第六十八話
誰もが動きを止める。特に守備隊の兵士達はドレッドの苛烈さを見、人智を超えた傀儡を見て、進むことも退くこともできなくなった。土塊を操る女性が味方とは限らず、その操る土塊の戦闘力は未知数だから一旦退いて見極めたい。しかし退けばドレッドの制裁が待っているとの認識だ。当然ながら、彼らが退いてもドレッドが制裁を加えるようなことは無いのだが、彼らにとって直前の光景があまりに刺激的すぎたのである。
そのドレッドはと言うと、兵士達を最早気にも留めていない。土塊を操る女性を見極めんとするばかりである。人型の土塊を動かす魔法など見たことは勿論、聞いたことも無い。目前で行われた様子からは隠そうと言う姿勢が見られない。それでどうしてそんな特殊な魔法の使い手が噂にすらも登場していなかったのかが判らない。
そして土塊、即ちゴーレムを操る女性シーリスは少し苛立っていた。
早くしてくれないかしら。
一方、上から眺めているロイエンは下の様子はそっちのけで思案する。下のことはシーリスに任せておけば収まるように収めてくれる筈だし、どう転んでも見ていることしかできないので気に病むだけ無駄だ。問題はその後。ロイエンとしてはシーリスに目立たないようにして欲しかった。目立ってしまってはその力を当てに、あるいは利用しようとする有象無象が群がって来る。おかしな依頼や招待も増えるだろう。その全てを無視できれば良いが、心情的に無視できないものも有るに違いない。しかしそうして一度でも何らかの依頼や招待を受けてしまえば更にそれらが押し寄せて来て、雪だるま式に膨れあがることになる。
そうなっては旅が遅遅として進まなくなり、無理を通そうとする輩によってロイエン自身やルセアの身に危険が及ぶかも知れない。
この点についてはシーリスも一応気にしているようで、手渡されたものが有る。
「わっしは付与術士ではなき故に心許なきものなれど、お守りと思うて首より下げて置かれや」
そう言いながらシーリスが差し出したのは魔法結晶だった。身を守ってくれると言う説明だが、どの程度有効かはシーリスも自信が無いと言う。
どこか頼りない話だ。だからシーリスには力を隠して欲しいが、見せてしまったものは仕方がない。できるだけややこしくならないことを目指す。
そうした場合、ここで最もややこしくなる可能性を秘めているのがサーシャだ。ライナーダ王国の王女と言う立場を鑑みれば、ライナーダ王国から接触を図られることもあり得る。「ライナーダ王国のお抱えになれ」とか何とか。
懸念は懸念として、サーシャの様子を窺えばかなりの挙動不審。ライナーダ王国の騎士の目から逃れるような振る舞いをしている。加えて、ここまで配下らしき人物をマリアンと呼ばれた女性以外に見ていない。
だからロイエンは何か交渉の余地が有りそうだと考える。最も身分が高いサーシャとさえ話を付ければどうとでもなりそうでもある
「殿下、折り入ってご相談したき儀がございます」
「はいっ!?」
思わず上擦った声を誤魔化すように咳払いをしてから平静を装うサーシャ。ドレッドを視界の中にして、後ろめたさが湧いている。
「どのようなことでしょう?」
「殿下には何かご事情がお有りのご様子」
「そ、そそそそそんなことはございませんわ」
あからさまに動揺が声に出た。これが常ならばもう少し取り繕えただろうが、少々危機的状況にあったところから解放され、気が緩んでいたこともあって失敗したのだ。
ロイエンはほくそ笑む。
「実は私共にも少々事情がございまして……」
ロイエンはシーリスに視線を向ける。
「彼女のことでございますが、殿下がここでお目やお耳になされたことを他言無用にお願いしたいのです。その代わりと申しては何でございますが、私共もここで見聞きしたことを、殿下にお会いしたことも含めて全て忘れましょう」
つまり、お互いに沈黙を保とうと言う提案だ。サーシャは逡巡する。
「その提案を受け入れるに当たり、一つ頼みたいことが有ります」
「どのようなことでございましょう?」
条件を出されるとは思っていなかったロイエンは少し驚いた。
「そのですね……」
サーシャは少し言いづらそうにする。
「ここから逃げ出す手伝いをして欲しいのです」
サーシャも割と往生際が悪いのであった。




