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魔王へのレクイエム  作者: 浜柔
第五章 聖女の心ここに在らず
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第七十六話

 シーリスは気を失ったままのサーシャを移動(ムービング)を用いてゴンドラへと連れ帰った。宙に寝かせて浮かばせたら晒し者のようになってしまうので、抱きかかえるのを装ってのことだ。しかし、それはそれで目立つもので、通りすがりの人が「何て力持ちな」と顔に書いて振り返っていた。

 運び込んだのはサーシャのゴンドラの方。慣れ親しんだ船室の方が起きた時に落ち着けると踏んでのことだ。マリアンがサーシャを看病しつつ、いつ目覚めても良いように準備する傍ら、シーリスはそのゴンドラの居間で待機する。目を覚ましたら話さなければならないことが有る。ドレッドから逃げる件もそうだが、治癒魔法の件は外せない。

「ありがとうございます」

 準備を終えたマリアンはシーリスに深く頭を下げた。シーリスが居なければサーシャを連れ帰るのも一苦労だった筈だ。何よりサーシャが元事務員の両親から怪我を負わされていたかも知れない。

「他愛無き也」

 シーリスにとっては小手先の技でしかないので気にするまでもないと言うことである。

 暫くしてロイエンが戻った。生憎なことにドレッドを連れていたため、彼を案内するのと同時にシーリスも中型ゴンドラへと居場所を移す。今更ドレッドを拒絶することもできない状況だ。サーシャが元事務員の妻の治療を言い出さなければ賊の件での事情聴取だけで強引に立ち去ることもできたのだが、ここ今となっては元事務員の家族の顛末も確認しておかなければ何かが喉の奥に支えたように落ち着かないだろう。サーシャが目覚め次第、マリアンに知らせて貰う手筈にしている。

 ゴンドラ間を行き来するためのロープも張った。浮遊器(フローター)で浮かびながらロープを伝うのだ。そうでなければゴンドラの縁を蹴って横方向の移動をしなければならない。大きいゴンドラから小さなゴンドラに移るならともかく、逆は厳しいのである。

 待つだけの時間は長い。

「貴女は何者だ?」

「魔法士也」

 ドレッドの質問にシーリスは簡潔に答えた。

「いや、そうではなく……」

 傀儡(ゴーレム)、フローターを使わない空中移動、賊を捕らえた障壁(バリア)と、今の常識では考えられない魔法を使うのだ。そんな人物が今の今まで噂にも聞いていないことが信じられないドレッドである。

 しかしシーリスも多くを語る気は無い。隠すつもりではなく、あまり語りたくない過去も関わってくるからだ。話すことは事情聴取の時に話していて、非常に説明が面倒だったのもある。同じ面倒を繰り返したくもないのだ。

「シーリス殿、一手指南願いたい」

 ドレッドはゴーレム相手に戦わせて欲しいと言った。真剣な表情でだ。そこに何か思うところが有ると見て、シーリスは承知した。

 二人はゴンドラを出て地面に降り立つ。

生成(クリエイト)!』

 シーリスはゴーレムを一体だけ生成した。盾代わりのバリアをゴーレムの前に展開する。

「いつでも良き也」

 ドレッドは我が意を得たりとばかりに不敵に笑い、剣をバリアへと叩き付ける。バリアはビクともしない。するとドレッドは回り込んでゴーレムへと剣を叩き込む。が、バリアが一瞬の内に移動して剣を受け止める。

 そしてドレッドが飽きるまでそれを続けた。

 そんな風にシーリスとドレッドが時間を費やす間、ルセアはロイエンから事の次第を聞いた。この場でプローゼン語を話せるのがロイエンだけなので必然的にである。


 サーシャが目覚めたのは日が沈んだ後のこと。マリアンからの連絡を受けて、シーリスがサーシャを中型ゴンドラに連れて来る。憔悴したままのサーシャでは自力での移動は無理だが、シーリスの魔法ならお構いなしなのだ。

 皆が集まったところで、先にドレッドからの元事務員の家族についての報告。見舞金を渡したと言う結果だけを話す。聞いていたロイエンは小さく頷いた。彼らが納得したかは余計な話である。

 これによってサーシャは僅かながら安堵の表情を見せた。

 そしてシーリスが語る。治癒魔法で完治した筈の患者が治療直後に亡くなる事例が有ることを。皆は驚愕した。ルセアだけは言葉が解らずキョトンとするばかりだが、ロイエンに通訳して貰って遅ればせながら驚きの表情を見せる。

「どうしてそれを先に言わなかった?」

 ドレッドが詰るかのようにシーリスに尋ねた。シーリスは何でもないように答える。

「目の当たりにせねば信じまいや?」

「そん……」

 そんなことはないと叫ぼうとしたのをドレッドは止めた。あの場で信じようとしなかったのを思いだしたのだ。

「そうはならない手段は何か無いのか?」

「完治させねば良き也」

 完治させなければ直ぐにでも命に関わる病ならどうにもならないが、そうでない病なら半分だけ治して様子を見ることができる。理屈ではだ。

「しかし……」

 シーリスは続けた。聖女と呼ばれるほど膨大な魔力を持ち合わせていると、その調節が難しい。巨大な水桶を傾けて小さなコップに半分だけ水を注ぐかのようなものなのだ。

 聞いていたサーシャは顔を手で覆って伏せる。

「そうだったのですね……」

 サーシャには心当たりが有った。サーシャの許へ患者を連れて来るのは王族の御用医師なのだが、彼らは治療直後の患者をサーシャに見せることが無かったのだ。後日に快癒した患者に会ったことがあるくらいのものだった。

 御用医師はシーリスが語ったことを知っていて、サーシャには知らせないようにしていたのである。全てはサーシャの心の安寧を損なわないために。


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