第六十五話
時は少し巻き戻る。
サーシャの指示を受けたマリアンは急ぎ、守備隊の屯所へと駆け込んだ。受付から少し離れた事務員へと声を上げる。
「賊です! ゴンドラが賊に襲われました! 直ぐに守備隊の派遣を願います!」
事務員は直ぐに立ち上がって受付に向かいながら問う。
「場所は?」
「停泊場です!」
最初は真剣な表情だった事務員が、その答えを聞いた途端に侮蔑めいた表情をする。
「停泊場なら警備が居るだろう。警備に対応して貰ってくれ」
「その警備が賊なのです!」
「そんなでたらめを」
「でたらめではありません!」
「いい加減にしろ! こっちは悪戯に構ってる暇は無いんだ! 今直ぐ帰らないとあんたこそ逮捕するぞ!」
「そんな……」
マリアンには信じられない。どうして悪戯と決め付けられなければならないのか。
「悪戯ではありません! 賊に襲われたのです! 信じてください!」
「ああ、もう、口で言って解らないのな……」
「騒がしいからと出て来てみれば、隊長殿、これは由々しき事態ですぞ」
苛立たしげにする事務員の言葉を遮るように、後ろから声が響いた。
「人々の訴えに耳を傾けないとは、守備隊として如何なものでしょう?」
「は、はあ……」
咎めるような声と怯えたような声。マリアンには咎めるような声に聞き覚えが有った。視線を事務員からその後ろへと動かす。
「ドレッド様……」
マリアンは思わず後退った。
「ですが所長殿、この事務員の処分は後回しにして、今は危急の事態。自分が向かいますので、隊員をお貸し願いましょう」
「ド、ドレッド殿にご足労戴かなくても……」
「今し方お話しした方の身に起きた異変なのですぞ?」
ドレッドは大型ゴンドラを王都に送り届けて事の次第を報告した後、国王や騎士隊長からの指示も待たずに単身、小型ゴンドラに乗り換えてサーシャの捜索に旅立った。サーシャが飛び去った方角から大凡の行き先に当たりを付けて山脈を越え、各町の守備隊隊長に協力を求めながら捜索を続けていたのだ。
そしてドレッドの言葉に隊長は蒼白になった。ドレッドを止め立てするようなことを言ったのは、被害を訴え出ている女性がサーシャの関係者だとは露ほどにも思わなかったためだ。しかし幾ら知らなかったとは言え、そのトレッドからサーシャを捜していると聞いたばかりでそれでは、不興を買ってもおかしくない。そこに、いくら家出したサーシャにも責任が有ると言っても、自らが治安維持の責任を負っている町で王女が傷を負わされるような事態ともなれば、どんな処罰が待っているか知れない。
「す、直ぐに」
ドレッドに応えて隊長が受付近くで休憩していた兵士に声を張る。
「おい、そこの三人! 直ちにドレッド殿に随って停泊場に向かえ!」
三人の兵士が受付前に整列する間に、ドレッドも受付のカウンターをくぐって受付前に出る。そこで隊長を冷たい視線で射抜く。
視線に射抜かれた隊長は身震いした。慌てて自ら緊急事態を知らせる鐘を打ち鳴らす。鐘を打つ腕が震えているのだろう、鐘の音が震えている。
たった三人だけで済ます気かとのドレッドの意図を隊長は正しく認識したが、ドレッドはその準備を待たない。
「さあ、マリアン、案内を頼む」
「か、かしこまりました……」
最も出会いたくなかった相手との遭遇に、マリアンは酷く消沈した。しかし逃げることなどできよう筈もない。項垂れながらもドレッドと兵士を停泊場へと導いた。
それに少し遅れて、守備隊隊長が直ちに集められる兵士十数名を従えて停泊場へと向かう。
「ドレッド殿に遅れてはならん!」
そう叫ぶ隊長は、主に保身に突き動かされていた。




