんとするばかりである。
翌日。朝からマリアンの手料理に舌鼓を打ったシーリス、ルセア、ロイエンはマリアンも連れての買い出し。ほぼ食料を買うだけなので買い出しは一日で終わった。
その翌日にはサーシャのゴンドラからシーリスの中型ゴンドラへと荷物を運び入れる。サーシャのゴンドラはこの町に留めておくことになる。
更にその翌日。中型ゴンドラはログリア帝国の帝都の在った場所へ向けて出航した。
出航後、一定高度で巡航しだしてから、サーシャはシーリスに問い掛けた。
「私はどうすれば良いのでしょう?」
先日の話の中で、今までは守られるばかりだったことが解った。これからはせめて聖女としての自分は守られなくても済むようにしたいと考える。
「どうしたら完治させないように治療することができるのでしょうか?」
「恐らく無為也」
掠り傷や切り傷なら注いだ魔力に応じた分だけ治る。しかし重篤な病であれば、一定以上の強さの魔力を注がなければ全く効果が無く、効果が現れるほどに魔力を注いだら一瞬で完治する場合が有る。それも患者毎に必要な魔力の強さも、完治するかもまちまちだ。
「それでも……」
それができるようになりたいのだと、サーシャは言った。




