第六十七話
この場で最も偉そうにしているのはシーリスで、次にドレッド、それから賊とその仲間の兵士にと続く。本物の王女様はこそこそとロイエンの陰に隠れてドレッドの視線から逃れようとしている。
こんな様子では守備隊隊長が勘違いしても致し方ないだろう。ドレッドも隊長の顔の向きからそれを察していたが、訂正しない。むしろ勘違いしてくれていた方が、この場では都合が良い。判っているだけでも守備隊の中に賊が二人。他にも混じっている可能性が高く、サーシャに対して暴挙に出られるかも知れない。
「そいつを捕らえよ! 背後関係を洗うためにも生かしたままだ!」
隊長は賊の一味と思しき兵士を指差し、他の兵士達に命令した。保身には全力を尽くすし、保身と責務が一致するなら有能さも発揮するのがこの隊長だ。保身だけしかできなかったなら隊長になど成れてはいない。
ドレッドの命令では戸惑っていた二人の兵士も隊長の命令となれば否やはなく、賊の兵士の向こう側に回り込むべく動き出す。隊長が引き連れていた兵士達も賊の兵士を取り囲むように動く。ところがその中で二人、ドレッドや隊長の後ろで死角になっているのを良いことに、最後尾からジリジリと後退って行く。音を立てないようにゆっくりと。
「後ろの二人、どこへ行くつもりだ?」
振り返りもせずに問うドレッドに、「すわっ! 背中に目が付いているのか!?」と内心で驚き、足を止める二人。適当な誤魔化しを入れる。
「お、応援を呼びに参ろうかと……」
「不要だ。その場を動くな」
慌てて振り返った隊長を余所に、ドレッドはやはり振り向かない。ドレッドは既に戦闘態勢にあり、戦闘態勢のドレッドは周囲十数歩分程の範囲で人の動きを察知できる。神経を研ぎ澄ませることで身に付いた自然発生的な魔法だ。だから本人にはその自覚が無く、そのせいで範囲がやや狭い。
「動かば斬る。後で訊くことあるからそこで待っていろ」
青ざめる隊長。ドレッドの本気を読み取り、その顔色を窺う。
二人の兵士も青ざめる。しかしこちらはまだ甘く見ている。顔を見合わせて頷き合ったところで脱兎の如く逃げ出した。
その瞬間。ドレッドは隊長の視界から掻き消え、兵士二人の背後に現れる。そこで刹那に剣を一閃。二人の蹴り脚を斬り飛ばす。
「ぎゃあああ!」
もんどり打って倒れた二人が断末魔の如き悲鳴を上げた。足首から先の無くなった脚を押さえながらのたうち回る。
「動くなと言った筈だ」
「ド、ドレッド殿……」
逃げないようにするのだとしてもやり過ぎだと感じる隊長だ。他の兵士達も起きるはずのない悲鳴に驚いて思わず振り向き、斬られた二人の足首から噴き出す赤い血に目を瞠る。
そんな中で悲鳴を全く意に介さなかった一人が賊の兵士。これ幸いと包囲が完了していない方向、つまりシーリスの立つ方向へと走り出す。ところが包囲を突破したところで欲を出した。勢いのまま、シーリスに肉薄する。傍目にはぼんやりしているようにも見えるシーリスは与し易く、人質にしてしまえば楽に逃げられると考えたのだ。
「女! 一緒に来て貰うぞ!」
右手に剣を持ち、左手をシーリスの首へと伸ばす兵士。シーリスはぼんやりしたままに見える。しかしその左手がシーリスから手一つ分ほどの距離に達した時。ぐきゃっと砕けた。シーリスが目前で張った障壁に走る勢いそのままで衝突したのである。
「があああ!」
悲鳴を上げる兵士。
『馬鹿ねぇ』
シーリスは呆れるばかりだ。
『生成!』
傀儡を二体追加して兵士を取り押さえる。その様子を見ていた小型ゴンドラ上のロイエンは苦虫を噛み潰したような顔を右手で覆い、中型ゴンドラ上のルセアは渇いた笑いを零す。
その程度で済まないのが守備隊の兵士達だ。ある者は呆然と、ある者は戦きながら、ゴーレムが動くのを見続ける。
表面的には平然としているドレッドも、その内心は未知の脅威に驚愕していた。




