第四十話
『侍女が戻って来るまでに一つはっきりさせておこう』
侍女が新しい靴を用意して戻って来るまでには暫く時間が掛かる見込みだ。ロイエンは下着について知らないので靴だけだと思っているが、この知る知らないは侍女の往復時間とは無関係である。
それはさておき、ロイエンはこの時間を使って少し話を進めておこうと考えた。大前提が曖昧なままでは以降の話が噛み合わないに違いないのだ。
『良き也』
シーリスにも異論は無い。まだ何も判っていないに等しいのだから情報を欲している。知る手掛かりでも得られれば御の字である。
『まずは前置きだが、誰も嘘を吐いていないのならの話だ。客観的には第三皇子以下、あんたも含めた仕掛け人が皆を騙そうとしている可能性を拭い切れていない』
いきなり疑うようなことを言われて、シーリスは眉を顰める。「疑って掛かられたら話にならないじゃないの!」とブチ切れても良いのだが、そうすると話にならない。一拍置いて考えれば、自身もロイエンをまだまだ信用している訳ではなかった。お互い様だ。そう思えば少しばかりの余裕も生まれる。
『そうであろうな』
ロイエンは頷いた。ここで話が終わらなくて良かったとの安堵も混じる。シーリスがヘソを曲げる危険を犯してまで前置きしたのは互いの立ち位置をはっきりさせるためだ。当たり障りのない会話でお茶を濁す訳にはいかない。シーリスに対する処遇にも関わるのだ。
『誰も嘘を吐いていないなら、あんたは五百年前からここに召喚されたことになる』
今一度念押ししつつ、ロイエンは結論を言った。しかしシーリスはピンと来ていない。
『五百年前とな?』
『そうだ。あんたはラインク王国が滅ぶのを目撃したようなことを言った』
シーリスは同意して頷いた。
『そのラインク王国が滅んでから、今は五百年以上が経っている』
『何と!』
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするシーリス。
『わっしが時を越えたと申すや? 異なす世界にあらずと申すや?』
『そうだ。言葉が通じることからしても、あんたはこの世界の人間だ』
ここに来てから言葉を憶えたとも考えられるが、そう考えるにはシーリスの言葉は流暢で澱みが無さ過ぎるのだ。
『それにあんたの話は大崩壊の頃のように聞こえる。だったらその時代から来たんだろう。五百年と少し前だ』
『な、なな、何と……』
シーリスはどこも見ていないような目でテーブルを凝視する。暫くそのまま動かなくなり、動き出したら今度はロイエンを睨み付けるかのように凝視する。
『人は滅びておらぬと申すや?』
『どうにかな。尤も、文明は一度滅んだようなものだ。国が出来るのさえ大崩壊から百年以上後になってからだ』
『左様か……』
シーリスは感慨深げに微笑みを零した。しかし直ぐにロイエンの言葉を思い出して問う。
『大崩壊と申すものは?』
『ん? ああ、そうだったな』
大崩壊とは、大崩壊後に国が出来始めた頃から言われるようになったので、当時に生きていたなら知る筈の無い言葉だ。
『大崩壊とは魔王によって世界がほぼ壊滅させられた時のことを言う』
『魔王……、壊滅……』
この言葉を聞いた途端にまたシーリスが身体を震わせて涙を流し始めた。ここまで知らない言葉での会話をぼんやり聞くだけで居眠りしそうになっていたルセアもそれに気付き、慌ててシーリスの背中を摩る。
ロイエンは内心で「またか」と舌打ちをする。魔王に言及する度にこうなるようでは話が進まない。当時を語るなら魔王は外せない上、シーリスは直接魔王に関わっているように見えるのだ。どうしたって話の中に魔王が出てくる。
今回、幸いなことに、シーリスが立ち直るまでに長い時間は掛からなかった。
『すまぬ。取り乱したりて』
『ああ』
返事をするだけで肯定も否定もしない。肯定は追い打ちになるし、否定は白々しい。話に詰まって、何とはなしに沈黙が落ちる。
そんな中でドアがノックされた。侍女が戻って来たのだ。
ロイエンは安堵する。シーリスのことはあまり聞けていないが、シーリスに時代のずれを伝えることはできた。話を切り上げるのも良い頃合いだ。
ルセアが応対して招き入れると、その侍女が訴えかけるような視線をルセアとロイエンに送る。ルセアにはその意味が直ぐに判った。
「ロイエン様、部屋の外でお待ちいただけないでしょうか?」
なぜかの部分は殿方には言い難い。
靴を履くだけだと思っているロイエンにはわざわざそう願い出る意味が判らなかったが、それほど時間が掛かるものでもなく、拒否するのも大人げない。
「いいだろう」
請われるままに外に出た。ホッとする女三人であった。




