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魔王へのレクイエム  作者: 浜柔
第五章 聖女の心ここに在らず
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第七十四話

 知らせを聞いて駆け付けたドレッドは我が目を疑った。知らせも半信半疑だったが、変わり果てた隊長の姿を見ても悪い冗談にしか思えなかった。隊長は危機感に突き動かされれば有能さを発揮すると思われ、そんな隊長には大いに働いて貰うつもりだったのだ。

 サーシャにまで手を出すような犯罪組織は根絶やしにしなければならない。守備隊内が一掃できても、まだその取引先の組織が残っている。今回の犯行がマリアンのことをどこかの下級貴族の使用人だと思い込んでのものとは判明したものの、そんなことは酌量の理由にはならない。犯行の事実だけが問題である。

 隊長にはその陣頭指揮を執って貰わなければならなかったのだが、いきなり頓挫した。一人の元事務員の男によって。

「今クビにされたら、俺の家族は明日にでも首を括らなきゃならなくなるんだ!」

 元事務員はそう供述した。病気がちな妻、幼い子供、老いた両親を男の双肩は担っていたらしい。「どうせ死ぬのなら、クビにした奴も道連れにしてやる」と考えての犯行だ。できることならドレッドも道連れにしたかったと言うことだった。

 しかし最悪でも魔物猟師の道がまだ残されていたのだ。結果的に元事務員自身が家族に引導を渡すような犯行であった。


 応接室に戻ったドレッドが事のあらましを説明すると、サーシャが元事務員の妻を治療すると言い出した。ドレッドやマリアンは勿論、シーリスもロイエンも反対した。特に強く反対したのはシーリスだ。

 皆は別に元事務員が憎くて反対したのではない。彼の妻が治癒魔法によって治れば良いが、治らなかった時が問題になる。治癒魔法とて万能ではないのだ。期待させておいて「治りませんでした。はい、さようなら」とは行かない。中途半端な親切は却って恨みを買うこともある。彼の妻が治らなかった時にその家族の面倒を一生見続けるなら、その家族から憎まれることはないだろう。しかしそれではその家族以外に妬まれ、恨まれることになる。「何であいつらだけ」と。つまり、サーシャには自己満足以外の利が全く無く、リスクだけは掃いて捨てるほど有る行いなのである。

 しかしサーシャは「治せば何も問題ありません!」と言って聞かない。こうなったらもう駄目だと、マリアンがシーリスを説得する形で治療することになった。

 ただ、シーリスが反対した理由はそれだけではなかった。


 翌日。応接室でソファーで仮眠を取って一夜を過ごしたサーシャらは元事務員の家に行った。

 マリアンが元事務員の妻とその家族に告げる。

「ご主人の訴えをこの方がお聞き入れくださったのです」

 まだ元事務員の凶行は家族に伝えられていないので、家族は大層喜んだ。妻の枕元まで足を運んだのはサーシャ、マリアン、シーリスの三人。ドレッドとロイエンのむさ苦しい男達は家の外で待機している。

 サーシャは妻の手を取って優しく笑いかける。すると、緊張していた妻の表情が和らいだ。しかし直ぐに苦痛に顔を歪める。正体不明の痛みや息苦しさなどが次々と襲ってくるのだ。

「楽にしていてくださいね」

 少しでも痛まない姿勢が有ったなら、と言う意味でしかない。それでも一言掛けてからサーシャは治癒魔法を発動した。

 淡い光がサーシャを包み、それが少しずつ妻へと伸びて包んで行く。光が妻の全身を包み込むと、妻はハッとしたように目を見開いた。それから徐々に心地よさそうに目を瞑り、大きく息を吸って吐く。

 治療が終わり、サーシャは魔法を解除した。

「何て気持ちいいのかしら。痛みが無くなったわ」

 横たわったまま、妻は呟いてから愛おしむように我が子を見、夫の両親を見、そしてサーシャへと顔を向ける。

「本当にありがとうございます」

 微笑んでからそっと目を閉じた。

 サーシャもマリアンも家族も治療が成功したことを喜んだ。しかしシーリスだけは違う。苦汁を飲んだように顔を歪める。

「即刻ここより立ち去る也!」

 サーシャとマリアンの腕を引く。「どうしたのですか?」と訳が解らないとばかりに首を傾げるサーシャ。しかし時既に遅く、その傍らで声がする。

「ママ? ママ?」

 子供が母に呼び掛けるが、母は答えない。

 異変に気付いたサーシャがシーリスの腕を振り払うようにして妻の容態を確かめる。既に息を引き取っていた。

「そんな……」

 サーシャは狼狽えた。

「これだから……」

 シーリスは臍を噛んだ。こう言うことが有るのを知っていた。病が人を生かすことがあるかは判らない。しかしそうとしか思えないことがあるのだ。治癒魔法で治療すると、まれにそれが自然の摂理に反しているとでも言うかのように命を消してしまう。魔王と戦う前の戦いに明け暮れた日々の中で幾度となく見た光景だ。当時、共に戦っていて数多くの治療をした聖女が心を病んだほどであった。


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