第七十三話
そろそろ日も暮れようとする頃合いになっている。サーシャ達が通されたのは応接室。とても王族を迎え入れるような出来ではないが、下級貴族程度なら大丈夫な、ここで最も立派な部屋である。そもそも下級以外の貴族が訪れるような町ではないのだ。
サーシャとマリアンへの事情聴取はドレッド同席の下で短時間で終わる。命については危機一髪でもなかったので、事の経緯を話すだけだ。穢らわしい賊の手が乙女の柔肌に触れる意味では危機一髪だったが。
ロイエンへの事情聴取ではドレッドが射殺すかのような視線をロイエンに叩き付ける。しかしロイエンは華麗に躱した。若手だから国を左右するような案件には顔を出さないものの、優秀な外交官で場数も踏んでいる。視線でどうこうされたりはしないのだ。そしてそんなドレッドの視線も、ロイエンがシーリスの同行者で、シーリスのアフターフォローをしただけだと説明した時点で和らいだ。
最も時間が掛かったのはシーリスへの事情聴取だ。ロイエンが見ていない部分が多いので、ロイエンもフォローできない。
「どこで襲撃を知ったのですか?」
「上空也」
「賊には気付かれなかったのですか?」
「左様」
「どうやって賊だと判断しました?」
「乙女の勘也」
これだけでも質問していた守備隊隊長とドレッドの眉間に皺が寄る。気付かれないほどの上空を飛ぶゴンドラが理解できない。理論的に可能でも常識ではあり得ないのだ。だから「そこのところを詳しく」と言う話になって、説明に手間取る。それがシーリスの行動一つ一つに対して繰り返されれば時間も掛かろうと言うものである。聴取は深夜まで続く。
話が進むに順い、ロイエンを除く面々が程度の差こそ有っても驚愕に顔を歪める。しかしロイエンだけは眉間に皺を寄せる。
力をひけらかすような真似をしないでくれ。
そんなロイエンの思いは誰にも斟酌されることが無い。
シーリスへの事情聴取が進む間にも賊の取り調べは進み、拷問も躊躇わずに一味の全容や余罪が追及された。
シーリスに腕を折られた男は停泊場の受付をしている者だった。この男が守備隊兵士の一部と結託してゴンドラへの襲撃を繰り返していたのだ。賊の一味の兵士は、賊を働いた一名、その賊を庇った一名、ドレッドに脚を切られた二名、隊長に待機させられた三名、その他にも三名の合計十名に及んだ。
一味だと思われた事務員はそうではなかった。幾度となく停泊場での賊の訴えが有ったものの、賊の一味によって悉く「異状なし」の報告が返されたために門前払いするようになっただけだった。「あいつが間抜けで助かった」と言うのが賊からの評だ。しかしながらその怠慢が事件の発覚を遅らせたとも言え、懲戒免職を免れるものではない。
また、一味の余罪は年に十件前後で数年間、殺害した人数だけでも三桁に上り、売り飛ばした女子供も数知れないものであった。取り調べが済み次第、全員が処刑される見込みだ。
賊の一味の概要は速報としてサーシャやシーリスの居る応接室にも届けられた。
「守備隊が犯罪者の巣窟になっていたのですね……」
サーシャの素朴な感想だ。しかしこれには隊長が顔を蒼白にする。責任を追及されるのは必至。少なくとも罷免される状況にある。
痛ましいほどに悄然とする隊長に僅かばかりの同情心が湧いたドレッドは助言する。
「人身売買組織の全容解明など、まだまだ仕事は有ります。そこで結果を残せば、その功績は加味されましょう」
「そ、そうですな! そうですとも!」
俄然元気になって、やる気を出す隊長。そしてサーシャに頭を下げる。
「私にはしなければならないことがございます。中座をお許しください」
拒む理由の無いサーシャが了承すると、隊長はそそくさと応接室を後にした。
今後の方策についてあれこれ思案しつつ急ぐ隊長。その前に男が一人立ち塞がる。先の事務員だ。
「お前は……」
捕らえていた筈なのにと考えた後で、賊の一味ではなかったのを思い出す。しかし免職は変わらない。
「お前に用は無い。直ぐに出て行け」
元事務員が歯軋りをする。
「どうして俺がクビにならなきゃならないんだ!?」
「職務怠慢に決まっているだろう」
「賊はあんたの責任じゃないか!」
「ええい、五月蠅い! とっとと出て行け!」
元事務員は立ち尽くしたままぶるぶると身体を震わせる。
「動かんなら摘み出してくれる」
隊長が元事務員の首根っこを捕まえようと手を伸ばす。
その瞬間、元事務員の腕がゆらりと動いて隊長の眼前に突き出された。手にはナイフが握られている。
隊長が目に灼熱を感じたのは一瞬。目から血を噴き出させた隊長は倒れ臥し、二度と起き上がらなかった。
「あんたのせいだ。あんたが俺をクビにするからだ」
「きゃあああ!」
たまたま通り掛かった女性職員の悲鳴を聞いた兵士が駆け付けるのには、然程時間は掛からなかった。夜更け過ぎであっても、今日ばかりはほぼ全ての職員が屯所に詰めている。




