第六十四話
サーシャの安堵は相手の身元が判明したことによる。少なくとも、先の賊にされそうになったような、連れ去られて売り払われるなんて事態にはならない相手だ。最悪でも国元に連絡を入れられるくらいだろう。だからと、国元に連絡を入れられても困る。ノルトを捜す旅が道半ばだ。勿論、捜し出して終わりではない。ノルトが何か新しい発見をするなら、その瞬間を目撃したいのだ。だからできればロイエンを煙に巻きたいが、身分を知られている以上、それらしい振る舞いも必要である。
「あの方はロイエン殿のお連れでいらっしゃるのでしょう? 危ないところを助かりました。感謝いたします」
「とんでもございません。彼女がお役に立ったようで望外の喜びでございます」
ロイエンのサーシャに不必要な警戒をされずに済んだことだ。賊の一人に重傷を負わせていて、シーリスに少し行き過ぎの懸念が有り、余計な嫌疑を掛けられないためにはサーシャの証言が重要になる。それによってできる限り事を大きくしないで済ませたい。それと言うのも、シーリスの存在はイレギュラーに過ぎるため、できる限り伏せておきたい。
「あの賊の扱いは如何いたしましょう?」
「今、守備隊を呼びに行かせています」
「そうでございましたか。それでは守備隊の到着を待ちましょう」
善後策を話しながらロイエンはサーシャの様子を窺う。王女がこんな辺境の町に滞在しているのは不自然だ。見る限りでは護衛も居らず、守備隊を呼びに行っている人物以外に従者が居るのか怪しい。そこがいよいよ不自然で、特殊な事情を抱えているように思える。
しかし、事情を抱えているのはロイエンも同じ。
『生成!』
その事情そのものが傀儡を生成する。当の本人には事情を隠す気も無さそうだ。地面を抉り取るようにして四つの土塊が人型を形作り、動き出す。
サーシャも賊の男もその様子に言葉を失くしている。その隙にではないのだが、シーリスは障壁を解除してゴーレムに賊の男を取り押さえさせる。ゴーレムは賊の胸元くらいまでの背しかなく、ずんぐりしたものなのだが、その見た目に反して機敏に、器用に賊の腕を捻り上げつつ押し倒す。そして二体が分担して賊の肩と脚を押さえ付ける。
「くそっ! 放しやがれ!」
賊が叫び、悶え暴れるが、ゴーレムはビクともしなかった。
別の二体のゴーレムは気絶している賊を押さえ付ける。いつ目を覚ましてもおかしくないので予め押さえておこうと言うものだが、この時の衝撃で賊が目を覚ました。そして直ぐに我が身の異変に気付く賊。
「ぎゃあああ! いてえ! いてえよ!」
折れた腕の激痛に叫び声を上げた。
「いてえ! いてえよ! 何でこんなことになってんだ!」
半泣きで叫ぶ賊。その姿に、ゴンドラの上から見ていたサーシャが動揺する。
「あ、あの、私が彼の治療を……」
「いえ、不要です」
サーシャが同情心から慈悲を施そうかとロイエンに意見を求めたが、ロイエンは一言のもとに否定した。ロイエンには賊に掛ける情けは持たなかったのだ。
そしてもっと情けを持たないのがシーリスである。
『うるさいわね』
叫び続ける賊のズボンを引っぺがして、その口にねじ込んでしまう。少し静かになった。サーシャは動揺のあまりにおろおろしっぱなしだ。
ロイエンはそんなサーシャに善良な心根を見る。しかしそうなるとまた解らなくなるのが彼女がこの町に居る理由。後ろ暗いことをするのでもなければ王族がこんな町に来るとも思えない。
「殿下はこの町に視察にいらっしゃったのでしょうか?」
一方で、そんなことを尋ねられたら困るのがサーシャである。外聞としては「男を捜しに家出して来た」としか見えないものなのだから、世間体としても甚だ宜しくない。
「え、ええ、そのようなものです」
誤魔化せるかどうか不安に思いつつも、適当に話を合わせるようにして誤魔化しを入れた。
「ご公務に勤しまれていらっしゃるようで、恐れ入ってございます」
「え、ええ……」
ロイエンはと言うと、サーシャを讃える言葉を返しつつ、視線が泳ぐサーシャに疚しい何かが有るのを確信した。
そのサーシャの表情が突如と華やぐ。
「あ、マリアンが……、守備隊を呼びに行かせた者が帰って来ました」
ロイエンがサーシャの見ている方向へ目を向けると、女性を先頭に幾人かの軍人らしき男がこちらに向かって来るところだった。しかしその先頭の女性は少し項垂れた様子だ。そしてサーシャが息を飲む音が聞こえた。
「ドレッド……」
サーシャはそう呟いた。




